第10章 今後の展望
単純な沈み込み境界であると考えられる三陸沖においては,アスペリティーマッピングにより,今後数十年の間に大地震が発生する場所が分かってきた.大地震の規模と発生時の推定の精度を上げていくことがこれからの課題である.そのためには,アスペリティーと非地震性すべりの実体を明らかにし,複数のアスペリティーの連動や破壊開始点や破壊開始からアスペリティーの破壊に至る過程において生起する現象の解明が重要である.
東海地震の震源域において,プレート相互作用は,これまで想定されていたように単純ではない可能性が示された.内陸におけるプレート境界の問題とも関係して,日本列島におけるプレートの相互作用の解明を急ぐべきである.
内陸地震に関してはその基本的な発生機構がまだ理解されていない.発生機構の解明のためには,引き続き合目的的な観測を継続し,得られた知見を総合してモデル化することが重要である.
(I) プレート境界地震
(1) アスペリティーの実体の解明
プレート境界におけるカップリングの強さを支配する要因(断層面の形状,物質,温度,流体など)を構造探査等のデータにより解明する.その知見に基づき,非地震性すべりの空間変化をモデル化し,シミュレーションを行って,非地震性すべりの空間分布を再現することを試みる.
(2) アスペリティーの相互作用の解明
観測データの解析,実験,数値シミュレーション等により,複数のアスペリティーが連動する地震と,単一のアスペリティーの破壊で終わる地震の違いを明らかにする.
(3) アスペリティーの破壊に至る過程の解明.
大地震発生前の非地震性すべりの時間変化の解明は,地震発生時の予測にとってもっと重要なものである.アスペリティーの周辺,特に固着域の深部延長における非地震性すべりの加速の有無,および,震源(破壊開始点)付近で生起すると考えられる破壊核形成過程の解明が重要である.三陸沖では大地震の震源が,アスペリティーから離れたところにあることを説明する必要がある.これらの解明のためには,非地震性すべりの時空間変化を高い分解能で把握する観測手法を開発する必要がある.アスペリティーのサイズが大きいと推定されている南海トラフでは,脆性-塑性遷移領域での非地震性すべりの時空間変化,スローイベントの解明が重要である.
海底測地測量等の海底諸観測は,海溝近傍の非地震性すべりの状況を把握するために不可欠である.技術的には可能となったが,実際に役立てるためにはcm程度の精度が必要であり,そのためのさらなる研究が必要である.
(II) 内陸地震のローディング機構の解明—内陸の断層への応力蓄積とプレートの相対運動との関係の解明—
(1) 島弧地殻・上部マントルの変形特性
島弧地殻・上部マントルの変形特性(応力と強度)と,および,変形特性を支配する要因(物質,温度,流体など)の解明は,プレート境界の相互作用により,島弧の内陸に応力が蓄積するプロセスを明らかにする上で,最も基本となるものである.色々な観測データを総合して,その不均質構造を解明することが重要である.また,観測データの解釈のためには,室内の物性測定や変形実験,理論的なモデル化,シミュレーションが欠かせない.
(2) 内陸の断層への応力蓄積過程の解明
より小さな空間スケールの応力蓄積過程として,個々の内陸の断層への応力蓄積過程の解明が必要不可欠である.地震発生域の断層の周辺の構造や変形特性の解明,および断層近傍での歪場の把握が重要である.
(3) 内陸の断層の強度とその時間変化の解明.
蓄積された応力が断層の強度を越えたとき地震が発生する.発生時の長期的な予測のためには,蓄積される応力の把握に加えて,断層の強度とその時間変化を解明することが重要である.稠密地震観測に加えて,応力測定やトラップ波の解析などが有効であろう.
(III)プレート境界と内陸において共通する課題
(1) 地震発生場のテクトニクスの把握
日本列島におけるプレートの相互作用の解明,特に,駿河トラフや新潟-神戸歪集中帯における変形様式の解明は,大地震の長期予測にとって,大変重要な課題である.
(2) 変形を支配する要因の解明
プレート境界および島弧地殻・上部マントルの変形特性が何に支配されているのかを解明することは,地震発生のモデル化の上で極めて重要である.近年,温度や圧力のみならず,流体の寄与がクローズアップされてきており,この流体の役割について解明することが今後重要な課題である.
(3) 技術開発課題
地震発生は,蓄積された応力と断層の強度の兼ね合いで決まるのだが,応力とその時間変化の精度良い測定手法の開発が遅れている.