第1章「地震予知のための新たな観測研究計画」と平成13年度の大学の地震予知研究

 

1.はじめに

 

地震予知研究協議会「企画部」と「計画推進部会」は平成124月に,正式に発足し,11年度の準備会を引き継いで活動した.今年度は,5ヵ年計画の3年目であり,これまでの成果に立脚してさらなる進展が見られた.

平成14年3月に,「地震予知のための新たな観測研究計画の実施状況等のレビューについて」が,科学技術・学術審議会,測地学分科会地震部会から報告された.4章計画推進のための体制の整備において,「地震予知研究協議会が新たな体制として発足し,計画全体を組織的に推進する体制が整えられた」と新体制が評価されている.さらに,大学の高感度地震観測網については,準基盤観測点として基盤的観測網の構築に協力しているが,基盤的観測網の更なる整備によって,大学が本来担うべき研究的な調査観測へ一層重点を移すことが期待されること,大学における観測研究体制については,大学の法人化への対応も含めて,全国共同利用研究所と各センター等の連携機能の一層の整備が必要とされることなどが述べられている。また,計画推進部会を通して進められてきた関係各機関との連携を更に密接なものとするため,今後,大学と関係各機関で協力し,研究計画全体を組織的に推進する体制の更なる整備が検討課題として報告されている。 また,サイエンスの成果に関しても,三陸沖において新しい地震像が得られつつあることなど,大学の成果が多数取り上げられている.

また,本年度は,研究計画の進捗状況と結果の評価を目的として,地震予知研究協議会の外部評価委員会が設置され,12月から評価が開始され,現在報告書がとりまとめられている.

 

2.「地震予知のための新たな観測研究計画」なかでの大学の研究実施体制

 

平成11年度から5ヵ年計画で始まった「地震予知のための新たな観測研究計画」(以下,「新たな計画」)で推進するべきことは,

() 地震発生に至る地殻活動解明のための観測研究の推進

() 地殻活動モニタリングシステム高度化のための観測研究の推進

() 地殻活動シミュレーション手法と観測技術の開発

() 「新たな計画」推進のための体制の整備

 である.「新たな計画」は,地震発生に至る地殻活動を解明することを目指している点で,これまでの地震予知計画と異なっている.つまり,地震予知の研究として,地震がどのような経過を経て準備されて発生するのかを理解し,それに基づいて,地殻活動の推移をモニターして発生予測につなげるという戦略である.定量的な予測には数値モデルが不可欠でありこのための手法の開発と,新しい観測技術の開発も「新たな計画」として実施する必要がある.これらの計画のなかで大学は,主として「() 地震発生に至る地殻活動解明のための観測研究の推進」を実施している.(2)は,観測データの一元化と常時監視システムの運用とを業務としている官庁が主として行い,(3)は,大学も含めた各機関が実施することになっている.「新たな計画」では,(1)を行うために,

(1‐1) 定常的な広域地殻活動

(1‐2) 準備過程における地殻活動

(1‐3) 直前過程における地殻活動

(1‐4) 地震時及び地震直後の震源過程と強震動

の研究を行うとしている.これら一連の過程を地震発生場の理解と地殻現象の観測に基づいてモデル化し,その推移を逐次予測し検証していくことによって地震発生予測能力を高めていく,という考え方も「新たな計画」の基本理念の一つとなっている.

地震予知研究協議会では,平成124月に(1)地震発生に至る地殻活動解明のための観測研究の4つの研究計画,() 地殻活動モニタリングシステム高度化のための観測研究に対応する計画,() 地殻活動シミュレーション手法と観測技術の開発の2つの項目に対応する計画(「地殻活動シミュレーション手法」と「観測技術の開発」)の計7つの計画推進部会を作り計画の立案・実施を行った.即ち

()「定常的な広域地殻活動」計画推進部会

()「準備過程における地殻活動」計画推進部会

()「直前過程における地殻活動」計画推進部会

()「地震時及び地震直後の震源過程と強震動」計画推進部会

()「地殻活動監視システム」計画推進部会

()「地殻活動シミュレーション手法」計画推進部会

()「観測技術開発」計画推進部会

これらの計画推進部会は,全国の大学の研究グループの代表者および大学以外の関連する機関の研究者が部会委員となり,実施計画を企画部に提案し,策定された計画を実施した.前述のように,本報告も各計画推進部会での議論に基づいて作られた.「新たな計画」では,計画の立案と実施が多くの研究者に開かれた体制で行われることが求められている.計画推進部会の活動が,日常的な研究情報の交換と実施グループの意見の集約・調整の機能を果たした.

平成13年度には,大学関係の地震予知に関する資料のデータベース化と長期的視野に立って資料を保存する体制の整備することを目的として,「過去の大学地震観測網のデータベース化」計画推進部会が新たに発足し,合計8つの計画推進部会による体制となった.

 

3.本年度の成果の概要

 

「地震予知のための新たな観測研究計画」で,大学の研究者によって平成13年度に実施された研究課題は70を越えた.それらは,8つの計画推進部会を通じて,約100名の研究者によって実施された.特に,「地震発生に至る地殻活動解明のための観測研究」として実施された計画が13年度の成果として重要である.

「新たな計画」では,地震発生に至る地殻活動解明のためには,(1)プレート運動に起因する広域かつ長期にわたる地殻活動の理解に基づいて,(2)地震発生直後から次の地震発生に至るまでの応力蓄積の過程(地震発生準備過程)の進行状況を把握し,次に,(3)応力が十分に蓄積していながら未だに地震が発生していない状態(準備過程の最終段階)にある場所を検出し,そして,(4)最終段階において顕著となる応力再配分の過程を追跡するとしている.

平成1112年度に引き続き,本年度においても,プレート境界における非地震性すべりの時空間変化の解明が進展した.特に,三陸沖や福島沖においては,強震・微小地震・GPS等の質の高いデータの注意深い解析により,非地震性すべりの時空間変化のパターンが,それぞれの解析結果の間で基本的には整合性があることが明らかになり,大地震発生の基本的なプロセスの理解が飛躍的に進んだ.岩手県の釜石沖の相似地震に関しては,予測通りの地震が発生した.東海地方においては,プレート境界におけると考えられる非地震性すべりが2001年春から起こっているが,これと同様の現象が過去にも何回か起きていたことが明らかになった.さらに,地殻活動シミュレーションにおける基礎的な研究の進展等により,これらの観測結果をシミュレーションで再現できる見通しが得られた.これは,「地震予知のための新たな観測研究計画の推進について(建議)」の基本的考え方,「(大地震発生に至る)一連の過程を地震発生場の理解と地殻現象の観測に基づいてモデル化し,その推移を逐次予測し検証していく」ということが,プレート境界においては現実のものとなりつつあることを示しており,大きな進展と言える.

地震はカオスやSOCに従う現象であるため,本質的に地震予知は不可能であるという考えが,アメリカを中心に依然として存在する.岩手県の釜石沖の相似地震に関して予測通りの地震が発生したことは,その考えが,少なくとも一般的には成り立たないことを示している.さらに,SOCに従う現象としてしばしば引用される砂山崩しの実験も行なわれ,これまでの予想に反して,砂山の受け皿の系によっては大きな規模のナダレが周期的に発生する(固有地震的である)ことが明らかにされた.これらの現象は,地震の予測可能性を強く示唆しており,そのメカニズムを解明を引き続き行うことにより,地震現象が,カオスやSOCに従わない理由が明らかになると期待される.

内陸地震に関しては,これまでに引き続き.その発生過程の解明や発生予測のための基礎となる,内陸地震の断層の深部や発生場の構造,内陸地震と地殻流体に関する新たな知見が得られ,観測項目間の関係や大地震発生や歪速度分布など地殻活動との関係が調べられた.現在のところ,観測結果を総合して内陸大地震発生に結びつける系統的なモデルはまだ得られていないが,いくつかの地域では観測項目間の因果関係など重要な解析結果が得られており,今後の進展が大いに期待される.

これらの具体的内容については,第2章以降に詳しく述べられる.以下においては,建議の(1)地震発生に至る地殻活動解明のための観測研究の推進に関連して,今年度新たに得られた主な成果を簡単にまとめた.建議の(2)地殻活動モニタリングシステム高度化のための観測研究の推進(3)地殻活動シミュレーション手法と観測技術の開発については,第6-8章にコンパクトにまとめられているのでそちらを参照していただきたい.

 

3.1 プレート境界における非地震性すべりの時空間変化

 

・釜石沖における予知成功

岩手県の釜石沖の相似地震に関して.1995年までの活動に基づき,次の地震は,200111月末までに99%の確率で発生し,その大きさは M4.8±0.1 であると予測されていたが, 20011113日に予測通りM4.7(気象庁暫定マグニチュード)の地震が発生した.また,広帯域地震波形の解析により,2001年のイベントは,その前の1995年のイベントとまったく同一のすべり分布を示すことも明らかになった.これは,「釜石沖のような相似地震活動は,アスペリティの繰り返し破壊である」とするこれまでの仮説を検証したことになり,極めて重要な成果である.

 

・相似地震解析による余効すべりの推定

上記の釜石沖よりも,もっと小さなサイズの相似地震が三陸沖では多数発生しており,これらの相似地震活動を解析することによって,準静的すべりの時空間分布を求めることができることを昨年度明らかにした.今年度,1994年三陸はるか沖地震の周辺の相似地震を詳細に解析した結果,余効すべりが震源域の西側で大きくかつ時定数も長いことが,GPS観測とは独立に検証でき,かつ,震源域の東側にも小規模ながら余効すべりが生じていたことが明らかになった.陸上のGPS観測ではこのような海溝付近の小規模な準静的すべりを検知することは困難であり,相似地震活動の解析が極めて有効であることを今回の結果は示している.

 

・日向灘における非地震性すべり

日向灘においても非地震性すべりの時空間変化が明らかになってきた.GPSデータの解析により,間欠的な非地震性すべりが過去の大地震のアスペリティの周辺で起こっていることが分かった.

 

・東海サイレント地震

 2001年春からの国土地理院GEONET観測網のGPSデータにおいて,浜松を中心とした東海地方一帯において,定常的なトレンドとは異なるパターンの動きが検出され,プレート境界での準静的すべりによる「東海サイレント地震」が発生していると解釈されている(小沢・他,2002).一方,過去のデータから,浜名湖直下を変動域とする準静的すべりは,何回か繰り返し起きていたことも明らかになった.すべり速度・状態依存摩擦構成則を仮定した単純な2つのブロックモデルによる数値実験を行った結果,一方のブロックが安定・不安定の境界付近にあるときに,間欠的すべりを起こすことがわかり,東海サイレント地震は,平衡状態に収束していく過程での減衰振動である可能性が示唆された.

 

・フィリピン海プレート境界面の構造

1999年に実施された南海トラフから四国東部・中国地方を横断する海陸統合地殻構造探査では,陸上観測点においてフィリピン海プレート境界面からの明瞭な振幅を持った広角反射波が観測された. 観測された広角反射波からプレート境界面上の物理特性把握が試みられ,プレート上面にP波速度が周囲より遅くなる薄い低速度層(P波速度:4.0km/s ,厚さ:約200m)が存在し,その層の上面と下面からの反射波の重ね合わせと解釈できることがわかった.沈み込むフィリピン海プレートからの強い反射波は,紀伊半島や2001年に行われた東海・中部地域における海陸合同地殻構造探査でも確認されており,このような反射波の特性及びその地域性を明らかにすることは,単にプレートの形状を明らかにする目的だけでなく,プレート境界の物性及びその空間的変化を解明する上で極めて重要である.

 

3.2 内陸地震

 

・鳥取県西部地震

2000年鳥取県西部地震の断層周辺の構造探査により,地震発生域の下は低比抵抗である可能性が高いこと,顕著な反射面が存在することが分かってきた.稠密観測データの解析により,P波速度の高速度域で,かつ,高 Vp/Vs でもある領域が存在する可能性が指摘された.さらに,地震の主なモーメント解放域は,本震発生前の群発地震域を避けている事もわかってきた.現在,各種の観測データの解析が進行中であり,それらの解析によって地震発生域の構造解明と,大地震発生の関係の解明が進展するものと期待される.

 

・日高衝突帯における下部地殻の剥離

1999年に北海道をほぼ東西に横切る227 kmの屈折法地震探査及び日高山脈東山麓から十勝平野までの反射法地震探査が行なわれ,日高衝突帯北部においても,南部と同様に,地殻剥離の進行を示唆する,日高衝上断層につながる明瞭な西上がりの反射面が深さ17-10kmの範囲に確認された.さらに,剥離が起きている場所から東側(千島弧側)にほぼ同じ深さに反射面が追跡できることから,この反射面が地下の弱面であり,この既存の弱面を使って千島弧側の地殻が剥離しているというモデルが提示された.これは,探査で得られた静的な構造と地殻活動の関係を示唆するものであり,大変重要な成果であると考えられる.

また,陸域・海底地震観測点のデータから推定された3次元P波速度構造においても,西進する千島島弧の下部地殻が剥離して上部マントル内に貫入し,浦河沖に達している様子が示唆された.この貫入した下部地殻の先端付近では定常的に微小地震活動が活発であり,1982年には浦河沖地震(M7.1)が発生している.これらの地震活動は貫入した下部地殻の圧縮応力によって引き起こされている可能性がある.

 

・浅部低周波地震

 十和田において,地殻深部だけではなく,地殻浅部においても低周波地震が発生し,その震源分布域は通常の地震の震源分布域とは棲み分けていることがわかった.十和田は火山近傍であるために地殻浅部への流体の供給があるのかもしれないが,この地域の低周波地震の解析は,地殻深部から地殻浅部にかけての領域における流体の挙動を知る手がかりとなる可能性があり,大変重要な成果であると考えられる.

 

・東北脊梁山地の歪場と地震分布

東北地方脊梁山地周辺地域を中心とする稠密GPS観測網データを,最新の手法を用いて解析した結果,同地域が東西歪の集中帯であることが明らかとなった.歪分布は微小地震活動と対応するように見える.

 

3.3         スラブ内変形と上部マントル構造

・十勝沖断裂帯

合同観測の陸域データによる3次元速度構造を用いた震源の再決定により,二重深発地震面の上面の傾斜角は十勝平野より西側では約30度,東側では約40度と急変することが分かった.傾斜角が急変する付近には上面の地震と下面の地震をつなぐように地震が分布しており,この面の上端の深さは50km付近,走向は千島海溝軸に垂直,傾斜角は東落ち80度,大きさは走向方向に100km,傾斜方向に50kmであり,十勝沖断裂帯と命名された.今回の結果は,1993年釧路沖地震や1994年北海道東方沖地震のようなスラブ内巨大地震の発生原因を理解する上で極めて重要な成果である.

 

・マントルウェッジの電磁気学的構造と上部マントルの流れ

ネットワークMT観測解析により,マントルウェッジ部分に大局的な比抵抗の異方性が存在し,電流の流れる方向が島弧に直交する場合に平行な場合より10-100倍程度比抵抗が低いことが推定された.観測された比抵抗の異方性は,上部マントルの流れの方向を示唆する可能性があり重要な結果である.上部マントルの物性や流れの解明は内陸やスラブ内の地震活動を理解するために必要不可欠であり,今後,地震波速度異方性など他の観測結果との関係が注目される.