第1章 「地震予知のための新たな観測研究計画」と平成12年度の大学の地震予知研究
1.はじめに
地震予知研究協議会「企画部」と「計画推進部会」は平成12年4月に,正式に発足し,11年度の準備会を引き継いで活動した.今年度は,5ヵ年計画の2年目であり新規の研究成果が少しずつ現れてきた.平成12年度には,6月26日から始まった三宅島での群発地震とそれに引き続く三宅島の噴火と神津島・新島近海の地震活動,10月の鳥取県西部地震,平成13年3月の芸予地震などの地殻活動が発生した。海外でも大地震が発生し,特に平成13年1月のインド西部大地震では,死者1600人を超える大きな被害がもたらされた.このため年次計画を一部変更し,以下の章で述べるように「地震予知のための新たな観測研究計画」の中に,これらの地震活動に関する研究も位置付けて実施した.
2.「地震予知のための新たな観測研究計画」なかでの大学の研究実施体制
平成11年度から5ヵ年計画で始まった「地震予知のための新たな観測研究計画」(以下,「新たな計画」)で推進するべきことは,
(1) 地震発生に至る地殻活動解明のための観測研究の推進
(2) 地殻活動モニタリングシステム高度化のための観測研究の推進
(3) 地殻活動シミュレーション手法と観測技術の開発
(4) 「新たな計画」推進のための体制の整備
である.「新たな計画」は,地震発生に至る地殻活動を解明することを目指している点で,これまでの地震予知計画と異なっている.つまり,地震予知の研究として,地震がどのような経過を経て準備されて発生するのかを理解し,それに基づいて,地殻活動の推移をモニターして発生予測につなげるという戦略である.定量的な予測には数値モデルが不可欠でありこのための手法の開発と,新しい観測技術の開発も「新たな計画」として実施する必要がある.これらの計画のなかで大学は,主として「(1) 地震発生に至る地殻活動解明のための観測研究の推進」を実施している.(2)は,観測データの一元化と常時監視システムの運用とを業務としている官庁が主として行い,(3)は,大学も含めた各機関が実施することになっている.「新たな計画」では,(1)を行うために,
(1‐1) 定常的な広域地殻活動
(1‐2) 準備過程における地殻活動
(1‐3) 直前過程における地殻活動
(1‐4) 地震時及び地震直後の震源過程と強震動
の研究を行うとしている.これらの研究は独立に行われるのではなく,1−1から1−4へ順次実施して,さらに,これら一連の過程を地震発生場の理解と地殻現象の観測に基づいてモデル化し,その推移を逐次予測し検証していくことによって地震発生予測能力を高めていく,という考え方も「新たな計画」の基本理念の一つとなっている.
地震予知研究協議会では,(1)地震発生に至る地殻活動解明のための観測研究の4つの研究計画,(2) 地殻活動モニタリングシステム高度化のための観測研究に対応する計画(3) 地殻活動シミュレーション手法と観測技術の開発の2つの項目に対応する計画(「地殻活動シミュレーション手法」と「観測技術の開発」)の計7つの計画推進部会を作り計画の立案・実施を行った.即ち
(1)「定常的な広域地殻活動」計画推進部会
(2)「準備過程における地殻活動」計画推進部会
(3)「直前過程における地殻活動」計画推進部会
(4)「地震時及び地震直後の震源過程と強震動」計画推進部会
(5)「地殻活動監視システム」計画推進部会
(6)「地殻活動シミュレーション手法」計画推進部会
(7)「観測技術開発」計画推進部会
これらの計画推進部会は,全国の大学の研究グループの代表者が部会委員となり,実施計画を企画部に提案し,策定された計画を実施した.前述のように,本報告も各計画推進部会での議論に基づいて作られた.「新たな計画」では,計画の立案と実施が多くの研究者に開かれた体制で行われることが求められている.計画推進部会の活動が,日常的な研究情報の交換と実施グループの意見の集約・調整の機能を果たした.
3.本年度の成果の概要
「地震予知のための新たな観測研究計画」で,大学の研究者によって平成12年度に実施された研究課題は70を越えた.それらは,7つの計画推進部会を通じて,約100名の研究者によって実施された.特に,「地震発生に至る地殻活動解明のための観測研究」として実施された計画が12年度の成果として重要である.
「新たな計画」では,地震発生に至る地殻活動解明のためには,(1)プレート運動に起因する広域かつ長期にわたる地殻活動の理解に基づいて,(2)地震発生直後から次の地震発生に至るまでの応力蓄積の過程(地震発生準備過程)の進行状況を把握し,次に,(3)応力が十分に蓄積していながら未だに地震が発生していない状態(準備過程の最終段階)にある場所を検出し,そして,(4)最終段階において顕著となる応力再配分の過程を追跡するとしている.
平成12年度には,地震の発生予測のための基礎となる,地震の発生場と発生過程の理解に関する重要な進展があった.ここでは,最初にプレート境界型地震に関する主な成果について概観し,その後にプレート内地震と内陸地震に関する主な成果について述べる.その他の重要な成果は,第2章以降に具体的に述べられている.
3.1 プレート境界におけるカップリングの時空間変化と地震の発生様式
米国のサンアンドレアス断層において,相似地震を用いてプレート間の非地震性すべりの時空間変化を検出する手法が開発されているが(Nadeau & Johnson,1998),東北地方太平洋沖においても,同手法が有効に適用できることが明らかになった.つまり,相似地震は,非地震性すべり領域に囲まれた非常に小さなアスペリティーの繰り返し破壊によって生じており,これをモニターすることにより非地震性すべりの平均速度が求められることが示された.これにより,GPS とは独立にプレート間カップリングの時空間変化が解明できる道筋ができた.さらに,場所によっては GPS よりも高分解能で時空間変化を検出できる可能性がでてきた.
一方,東北地方太平洋沖においては,大地震の発生様式が調べられている.まず,強震データの解析により,アスペリティー(断層面上で,平時には固着し,地震時にはすべりが大きな領域)の空間分布が明らかになってきた.アスペリティーに再現性があるかどうか,つまり,繰り返す地震において同じアスペリティーが再び破壊されるかどうかについてこれまで必ずしも明確ではなかったが,1994年三陸はるか沖地震で破壊したアスペリティーと1968年十勝沖地震について,再現性があることが示された.また,このアスペリティーの位置では,GPS解析からも現時点では固着していることが示されている.
以上のことから,東北地方太平洋沖においては,アスペリティー周辺における非地震性すべりにより,アスペリティーに応力集中が発生し,ついにはその破壊に至るという,大地震発生のシナリオが想定できることになる.三陸沖ではこのシナリオにより大地震の発生予測が可能になると期待されるが,アスペリティーの連動性などいくつかの問題がある.アスペリティーの連動性とは,地震の最終的な大きさが何によって決定されるかという問題と言っても良い.1968年十勝沖地震で破壊したアスペリティーのうち,1994年三陸はるか沖地震で破壊したのは一部分である.この問題を解明するためには,アスペリティーの強度や周辺の非地震性すべりの時空間分布を明らかにするとともに,断層の相互作用のシミュレーションやアスペリティーの相互作用に関する実験的な研究が重要である.さらに,地震の発生予測においては,大地震発生前に非地震性すべりが時間変化するかどうかが重要なポイントである.1994年三陸はるか沖地震前に,その震源域の深部において,非地震性すべりがプレート間相対速度より大きかった可能性が相似地震解析から示唆されており,これが時間とともに加速したのか否か,また他の地震についても同様の現象が見られるか否かの検証が,今後の重要な課題である.
カップリングの時空間変化を,構造探査から明らかにする試みも引き続き行われている.たとえば東北地方太平洋沖ではプレート境界からの反射波の振幅が大きいところでは地震活動が低いことが明らかになり,その解釈のためにいくつかのモデルが構築されつつある.海域での地殻変動観測が実用化されつつあるので,これらのデータにより上記のシナリオの検証が行われるだろう.また,沈み込むプレート境界近傍の精細な構造と地震活動を関係づけることにより,プレートの相互作用の実体の解明が進みつつある.
東北地方太平洋沖では,太平洋プレートの沈み込みの速度が速いため,最も短い場合には30年程度の間隔で大地震が繰り返すことが知られている.また,アスペリティーのサイズは数十kmと小さく,地震発生域の中で,準静的にすべっているところと固着しているところがあることが明らかになった.したがって,カップリングの空間変化を推定することにより,数十年のタイムスケールで,大地震を起こす可能性のある領域を押さえることができる.このことは,地震の長期的な予測の一つの例と言えるだろう.長期的な予測が行われた領域で短期的な予測を目指した研究を行うべきである.
しかし,再来間隔が100年程度となる東南海から南海道にかけては,アスペリティーのサイズが大きく,地震発生域において準静的にすべっているところは知られていない.したがって,超長期の発生場所の予測は出来ていても,カップリングの空間変化だけでは,数十年オーダーの長期予測にはならない.タイムプレディクタブルモデルにより発生時期の予測の精度を上げるためには,固着領域の時間変化あるいはその周辺の非地震性すべりの時間変化を解明することが重要である.東海地域については,カップリングの時間変化の可能性が,辺長変化や上下変動から推定された.南海地域では,カップリングの下端付近に的を絞ったGPSの測量も開始された.これらの観測や解析を通して,非地震性すべりの時間変化を明らかにすることが今後の重要な課題である.
3.2 沈み込むプレート内の地震の解明
沈み込むプレート内の地震については,基礎となる重要なデータが蓄積されつつある.九州下のフィリピン海プレートに関して,震源分布や発震機構の精細がわかってきた.北海道においては,沈み込むプレート内の面上の地震活動が検知された.同様の面状分布は平成13年(2001年)芸予地震の余震活動にも見られており,この領域では過去に繰り返し大地震が発生していることから,プレート内部に弱面が存在している可能性も考えられる.
2001年芸予地震はプレート内部の大地震の予測も防災の上で極めて重要であることを改めて示している.今後,プレートの形状や内部応力場の解析を行ない,シミュレーション等によりデータの解釈を進め,その発生過程を明らかにしていく必要がある.プレートの内部応力場の解明は,プレート境界の強度の推定にも大いに役立つ.
3.3 内陸地震の発生過程
内陸地震については,その発生過程の解明には至っていないが,近年発生した大地震の調査等により,その発生過程の解明に直接関係する重要な知見が多数得られた.3.1でのべたとおり,東北地方太平洋沖についてはカップリングの空間変化が存在し,非地震性すべりによりアスペリティーに応力が蓄積されるというモデルが考えられるが,内陸地震についても,同様のプロセスが存在するのだろうか? 内陸地震も,プレート境界の地震も,地震時の断層面上のすべり分布は非一様である.すべりの大きなところと小さなところが存在するわけである.これらは,東北地方太平洋沖におけるアスペリティーと周辺の非地震性すべりに対応するのであろうか?
この問題に答える上での重要な観測結果が,2000年10月6日に発生した鳥取県西部地震に関して得られつつある.鳥取県西部地震の震源域においては,約10年前から,ほぼ同じ領域で,M5クラスの地震の群発的な活動が繰り返し発生していた.この群発的な活動は,鳥取県西部地震のすべり量分布が小さなところで起こっていた.これまでの内陸の小・中地震の解析から,一般的には続発する活動の断層面は,互いに重ならないことが報告されているが,それに対して,鳥取県西部地域の群発的な活動は,同じ領域で起こった可能性がある.東北地方太平洋沖のプレート境界とのアナロジーが成立するのであれば,大規模な非地震性すべりが発生した場合には,その中の非常に小さなアスペリティーが繰り返し破壊することが予想され,そのような大規模な非地震性すべりは,大きなアスペリティーへの応力集中を引き起すことになる.したがって,この群発地震と鳥取県西部地震の関係の解明は,内陸地震の予知研究の上で極めて重要であり,現在進行中の精細な解析結果が待たれる.
3.4 内陸地震の断層帯中の不均質性
兵庫県南部地震に関する精力的な調査からも,内陸地震のアスペリティーに関係していると考えられる重要な知見が得られた.野島断層周辺で得られた多数の地殻応力データから,断層から約100m以内では,せん断応力が小さくなっていることが明らかになった.これは,地殻応力が,断層上の強度の大きなところで支えられており,その他の部分は強度が低くて,降伏しているためであると解釈された.この強度の高い部分がアスペリティーであると考えられる.
東北地方太平洋沖と野島断層で認められたアスペリティーが,地震の発生過程において,同様の役割を持つかどうかは今後の問題である.地殻応力から推定されたアスペリティーの空間スケールは,せいぜい数百mと考えられるのに対して,東北地方太平洋沖で強震データから推定されたものは,数十kmである.
内陸地震のアスペリティーの実体について,東北地方太平洋沖で行われているような制御震源による反射波を用いた調査はまだ行われていない.しかし,別府島原地溝帯において,断層の周辺に位置する高角の反射面が捉えられた.これは,内陸における水や弱面の分布を把握する上で重要な知見であるとともに,内陸地震の断層上のアスペリティーについて探査を行う場合に,鉛直に近い断層についても反射特性の分布等を検出できる可能性を示したことで重要である.鳥取県西部においては,それを目指した大規模な観測も行われた.
野島断層では,最深1800mのボアホールを活用した注水実験等により,その深度までの断層破砕帯とその周辺の挙動が色々な手法を用いて調べられている.例えば,鳥取県西部地震の地震動による弾性波速度の変化が記録された.地殻応力測定により断層の走向に直交すると推定されている最大主圧力軸方向に配向するクラックが,地震波動に起因する水の上昇で開口したという解釈がなされている.
野島断層においては,これまで,S波のスプッリティングの解析により,地震直後は断層の走向方向に卓越していたクラックが時間とともに閉じて,東西方向が卓越するようになったこと(田所・安藤,1999),微小地震のP軸の向きが変化したことなど(Yamada et al.,2001),色々な観測結果が得られている.様々な深度,時空間スケールの観測結果が得られているが,これらを総合して,断層の強度とその時間変化に関するモデルを構築することが重要である.その際において,室内実験によって得られたアスペリティーに関係した構成則や断層破砕帯のシミュレーションと組み合わせることが重要だろう.応力の時間変化があったかどうかが大きな問題点であるが,本計画により開発されている応力の時間変化の測定方法は,今後の研究において重要となるであろう.
3.5 内陸地震のローディング機構と流体の役割り
内陸地震に関するもう一つの重要な問題は,内陸地震については,断層に応力を蓄積するプロセス,つまりローディング機構の全体像が解明されていないことである.
平成12年度においても,内陸地震のローディング機構の解明を目指した多数の研究が行われた.断層深部,主に地震発生域より深い下部地殻内に,多数のS波の反射面や散乱体,低周波地震が見つかった.これらは,内陸地震が地震発生域だけに限られた現象ではなく,地殻全体に関わっている可能性を示唆している.
1998年岩手県北部の地震の後に,断層近傍において低周波地震の時空間分布の変化が観測された.反射面や低周波地震の発生には,地殻流体が関係していると推定され,内陸地震発生と地殻流体の関係の解明の重要性がますますクローズアップされてきた.この点に関しては,電磁気学的な構造探査が重要な結果を出しつつある.中国地方では,日本海沿岸に沿って地震が帯状に分布し,その直下の地殻および上部マントルに低比抵抗帯が見つかった.鳥取県西部地震の断層周辺においても,調査が行われており,予備的な解析によると,断層の直下に低比抵抗帯が認められた.
島弧スケールにおける,内陸地震発生と地殻構造の関係,特に下部地殻の構造について,北海道日高地方において大規模な実験が行われた.千島弧側の下部地殻が東北日本弧と衝突することにより上下に割けた構造が知られていたが,今回の調査によっても,下部地殻が上部地殻内にせり上がった構造が認められた.また,構造探査結果の地質学的な解釈により,年間4mm程度の短縮量が衝突帯でまかなわれている可能性が指摘された.これは,これまで想定されている日本海東縁のプレート相対速度に比べて無視できない量である.つまり,短縮は,日本海東縁のプレート境界だけでなく,東北日本弧の幅広い領域に及んでいると解釈できる.日高地方においては,地震のメカニズム解から推定された最大圧縮応力の方位が,西に凸の弧状を呈する活断層の走向に直交していることがわかった.これは,応力場が上記の衝突に支配されているためであると考えられる.また,地震波トモグラフィーにより,1982年浦河沖地震の震源直下に顕著な低速度異常が見いだされた.一方,震源は,高速度領域に位置していることがわかった.
これらの知見は,内陸地震のローディング機構の解明に大いに役立つと考えられる.
3.6 地殻流体(マグマ)と群発地震発生
2000年7月‐8月に三宅島-神津島間で発生した群発地震活動について,地殻流体(マグマ)と関係した発生過程の解明が進んだ.稠密なGPS観測により,クラックの開口が大きい領域が群発活動の領域によく一致することがわかった.稠密な海底地震観測により,群発地震の震源分布に関して,深部では集中した棒状の分布を示すが,浅くなるとフラワー上に拡がることが明らかになった.三宅島・神津島における,ハイブリッド重力観測(絶対重力測定と相対重力測定の統合観測)により,三宅島のマグマの流出先は,三宅島から概ね水平距離15km以遠の領域にほぼ絞られることが判明した.神津島周辺の群発地震域へマグマが吸い出されていったと考えられる.これらの知見は,地殻流体(マグマ)と地震発生の関係の解明に大いに役立つと考えられる.
3.7 おわりに
上述のとおり,平成12年度においては,プレート境界地震の発生予測の研究において大変重要な進展があった.内陸地震に関しては,近年発生した大地震に関する研究等により,野島断層の強度のモデルなど,内陸地震の発生過程や断層の強度の解明が進展しつつある.また,構造探査等により,内陸地震のローディング機構の解明に役立つ重要な知見が多数得られた.近年発生した大地震に関する研究等をさらに進めるとともに,様々な手法で得られた知見を総合して,ローディング機構の解明を進める必要がある.
文献
Nadeau, M., and Johnson, L.R., Seismological studies at parkfieldY: moment release rates and estimates of source parameters for small
repeating earthquakes, Bull. Seismol. Soc. Am., 88, 790-814,1998.
田所敬一・安藤雅孝,短期間で完了した野島断層の固着,日本地震学会講演予稿集,C40,1999
Yamada,T., M.Ando, and H.Katao, Rapid changes of the aftershock P
axes 3 years after the 1995 Hyogo-ken Nanbu(Kobe) earthquake,
Geophys.Res.lett., 28, 37-40, 2001.