第5章 「地震時及び地震直後の震源過程と強震動」研究計画

 

 

1.はじめに

 

 震源過程を詳しく調べることにより,地震時断層すべりの大きい領域(アスペリティ)や,それに関連した応力変化(応力降下と相対強度)が得られる.この応力変化は地震発生直前の応力・強度分布に関係した“地震直前環境”を反映したものとみなせる.これをGPS等の長期的な地殻変動データと比較することにより,アスペリティ周辺の非地震性すべりと地震発生に先立つ応力状態との関連を知ることができる.

 詳細な破壊過程を調べるためには近地の強震計のデータが有用である.この場合,不均一構造の影響を定量的に評価することが基本的に重要である.このため,前年度に整備された首都圏強震動総合ネットワークシステムについて,データ利用のためのソフトを完備した.

 本年度はまた,当初の実施計画に加えて,20006月末から活発化した三宅島・神津島周辺の地震火山活動,さらには同年10月の鳥取県西部地震に対応して,機動的な強震観測を新たに計画し実施した.

 

2.成果の概要

 

(A) 大都市圏強震動総合ネットワークシステムの整備

 11年度の補正予算で全国6大都市圏の拠点大学に強震動総合観測ネットワークシステムが整備され,これにより自治体等の強震計・震度計観測網の波形データを大学に収集するシステムが構築された.波形データの交換は全国18自治体,2公共企業体との間で行われ,観測点総数は1,019地点にのぼる(図1).また,本計画では機動的に強震観測を行うための装置の整備(全国で53台),及び,基準観測点の整備(32地点)も行った(纐纈,2000)

 

(B) 三宅島・神津島周辺の地震火山活動に対応した機動強震観測

 三宅島雄山の大陥没や傾斜変動に伴う地動を島内で観測した.これにより単力源や膨張成分を含む非断層震源の定量的パラメーターが決定された(図2a,b).また,その実体として,「地下水の突沸による間欠泉モデル」や「マグマ溜まりへの岩塊ピストン落下モデル」が提唱され,他の観測データとの整合性について検討が行われている(菊地・他,2001)

 また,群発地震の記録を使って,減衰(Q)トモグラフィーを求めた結果,マグマの貫入を示唆する減衰帯の存在が得られた(図3).さらに,式根島の震度異常の原因であるサイト増幅特性を明確にした(古村・他,2001)

 

(C) 3次元不均質構造の強震動シミュレーション

 3次元不均一構造中の波動を効率よく計算する手法としてPseudo-Spectral Method Finite-Difference-Methodのハイブリッド型並列計算法(PSM/FDM)を開発し,集集(台湾中部)地震の波動場計算に適用してその有効性を確かめた(図4)(Furumura and Koketsu, 2000; Furumura and Furumura, 2001; 古村・他,2000; Kenett and Furumura, 2001; Koketsu and Furumura, 2000; 宮武,2000; 中村・工藤,2000; Kikuchi et al., 2000)

 

(D) 歴史地震記象による大地震のアスペリティ分布

 気象庁の低倍率強震計の波形データを用いて震源過程を調べている.本年度は三陸沖および東南海地震について解析した(菊地・山中,2001)図5に,三陸沖の地震について,比較的観測データが多く集まった1960年以降の地震8個分を示す.それぞれの地震を色別に表示している.また,大きくすべった領域を塗りつぶしてあり,これがアスペリティの位置を表していると考えられる.

 三陸沖では,「個々のアスペリティが単独で動けばM7クラス,複数が連動するとM8クラスの地震」という特徴が得られた.またアスペリティでの地震モーメント解放量はプレートの相対運動から推定されるモーメント蓄積量とほぼ同程度だということがわかった.このことは,アスペリティではつねに境界面がぴったり固着していて,地震のときだけずれることを意味する.

 1944127日の東南海地震(M7.9)の断層すべり分布を図6に示す.熊野灘を中心に長さ百数十kmに渡る「べた一面のアスペリティ」が特徴的である.色を塗りつぶした範囲の平均すべり量は2mである.ここではM7相当のセグメント構造は存在しない.

 これに対し日向灘ではM7相当のアスペリティが離れて存在するため,連動することはなく,M8クラスの地震が起きない(Yagi et al., 2001)

 このように,それぞれの地域の最大地震や発生パターンはアスペリティの分布パターンと密接に関連している.

 これまでに得られたアスペリティ分布と破壊伝播の特徴は以下のようにまとめられる.

 (1)アスペリティは震源(初期破壊点)から離れて位置する.

 (2)余震はアスペリティの周辺に分布する.

 (3)破壊は片方向に伝播する.双方向伝播に見える場合でも,よく見ると断層面が段差を成し,それぞれの面で片方向に伝播していることが多い.

 (4)破壊が進む方向に地域性がある.三陸沖では浅い方から深い方へ,南海トラフや内陸の横ずれ断層では,深い方から浅い方へ進む.

 

(E) 本震発生前の環境調査

 2000年鳥取県西部地震の震源域では1989年以降,M5クラスの地震が5回発生していたが,今回の本震の破壊はこの先行する活動域を完全に包囲するように進展したことが明らかになった.なお,破壊開始は先行した活動域の中から,あるいはやや下から始まっており,小さな初期破壊が約3秒間継続した.大破壊はそれより南東のやや深いところから改めて開始し,大きな変位は浅いところで生じた.破壊開始点のほぼ直下30km付近に発生していた低周波地震もいくつか検出された.

 余震の下限がおよそ20kmであるから,低周波地震発生域と地震発生層との間には約10kmのギャップがある.また本震破壊域の直下は低比抵抗域であることが別途の研究課題で明らかにされており,この地震の発生環境場が少しずつ明らかにされている(澁谷・他,2001; 梅田・他,2001)

 

(F) 山崎断層末端部における応力場の回転

 メカニズム解の求めにくい小地震について,P波の押し引きに広帯域地震波形を用いたモーメントテンソル解を加えた,ハイブリッド法によるメカニズム解を山崎断層に沿った小地震について求めた結果,断層の中央部に比べ断層が枝分かれしている末端部では断層の走行に沿って主応力軸が回転してゆくことがわかった.破壊の拡大し始める点という意味での断層末端部における応力場を部分的ではあるが解明できた(片尾,2000; 高橋, 2001)

 

(G) 強震動予測

 特定の断層で大地震が発生した場合を想定し,このようなシナリオ地震に基づく強震動予測手法の開発を行ってきた.平成12年度は,琵琶湖西岸断層系に起きた中規模地震記録を収集し,花折・饗場野断層の活動を想定したシナリオ地震をたて,既往の経験的手法との比較を行った(岩田・他,2000,2001; 岩田・他,2001)

 

3.おわりに

 

 過去の大地震の波形記録から個々の地震のアスペリティ分布が得られた.これをGPSデータから推定される非地震すべり分布と比較することにより,アスペリティと非地震すべり域とが空間的に棲み分けられているらしいことが明らかになってきた.また,このような棲み分けがプレート境界面の不均一構造に反映されている可能性も見えてきた.たとえば,三陸沖地域では非地震すべり域がS波反射の強い領域に対応しているらしい.

 これらの結果は地震発生及び強震動の予測にとって極めて重要な意味をもつ.今後,テストフィールドを設定するなどして,構造探査や地殻変動グループとの連携を強め,課題を掘り下げていく必要がある.


 

文献

 

Furumura T., and K. Koketsu, Parallel 3-D simulation of ground motion for the 1995 Kobe earthquake: The component decomposition approach, Pure and Applied Geophysics, 157, 2047-2062, 2000.

Furumura M,, and T. Furumura, Numerical simulation of strong ground motion during distructive earthquakes in Hokkkaido, Japan, Journal of Computational Acoustics, 2001 (in press).

古村孝志・纐纈一起・竹中博士,大規模3次元音響場モデリングのためのFDM/PSMハイブリッド型並列計算法,物理探査, 53, 294-308, 2000.

古村孝志・纐纈一起・坂上 実・山中佳子・高橋正義:2000年伊豆諸島群発地震における式根島の震度異常と地盤増幅特性,地震2,2001(投稿中)

岩田知孝・三宅弘恵・入倉孝次郎,レシピに基づく強震動シミュレーション(2),日本地震学会講演予稿集2000年秋季大会,P-1232000.

岩田知孝・三宅弘恵・入倉孝次郎,強震記録を用いたシナリオ地震に基づく強震動予測に関する研究,防災研究所研究集会「地震発生に至る地殻活動解明に関するシンポジウム」報告書,5pp, 2001(印刷中)

片尾 浩, 中規模地震に先行する微小地震活動の静穏化について, 京都大学防災研究所年報, 43, B-1, 95-102, 2000.

Kenett, B.L.N. and T. Furumura, The influence of 3-D structure on the propagation of seismic waves away from earthquakes, Pure and Applied Geophysics, 2001 (submitted).

Kikuchi, K., Y. Yagi, and Y. Yamanaka, Source process of the Chi-Chi, Taiwan, earthquake of September 21, 1999 inferred from teleseismic body waves, Bull. Earthq. Res. Inst., 75, 1-13, 2000.

菊地正幸・山中佳子・纐纈一起, 三宅島2000年噴火活動に伴う長周期地震のメカニズムとその解釈,地学雑誌,110, 204-216, 2001.

菊地正幸・山中佳子, 既往大地震の破壊過程=アスペリティの同定,サイスモ,20017月号, 2001.

Koketsu, K. and T. Furumura, Imaging earthquake fault rupture and simulating seismic ground motion, The Leading Edge V18, 1414-1416, 2000.

纐纈一起:大都市圏強震動総合観測ネットワークシステム,日本地震学会ニュースレター,Vol. 12, No.2, 27-28, 2000.

宮武 隆:動力学モデルによる強震動シミュレーション:強震動におよぼす断層浅部の影響,地球惑星科学関連学会2000年合同大会,Sb-P004, 2000.

中村洋光・工藤一嘉:高周波地震動から推定される1997326日鹿児島県北西部地震の震源過程,日本地震学会講演予稿集2000年秋季大会,B13, 2000.

澁谷拓郎・中尾節郎・西田良平・竹内文朗・渡辺邦彦・梅田康弘,鳥取県西部地震(2000106日,M7.3)に先行して発生した1989年,1990年及び1997年の群発的地震活動,地震予知連絡会報,65576-5782001.

高橋繁義,山崎断層の微細構造と応力分布について,京都大学大学院平成12年度修士論文, 2001.

梅田康弘・松村一男・澁谷拓郎・大見士朗・片尾 浩,2000年鳥取県西部地震ー前駆的群発地震・本震・余震ー,自然災害科学,2001(印刷中).

Yagi, Y., M. Kikuchi, and T. Sagiya, Co-seismic slip, post-seismic slip, and aftershocks associated with two large earthquakes in 1996 in Hyuga-nada, Japan, Earth, Planets and Space,  2001(in press).


図の説明

 

図1 全国6大都市圏の強震動総合観測ネットワークシステム.

 

図2 2000年三宅島噴火における雄山の大陥没や山体膨張に伴う地震動の解析.

(a)  左上:島内観測点.左下:地震記録の例.右上:陥没イベントを示す単力源の時間関数.右下:観測波形と理論波形の比較.

(b)  上段:長周期の膨張イベントと短周期の単力源.下段:等方(膨張)成分の積算グラフ.

 

図3 強震計記録から得られた減衰(Q)トモグラフィー.マグマの貫入を示唆する減衰帯の存在が得られた.

 

図4 ハイブリッド型並列計算法(PSM/FDM法)を用いた,1999年9月21日集集(台湾中部)地震の波動場計算.

 

図5 気象庁の低倍率強震計記録の解析によって得られた三陸沖の地震(1960年以降)のアスペリティ分布1960年代以降の三陸沖地域.図のかっこ内の数字はMw1960/03/21 (Mj7.2); 1968/05/16 (Mj7.9); 1968/06/12 (Mj7.2); 1978/06/12 (Mj7.4); 1981/01/19 (Mj7.0); 1989/11/02 (Mj7.1); 1992/07/18 (Mj6.9); 1994/12/28 (Mj7.6)

 

図6 1944127東南海地震(Mj7.9)