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第4章 「直前過程における地殻活動」研究計画 1.はじめに 地震発生の直前予知のためには,地震発生準備過程の最終段階において活性化する物理・化学過程をモデル化し,その妥当性を検証することが必要である.そのために,前駆現象の発現機構に関する観測研究,前駆現象検出のための技術開発,前駆現象の発現メカニズムを解明するための実験的・理論的研究を進めている. 地震発生準備過程のどの段階からを最終段階,すなわち「直前過程」,とみなすかはどのような視点から見るかに依存するだけでなく,多くの現象が連続的に最終段階に移行するため,「準備過程」と「直前過程」の境界ははっきりしない.また観測研究については,準備過程における地殻活動を把握するための観測項目,手法と本質的な差はない.そのこともあり,「直前過程における地殻活動」に関連するいくつかの問題が「準備過程における地殻活動」など他の計画推進部会に登録された研究課題で扱われており,平成11年度に「直前過程における地殻活動」に登録された研究課題が,「直前過程における地殻活動」に関連した重要な問題を全てカバーしているわけではない.よって,「準備過程における地殻活動」研究など他のグループの研究と有機的に連携させながら進めていく必要があるが,本章では「直前過程における地殻活動」に登録された研究課題の成果について述べる. 2. 主な研究課題の成果 (1) 震源核の定量的モデリング 地震は断層面上で起こる剪断破壊現象である.地震の発生過程を定量的に記述し,時間軸に沿ってどのように直前過程が進行していくかを予測できるようなモデルを構築するためには,破壊過程を支配している剪断破壊構成則を確立することが必要不可欠である.大中・加藤らのグループは,高温高圧岩石破壊装置を用いた実験により,すべり変位依存性構成則が地震発生場における温度,封圧力,間隙水圧力などの環境要因の影響をどのように受けるのか実験的に詳しく調べ,その依存性を定量的に明らかにしつつある(加藤・他,1999;東京大学地震研究所[課題番号:0106(I)]).特に,大地震に至る破壊核の発生に重要な役割を果たしていると考えられる脆性・塑性遷移領域での挙動に注目している.深さ10km以深の遷移領域では深さとともに臨界すべり変位量が増加し破壊の安定性が増すこと,脆性領域では破壊強度は間隙水圧が高いほど下がるが応力降下量は間隙圧の影響をそれほど受けないことなどを明らかにした(図1).また,顕微鏡観察により変形機構を調べ,非弾性的に変形した領域(プロセスゾーン)のモデル化を試みている. 室内実験で得られた知見を実際の地震に応用するためには,時空間的なスケーリング則を確立することが不可欠である.大中(1999)はすべり変位依存性構成則についての空間的なスケーリングに関する研究を進めている.Ellsworth and Beroza (1995)がM2.6からM8.1までの地震の初期フェーズを解析し,初期フェーズで解放される地震モーメントと最終破壊に対応する地震モーメントとの間に比例関係があることを示したが,大中(1999)は更にいくつかの地震学的データを加えて検討し,Ellsworth and Beroza (1995)によって提唱された比例関係はそれらについても成立することを確かめた.これまでの大中による研究により,臨界状態の破壊核のモーメントは臨界すべり変位量の3乗に比例することが示されているが,破壊核と最終破壊領域との比例関係を認めると,最終破壊のモーメントも臨界すべり変位量の3乗に比例することになる.大中(1999)はこのようなスケーリングを説明できるモデルを考案した.すべり変位依存性構成則についての時間的なスケーリングに関しても大中・加藤らのグループにより実験的研究が進められており,平成12年度以降に成果が得られることが期待される. (2) 前駆的電磁気現象の解明 「地震予知のための新たな観測研究計画」では,地殻流体の地震発生への関与に関する研究が「直前過程における地殻活動」の重要課題のひとつと位置づけられている.地震発生に関与する流体の存在を捕らえ,流体の移動を探知する手法を開発するために,伊豆半島などで,全磁力連続観測,長基線自然電位連続観測,比抵抗構造探査が実施された.また,破壊核と流体との相互作用に付随して生ずる電磁気現象発生メカニズムを解明するために,室内実験が行われた. (2.1) 伊豆における観測研究 伊豆半島の群発地震発生には地殻内流体(熱水,地下水,ガス,マグマ)が関与していると考えられており, 地震発生に関与する流体の存在を捕らえるための比抵抗構造探査と,流体の移動を捕らえるための地磁気・電位差観測が行われている. 東京大学地震研究所,東工大,京大防災研,気象庁地磁気観測所,東海大学の共同研究として,伊豆半島において全磁力連続観測,長基線自然電位連続観測が実施されている.これまでの観測により,伊東市北部の御石ケ沢(OIS)観測点で,他の伊豆の観測点には見られないような,異常な全磁力減少(5年間で−30nT)が見つかっている(図2, 東京工業大学[課題番号:0803]).この異常な全磁力変動は,潮位変化とよい相関が見られることから地殻変動に関連したものであると考えられる.しかし,伊豆半島北東部全域で全磁力減少が見られるわけではないので,なぜOIS にだけ明瞭に見られるかの理由も含め,全磁力の減少の原因を明らかにすることが求められてい全磁力減少傾向は最近小さくなった このような異常な全磁力減少が人工擾乱の影響ではなく御石ケ沢周辺の地域に特有の変化かどうか確かめるために,OIS観測点の周辺でプロトン磁力計の臨時観測が展開された(東京大学地震研究所[課題番号:0110]).図3にOIS周辺の観測点における過去1年間の全磁力の変化を示す.OI2,OI3,OGSはOISからそれぞれ120m西,450m西,800m南に置いた磁力計であるが,4観測点でほぼ同様の変動を示しているのが見てとれる.1998年後半からOISの全磁力減少は止まっていたが,1999年7月頃から(図の横軸は少数第一位までの年単位で示してあり,小数点の次の数字は月を表わしていないことに注意),3-5nT位全磁力が減少し,その後回復しつつあるように見える.ただし,新井(AR2)および川奈(KWN)でも1999年後半にOIS周辺と似た変化が見られる.従って,これらの全磁力変動が地殻活動と無関係な,例えば海流に誘導された磁場変化の可能性はあり,今後の追求が必要である. 伊東市周辺は人工ノイズが大きいため,これまで詳細な比抵抗構造は得られていなかった.そこで,ノイズに強いTDEM(時間領域電磁探査法)観測が平成11年3月と平成12年3月に実施された.予備的解析により地下浅部に良導体が存在することを示唆する結果が得られている(高橋・他, 2000). (2.2) 室内実験による電磁気現象発生メカニズム解明の研究 地震発生過程の研究の重要な項目のひとつに,破壊そのものと他の物理現象(流体移動,電磁気現象,化学現象)との相互作用を明らかにすることがある.このような相互作用は,地震破壊過程そのものだけでなく,地震破壊の前兆発現に大きな役割を果たしている可能性がある.Yoshida(2000)は,理研地震国際フロンティア研究計画の一環として開発した特別仕様の岩石破壊実験装置を使って,破壊と流体移動や電磁気現象との相互作用の研究を進めている(東京大学地震研究所[課題番号:0109(III)]).本装置は,間隙水圧のサーボコントロールが可能であり,岩石試料部と間隙水部が周囲から電気的に絶縁されている3軸破壊装置である.花崗岩を使った実験結果の例が示されている図4を見ると,岩石変形に伴って発生する電流が,破壊前のダイラタンシーの成長,およびそれにより引き起こされる間隙水の流動と非常によい相関を示していることがわかる.破壊前にダイラタンシーが急速に成長し,間隙水の流動が起こって界面動電効果により電流(convection current)が流れたものと解釈される. 岩石中の流体移動と発生する電流を規定する重要なパラメータは浸透率と流動電流係数(発生した電流密度/圧力勾配)である.主破壊前に微小破壊が発生し水の連結状態がよくなると,浸透率も流動電流係数も増加する.様々な条件下で測定し,流動電流係数と浸透率との間の定量的関係を求めた. このような実験的研究を更に進め,岩石が最終破壊に至る過程で,流体移動や電気現象を記述するパラメータがどのように変化していくのかを明らかにし,主破壊前の電気シグナル発生の定量的なモデルを構築することが重要である.スケーリングも考慮し,最終的には測定された電流から破壊核の成長過程がどの段階にあるか推定できるようになることを目標とする.そのためには,実際の地震が発生している温度圧力場に近い条件での実験を早急に開始する必要がある. (3) 震源核検出の手法の開発 断層近傍における歪や前駆的すべりの検出を狙った受動的観測手法とは異なる,能動的手法による破壊核検出の可能性を追求する研究が行われた.吉岡・他(2000)は,能動的に高周波数弾性波を照射する大型試料のすべり実験により,破壊核を検出する手法を開発している(東京大学地震研究所[課題番号:0109(II)]).模擬断層面に波動を透過しつつ,負荷剪断応力を一定速度で増大し,最終的に不安定動的破壊が発生するまでの全過程で,透過波動の変化を観察した.剪断応力の増加とともに透過波動のエネルギーは著しく増大するが,動的破壊直前の準静的すべり(破壊核の成長)にともない,波動エネルギーの増加率が減少することが観察された(図5).局所的な応力増加率が減少し始める時と,波動エネルギーの増加率が減少し始める時とが一致している.このことは,断層面を透過する波動が変化する様子を観察することにより,破壊核の形成過程がモニタᬢできる可能性を示唆する.これらの背後にある物理過程を理解するため,接触面の形状を人工的にさまざまに変えた断層に弾性波動を透過させる実験,およびアスペリティ接触の力学を把握するために,円錐形のインデンターが剪断応力負荷のもとで試料に沈み込む挙動を詳細に観察するインデンテーション実験も実施した(鈴木・吉岡,2000). (4) 南アフリカ金鉱山における地震予知の半制御実験 応力がどの程度蓄積しているか知ることができるようになれば,地震予知研究は飛躍的に進展するであろう.前述した弾性波照射による手法開発もそのことを目的としている.微小地震活動は応力状態を何らかの形で反映していると考えられてはいるが,微小地震活動から応力状態に関する情報を定量的に抽出する手法は確立しているわけではない.京大,立命館大などを中心とする研究グループは(京都大学防災研究所[課題番号:0209]),南アフリカ金鉱山で,S波のスプリッティングおよびb値の時空間分布が応力状態の時空間分布とよく対応することを百〜千mのフィールドスケールで確認するとともに(永井・他, 1999, 西井・他, 1999),M2の地震の前に発生した地震群および余震群の震源距離100mにおける加速度波形から,M2の地震の発生の2日前からの応力低下の兆候を検出した(Sato
et al., 1999).また,この加速度波形から応力を推定する手法を1989年伊豆東方沖群発地震中のM5.5の地震に適用し,そこでも同様に本震発生に2日先立つ応力低下の兆候を検出した.このことは,この手法が鉱山地震に限らず一般の地震の発生場についても適用できる可能性があることを示しており,今後,他の地震について検証してみる必要がある. 鉱山地震の研究は,自然地震研究のための大規模実験と性格づけられ,その最も優れた点は,至近距離から地震の発生に至る歪み蓄積過程,初期破壊形成過程,破壊過程などの諸過程の全過程が観測できることである.その利点を最大限に生かすために,M3級の地震発生がほぼ確実な断層から数m以内の場所に石井式歪計を設置し,25Hz,24bitA/D連続サンプリングによる観測を開始した. 3. まとめ 破壊核成長モデルに基づいて考えると,地震発生準備過程の最終段階とは,テクトニックなローディングがこれ以上進行しなくとも,応力の再配分を伴って破壊核が不安定に成長を開始し,大地震の発生に至るまでの段階と考えることができる.この段階における破壊核の成長を記述するためには,高速すべりでも破綻しない構成則を確立する必要がある.大中らのグループ(加藤・他,1999)はすべり変位依存性構成則を規定するパラメータを温度,封圧,間隙圧の函数として実験的に求めた.この知見を実際の震源域に適用するためには,震源域の温度,間隙圧を知る必要があるが,特に間隙圧の分布は観測によって明らかにされているわけではない.間隙圧を推定する手法の開発が重要である.間隙圧の絶対値がわからなくても,間隙圧の変化量を観測から求められるようになれば,この実験結果から破壊強度の変化を定量的に推定できる. 伊豆半島で,地震発生に関与する流体の存在を捕らえるための比抵抗構造探査と,流体の移動を捕らえることを狙う地磁気・電位差観測が伊豆半島電磁気グループにより継続的に行なわれている.伊東市周辺は人工ノイズが大きく,従来の手法では比抵抗の詳細な構造は得ることが困難であったが,平成11年3月と平成12年3月にノイズに強いTDEM(時間領域電磁探査法)観測が実施された. 観測された電位差などから地殻中の流体移動を定量的に推定するためには,岩石の流動電流係数などを実験により明らかにする必要がある.更に強度変化に直接影響する間隙圧変化を推定するには,地殻中の流れを規定する透水係数がどのような物理因子によりどのように決まるのか明らかにする必要がある.室内実験により,岩石破壊に至る過程で水の流動によって発生する電流が実測されるとともに,流動電流係数と透水係数との定量的関係などが求められた.これらの研究は室温で行なわれたものであり,今後は高温実験を行ない実際の震源域の条件下での挙動を明らかすることが重要である.将来的には,電気信号の観測から破壊核の成長に関する情報を読み取ることが期待される. 破壊核の検出には受動的観測だけでなく,能動的観測も有効であると考えられる.吉岡・他(2000)により人工震源から弾性波を放射し断層を透過する波動から破壊核を検出する手法が開発された.また,南アフリカ金鉱山の研究グループによりS波のスプリッティングおよびb値の時空間分布から応力状態の時空間分布を求めることが試みられた. 以上のように,個々の課題については平成11年度にかなりの進展があったと思われる.今後は,それらの成果を総合化し,有機的に結びつけていく努力が一層重要になるだろう.例えば,室内実験で得られた流動特性,流動電気特性をあらわす定数や,観測で求められた比抵抗構造などを入力して,伊豆半島の電磁気・地殻変動についての統一的な数値モデルを構築する研究を推進すべきであろう.伊豆で群発地震と関連づけて観測されている電磁気変動がその数値モデルで再現できるか,地球化学データと整合するか,などの視点から評価し更に高精度なものへ修正していく必要があるだろう.また,室内実験から推定されたスケーリング則などを,南アフリカ金鉱山での破壊現象に適用できるか,といった視点からの研究も推進すべきであろう. 文献 Ellsworth, W. L., and G. C. Beroza, Seismic evidence for an earthquake nucleation phase, Science, 268, 851-855, 1995. 加藤愛太郎・大中康譽・望月裕峰・重松紀生,地震発生環境条件下における剪断破損構成則の特性ー破壊面観察,歪み速度依存性ー,地震学会予稿集,C10, 1999. 永井直子・西井聡・南アフリカ金鉱山における半制御地震発生実験国際共同グループ 住友則彦,地震発生の制御実験−南アフリカ金鉱山における−(20) S波スプリッティングの観察による切り羽周辺のクラック構造の推定,地球惑星科学関連学会合同大会予稿集,Sf-P004, 1999. 西井聡・小笠原宏・南アフリカ金鉱山における半制御地震発生実験国際共同グループ 住友則彦,地震発生の制御実験−南アフリカ金鉱山における−(19) 震源とb値の決定,地球惑星科学関連学会合同大会予稿集,Sf-P005, 1999. 大中康譽,Gutenberg-Richterの相似則および震源核と地震規模の間のスケーリング則,地震学会予稿集,A34, 1999. Sato, S., H. Ogasawara and Research Group for Earthquake Generation Experiment in South African Deep Gold Mines. The changes in energy index and apparent volume prior to M2 event at a distance about 100m, Joint Japan-Poland Symposium on Mining and Experimental Seismology, Kyoto, 1999. 鈴木晃弘・吉岡直人,アスペティ接触の動力学−インデンテーション・スクラッチテスト−,東大地震研特定共同研究(B)成果報告書(1999-B-05), 44-47, 2000. 高橋優志・上嶋誠・笹井洋一・伊豆半島電磁気グループ,伊豆半島東部TDEM実験(その1),CA研究会論文集,31-38, 2000. 吉岡直人・岩佐幸治・大中康譽,応力蓄積過程および前兆的すべり過程における断層透過波動の変化,東大地震研特定共同研究(B)成果報告書(1999-B-05), 40-43, 2000. Yoshida, S., Convection current generated prior to rupture in saturated rocks, submitted to JGR, 2000. <図の説明> 図1.高温高圧破壊実験により得られた,すべり依存性構成則のパラメータの深さ変化(加藤・他, 1999).温度勾配30°C/km,岩石圧勾配30MPa/km,間隙水圧勾配10MPa/km(静水圧)および24MPa/km(超静水圧)を仮定してある.(a) 臨界すべり変位量.0.86mmで規格化されている.(b) 剪断破壊強度.(c) 破損応力降下量. 図2.伊東市北部における全磁力変化(東京工業大学[課題番号:0803]).全磁力が 5nT/year 程度の割合で減少しつづけており,潮位変化とよい相関があるように見える.矢印は群発地震の発生時期を示す.
図3.OIS周辺の観測点における1年間の全磁力の変化(東京大学地震研究所[課題番号:0110]).OI2,OI3,OGSはOISからそれぞれ120m西,450m西,800m南に置いた磁力計であるが,4観測点でほぼ同様の変動を示している. 図4.岩石破壊実験で検出された電流(Yoshida, 2000).軸方向の圧縮応力がピークを越えた頃から試料内を電流が流れ始めている.破壊前にダイラタンシーが急速に成長し,間隙水の流動が起こって界面動電効果により電流(convection current)が流れたものと解釈される. 図5.剪断応力の増加にともなう透過波の振幅変化(吉岡・他,2000).(a) 実剪断変位.(b) 局所応力の時間変化.(c) 透過波の初動振幅の変化.動的破壊直前の準静的すべり(破壊核の成長)の開始とともに,透過波動エネルギーの増加率が減少する. |
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