6.「地殻活動シミュレーション手法」研究計画

「地殻活動シミュレーション手法」計画推進部会

6.1       基本的な考え方

 

地震発生に至る地殻活動の全過程を把握し,地震予知の精度を向上させるためには,観測から得られる膨大なデータを総合的に活用して地殻活動の現在の状況を明らかにすると同時に,その推移を予測するための大規模シミュレーションの手法を開発する必要がある.地殻活動シミュレーション研究の中・長期的目標は,隣接するプレート同士が複雑に相互作用している日本列島域の地殻活動のシミュレーション・モデルを構築し,広域GPS観測網や地震観測網等からの膨大な地殻活動データをリアルタイムで解析・同化することにより,プレ−トの相対運動によって駆動されるテクトニック応力の蓄積から準静的な破壊核の形成を経て動的破壊の開始・伝播・停止に至る大地震発生過程の定量的な予測を行うことにある.

上記の目標を達成するためには,建議で重点項目として挙げられている地震発生の物理過程に関する基礎研究の推進並びに広域地殻活動モニタリング・システムの高度化に加え,膨大な観測デ−タの同化と複雑な理論モデル計算の併合を可能とする大容量情報通信網及び超高速並列計算機の整備・開発が不可欠である.幸いなことに,我が国では「地球シミュレーター計画」の下に、現在のスーパー・コンピューターの約1000倍の能力を持つ超並列計算機の開発が2001年度末完成を目標に進められている.更に,この計画に関連して「高精度の固体地球変動予測のための並列ソフトウェア開発に関する研究」が平成10年度からの5カ年計画で科学技術振興調整費総合研究として進められており,その中には「地殻活動シミュレーション手法研究」と密接に関連する「日本列島域の地殻活動の並列シミュレーションに関する研究」及び「3次元不均質場での地震発生過程と地震波動伝播の並列シミュレーションに関する研究」が中心的な研究項目として含まれている.また,科学技術庁の海底下深部構造フロンティア計画の「海底下深部変形モデリング研究」や建設省総合プロジェクトに於ける国土地理院の重点研究課題「地殻活動シミュレーションに関する研究」等も関連するシミュレーション研究として位置づけることができる.

しかしながら,これらの諸プロジェクトで開発中の大規模シミュレーション・モデルは何れもプロトタイプ・モデルであり,その実用化に向けて解決すべき問題は山積している.これらの諸問題を解決しつつ日本列島域を対象とする統合シミュレーション・モデルを高度化していくためには,大学及び関係機関がその機能に応じて適切に役割を分担し,密接な協力・連携を図ることが重要である.具体的には,現在進行中の大規模プロジェクトでは,複数の要素モデルを有機的に結合して日本列島域を対象とする統合シミュレーション・モデルを構築する.一方,地震予知研究事業に於いては,大学等を中心とする中小規模の研究グループが以下に挙げるようなモデリング及びシミュレーション手法の高度化のための基礎研究を重点的に推進し,その成果を改良要素モデルとして統合シミュレーション・モデルに逐次組み込むことにより,地殻活動予測シミュレーション・モデルを自己発展させていく.

 

6.2       重点的に推進すべき基礎研究項目

 

1)断層破砕帯の素過程

1-1.断層破砕帯の微視的な構造と物理化学過程の研究

1-2.断層破砕帯での流体の挙動と巨視的効果に関する研究

2)断層間相互作用

2-1.屈曲や飛びのある断層系での破壊伝播過程の研究

2-2.複雑断層系の自己組織化と地震活動に関する研究

3)内陸活断層の地震発生過程

3-1.下部地殻の流動特性とプレート内応力の蓄積過程に関する研究

3-2.内陸活断層に於ける地震発生サイクルのモデル化に関する研究

4)地殻活動データの解析・同化

4-1.地殻変動データの解析・同化手法に関する研究

4-2.地震活動データの解析・同化手法に関する研究

5)特定地域に於ける地震発生サイクル・モデルの開発

5-1.南海トラフに於ける地震発生サイクルのモデル化に関する研究

5-2.三陸沈み込み帯に於ける地震発生サイクルのモデル化に関する研究

5-3.駿河トラフに於ける地震発生サイクルのモデル化に関する研究

6)日本列島域の広域変形・応力場のシミュレーション

6-1.プレート運動に起因する日本列島の地殻変形に関する研究

6-2.日本列島の地殻内応力場の推定に関する研究

 

6.3平成12年度に重点的に推進すべき課題

 

以上のような基本的考え方に基づき,平成12年度の地震予知研究事業(主として大学等を中心とする中小規模の研究グループ)では,他のプロジェクトとの関連で大学以外の研究機関によって既に実施されているものもあることを考慮し,以下の5つの研究課題を重点的に推進する.

 

1.地殻内流体の挙動とその地震発生に対する力学的効果に関する研究(提案機関:東京大学地震研究所/重点基礎研究項目1-1及び1-2)

最近の野外調査や室内実験の結果は,地殻内の流体が断層運動に大きく関与していることを示唆している.また,シミュレーション研究からは,流体移動と断層破壊の相互作用により前震−本震系列のタイプの地震と群発型の地震の違いが出てくることが分かってきた.流体の移動と断層破壊は,流体圧の増大による実効封圧の低下,すべりによる空隙率の変化や断層破砕帯の厚さの変化などを通して非線形の相互作用を行う.そのため,大地震発生前後の地震活動はきわめて複雑な時空間変化を示すことが予想される.プレート境界地震などでは,特に流体の関与が大きいと考えられる.

従来の研究では,流体は平面状の断層帯の中を移動すると仮定している.しかし,松代群発地震の際に活動域が3次元的に拡大したという観測事実を説明するには,3次元形状の地下流路や複雑に空間分布した破壊要素を考慮する必要がある.また,流体の移動が大きな影響を及ぼすと想像される余震についても,最近の精度の良い観測によれば,必ずしも2次元平面上のみで発生しているわけではないことが分かっている.平成12年度では,このように3次元的に分布した流路や破壊要素の効果を考慮に入れた流体移動と地震破壊発生の間の相互作用についてのシミュレーション手法の開発と計算を行う.

流体移動の効果の解明は,見かけ上複雑な地震破壊現象を統一的視点に立ってモデル化し,前震や余震の発生過程を、シミュレーションを通して理解する上で重要である.本研究の成果は,地震活動の観測に基づいた地震発生予測に役立てることができると考えている

 

2.断層間相互作用による断層成熟度の変化についての研究(提案機関:東京大学地震研究所/重点基礎研究項目1-1及び2-2)

 

均質な脆性物質を用いた最近の精密な実験研究によれば,破壊のダイナミクスと破壊面の幾何学形状の複雑化は密接な関係があるということが分かってきた.地殻のように力学的に不均質な媒質中の破壊では,この関係がより強く現れると考えられる.幾何学的に複雑な形状をした断層での地震破壊がある地域に引き続いて発生すれば,断層要素間に複雑な相互作用を生じることになり,場合によっては結合することもあり得る.このようにして,大地震の発生様式は時間と共に変化するはずである.実際,島崎らによる地表断層トレースの観測と地震活動の比較から,断層は時間と共によりなめらかな形状となり,大地震の発生様式が変化するということが指摘されている.本研究では,平成12年度に断層形状の複雑さを正面からモデル化する手法を開発し,断層間相互作用による断層成熟度の変化に関するシミュレーションを行う.

 

3.下部地殻流動特性とプレート内応力の蓄積・解放過程のシミュレーション研究(提案機関:東京大学理学系研究科/重点基礎研究項目3-1及び3-2)

 

内陸活断層での大地震の発生過程をモデル化するには,活断層の深部構造と下部地殻の力学的特性を解明する必要がある.これ迄の多くの地震学的・測地学的・地形学的観測事実を整合的に説明するには,下部地殻は水平方向と鉛直方向で異なる流動特性を持つ粘弾性物体であると考えざるを得ない.下部地殻のこのような異方的流動特性と活断層深部の現実的な構造及び摩擦特性を考慮に入れ,内陸活断層での応力蓄積・解放過程のシミュレーション・モデルを構築することが,本研究課題の最終目標である.平成12年度は,その最初のステップとして,水平方向と鉛直方向で異なる流動特性を持つ粘弾性物体の様々な力源(断層変位,表面荷重,水平圧縮)に対する変形応答の定式化とそれに基づく数値計算アルゴリズムの開発を行う.これは,平成13年度以降の内陸活断層に於ける地震発生サイクル・モデルの構築に向けた研究の基礎を成すものである.

 

4.海溝型巨大地震の地震サイクル・モデリング研究(提案機関:名古屋大学理学研究科/重点基礎研究項目5-1及び5-2)

名古屋大学理学研究科シミュレーション研究グループは,固体地球シミュレーター計画に関連してスーパー・コンピューター用大規模計算GeoFEM地震サイクル・モジュールを開発中であるが,本研究課題では大型計算ではなく,ワークステーション・レベルで、海溝型巨大地震の地震発生サイクルの準静的モデリングを行う.平成12年度では,断層の摩擦パラメータの分布並びにプレートの形状が地震サイクルに及ぼす影響の基礎的な評価を行い,地震活動パターンや地殻変動から推定されるプレート間カップリング等から摩擦パラメータの基本的空間分布パターンを抽出する.これは,平成13年度以降の東北日本及び西南日本における海溝型巨大地震の地震サイクルのプロトタイプ・モデル構築の基礎となるものである.

 

5.地殻応力・歪変化シミュレーション手法に関する研究(提案者:東京大学地震研究所

/重点基礎研究項目4-1,4-2,6-1及び6-2)

 

堀らのグループによって開発されつつある等価介在物法などの工学的手法に基づく応力推定法を用いれば,例えば国土地理院によるGPS全国観測網データから地殻内応力の推定が可能である.既に予備的な解析が実施されつつあるが,本格的な数値シミュレーションに着手し,既存のデータに基づき日本列島の地殻応力場を再現すると共に地震のメカニズムやS波の偏光異方性データなどと比較しつつ日本列島の応力場を明らかにする.また,3次元有限要素法などの工学的手法を用いて,プレートの相対運動による3次元応力場・変位場の数値シミュレーションを実施する.

平成12年度では,地理院のGPSデータを用い,等価介在物法を適用して日本列島の地殻応力場を再現する.また,3次元有限要素法などの工学的手法を用いて,プレート運動に基づく3次元応力場・変位場の数値シミュレーションを実施し,適切なプレート運動・プレート間固着モデルによって日本列島の変位場が再現できることを立証する.

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