第6章 「地殻活動監視システム」研究計画

 

 

1.はじめに

 

監視観測の実施は大学以外の関係機関が主体となるが,大学は新たな手法の開発や観測の精密化等で,監視システムの高度化に貢献できる.また,地殻活動予測システム構築のためには,観測データの有効活用が不可欠であることから,データ流通のあり方についても検討し積極的に提言を行っている.

 これらの基本方針にのっとり,平成12年度は以下の各項目を実施した.

 

2.地殻活動モニタリングシステムの高度化のための観測手法の開発

 

地殻活動モニタリングシステムの高度化のための新たな観測手法の開発や観測の精密化として平成12年度は以下の課題が実施された.

 

  東海及びその周辺地域における地下水観測研究(東京大学理学系研究科[課題番号:0702])

東京大学大学院理学系研究科附属地殻化学実験施設では現在新しい地球化学観測テレメータシステムの開発を行っている.本実験施設では,非揚水型で四重極質量分析計とラドン測定装置を用いる多成分の同時並行観測の方式を開発し,平成11年度に御前崎・竜洋及び鎌倉の3観測点の計5本の観測井に対して設置を行った.平成12年度は,平成11年度に新たに設置した気体交換モジュールを用いて地下帯水層から直接ガスのみを採取し,四重極質量分析装置とラドン測定装置により溶存ガス成分を測定するシステムの運転を開始し,試行錯誤を繰り返して良質の連続測定データが得られるようにした.また,新たなデータ収集解析システムをたちあげた(角森・他,2000;伊藤・他,2000a)

本実験施設が開発した地下水溶存ガス成分の四重極質量分析装置とラドン測定装置による連続観測の結果,御前崎観測点の500m井戸において,溶存ガス組成が潮汐応答を示すことが確認された(伊藤・他,2000b).このことは,地殻流体を使った地殻活動の監視が有用であることを示すものと考えられる.ただし,気体交換モジュールを使ったガス抽出の方法に問題が残っており,これを解決しなければならない.

 

○地殻変動データ交換システム(京都大学防災研究所[課題番号:0211];北海道大学[課題番号:0315])

 地殻変動連続観測データは,地震計,測地手段両者の中間の周波数の現象をとらえることができるものとして期待され,多くの大学において観測が実施されている.しかし,各大学が実施している地殻変動連続観測のデータは,観測項目や観測システムなどが大学毎に異なり,データを流通させ他機関でも活用可能にすることが困難である.このため地殻変動連続観測データは,地殻活動監視のためのデータとして重要であるにもかかわらず,気象庁などにおける地殻活動監視業務においていまだに利用されていない.

この状況を改善するために,大学の地殻変動連続観測データのデータ交換システムの研究が京都大学防災研究所や北海道大学などで進められつつある.しかし,関係者の努力にもかかわらず十分な成果を出すに至っていない.平成12年度は,京都大学防災研究所において,老朽化したテレメータ装置を内部措置で更新し,データの評価のためのデータベースの作成の準備が行われた.鳥取県西部地震の際には,近畿,中部,九州の多くの観測点でco-seismicなステップが観測された(京都大学防災研究所,2000a,b).

今後,各地殻変動観測点の擾乱特性,S/N比などの評価を行ない,各大学の地殻変動データの一元化を図ることが期待される.

 

3.広域地殻活動データの流通のあり方についての検討

 

地殻活動予測システム構築のためには,広域の地殻活動観測データの利用が不可欠である.我が国では地震や地殻変動等の地殻活動観測は,大学や気象庁,防災科技研,国土地理院など多数の機関において実施されている.このため,それらを活用して地殻活動モニタリングシステムを実現するためには,観測データの流通が重要となる.このような観点から,データ流通のあり方について検討を進めている.

 

  基盤的高感度地震観測データの流通について

防災科学技術研究所において整備が進められている基盤的高感度地震観測網(Hi-net)では,これまでに約500点の観測点が新設され,非常に高品質な短周期地震計観測データが収録されている.防災科学技術研究所ではフレームリレー網を用いた独自のデータ伝送網を構築し,すべてのHi-net観測点からリアルタイムで地震データを収集するとともに,気象庁の所轄管区にも転送している.

このデータを大学においてもリアルタイムで利用できるようにすることは,地殻活動監視システムの高度化研究や,地殻活動予測システムの研究を推進する上できわめて重要である.しかしHi-netのデータは膨大であり,それを全国の大学に流通させることは容易ではない.この非常に困難な問題については,平成11年度に全国の研究者の間で活発な討論を行い,その結果として「Hi-netのデータ流通の望ましい姿」についての提言を行った.その後,関係者の理解が得られて実施に向けて検討が進められ,平成13年度末から,大学の衛星テレメータシステムを利用したHi-netのリアルタイムデータ流通が実現することになった(図1).これが実現すると,日本中の高密度な高感度地震観測データが,全国のどこでも簡単なアンテナと受信装置で利用できるようになる.これは世界に類を見ないシステムであるといえよう.研究者は,研究目的に応じて必要なデータをリアルタイムで取得し処理することができることから,地殻活動モニタリングの高度化のための研究の発展に大いに寄与するものと期待される.

一方で,高品質高精度のHi-net観測点が全国的に整備されることにより,これまで各大学が担ってきた各地域の微小地震定常観測はその役目を終える時期に来ている.各大学は,今後は,Hi-netなどの観測データを活用しつつ,より目的を絞った研究観測を実施し,観測技術にも一層の磨きをかけて,未解明の問題に向かって挑戦していくことが望まれる.このような方向で,すでに平成12年度から全国の大学関係者の間で討論が進められており,その成果が期待される.

 

4.おわりに

 

平成11年度から始まった全国の大学,気象庁,防災科技研の研究者による共同研究や各関係機関における精力的な協議の結果,平成13年度末には,衛星テレメータシステムによるHi-netデータの各大学等へのリアルタイムデータ流通が実現されるはこびとなった.これにより今後,大学においても,リアルタイムデータを活用した解析システムや地殻活動監視システムの高度化の研究が進展するものと期待される.

大学は,平成13年度以降も引き続き,新たな手法の開発や観測の精密化等で地殻活動監視システムの高度化に貢献していく.地殻変動連続観測データのデータ流通システムについても関係者間で相談し,その実現に向けて研究を進めていく.今後の大学の観測体制のあり方については,全国の大学関係者だけでなく,気象庁や防災科技研,国土地理院などの関連する方々も含めて,広く議論を進めていく.

 

文献

 

角森史昭・伊藤貴盛・五十嵐丈二・野津憲治,新しい地下水総合観測システムの開発(1)−システムの概要−,日本地球化学会,講演要旨集 p1562000.

伊藤貴盛・角森史昭・五十嵐丈二・野津憲治,新しい地下水総合観測システムの開発(2)−観測結果−,日本地球化学会,講演要旨集 p1332000a.

伊藤貴盛・角森史昭・津野宏・五十嵐丈二,地殻化学実験施設の観測井の特性について,日本地球化学会,講演要旨集 p1572000b.

京都大学防災研究所,近畿−北陸および近畿−山陰地殻活動総合観測線における連続観測結果(199911月〜200010),地震予知連絡会会報,65,492-497,2001a.

京都大学防災研究所,鳥取県西部地震に伴って伸縮計で観測された歪ステップ,地震予知連絡会会報,65,623-327,2001b.