5章 「地震時及び地震直後の震源過程と強震動」研究計画

 

 

1.はじめに

 

 震源過程を詳しく調べることにより,地震時断層すべりの大きい領域(アスペリティ)や,それに関連した応力変化情報の空間分布(応力降下量と相対強度の分布)が得られる.この応力変化情報は地震発生直前の応力・強度分布に関係した"地震直前環境"を反映したものとみなせる.これをGPS等の長期的な地殻変動データから推定される非地震性すべりの時空間分布と比較することにより,アスペリティ周辺の非地震性すべりと地震発生に先立つ応力状態との関連を知ることができる.たとえば、応力降下量の小さな領域は次の地震の時にアスペリティとなる可能性があるわけだが,GPS等によりこの領域で非地震性すべりが大きいことが検証されれば,次回も今回と同じ領域がアスペリティになると予想できることになる.詳細な破壊過程を調べる上で近地の強震計記録が有効である.強震動は,震源過程だけでなく,地殻の不均質構造に大きく影響されるので,不均質構造の影響についても研究を進めている.

 11年度に得られた主な成果は以下の通りである.

 

2.成果

 

(1) アスペリティ分布に関する研究 (東京大学地震研究所[課題番号:0111])

 1968年5月16日十勝沖地震(M7.9),1994年12月28日三陸はるか沖地震(M7.5)について,同じ解析手法と同じ速度構造を用いて震源過程を調べ,次のような注目すべき結果を得た(図1:永井ら,2000).

 1) 十勝沖地震では2つのアスペリティが連動したが,そのうちの1つは三陸はるか沖地震のアスペリティと一致する.

 2) 最大すべり量から,この領域のサイスミックカップリング率はほぼ100%と推測される.

 3) 三陸はるか沖地震の破壊は十勝沖地震ですべり量が少なかった領域で停止している.そこでは余震がなく地震活動度も低いことから非地震すべりを起こしている可能性がある.

 同様の,アスペリティとその周辺の非地震性すべりという図式は日向灘における大地震の震源過程とGPSデータの解析でも得られた(Yagi et al., 1999).

 これらの結果は,アスペリティとその周りの非地震すべり領域が空間的に区別されることや複数のアスペリティの連動による発生パターンの多様性を示している.またアスペリティの大きさとその分布が,その地域の大地震の発生パターンを規定することを示唆する(図2).一方で発生パターンに多様性があるということは,主破壊域を確率的にしか予測できないということも示している.これらのことは,準備過程の進んだ領域を抽出する上で,また,確率的な地震発生予測を行う上で,重要な知見である.

(2) 詳細な震源過程の把握 (東京大学地震研究所[課題番号:0111])

 高ダイナミックレンジの地震計観測網のデータを使い,中規模程度の地震についても詳細な震源過程を調べることができるような方法とデータ利用環境を作成した(図3).このシステムは小地震の記録を経験的グリーン関数として,中規模の地震のモーメント解放の時空分布を求めるものである.これは破壊の開始点と最大アスペリティにおける摩擦すべり特性の違いを明らかにする上で威力を発揮しつつある(Ide, 1999).

 1999年8月17日のトルコ北西部の地震については,近地と遠地の記録を駆使して詳細な断層すべりの時空分布が得られた(菊地,1999; 図4:Yagi and Kikuchi, 2000).さらに,この時空分布に対して通常の摩擦すべり特性(応力降下量と相対強度)の分布と整合性のある動力学モデルを求めた(図5:Miyatake, 2000).動力学モデルは断層面上でのアスペリティ・バリアの分布を明らかにし,より高い精度で震源域近傍の強震動の推定を行う上で重要である.

(3) 強震計ネットワークの整備・充実 (東京大学地震研究所[課題番号:0111])

 平成11年度第2次補正予算による『大都市圏強震動総合観測ネットワークシステム』の整備計画と結びつけて,首都圏における自治体等の既存強震計ネットから波形データを収集し,利用者に提供するシステムを構築した(6).これにより,オンライン・オフラインをあわせ,約500点の強震計データが収集されることになる.さらに,高ダイナミックレンジの微小地震計ネットの記録と結びつけ,首都圏規模および日本列島規模での波動伝播の可視化を試みた(Koketsu and Kikuchi,2000).

 

3.まとめ

 

・再来大地震について、アスペリティとその周りの非地震すべり領域が空間的に区別されることや複数のアスペリティの連動による発生パターンの多様性・確率性を明らかにした。アスペリティ・非地震性すべり域の相補性については、今後GPSデータ等によるバックスリップ分布によって検証することが可能である。

・高ダイナミックレンジの地震計観測網のデータを使い、中規模程度の地震(M5〜6)についても詳細な震源過程を調べることができる方法を開発した。これにより、大地震のみを対象とする場合に比べ、多くの事例を調べる展望が開けた。破壊の開始点と最大アスペリティでの摩擦すべり特性の違いなどを明らかにしつつある。


文献

 

Ide, S., Source process of the 1997 Yamaguchi, Japan, earthquake analyzed in different frequency bands, Geophys. Res. Lett., 26, 1973-1976, 1999.

菊地正幸: 1999年8月17日トルコ北西部の地震(Ms 7.4) と9月21日台湾中部の地震(Ms 7.7) の震源過程解析速報",東京大学地震研究所広報,No.27, 7-9, 1999.

Koketsu, K. and M.Kikuchi: Propagation of seismic ground motion in the Kanto Basin, Japan, Science, 288, 1237-1242, 2000.

Miyatake, T.: Strong ground motion simulation using dynamic faulting model, Abstracts of International Workshop on Solid Earth Simulation and ACES WG Meeting, Jan. 17-21, 2000, pp65-66, 2000.

永井理子・菊地正幸・山中佳子:三陸における再来大地震の震源過程の比較 研究,地球惑星関連学会合同大会, 2000.

Yagi, Y., M. Kikuchi, S. Yoshida, and T. Sagiya: Comparison of the coseismic rupture with the aftershock distribution in the Hyuga-nada earthquakes of 1996,  Geophys. Res. Lett., 26, 3161-3164, 1999.

Yagi, Y. and M. Kikuchi: Spatiotemporal distribution of the source rupture process for the Taiwan earthquake (Ms 7.6), posted at

http://wwweic.eri.u-tokyo.ac.jp/yuji/taiwan/, 2000.

 

 


<図の説明>

図1:三陸沖の大地震のアスペリティと余震分布.1968年十勝沖地震の断層すべり(影無しのコンター)と1994年三陸はるか沖地震の断層すべり(影付きのコンター).

図2:3つの地域でのアスペリティ分布の模式図.三陸沖では連動してM8クラスの地震が発生,逆に南海トラフではM7クラスがない.日向灘ではM7クラス止まり.

図3:経験的グリーン関数を使った震源過程解析の流れ.平成11年度は,このうちメカニズム決定・EGF抽出部分を自動化した.

図41999年トルコ北西部の大地震の断層すべり分布.

図51999年トルコ北西部の大地震に伴う応力降下と強度の分布.

図6:首都圏の強震計波形データの収集計画.2000年度から稼働の予定.