第5章 「地震時及び地震直後の震源過程と強震動」研究計画
1.はじめに
本研究計画では地震時の破壊過程を詳しく調べることにより,断層面上のアスペリティ分布を明らかにするとともに,地震予知の観点から,特に破壊の開始域と最大アスペリティの物性を解明することを目的にしている(2-1, 2-2).また,解析の高度化のためには,三次元的に不均質な地下構造の影響を,ふたつの観点から定量的に評価することが重要である.第一は,観測データから構造による反射・屈折等の影響を取り除いて,純粋に震源の破壊過程を調べること(2-3).第二には,破壊過程そのものが構造の不均質性をどのように反映しているかを明らかにすることである(2-2).平成14年度はこれら諸目的に対して,後述のように重要な成果が得られた.
本研究計画がスタートした時点で,地震と強震動の発生を予測する観点から,我々は特に「断層面上の強度の不均一構造と断層系の相互作用」に注目した.その後の研究の進展で,そのターゲットが「アスペリティとその周辺の断層すべり」に絞られてきた.この目的に対して当初,“地震時にすべらなかった部分(周辺部)のすべり特性をいかにして把握するか”が難点であり,かつ,克服すべきポイントと位置づけたが,ここに来て一つの見通しが得られた.それは,“非地震時にはアスペリティ周辺部で断層すべり(間欠的あるいは定常的すべり)が起こっている”らしいことがわかってきたことによる.非地震時すべりと地震時すべりを結びつけることにより,震源域全体のすべり特性を明らかにできるようになった.
2.成果
2-1.アスペリティの地域性に関する研究
これまでの研究で,アスペリティの分布が時間的に変わらないことが明らかになってきた.このことは,アスペリティを場の一つの特性として捉えることが可能であることを示し,構造に起因する様々な物理量との相関を示唆するものである.本年度はまず,この観点から解析結果の整理を行い,以下の知見を得た.(1)近接する複数のアスペリティは連動することがある.(2)余震はアスペリティの周辺域に多い.(3)アスペリティは非地震性すべり域(常時すべり・間欠すべり・余効すべりを含む)と隣り合わせであることが多い.(4)アスペリティは地震活動度の低い領域,b値の小さい領域と良い相関をもつ(Kikuchi and Yamanaka, 2002; Yagi and Kikuchi, 2003).
これらの知見は主に平成12,13年度における東北地方のプレート境界地震の解析結果(山中・菊地, 2002a)に基づいているが,本年度はさらに北海道のプレート境界地震について,震源過程・アスペリティ分布の解析を行った.その結果,沈み込む太平洋プレートの浅い部分ではアスペリティの大きなプレート間地震が起こるのに対し,プレートの沈み込み角が急になったやや深い部分では,M7程度の比較的規模が小さくアスペリティの小さい地震しか起きていないことがわかった(図1.山中・菊地, 2002b).これらのことはプレートの形状(またはプレート上の位置)とアスペリティのサイズに相関があることを示唆しており,今後アスペリティの予測に活用できる可能性がある(東京大学地震研究所[課題番号:0111]).
内陸の活断層については,海溝型プレート境界の地震と同様のこうした考え方が適用できるかどうかは不明であり,現状では事例を蓄える段階にある.2001年崑崙地震(Kikuchi
and Lin, 2002)や,2002年アラスカ・デナリ地震の震源過程解析を行った.また,2000年鳥取県西部地震の運動学的震源過程モデルから動的パラメータの推定を行い,特性化震源モデルのアスペリティ及び背景領域の応力降下量についての知見を得た(京都大学防災研究所〔課題番号:0210〕;岩田・関口, 2002).
2-2.初期破壊過程に関する研究
2000年鳥取県西部地震の初期破壊について詳しい解析を行った.初期破壊による波形は,余震のはじまりの波形とは全く異なっており,その規模に比べて,かなりの長周期成分が含まれる.初期破壊の波形インバージョンを行い,初期破壊におけるモーメント解放量とその空間分布を求めた(図2).初期破壊の断層面と主破壊の断層面は20°異なっていること,初期破壊と主破壊の間にはモーメント解放量のほとんどない所があること等から,初期破壊が連続して主破壊になったのでは無いことがわかった.初期破壊と主破壊のモーメントマグニチュードは,それぞれMw 5.5, Mw 6.6 と求められたが,卓越周期はともに4−6秒となり,初期破壊の周期としてはスケーリング則からの予想値よりかなり長い(平田・他, 2002).
鳥取県西部地震前に,その断層面付近において,1989,1990,1997年にM5.1-5.4の地震6個を含む群発的な地震活動が発生しており,その領域は,すべり量の小さなところに対応していることが明らかになった(Shibutani et al., 2002).また,2000年鳥取県西部稠密合同観測データを用いたトモグラフィーにより,P波速度が大きくポアソン比も大きい領域が,すべり量の大きな領域を取り囲むように分布していることがわかった.さらに,精度の良い震源の再決定により,群発地震と本震の断層面が断層面と直交方向に数百メートルずれている可能性が指摘された(京都大学防災研究所〔課題番号:0210〕).
2-3.震源過程解析手法の高度化
震源過程の解析手法を高度化するため,3次元不均質地下構造でグリーン関数を並列計算する強震動シミュレーション法を,擬似スペクトル法と差分法のハイブリッド(Furumura et al., 2002)およびボクセル型有限要素法(Koketsu and Ikegami, 2002)に基づいて開発した.このシミュレーション法で計算されるグリーン関数を用いて,まず,この高度化の精度の確認のために,震源過程の波形インバージョンの数値実験を行った.その結果,震源直下の速度構造を仮定することにより,1次元構造のグリーン関数でもP波,S波は説明できるが後続波は説明できないこと,従って,精度の高い震源過程を得るためには3次元構造の考慮が必要であることが示された(八木・古村, 2002).
また,大阪平野の三次元地下構造モデル(図3a.Afnimal
et al., 2002)に対して地殻変動と強震動のグリーン関数を計算し,1995年兵庫県南部地震の震源過程を再解析した.グリーン関数はボクセル型有限要素法による並列計算で求めた.得られた結果を,水平成層構造または半無限媒質のグリーン関数を用いた結果と比較すると,地殻変動はグリーン関数の変化が小さく,そのインバージョン結果も変化が小さい.これに対して強震動は,地下構造モデルによりグリーン関数が大きく変化するため,インバージョン結果も大きく変化した.その結果,図3bのように,被害の集中した神戸市街地の真下で大きなすべりが復元された.このことは地震被害が単に地下構造だけの問題ではないことを示唆している(東京大学地震研究所[課題番号:0111];大野・他, 2002).
3.まとめ
13年度までに完成させた東北地方のプレート間地震のアスペリティマップに続き,北海道地方のプレート間地震のアスペリティマップを構築した.その結果によれば,アスペリティのサイズは沈み込む太平洋プレートの浅い部分で大きく,プレートの沈み込み角が急になったやや深い部分で小さいことがわかった.また,2000年鳥取県西部地震について,初期破壊の震源過程を解析した.その結果,初期破壊と主破壊の間にはモーメント解放量のほとんどない領域があることが明らかになり,初期破壊が連続して主破壊になったのでは無いことがわかった.このほか,三次元構造におけるグリーン関数を用いて,震源過程解析手法の高度化を進めた.数値実験や兵庫県南部地震への適用などの検証作業を行い,本格的な実用化への目途をつけた.
文献
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図の説明(PDFファイル・56.2KB)