(1) 課題番号:0109
(2) 実施機関名: 東京大学地震研究所地震予知研究推進センター
(3) 実施課題名:震源核に関する実験的研究
(4) 本課題の5ヵ年計画の概要
(4-1)
「地震予知のための新たな観測研究計画の推進について」(以下,建議)の項目:
1.(3) 直前過程における地殻活動
(4-2)
関連する「建議」の項目:
1.(3)ウ,1.(2)エ,ウ,1.(3)ア,イ,1.(4)ア,3.(1)ア
(4-3) 「5ヵ年計画全体としてのこの研究課題の概要と到達目標」に対する到達した成果:
小課題 (I)「せん断破壊過程を支配する構成法則の地震発生場環境要因依存性
」:
5ヵ年計画全体の目標は,実際の地殻内の破壊に適用できる破壊法則を提出することである.これまでの研究により,地震発生場と同様の温度・圧力・間隙水圧条件における破壊法則を明らかにしてきた.同時に,破壊法則の歪み速度依存性についても定量化をおこなった.今年度より,震源域の間隙水の状態について拘束を与えられるようにするために透水率についても研究を開始するとともに,含有鉱物の違いにより塑性変形に遷移する条件がどのように異なるかも明らかにしつつある.
小課題 (II)「アスペリティと非地震性領域の棲み分けー室内実験と数値実験ー」:
不均質な場におけるアスペリティの相互作用を室内実験により明らかにすることが当初の目的であった.本計画開始後には,様々な摩擦特性領域間の相互作用を明らかにするため室内実験だけでなく数値実験も実施し,間欠的非地震性すべりや余効すべりなど多様なすべりモードに関する理解を深めた.
小課題(III)「すべり破壊核形成過程のモニタリング手法の開発」:
巨視的すべりに至る過程における微視的接触状態の変化の検出手法の開発が5ヵ年計画全体の目標である.これまでの研究により模擬断層面に弾性波を照射して断層面の接触状態変化を追跡する手法の有効性を示した.今年度よりガウジを挟んだ断層面への適用を図っている.
小課題(IV)「砂山くずしの実験的研究」:
13年度に立案した計画である.砂山のサイズにより,べき乗則に従うサイズ分布から,固有地震的な,大きなナダレの周期的発生に至る変化が生ずることを明らかにした.現在,そのメカニズムの解明中である.
上記小課題の他,「破壊に伴う電磁気シグナル発生のメカニズムの解明」については平成13年度までに,基本的なメカニズムを明らかにするとともに,発生する電磁気シグナルの温度依存性を調べた.今年度は新たな測定装置を準備した他は新たな進展はない.
(5) 平成14年度成果の概要
(5-1) 「平成13年度全体計画骨子の補足説明 3.具体的な課題提案の背景」のどの項目を実施するのか:
(4) 地震発生に対する地殻流体の役割
(4)-2. 断層面の破壊強度に対する地殻流体の役割
及び
(5) 断層面上の強度と応力の時空間分布
(5)-1. すべり発生の条件
(5)-2. 不均一な強度場での破壊核成長過程
(5)-3. すべり分布の再現性の検証
(5)-4. 応力・強度分布推定法の開発
(5-2) 平成14年度項目別実施計画のどの項目を実施するのか:
3.「直前過程における地殻活動」研究計画
(A) 震源核に関する室内実験
(A-1) 高圧高温岩石破壊装置を用いた,構成法則の地震発生場環境依存性を定量的に評価するための実験.(A-3) ガウジを挟む層の滑り実験と波動透過実験.(A-4) 大型試料による室内実験と数値実験による破壊核形成から動的破壊の停止までの過程のモデリング.
(5-3) 平成14年度に実施された研究の概要:
震源核に関する実験的研究は,次の四つの小研究課題:
小課題 (I)「せん断破壊過程を支配する構成法則の地震発生場環境要因依存性
」
小課題 (II)「アスペリティと非地震性領域の棲み分けー室内実験と数値実験ー」
小課題(III)「すべり破壊核形成過程のモニタリング手法の開発」
小課題(IV)「砂山くずしの実験的研究」
からなる.
小課題 (I) 「せん断破壊過程を支配する構成法則の地震発生場環境要因依存性
」
I.1 「陸上付加体の断層岩を用いたせん断破壊実験と透水率測定」
沈み込み帯の地震の発生過程を記述するためには,沈み込み帯の断層を構成する岩石のせん断破損構成則や透水率の評価が必要不可欠である.特に,透水率構造は断層周辺の間隙水圧分布を見積もる上で重要である.そこで,四万十付加体興津メランジュ中の過去の震源断層帯に着目し,この断層帯を構成する玄武岩を採取して試料に用いた.玄武岩が過去に経験したと推定される封圧(140 MPa),間隙水圧(115 MPa),温度(<250℃)を室内で再現し,透水率測定・せん断破壊実験をおこなった.その結果,常温下での透水率は10^(-16) ~ 10(-19) m^2と低い値を示した.透水率測定後,歪み速度10^(-5) /sでせん断破壊実験(有効封圧35 MPa)をおこなった.最大せん断強度は120
~ 170 MPa,破損応力降下量は50 ~ 100 MPa,臨界すべり量は約0.3 mmと求まった.同条件下の花崗岩にくらべ,最大せん断強度・破損応力降下量は約20%,臨界すべり量は約50%小さな値を示す.試料の不均一性のため各パラメータの値はばらつくものの,せん断破壊実験前の透水率と負の良い相関が観察された.つまり,透水率が大きいほど試料中のクラックなどの構造的弱面が多くなり,最大せん断強度が減少すると考えられる.せん断破壊実験後,差応力を加えずに250℃の条件下で保持をおこなった結果,破壊直後 から50時間で透水率が3桁近くも減少した(図1).この様な透水率の減少は,常温下での実験では僅かにしか観察されなかった.実験後の破壊面のSEM観察により,破壊面上に粘土鉱物が沈殿したと考えられる痕跡が見つかり,高温下での粘土鉱物の沈殿が透水率の減少を引き起こしたと推定される.つまり,沈み込み帯の震源域では常に透水率が低く間隙水が捕捉されやすい状態にあり,高間隙水圧が発生し断層強度が低いことが示唆される.破壊後の透水率の時間発展と強度回復過程との関係を明らかにすることは,今後の課題である.
I.2 「アプライトを用いたせん断破壊実験−黒雲母の花崗岩へ及ぼす影響」
これまで,試料として花崗岩を用いてすべり依存性構成則を規定するパラメータの温度・圧力依存性について調べてきた(Kato et al., 2003).各構成則パラメータ(最大せん断破壊強度など)は,300℃以上で温度依存性が強くなることが明らかとなった.Post-failure過程におけるせん断破損過程の安定性は300℃を境界として増すことが示され,地殻内の微小地震活動の下限を説明するものと考えられた.破壊面の顕微鏡観察をもとに,黒雲母と石英の塑性変形が脆性変形に混合することで上記のような温度依存性が生じるものと解釈した.しかし,なぜこのような遷移が300℃付近で生じるのかについては未解明のままであった.そこで,黒雲母をほとんど含まないアプライトを用いて比較実験を行い,300℃付近で観察された花崗岩の強度低下・破壊過程の安定性の増加を解明することを目指す.
有効封圧210MPaの条件下,様々な温度条件下で実験をおこなった. 100℃以下で,最大せん断強度はほぼ一定値をとるが,150℃以上では温度の増加にともない徐々に減少する.同時に,150℃以上では,せん断破損過程の安定性が徐々に増加する.このような変化は,花崗岩の場合には300℃付近で観察されたのに対し,アプライトでは150℃付近で確認された.実験後の破壊面の顕微鏡観察により,100℃以下では主に一つのせん断面で破壊が生じているのに対し(せん断帯の厚さ約~0.3 mm),300℃では微小クラックが多数発生し厚みのある破砕帯(厚さ約3 mm)を構成することがわかった(Cataclastic
Flow).その原因として,温度上昇にともなう熱クラックの発生がCataclastic Flowを引き起こしたと考えられる.黒雲母を含む花崗岩では熱クラックは発生するものの,Cataclastic Flowが起こる圧力よりも低い圧力で黒雲母の塑性変形が生じてしまうため,アプライトで観察された150℃付近での変化が見られなかったと推定される.つまり,黒雲母の塑性変形により地震活動の下限がより深部へずれている可能性が示唆される.
小課題 (II)「アスペリティと非地震性領域の棲み分けー室内実験と数値実験ー」
既往大地震の破壊過程の研究により,アスペリティは場所に固有であること,アスペリティと非地震性すべり領域とが棲み分けているらしいことがわかってきた.また,東海地域
のプレート境界では2001年から非地震性すべりが国土地理院GPSにより検出されるとともに,過去にもそのような非地震性すべりが起こっていたことを示す地殻活動データが報告され,非地震性すべりが間欠的に発生していた可能性が示された.本課題では,室内実験と数値実験によりアスペリティと非地震性すべり領域との相互作用について明らかにすることを目指す.
大型剪断試験機を用い,長さ1mの花崗岩の模擬断層面に摩擦特性の異なる領域を分布させ,すべり実験を行った.模擬断層面のうち,半分の50cmの領域に薄いテフロンシートを挟み速度・状態依存摩擦構成則パラメータのa-bが負となるようにし,残り半分の領域は花崗岩どうしを直接接触させa-bが正となるようにした.断層に沿って多数の変位計と歪ゲージをセットし局所的な変位と剪断歪を測定した.
a-b<0の領域はアスペリティ的に振舞い,固着すべりを起こした.a-b>0の領域では,アスペリティでの動的すべりにより応力が急激に上がり,それを緩和しながら顕著な余効すべりが起こった(図2).この非地震性すべり領域でも,アスペリティでの動的すべりに連動し地震時すべりを起こすが,地震時すべり量はアスペリティから離れるほど小さくなっている.この実験では,アスペリティの内部で前兆的すべりが起こり,動的すべりが開始した.非地震性すべり領域では,自らすべりを加速するポテンシャルはないが,アスペリティでは蓄えた応力を凖静的・凖動的に解放することにより徐々に加速する前兆的すべりを起こし得る.
ふたつのブロックをバネで連結し,ドライバーをゆっくり動かしていくモデルを使った数値実験を行った.a-b<0のブロックとa-b>0のブロックを仮定し,適当な摩擦パラメータを仮定すると,室内実験でみられたアスペリティと非地震性すべり領域の相互作用による余効すべりを定量的に再現できた.
次にふたつのブロックのa-bは負に設定し,(b-a)/Lで与えられる臨界ばね定数が系のスティッフネスより一方は大きい値(不安定になる),他方は小さい値(安定になる)に仮定した.ただしLは臨界すべり変位である.後者のブロックのパラメータが安定・不安定境界に近いとき,間欠的な非地震性すべりを起こすことを示した(図3).
以上の結果等から,多様なすべりモードの棲み分けは摩擦パラメータにより図4のように決まると思われる.
小課題(III)「すべり破壊核形成過程のモニタリング手法の開発」:
これまで行ってきた,模擬断層面に弾性波を照射して断層面の接触状態変化を追跡する手法を,ガウジを挟んだ断層面に適用するための実験装置を設計した(図5).装置は小型のせん断装置であり,二枚のプレートの間にガウジを挟み,上盤にせん断力を加えながら,これに弾性波を照射し,この変化を観測する.垂直加重は最大100N,上盤の変位速度は0.05ミクロン/sから2mm/s,とした.上盤の動きを正確に観測するため,垂直方向3箇所,水平方向2箇所に変位計を設置する.これにより,載荷によって変化すると考えられる上盤の3次元的な挙動を捉えることができる.またこの変化から,ガウジ層内の接触状態の変化を推定することができる.透過波動の変化とあわせ,最終的な破断(スティックスリップ,地震)に至る過程での変化を詳細に捉えることができると思われる.
小課題(IV)「砂山くずしの実験的研究」:
実験で得られた,砂山のサイズによるナダレの挙動のドラスティックな変化,すなわち,べき乗則に従うサイズ分布から,固有地震的な,大きなナダレの周期的発生に至る変化の原因を調べるために,セルラーオートマトンモデルによる数値実験をおこなった.システムのサイズ,すなわちセルの数を変化させることによって実験で観測された上記変化が再現されることが期待されたが,セルの数が増えるに随って最大ナダレの大きさはセルの数のべき乗に比例して大きくなることは分かったが,変化は連続で自己アフィン的であり,実験でみられたドラスティックな変化は再現できなかった(図6).このことは,固有地震的な振る舞いへの変化の背後にある物理は,セルラーオートマトンモデルによる単純なメカニズムではなく,未だ十分理解されていない複雑な物理が潜んでいると思われる.この点で注目されるのは,円錐形の砂山の底面の圧力分布が,頂点直下で窪んでいる(dipの存在)という事実である.これは粉粒体に見られるアーチングのためと考えられているが,このことは砂山の内部の応力状態が一様ではなく,かなり複雑な応力鎖が形成されていることを示唆するものである.砂山の表面もこの影響を受け,これがナダレの発生様式の違いをもたらしていることも十分に考えられる.このメカニズムを解明し,地殻内における応力状態への類推を考えることは重要であり,今後の課題である.
(5-4) 「平成14年度の到達目標」に対する成果の概要:
他課題の成果により新たな知見が得られるのに伴い,計画立案後に研究方針を修正したものもあるが,(5-3)に記載したように,当初の目的はほぼ達成しつつある.
(5-5) 共同研究の有無(機関・グループとの共同研究の場合は,その旨明記し,さらに観測の場合には,実施予定時期と場所,参加人数概数も明記する):
小課題(I)はJAMSTECとの共同研究,小課題(III)と小課題(V)は横浜市立大学による研究.
(5-6) 平成14年度の成果に関連の深いもので,平成14年度に公表された成果
論文:
Kato, A., M. Ohnaka, and
H. Mochizuki, Constitutive properties for the shear failure of intact granite
in seismogenic environments, J. Geophys. Res., 108(B1), 2060, doi:10.1029/2001JB000791,
2003.
Kato, A., S. Yoshida, M. Ohnaka, and H. Mochizuki, The dependence of constitutive
properties on temperature and effective normal stress in seismogenic
environment, Pure, Appl. Geophys.,
in press, 2003.
Kato, A., A. Sakaguchi,
学会発表:
Kato, A.,
pressure and slip velocity on the shear failure process in granite in seismogenic
environments, 3rd ACES International Workshop Abstracts, in
加藤愛太郎,吉田真吾,望月裕峰,大中康譽,地震発生環境条件下における岩石のせん断
破損過程に関する実験的研究,地球惑星科学関連学会2002年合同大会,G061-006.
加藤 愛太郎, 吉田 真吾,望月 裕峰,地震発生環境条件下における アプライトのせん断
破損構成則の性質,地震学会秋期大会,C12, 2002.
桑野修,加藤愛太郎,吉田真吾,田中秀実,池澤栄誠,木村学,付加体を構成する岩石の
透水率:徳島県牟岐メランジュの例,地球惑星科学関連学会2002年合同大会,J077-P010.
吉田真吾・加藤尚之,ふたつのブロックモデルにおける間欠的すべり,地球惑星科学関連
学会2002年合同大会,S040-003.
吉田真吾,地震発生の素過程,日本地震学会2002年度秋季大会,A79.
吉田真吾・中谷正生・加藤尚之・加藤愛太郎,アスペリティと非地震性領域の棲み分けー
逸内実験と数値実験ー,日本地震学会2002年度秋季大会,P163.
吉岡直人,アスペリティ接触の動力学6. 凝着摩擦力の速度依存性,地球惑星科学関連学
会2002年合同大会,S040-001.
吉岡直人,砂山崩しの実験とセルラートートマトンモデルによるシミュレーション,日本
地震学会2002年度秋季大会,P112.
Yoshioka,N., A Sandpile Experiment -its Implications for Self-Organized Criticality
and Characteristic Earthquake -, WPGM,
著書:
吉田真吾,実験室で震源を探る(菊地正幸編「地殻ダイナミクスと地震発生」),朝倉書店,
2002.
(6) この課題の実施担当連絡者
氏名:吉田真吾
電話:03-5841-5814
FAX:03-5689-7234
E-mail:shingo@eri.u-tokyo.ac.jp
図の説明:
図1.封圧:140 MPa,間隙水圧:115 MPaの条件下でせん断破壊実験をおこなった後の透水率の時間発展(保持中の差応力は0 MPa).温度が250℃の時には,50時間で透水率が3桁ほど減少した.一方,常温下ではわずかに透水率は低下するにとどまった.
図2.大型剪断試験機を用い,模擬断層面に摩擦特性の異なる領域を分布させて行ったすべり実験.a-b>0の領域で顕著な余効すべりが起こる.
図3.ふたつのブロックモデルによる数値実験.安定・不安定境界に近い摩擦パラメータのとき,間欠的な非地震性すべりを起こす.
図4.摩擦パラメターによる多様なすべりモードの棲み分け.
図5.ガウジを挟んだ断層面に弾性波を照射して接触状態変化を追跡するために設計した実験装置.
図6.セルラーオートマトンモデルによる数値実験の結果.