(平成12年7月4日)
地震発生に至る地殻活動の全過程とその過程に伴って現れる種々の地殻現象の発生メカニズムを解明し,観測データに基づいて地殻活動を定量的に予測することを主な目的とし,新建議に従い,
1.
プレート運動に起因する広域かつ長期にわたる応力場とその形成メカニズムの解明,
2.
地殻及び上部マントルの不均質構造によって地震発生領域に応力が集積していくメカニズム(地震発生準備過程)の解明,
3.
地震発生準備の最終段階において活性化する物理・化学過程の解明,4. 地震発生に伴う地震動の解析による地震と震源近傍での不均質構造との関係の解明,
5.
日本列島規模で地殻の状態と活動を常時把握し,各地域での地震発生準備段階の進行状況を評価する,「地殻活動モニタリングシステム」の高度化,
6.
観測から得られる膨大なデータの総合的活用による,地殻活動の現状把握およびその推移予測のための,大規模シミュレーションの手法の開発,
7.
地殻深部や海域での精度の高い情報を得るための新しい観測技術の開発,を目指して,各局面での研究の進展を図る.
現時点における解明すべき重要な問題は以下の通りである.
(1) 広域応力場とその形成メカニズム
(2) プレート境界におけるカップリングの時空間変化
(3) 内陸活断層周辺における不均質な応力・歪場と成因
(4) 地震発生に対する地殻流体の役割
(5) 断層面上の強度と応力の時空間分布
これらの問題は,いずれも,地殻活動に関する新しいモデル構築につながる可能性のあるものであり,最適なフィールドにおいて,合目的的・集中的な観測研究とそれを説明するためのシミュレーションや実験的な研究が必要である.また,これらの研究のための新たな技術開発も重要である.
目 次
(1) 地震の準備過程の解明
(2) 準備過程の解明の可能性
(1)-1.広域応力場の不均質性
(1)-2. 境界条件
(1)-2-1. 日本列島の東・南側の境界条件
(1)-2-2. 日本列島の西側の境界条件
(1)-2-3. 日本列島の下側の境界条件
(1)-3. 変形特性
(1)-3-1. 地殻・最上部マントルの変形特性
(1)-3-2. 下部地殻の変形の集中度
(1)-3-3. 地殻・最上部マントルの長期的な変形特性
(2)-1. プレート境界地震の予測
(2)-2. テストフィールド
(2)-2-1. 三陸沖
(2)-2-2. 東海・南海,十勝沖・釧路沖
(3)-1. 個々の断層への応力蓄積過程
(3)-2. 内陸の歪集中帯の変形様式
(3)-2-1. 応力の時間変化
(3)-2-2. 変形特性の空間分布
(4)-1. 地殻流体の実体の解明
(4)-2. 断層面の破壊強度に対する地殻流体の役割
(4)-3. 島弧の変形に対する地殻流体の役割
(4)-3-1. 下部地殻
(4)-3-2. 上部地殻
(5)-1. すべり発生の条件
(5)-2. 不均一な強度場での破壊核成長過程
(5)-3. すべり分布の再現性の検証
(5)-4. 応力・強度分布推定法の開発
(5)-5. フィールド
今回,建議の文章を再掲して,各部会毎の目的をわざわざ再確認したのは,提案されている個別の研究計画において,例えば,不均質構造の解明というキーワードが多用され,それ自身が自己目的化されつつあることに危惧を覚えたためである.提案によっては,何をどの程度の精度や分解能で解明するのか,そして,その結果が全体計画において,地震の発生予測のためにどのような意味を持つのかについて,必ずしも明確でないものがあるように見受けられた.
そこで,計画作成に当たって,特に留意すべきこととして,
a) 解明すべき不均質構造の空間スケールをあらかじめ想定し,それに見合った研究計画を立案すること,
b) 期待される結果や成果により,これまで解決できなかったどういう問題点が克服され,そのことが地震発生予測においてどのような役割を果たすかについて,あらかじめ十分に検討すること,
が挙げられる.
新建議においては,地震の発生を高精度に予測するために,以下のように観測・研究を行うことが提言されている.まず,プレート運動に起因する広域かつ長期にわたる地殻活動の理解に基づいて,地震発生直後から次の地震発生に至るまでの応力蓄積の過程(地震発生準備過程)の進行状況を把握し,次に,応力が十分に蓄積していながら未だに地震が発生していない状態(準備過程の最終段階)にある場所を検出し,そして,最終段階において顕著となる応力再配分の過程を追跡する,という筋道である.さらに,これら一連の過程を地震発生場の理解と地殻現象の観測に基づいてモデル化し,その推移を逐次予測し検証していくことによって地震発生予測能力を高めていく,という考え方も新建議の基本理念の一つとなっている.
新建議においては,準備過程の最終段階にある場所を特定し,集中観測を実施することなどにより,そこで生起することが期待される現象を捕え,その発生機構を解明して発生予測を試行するという戦略がとられている.つまり,計画は完全に平行して進むのではなく,集中観測を実施するフィールドを決めるために,地震発生準備の最終段階にある地域を特定する必要 がある.しかしながら現時点においては,準備過程の最終段階にある場所を特定する方法や,準備過程の基本的なメカニズムの理解においても不明な点が多いので,まず,準備過程の解明につながる計画を重点的に進めなければならない.
現在,内陸における大地震の発生予測は,活断層の活動履歴の調査結果に基づく統計
的な手法が採られている.こうした方法による長期予測は極めて重要であるが,発生時期の幅が数百年程度ある.これを少しでも狭めることが,我々に課せられた重要なテーマであると考える.もし,予測の幅が数十年というオーダーになれば,都市計画等にも有効に利用できるようになる.現時点では,まず準備過程のメカニズムを解明し,数十年の時間スケールでの地震発生予測の方法を開発することを目標とする.このために,テストフィールドを設定して,数十年の時間精度で準備過程の進展の程度を評価する.
近年,地震の発生過程のモデリングが急速に進歩してきた.これらのモデルの多くは,大地震の急激なすべりの発生前に,ゆっくりしたすべり(非地震性すべり)の加速を予測している.その発生位置や空間的広がり,時間スケールについてはまだまだ不明な点が多いが,数年から数十年の時間スケールにおいては,断層とその周辺の広い地域で,非地震性すべりに起因して,応力と強度の相対関係が変化し,様々な現象が生起すると考えられる.一番直接的には,地殻変動に表れるはずである.
これまで日本とその周辺で発生した大地震のいくつかについて,大地震発生前の非地震性すべりの加速を示唆する観測結果が得られている.1982年の浦河沖地震の例では,地震時に急激にすべった断層面の下部延長において,地震発生前約10年間にコサイスミックなすべり量の半分程度の非地震性すべりが発生したことが推定されている.また,同じ面上でアフタースリップが起こったことも推定されている.また,この断層面とその下部延長に沿って,大きな速度構造の不連続があることも推定されている.ただし,サイレント地震と呼ばれる,非地震性すべりで終わる地震の存在も見つかってきたため,その違いについて解明することが重要である.
準備過程に関する従来の考え方は,プレート境界では,プレートの相対運動によりプレート境界断層に応力が蓄積されていく,内陸では,プレートの相対運動に起因して応力が蓄積されていくという単純なものだった.これに対して,近年明らかになったのは,非地震性すべりによる局所的な応力蓄積に加えて,地殻の不均質により,局所的に応力蓄積が発生する可能性があるということである.例えば,兵庫県南部地震の前,約100年間の地殻水平歪みには,断層近傍の不均質な歪み場が表れている.これらの成因を解明することにより,準備過程が解明されることが期待される.
日本列島の広域的な応力場に関して,まだ解明されていない多数の観測事実が存在する.一例を挙げると,1982年浦河沖地震により顕著に示されたように,日高地方では,最大主圧縮力軸が,太平洋プレートの沈み込み方向とほぼ直交している(「アムール」ー北アメリカの相対運動の方向とも違う).同様の傾向は西南日本でも顕著である.海溝軸に平行な最大主圧縮力軸は,単純なプレートの沈み込みだけでは説明が難しい.
問題の解決のためには,応力測定および地震のメカニズム解の解析などにより,日本列島とその周辺の応力場を明らかにすることに加えて,その成因を明らかにするために,境界条件や変形特性の解明が重要である.媒質の変形特性は,基本的には鉱物サイズ程度のミクロな変形によって規定されている.実験から得られるミクロな変形特性と,GPS等から得られるマクロな変形特性との橋渡しを行うために,不均質構造の推定によってクラックや地殻流体等の分布を調べることが重要となる.
世界で最もよく調べられている三陸沖でさえ,そこでのカップリング (年間すべり欠損量とプレート間相対速度の比) が100% 近いのか,それとも,かなりの量の定常的な非地震性すべりが存在しているのか,必ずしも明確にはなっていない.さらに,カップリングの大きな部分が,通常の地震で歪を解放するのか,超スロー地震によるのかという問題も残っている.カップリングの大きさの問題は,三陸沖のプレート境界に発生する地震の発生予測だけでなく,内陸地震を発生させる応力場の解明のためにも重大な問題である.上記の問題解決のためには,海底での地殻変動観測が基本的に重要であるが,それがまだ実用化されていない段階においては,陸のGPS観測網のデータ等を有効利用せざるを得ない.しかし,測定された変動場には,内陸の局所的な変形や,日本海東縁における相対運動の影響が含まれている可能性があり,それらの影響を考慮することが必要であろう.上記においては,三陸沖のプレート境界を例に挙げたが,この問題は日本列島周辺の沈み込み帯において,全てあてはまるものである.
日本海東縁における相対運動の解明は,太平洋側のプレート境界のカップリング問題と同様に,内陸全体の変形や応力場の解明に直接つながるものである.いわゆる「アムールプレート」の存在と運動形態を詳しく明らかにすることは重要である.特に仮にアムールプレートの存在を認めたとしても,その東・南縁の収束形態については不明な点が多く,内部変形の可能性が指摘されている.内部変形は,日本列島内陸の北海道の中央部,日本海東縁,中部地方,近畿から四国,九州から沖縄トラフにおいてまかなわれている可能性があり,そこでの収束と変形の実体を解明することは,境界条件の解明のみならず,内陸地震の発生予測そのものにとって極めて重要である.
日本列島の下部の力学的境界条件についても不明な点が多い.この問題の解明には,島弧の下部で生起している現象を解明することが重要である.例えば,フィリッピン海プレートが中部地方下の広い領域で陸側の地殻と直接接している可能性や,マントルからの上昇流による引きずりの問題が指摘されているが,実証的な研究をさらに進める必要がある.
上部地殻における広域的な応力場の形成過程を明らかにすることは,地震発生の準備過程を解明するために不可欠である.この課題の解明には,下部地殻および最上部マントルが,どのように,またどの程度プレートの相互作用に起因する差応力を支えているかが重要な鍵となる.特にその基本的な性質がまだよく分かっていない下部地殻を対象として,大規模な観測研究と室内実験やシミュレーションを組み合わせ,変形特性について確実な知見を積み重ねていくことが必要である.
現在のところ,下部地殻の変形機構として,塑性流動や粘弾性変形などが考えられている.また,変形が広域に起こっているのか,あるいは狭い領域に集中しているのかという,変形の集中度の問題がある.これらの変形機構と変形の集中度の組み合わせにより,実際の変形特性としては種々の可能性がある.
変形を記述する重要なパラメーターは歪速度であるが,地表の観測量から地殻内での真の歪速度を推定するには,媒質内の変形の集中度を正しくおさえる必要がある.例えば,断層の深部延長が下部地殻内部に傾斜して延びていれば,変形はそこに集中している可能性が高い.
媒質の変形の集中度の推定には,地震波の反射・散乱などの解析が有効である.地震波反射面は重要なターゲットである.反射面が単なるインピーダンスコントラストではなく,実際にすべりが起こっている面かどうか明らかにすることも重要である.また,かつての下部地殻が,隆起と削剥により地表に表れているものを直接調査することも有効である.
大地震発生後の変動の解析は,下部地殻と上部マントルの粘弾性の解明においても極めて重要である.さらに,古地震・活断層調査から得られる大地震の活動履歴や,地形・地質・重力等のデータを用いることにより, プレート境界での相対運動に対する,地震サイクルを越える長期間における地殻と最上部マントルのレスポンスの解明を行うことも重要である.そのための基礎データは現時点でも十分ではないため,これらの取得を今後も推進することが必要である.
プレート境界におけるカップリングの時空間的変化,つまりプレート境界における非地震性すべりの時空間分布をとらえることが,地震のサイクルや準備過程,応力集中を理解するうえで極めて重要である.そのためには,非地震性すべりの可能性のある領域の直上で観測することが最重要である。その領域の多くは海域なので、当然ながら海域における地殻変動観測が重要である.そのために,新技術の実用化の努力を継続しつつ、陸上のGPSや地殻変動連続観測,広帯域地震観測,オンライン海底地震観測,微小地震観測等のデータをさらに活用することにより,非地震性すべりの時空間変化の推定を行うことが重要である.
この5カ年において最重要な研究対象地域(テストフィールド)は三陸沖である.ここでは,三陸はるか沖地震の震源過程や,内陸のGPSの解析により,プレート境界でのすべりと強度の時空間分布が明らかにされつつある.三陸沖に観測研究を集中して,非地震性すべりの時空間変化の推定を行うことが重要である.さらに,それに基づき,三陸はるか沖地震の発生過程の特徴を定量的に説明できる数値モデルを開発することを目指すべきである.例えば,初期破壊が海溝側から開始することや,初期破壊から主破壊までの時間が長いこと等を数値モデルを使って理解し,前兆的すべりの可能性を調べることも重要な課題である.三陸沖と同様に非地震性すべりが発生していると考えられている日向灘も重要なフィールドである.
長期的な大地震の発生予測がなされている,東海,東南海・南海,十勝沖・釧路沖においても,プレート間カップリングや非地震性すべりの時空間変化を解明する.想定される断層面とその周辺,特に下部延長における非地震性すべりやサイレント地震の時空間分布を明らかにすることが重要な課題である.どの程度の非地震性すべりが大地震をトリガーするかについての定量的な予測を行うために,プレート境界の強度とそこに加わる応力レベルの時空間分布の解明につながるような新たな手法の開発を試みるべきである.プレート境界における強度とそこに加わる応力レベルを知ることは極めて困難な課題である.しかし,その情報がないと,想定断層面の深部で発生した非地震性すべりが大地震をトリガーするかどうかを判断できない.
内陸地震に関する最大の課題は,個々の断層への応力蓄積過程の解明である.内陸における応力場は,プレート境界での相対運動に起因して蓄積されていくという考え方が一般的である.一方,GPSなどにより観測されているのは,断層近傍での歪速度場である.現実的な島弧地殻及び上部マントルの構造と変形特性を取り入れた数値モデルによって,歪速度場から応力蓄積過程を解明することが重要である.
近年,国土地理院のGPS観測網により明らかになってきた日本列島内陸の変形場の大きな特徴は,歪速度の地域的な不均質性である.たとえば,中部地方北部から近畿地方には,顕著な歪の集中帯がある.これは「アムールプレート」の東縁問題と直接関係しており,プレートの相対運動のモデル化により歪場をどの程度説明できるかを明らかにすることが重要である.ところで,この歪速度が応力蓄積速度に対応する場合,内陸における長期間で平均したモーメント解放量は,歪速度から推定されるものよりも有意に小さいという指摘(測地的歪速度と平均モーメント解放量との矛盾)がある.もしそうであれば,観測されている大きな歪速度は,非弾性歪を含んでいる可能性が考えられる.最新のデータによる精度の高い解析により,この違いが有意なものかどうか,定量的に明らかにする必要がある.また,東北日本の日本海側では活褶曲の存在が知られているが,これは,地震発生域における非地震性すべりを反映している可能性があり,歪集中帯の変形様式を解明のために重要である.
この問題の解明に対する最も直接的な手段は,応力の時間変化の測定であり,要求される精度に見合った手法の開発を行うべきである.数年の期間で応力の時間変化を捉えることは極めて困難ではあるが,着手しなければならない問題である.
歪集中帯とそうでない地域の変形特性に違いがあるかを評価し,もし相違があるならば,その原因を推定することが重要である.このためには,応力の空間分布,地震波速度・減衰構造や散乱体分布,比抵抗構造等と歪速度分布の対応関係を明らかにすることが有効である.また,国土地理院のGPS観測網による歪速度場は大局的なものであるため,個別の断層スケールの歪速度場の測定とそこでの変形特性との関係を解明することも必要である.また,対象とする領域は,上部地殻に限らず,下部地殻,さらには上部マントルにもおよぶべきであろう.
日本列島とその周辺の地殻・最上部マントルにおける地殻流体の実体と,その空間分布および時間変化を捉え,地震発生に対する地殻流体の役割を解明することが重要である.地震発生に対する地殻流体の役割には,断層の強度を低下させて,地震を起こりやすくするものと,島弧の変形に関与して,断層への応力蓄積を進めるものの両面があると考えられる.
地殻流体の分布や挙動は,ほとんど分かっていないので,重力・地震・電磁気・地殻変動など多様な手法を総合して,深部の流体の実体を捉える手法の開発が必要である.特に重要なフィールドは,群発地震に先立つ前兆的地殻変動が観測されている伊東沖である.地殻流体の挙動の実測を試み,群発地震とその前兆的変動の生成を説明できる数値モデルを開発することが重要である.
地殻流体は,断層面の間隙水圧を上昇させることなどにより、断層面の強度を低下させ,地震を起こしやすくすると考えられている.しかし,断層とその周辺における地殻流体の挙動については,ようやく解明の緒に付いたばかりである.断層帯における高圧水や,深部からの熱水の移動による化学反応などが重要なテーマであり,観測・実験・シミュレーションなどにより,よく分かっていない地殻流体と地震発生の関係の解明を試みることが重要である.
上部地殻の歪速度は,その下の下部地殻の変形特性によって大きく支配される.一方,高温高圧における岩石実験によって,水の存在下ではドライな場合に比べてクリープ速度が大きくなることが知られている.したがって,下部地殻の変形特性に対する地殻流体の役割を,観測や実験から明らかにすることが重要である.
上部地殻それ自体において,水が存在するとクリープが発生する可能性がある.もしそうであれば,長い期間においては,水は非地震性の変形を加速させ、地震を起こしにくくさせる.また,ある領域で非地震性の変形が進むことにより,隣接領域に応力集中することも考えられる.この問題を解決するには、上部地殻における地殻流体の空間分布と,応力場や歪速度場,あるいは地震活動との関係を明らかにすることが重要である.
断層面上のある点ですべりが発生するかどうかは,その点における破壊強度と応力との大小関係で決まる.地震時に低下した強度は,地震後,強度回復により地震発生前の状態に戻る.さらに,何らかの原因で地震発生に向けて強度が低下する可能性もある.いずれの場合でも,地震で解放された応力が強度レベルまで達するとすべりが発生する.したがって,各点における各時点での強度と応力の差を知ることが重要であり,そのためには,強度と応力の絶対値を把握するよりも,地震後の応力を基準とした相対値を把握する手法を開発する方が容易であろう.
地震波などの解析により,断層面上での不均一な応力降下量分布を推定することが可能となり,地震が最近発生した断層については強度分布についての情報が得られてきている.破壊開始点における情報は特に重要であり,不均質な断層面上での破壊核成長過程に関する実験的・理論的研究も同時に進められてきた.そのような研究をさらに発展させるとともに,地震波形記録上の初期フェイズの解析などにより,震源で破壊が高速伝播し始める過程について調べ,特に破壊核の臨界サイズと最終的な破壊サイズとに相関があるかどうか明らかにすることが重要である.
繰り返される地震ごとに断層面上のすべり分布がいつも同じであるかどうかは,必ずしも自明ではない.破壊開始点の位置やすべり量の大きな部分が毎回同じ場所であるかどうかを検証することは,地震の発生予測のために重要である.
地震波などのデータから,破壊開始点の位置や応力降下量とその空間分布が知られている断層は少ない.よって,断層が動いた時に得られるデータ以外の情報から,破壊開始点の位置や強度分布を推定する手法を開発することが必要である.そのためには,破壊開始点の位置や強度分布が既知の断層において,断層面のどのような物理・化学・幾何学的性質と破壊開始点の位置や強度分布が関係するかについて解明する必要がある.地震・電磁気・活断層調査・物質科学等の様々な手法による総合的な調査を行い,室内における岩石実験やシミュレーションと組み合わせることが重要である.強度分布推定の際には,強度の時間変化を考慮する必要がある.応力分布推定のためには,応力測定や微小地震の応力降下量の研究が重要である.
応力・強度分布推定法の開発のためのフィールドの条件は,地震の震源過程の解析により応力降下量分布が推定されていることである.三陸はるか沖,長野県西部,兵庫県南部等が重要な候補である.フィールドとしては他にもあり得るが,その選定にあたっては,地震発生域の断層に関する情報が得られるかどうか十分検討する必要がある.