3章 「準備過程における地殻活動」研究計画

 

 

1.はじめに

 

大地震に至る準備過程の解明のために,プレート間相互作用によって供給された応力がどのように断層に伝えられて地震を発生させるのか,そのプロセスを詳細に明らかにする必要がある.平成11年度においては,建議の4項目のうち,断層近傍に関連する2項目をまとめ,下記の3項目の計画を推進した.

 

(1)       プレート間カップリングの時間変化の解明

(2)       地震多発域へのローディング機構の解明

(3)       断層周辺の微細構造と地殻流体の挙動の解明

 

これに基づき各機関で種々の観測・研究が行われた.その主たる成果について報告する.「準備過程における地殻活動」と「定常的な広域地殻活動」や「直前過程における地殻活動」の研究は互いに関連しており,それぞれの研究で単一の目的のためだけに行われているものは少ない.そのため,「定常的な広域地殻活動」や「直前過程における地殻活動」が主たる目的として行われた研究であっても,「準備過程における地殻活動」にとって重要な成果が得られた研究については,ここでも報告する.

 

2.成果

 

2.1.プレート間カップリングの時間変化の解明

 

プレート間カップリングの時間変化の解明のためには,まず現時点での空間分布を知ることが重要となる.この空間変化をおさえるために微小地震活動,メカニズム解の分布,地震波反射強度の分布等の種々の調査・観測が行われた(たとえば東京大学地震研究所 [課題番号:0101];東北大学 [課題番号:0501.1],;九州大学 [課題番号:1102];鹿児島大学 [課題番号:1201]).これらの観測データの詳しい解析は平成12年度以降となるが,カップリングの時間変化の原因を解明するためには空間的特徴の抽出は欠かせないため,今後も同様の観測・研究を推進する必要がある.

  プレート間カップリングの時間変化の情報を地震活動から抽出した成果として,東北大学による研究 [課題番号:0501.2] (五十嵐・他,1999)がある.これは釜石沖の小地震クラスターにおいて,ほぼ同じ大きさ(M4.8±0.1)の地震がほぼ等時間間隔(5.4±0.5年)で発生するという固有地震的な活動を発見したものである(図1).このような活動は,カップリングの弱い領域に囲まれた単純なアスペリティが存在する場合に生じることがシミュレーションから期待されており(たとえば Kato and Hirasawa, 1997),釜石のすぐ沖合においてはカップリングが基本的に弱いということを示唆している.実際,このような活動はサンアンドレアス断層のクリープセグメントにおいて多数発見されている(たとえば Nadeau and McEvilly, 1997).ただし三陸沖には地震のクラスターが数多く存在しているため,このような活動が統計上の偶然によって生じた可能性も完全には否定できない.今後,さらにこのクラスターの活動を解析するとともに,他にも同様のクラスターが存在しているのかどうか調査する必要がある.もし,このようなクラスターが三陸沖で多数見つかれば,それを利用して,深部のゆっくりとしたすべりを測地的データとは独立にモニターできる可能性がある(Nadeau and McEvilly, 1999) ため,このようなクラスターの検出はカップリングの時空間変化を調べるために極めて重要である.

  GPSや測地測量のデータのこれまでの解析により,三陸沖プレート境界のカップリングはかなり時空間的にゆらいでいることが明らかになってきている(たとえば El-Fiky and Kato, 1999; Nishimura et al., 2000).日向灘から豊後水道にかけてのプレート境界もやはり時空間的にカップリングがゆらいでおり,三陸沖と状況が近いと考えられる(たとえばHirose et al.1999).したがって,この領域においても今後,地殻変動連続観測や測地測量,GPSのみならず,地震活動の詳細な解析によってプレート境界カップリングの時間変化について情報が得られる可能性がある.

  一方,東海地域において,名古屋大学 [課題番号:0903](木股,1999)は,光波辺長測量データ,水準測量データおよび地盤沈下水準測量データにおいて4〜5年周期のゆらぎが同期して存在していることを見いだした.三陸沖や日向灘とは異なり,東海地域においてはカップリングが強く,大地震の前以外にはその変化は小さいだろうと考えられてきたが,この結果は東海地域におけるプレート間カップリングも時間的にゆらいでいることを示唆している.また,このようなゆらぎに対して関数をフィッティングすることにより,将来の地震を予測しようという試みもなされている(五十嵐,1999).

  大学の成果ではないが,東海地域において19998月下旬ころから地震活動が有意に減少しており,また卓越周波数や発震機構解別の地震発生頻度分布についても最近変化が認められることが,防災科学技術研究所によって報告されている(松村,2000).このような変化はプレート間カップリングの変化に伴う応力場の時間変化を反映している可能性があり (五十嵐・他,1998),今後,この周辺の地震活動やGPS・地殻変動観測データに注意するとともに,この現象のモデル化を行うことが重要である.

  プレート間カップリングの状況を把握するためには,海底において直接観測を行なうことが望ましい.陸地の観測のみでは,対象となるプレート境界を囲んで観測できないため系統的な誤差を生じる恐れがあり,遠距離の観測による推定では当然,相対誤差も大きくなる.今後,ケーブル式海底地震計や広帯域海底地震計を利用し (東京大学地震研究所 [課題番号:0108];金沢・他, 1999),さらに海底における地殻変動観測技術の開発 (京都大学防災研究所 [課題番号:0208];尾鼻・他,1999) を推進して,詳細にカップリングの状況を把握する必要がある.

 

2.2.地震多発域へのローディング機構の解明

 

内陸の地震活動を生じさせる主たる応力はプレート運動に起因していると考えられる.しかしながら,単純な弾性論的応力伝達では説明困難な事例が多く(飯尾,1998),複雑な機構や構造の不均質性が介在していると考えざるを得ない.内陸の地震の準備過程の解明のためには,応力がどのようにローディングされて地震を発生させるのか,その機構を詳しく解明する必要がある.

内陸の応力場がプレート運動に起因するのであれば,異なるプレートが相互作用している東日本と西日本では内陸の微小地震活動の特徴も異なっていることが期待される.このような違いを地震活動度パラメータ (破壊面の面積に比例する指標;Tsukuda, 1985) 等を用いて定量的に解析したのが京都大学防災研究所による研究 [課題番号:0201] (今田・他,1999)である.この結果では,確かに活断層のまわりの微小地震活動に東日本と西日本で違いが見られるが,プレート間の収束速度の大きい東日本のほうがむしろ西日本より活動が低調であるという結果(図2)になっている.もし,b値の地域性が小さく,大地震の発生頻度が小地震の発生頻度にほぼ比例するならば,上記の結果は Wesnousky et al. (1982) が活断層データから求めた歪速度の両地域の差とは調和的である.これはプレート境界型微小地震の活動が東日本で高く西日本で低いということと好対照をなしており,プレート境界からのローディングの様式や地震発生場の物性が東日本と西日本でかなり異なっていることを示唆している.

一方,ローディング機構においては,地殻や最上部マントルの不均質性が重要なファクターになっていると考えられる.東北大学 [課題番号:0502.1] (Nakajima et al.2000)では東北地方脊梁における合同観測のデータも利用して,東北地方の詳細な3次元地震波速度構造を推定し,最上部マントルでは火山フロントの下で Vp/Vs が非常に大きいことを明らかにした.また得られた結果によれば,大局的に見ると下部地殻では火山フロントより前弧側で Vp/Vs が小さいが,最上部マントルでは逆に背弧側のほうが Vp/Vs が小さくなっている(図3).このような構造は,東北地方の大局的なローディングの状況を理解する上で,今後考慮しなければならない重要な情報であると考えられる.

また,ローディングの結果として,内陸の大地震の前には地殻深部ですべりが始まることが期待されており,それは歪速度の変化として観測されるはずであるが,最近の高精度の GPSデータによってそれが検証された事例は存在しない.そのような検証を行なうべく,花折断層周辺 (京都大学防災研究所 [課題番号:0203]; Ohya et al., 1999) や弟子屈・屈斜路カルデラ地域 (北海道大学 [課題番号:0304]; Takahashi et al., 1999) において GPS 観測が現在続けられているが,今のところそのような歪速度の変化は見られていない.これらの地域ではまだ準備過程の最終段階に入っていないか,あるいはモデルが間違っているか,あるいは最終段階に入ったものの異常の大きさが小さくて観測で見いだせていないかのどれかであることになる.この前駆的歪変化の有無については,今後,これらや他のフィールドにおいてある程度長期にわたって引き続き観測を続けることが必要であろう.

ここで気をつけなければならないのは,このような前駆的歪速度変化が必ずしも短縮歪の集中を示すのではなく,ディタッチメントのすべりの加速に伴う伸張歪の加速となって現れる可能性があることである(飯尾,1996).実際に歪速度変化が認められた場合に地下で何が進行しているのかを見極めるために,地殻深部をターゲットとした構造探査が極めて重要である.

  また,たとえGPS観測で実際に歪に変化が見られたとしても,それを用いて正しく地下の状況を把握できることが保証されていなければ,地震の予測に用いるのは困難である.このためには,他の情報から破壊過程がよくわかっている地震を用いて,その地震に伴なう歪変化を測定し,他のデータや理論値との比較を行なうことによって手法の精度を向上させるということが有効であろう.1999年度には,地震に伴なう変形と,地震波形から得られた断層モデルから期待される理論値との比較が 1998年の岩手県雫石の地震 (M6.1) (東北大学 [課題番号:0502.3]) 1999年の神津島の地震 (M4.7) (名古屋大学 [課題番号:0902]) について行なわれている.理論値と観測値との微妙なずれは,観測誤差だけでなく構造や破壊の不均質性に起因する可能性もあるため,今後さらに研究を進めることにより,このような解析から構造や破壊の不均質性の情報も得られる可能性がある.

歪に比べて応力の測定は困難であるが,ローディング機構の解明のためには,応力の情報は欠かせない.1999年には野島断層近傍2カ所で得られたコア試料を用いた地殻応力測定が行なわれた.富島では北西-南東あるいは西北西-東南東という最大圧縮応力の方位が得られた.これは,国土地理院による最近45年間の広域の地殻水平歪の方向と調和的である.また,震源断層の破壊終点付近の育波では,応力方位が複雑な深さ分布をしていることが明らかになった (東北大学 [課題番号:0502.4];佐藤・他,1999).この応力の分布の解釈は現状では難しいが,他の断層でも同様の測定を行ない共通の性質かどうか調査することが重要であろう.また東北大学 [課題番号:0502.2] (Ito et al., 1999) は応力テンソルインバージョンにより,宮城県の長町-利府断層近傍で1998年に発生した M5.0 の地震の震源断層周辺における本震後の stress ratio の分布を推定し,得られた stress ratio の分布と本震時のすべり量や余震活動の分布に相関があることを見いだしている.

上記のように,断層周辺の応力の空間変化については,少しづつ興味深い成果が出はじめているが,応力の時間変化の測定については,今後の計器開発が必要となる.東京大学地震研究所 [課題番号:0107b] (石井・他,1999) では,新しい応力測定方法を開発中であり,応力の絶対値の時間変化が検出できるよう研究が続けられている.このような計器が完成すれば,様々な地殻活動の時間変化と応力と歪の関係が明らかになり,ローディング機構の解明にむけた研究は飛躍的に進展するであろう.

実際に観測された地殻活動の時間変化としては,たとえば,1999年には近畿地方において,M4程度の地震の前兆的な変化である可能性のある現象が報告されている.具体的には,滋賀県北部の地震 (M4.9) の前に地下水位の異常が(重富,1999),山崎断層の地震 (M3.9) の前に破砕帯において歪変化が(渡辺,1999),また京都府南部の亀岡付近の地震 (M4.0) の前に地震活動の静穏化が見られた(片尾,1999).これらは,いずれも M4程度の地震の前に異常が見られたという報告であるが,いずれも1999年に観測されており,異常が見られた地震の範囲が広いことや,近畿北部においてM3.5以上の地震活動が1999年に入ってから活発化したように見えること(片尾, 1999)等から,むしろ,広域な応力場の変化によって,これらの前兆が現れやすくなっていたとも考えられる (京都大学防災研究所[課題番号:0210];梅田,1999).特に地下水の異常は1995年兵庫県南部地震の前の異常と類似しているため,しばらくは活動の推移を見守る必要があろう.

一方,日本列島内陸における地震発生の応力源としては,背弧拡大が重要な役割りを果たしている可能性があり(Seno,1999),その拡大軸に近い地域における観測は,他の地域におけるローディング機構の解明のためにも極めて重要である.1999年においては九州とその周辺において,熊本県内の地震活動域における地震活動 (九州大学 [課題番号:1104]),1997年鹿児島県北西部地震 (M6.5)の余震活動 (鹿児島大学 [課題番号:1202]),瀬戸内海の燧灘 (愛媛県川之江市沖) における M4.5 を最大地震とする群発地震活動 (高知大学[課題番号:1303])等について解析がなされた.今後さらに他の地震活動や地殻変動についても解析を行ない,フィリピン海プレートや別府島原地溝帯に関連するローディング機構,およびいわゆるアムールプレートの実体について,詳しく研究を行なう必要がある.

 

2.3.断層周辺の微細構造と地殻流体の挙動の解明

 

  内陸の稠密地震観測によって,微小地震の震源域周辺において,地殻内の顕著な地震波反射面(たとえば,Mizoue et al., 1982 が見つかるようになってきた(弘前大学 [課題番号:0402];東北大学 [課題番号:0502.1]).これらの反射面が水とマグマのどちらに関係するのか,あるいは両方に関係しているのかを判別することが次のステップとして重要となっている.東北大学 [課題番号:0502.1] は,東北地方脊梁における合同観測による波形データを系統的に解析することにより,多数の地震波反射面を検出している(堀・他,1999).この結果とVp/Vs構造(Nakajima et al., 2000) と比較すると,浅い領域までVp/Vs が大きくなっている地域では,このような反射面が存在する領域の下限も浅くなっているように見える.また,浅部の反射面が見られている領域内では基本的に Vp/Vs は小さいという結果が得られている.

  一方,Vp/Vs構造と低周波地震の震源分布 (岡田・長谷川, 2000) を比較すると,Vp/Vsが大きな領域の上端で低周波地震が発生しているように見える(図4).例外的に上部地殻までVp/Vsの大きな領域が伸びている岩手山周辺では,やはり例外的に浅部に低周波地震が発生している(弘前大学 [課題番号:0402];小菅・千田,1999).これらのことから,東北地方で見られている反射面や低周波地震の多くは,マグマが固結する過程で放出された水によって生じているというモデルが今のところ考えられる.

このような地殻流体の分布を知る上で貴重な情報となるのが比抵抗構造である.最近の稠密なMT観測によって高分解能の比抵抗構造が得られるようになってきた.1999年には,千屋断層周辺(東北大学 [課題番号:0502.5];秋田大学 [課題番号:0601];東京工業大学[課題番号:0801] や北アナトリア断層 (東京工業大学 [課題番号:0802];本蔵・他,2000),山陰地方東部 (鳥取大学 [課題番号:1005];塩崎・大志万,2000) における比抵抗構造の詳細が明らかになった.これらの結果によれば,微小地震は高比抵抗域に多く発生しているように見える(たとえば,1998年電磁気共同観測MTデータ整理委員会,1999図5).これを説明するモデルはまだ確立していないが,たとえば水の存在下においては応力腐食や石英の圧力溶解等の影響によって塑性変形が進行するため,水が常時存在していて低比抵抗となっている地域ではむしろ地震は発生しにくいというモデルで説明できるかもしれない.また,地震が発生している領域だけが花崗岩で,発生していない領域が別の岩石等であれば,クラックが連結していてかつ水で飽和していない限り,花崗岩の比抵抗が元々大きいためにマクロで見た比抵抗がそれほど小さくならないということもありうる.

  ただし現在のところ,事例がまだ充分ではなく,また比抵抗分布と震源分布の誤差を慎重に評価する必要があるため,比抵抗分布と地震活動との対応関係を一般化できるかどうかは検討の余地がある.今後,他の地域でも比抵抗構造を詳細に調べ,地震波のP波速度構造のみならず,Vp/Vs,減衰,異方性,散乱体等の分布をより詳細に精度良く調べ,比抵抗構造と比較することが重要となる.もし,地震発生域が高比抵抗であるということが確立すれば,低比抵抗の領域は塑性変形を起こしやすい領域を示している可能性が高くなるため,比抵抗構造の推定は,地殻流体の挙動の解明のみならず,ローディング機構の解明にとっても重要な手段となりうる.

  地殻流体の空間分布でなく時間変化に関連する現象を重力によって調べた成果として,東京大学地震研究所の研究 [課題番号:0106] (世田・他,1999)がある.この研究では,伊豆半島東部における群発地震終了後の2年間の重力変化を調べることにより,地殻流体の移動に伴なう地殻変動と考えられる現象の時間変化を捉えることができた(図6).このことは,群発地震活動の静穏期においても,地殻流体の移動が進行していることを示唆している.GPS は水平変動には敏感であるが上下変動については分解能が劣るため,重力と GPS の両方を観測・解析することにより,マグマ等の地殻流体の移動がより詳細に捉えることができ,群発地震の予測には有効となると考えられる.

一方,通常の構造性地震に伴う地殻内流体の移動は,群発地震に比べて小規模であると考えられるため,これを観測で検知することはかなり難しいと予想される.このような検知が可能かどうかを見積もるために,平成11年度に野島断層で行なわれた2回目の注水試験(京都大学防災研究所 [課題番号:0207];東京大学地震研究所 [課題番号:0107a])は重要である.現在はまだ解析の途中であるため詳しい結果が出るのは今後となるが,注水に伴なって複数の観測項目に変化が見られたことは注目に値する.

 

3.まとめ

 

  重点項目のうち,「プレート間カップリングの時間変化」については,平成11年度においては,釜石沖において固有地震的な小地震活動が存在していること,東海地域のカップリングも時間的にゆらいでいて,特に最近カップリングが変化している可能性があること等,重要な成果が得られた.今後,測地学的データと地震学的データをさらに検討することにより,より詳細な時空間変化が得られると期待される.

  「地震多発域へのローディング機構」については,Vp/Vs 構造が大局的にもかなり空間変化していること,内陸の活断層における微小地震活動度とプレートの収束速度が逆負の相関であること等の,重要な成果が平成11年度に得られている.これらの結果によってモデルを修正し,より真実に近いモデルを構築していくことによって,ローディング機構の全体像が明確になっていくと期待される.

  「断層周辺の微細構造と地殻流体の挙動」については,平成11年度の重要な成果として,Vp/Vs構造と地震波反射面や低周波地震の震源分布との相関が見られたこと,地震発生域ではむしろ高比抵抗域として特徴づけられる可能性があること,群発地震の静穏期にも重力の時間変化が捉えられたこと等が挙げられる.今後,より詳細に断層周辺の構造を調べ,野島断層の注水試験の解析結果ともあわせ,地殻流体の挙動を明らかにしていく必要がある.

プレート間カップリングの時間変化を陸上の観測から推定するためには,地殻のコサイスミックな応力変化に対する変形特性のみならず,ゆっくりとした応力変化に対する特性を知る必要があり,この変形特性を求めることは,ローディング機構の解明に深く結びつく.また,断層周辺の微細構造や地殻流体の挙動を調べることは,ローディング機構の解明にとっても重要である.したがって,上記の3項目は互いに関係が深く,独立に求められるものではない.また,最初に述べたように「準備過程における地殻活動」の研究は,「定常的な広域地殻活動」と「直前過程における地殻活動」と密接に関連しており,かつこの研究の進展のためには,「地殻活動シミュレーション手法」によるモデルの構築・検証と「観測技術開発」による新技術の導入が欠かせない.したがって,今後も他の計画と密接に連携をとり,全体のバランスを考えながら,総合科学としての「地震発生準備過程」の研究を推進していく必要がある.

 

 


文献

 

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<図の説明>

 

図1.釜石沖の「固有地震」的クラスターの活動(東北大学 [課題番号:0501.2]の図3).(A) M-T図.(B) 積算モーメント.データは気象庁による.

図2.全国の内陸地震活動度分布(京都大学防災研究所 [課題番号:0201]の図2).全国の98活断層にかかわる活動度を,破壊面の面積に比例する地震活動度パラメータ (Tsukuda, 1985) を用いて評価している.逆断層面の傾斜角を40度と仮定した場合の結果を示す.関東以北は千屋断層系を除いて活動度が低いが,中部以西は概して活動度が高い.

図3.トモグラフィで得られた東北地方のVp/Vs構造(東北大学 [課題番号:0502.1]の図2).深さ10, 25, 40km について示す.

図4.東北地方中央部の脊梁付近の南北断面(東北大学 [課題番号:0502.1]の図3).上からP波速度,S波速度,Vp/Vs構造を示す.断面の位置は東経140.75度に沿っており,図の左端と右端がそれぞれ北緯38.5度と40.0度である.黒三角と四角は,それぞれ活火山と主な断層の位置を示す.また,黒丸と十字は微小地震と低周波微小地震 (岡田・長谷川,2000) の震源分布を,赤線は地震波反射面の分布 (堀・他,1999) を表す.

図5.北アナトリア断層の深部比抵抗構造(東京工業大学 [課題番号:0802]の図).本震の震源を星印で,余震分布を白丸で示す.測線は,ほぼ断層の走向に直交しており,図上部の黒三角と矢印は,それぞれ観測点と断層の位置を示す.

図6.絶対重力・相対重力測定併用(ハイブリッド)方式によって求めた伊豆半島東部における重力変化(東京大学地震研究所 [課題番号:0106]の図2).群発地震が終息した1998年5月から2000年2月までの変化を示す.単位はマイクロガル.地殻活動や地震活動の静穏な時期にもかかわらず,顕著な重力変化が見られ,地殻内流体の移動が示唆される。