「準備過程における地殻活動」15年度の研究実施計画
「準備過程における地殻活動」計画推進部会
平成15年1月7日
1.はじめに
大地震に至る準備過程の解明のためには,プレート間相互作用によって供給された応力が断層に伝えられて地震を発生させるまでのプロセスを,詳細に明らかにする必要がある.平成14年度においても前年度に引き続き,建議4項目のうち断層近傍に関連する2項目を1つにまとめた,下記3項目の計画を立案した.
(1)プレート間カップリングの時間変化の解明
(2)地震多発域へのローディング機構の解明
(3)断層周辺の微細構造と地殻流体の挙動の解明
これに基づき各機関で種々の観測・研究が行われた.また,「準備過程」計画推進部会では,京都大学防災研究所共同研究として「プレート間カップリングの時空間変化に関する比較研究」と題する研究集会を開催し,各地のプレート間カップリングの性質についての理解を深めた.以下では平成14年度内の主たる成果について報告した後,それを踏まえた平成15年度の計画について述べる.なお,成果については,「定常・広域活動」や「直前過程」等の解明が主目的の研究であっても,
準備過程」にとっても重要な成果については,ここでも報告することにする.
2.進捗状況
(1) プレート間カップリングの時間変化の解明
(1-a) 東北地方東方沖
三陸沖プレート境界については,過去の大地震の波形解析から,地震時に特に大きくすべったアスペリティの分布が得られ,同一のアスペリティが繰り返しすべることも前年度までに明らかになった.また,それよりも規模の小さな相似地震の解析により,プレート境界におけるすべりの時空間分布をGPSデータとは独立に推定できる可能性があることも,前年度の解析で示された.平成14年度には,青森県東方沖から福島県沖までの広い範囲にわたって,これまでより小さな地震についても解析を行った.その結果,海溝近傍で相似地震活動が活発なのは三陸はるか沖に限られることが明らかになった.相似地震はプレート境界の小さなアスペリティが繰り返しすべることによって生じると考えられるので,三陸はるか沖の海溝付近のカップリングは基本的に弱いことが示唆される.
釜石沖では平成13年(2001年)11月13日に,M=4.7の固有地震的地震が発生した.この地震の位置・規模・発生時期を事前に予測できたことは,地震予知研究の進展に非常に大きな意味を持つ.広帯域地震記録を用いた波形インバージョンにより推定した断層破壊域は,前回の地震の破壊域と推定精度の範囲内でほぼ一致することがわかり,固有地震の原因と考えられるアスペリティの存在が確認された.また,相似地震解析から,M6程度以上のプレート境界地震は常に大規模な余効すべりを伴うことが明らかになった.GPSの解析結果からも,アスペリティの位置では固着度が強いこと,
相似地震が活発に発生しているところは固着度が弱いことが確かめられた.これらの結果から,プレート境界に存在する永続的なアスペリティのまわりは準静的にすべっていて,この準静的すべりがアスペリティに応力集中をもたらし,やがてプレート境界地震を発生させるというモデルが構築されるに至っている.
GPSデータの解析では,1999年ごろからカップリングの状況が急変している可能性が示された.すなわち,1994年三陸はるか沖地震震源域の西側のクリープ(forwardslip)域が1999年頃から固着に転じたように見え,また,宮城県沖から福島県沖にかけての固着域がやや北上したように見える.
(1-b) 東海地域
東海地域では既にすべり欠損モデルが提案されていたが,GPS観測による駿河トラフでの収束速度,20年間観測されている上下変動,最近4年間の水平変動ベクトルが説明可能なモデルを考察した.その結果,御前崎直下から三河湾域までをカップリング域と考えることにより,上記の地殻変動が説明可能であることがわかった.
浜名湖付近で発生した2001年スロースリップを説明する断層モデルを,上下変動データも加えて再検討した.推定された断層は,浜名湖から三河湾北岸域の地下30kmにおいて70km×15kmの大きさをもち,プレートの沈み込みとは逆の東南東へ15cmのすべりを持つものである.観測された上下変動域の広がりからは,これよりも大きな断層を仮定することは困難である.また,まだ分解能が十分ではないながらも,このスロースリップが断層の西端から東端へ時間的に移動したことを示唆するGPS解析成果を得た.
(1-c) 日向灘
非地震性すべりの発生が確認されている日向灘では,海底地震観測データを用いて高精度な震源分布と震源メカニズム解を得た.その結果,逆断層型と正断層型の地震の発生頻度がほぼ同じであることと,正断層型の地震は逆断層型地震を上下に挟むように発生していることがわかった.これはこの地域のプレート間カップリングを評価する上での重要な知見と考えられる.
(1-d) 南西諸島
奄美大島周辺域については,平成14年度までの陸上及び海底地震観測ノより,やや深発地震面の形状と地震活動の状況が判明した.深さ10km以浅の地震はほとんど発生しておらず,マントルウェッジ内で多くの地震が起っていることが明らかとなった.
(1-e) サイレント地震
日本列島では今期計画の間に,1989年東京湾,1996年房総沖,1997年豊後水道,1999年銚子沖,2000年銚子沖,2001-2002年東海,2002年房総沖などでのサイレント地震の事例が蓄積されつつある.これらに共通する特徴をまとめると,サイレント地震や余効すべりは地震アスペリティとは棲み分けていること,サイレント地震は地震発生帯と準静的すべり域の遷移帯に起こったことなどが挙げられる.今後もこのような事例の発掘に努めるとともに,アスペリティでの地震発生との関わりを明らかにする必要がある.
(2) 地震多発域へのローディング機構の解明
(2-a) 東北地方内陸の応力集中機構
東北地方においては14年度までに,詳細な地震波速度構造・S波反射面の分布・主要な断層周辺における比抵抗構造・地震時の詳細なすべり分布・断層周辺の応力分布等が明らかになってきた.14年度にはGPSデータの上下成分に着目した解析を行い,GPSによる上下変動が水準測量の結果と調和的で,脊梁部が歪の集中帯となっていることを示した.これらの結果により,脊梁付近では地下のマグマによる熱や,マグマの固結に伴って放出された水の影響により地殻の弾性的厚さが減少し,これによる歪や応力の集中によって微小地震が活発に発生するというモデルが検証されつつある.
(2-b) 断層の強度
断層のまさつ強度に関しては,野島断層で得られたコア試料を用いた地殻応力の測定結果を基に議論されてきた.その結果,野島断層はweak faultであろうこと,断層のまさつ強度に破砕帯が重要な役割を果たしていることなどがわかってきた.さらに,他地域での応力の情報とGPSによる変位速度の測定結果を比較することにより,地震断層は一般にweak
faultである可能性があることや,内陸地殻の応力が上部マントルの流動によって生じている可能性があることなどが指摘された.
地震を発生させた断層がどのように強度を回復していくかを知ることも重要である.これは野島断層における複数回の注水実験を基に議論されてきた.1997年及び2000年に行った2回の注水実験により,断層周辺岩盤の透水性が3年間に約50%低下したことが複数の観測項目(湧水量,歪,自然電位,誘発地震発生の時空間特性)から推定された.14年度(2003年3月)には第3回注水実験を実施し,固着(透水性低下)がさらに進んでいるかどうかを検証する.
(2-c) 跡津川断層系での構造と応力場
跡津川断層系は,最近明らかになった新潟−神戸歪速度集中帯の一部を形成している.断層周辺に展開した稠密地震観測網による詳細な震源決定の結果,地震発生層の深さはクリープ地域では7〜17kmと深く,その両側では3〜12kmと浅くなっていることがわかった.震源メカニズム解は,断層の中央部ではその走向と調和的な横ずれ型だが,断層の端の部分では逆断層型の地震が多発しており,地表での断層の形が地震発生層の応力場と関連しているように見える.
平成12・13年度に実施した跡津川断層に沿う人工地震からの反射波の解析により,12km以深は反射強度が強く,特に深さ約12及び20km付近に顕著な反射面が存在することを見い出した.前者は地震発生層の下限付近に位置し,後者は西南日本内陸部で多く見られる反射面と同様のものかもしれない.
(2-d) 西南日本における構造探査
西南日本においては,海洋科学技術センターと共同で,南海トラフから西南日本弧を経て背弧海盆に至る大規模な制御震源地震探査を実施した.この測線は1999年のJAMSTECとの共同探査測線にほぼ一致しているが,今回のデータにおいても海洋プレートからの明瞭な反射波が確認された.今後の解析により,プレート沈み込み構造がさらに詳細に明らかにされるであろう.一方,内陸側では地殻内反射波が確認され,西南日本弧の地殻内不均質構造についても新たな知見が得られることが期待される.
(2-e) 鳥取県周辺での稠密地震観測
鳥取県周辺において,平成13年度から全国合同観測として実施しているT字形の超稠密アレイ地震観測(鳥取−島根県における東西測線及び鳥取−岡山—香川県を結ぶ測線)では,地震発生域及びフィリピン海プレートの構造などの精査を目的に,自然地震のデータを蓄積している.
(2-f) 日奈久断層系での地震波反射面
九州においては,日奈久断層系近傍に10点の臨時観測点を展開してデータ収録を行っている.地震記録中には地殻内からの反射波が検知された.反射面の位置決定を行った結果,反射面は日奈久断層にほぼ並行する走向を持ち,傾斜角が45度以上と非常に高角であることが明らかになった.また,臨時観測データを用いた応力テンソルインバージョンによれば,応力場はほぼ南北に最大主張力軸を持つことが判明した.一方,データ処理に関しては,大規模アレイ観測において得られたデータから地殻中の散乱係数を推定する方法を開発し,実際のデータへの適用に関するデコンボリューション処理アルゴリズムの開発を行った.
(3) 断層周辺の微細構造と地殻流体の挙動の解明
(3-a) 鳥取県西部地震断層の微細構造
断層周辺の微細構造と地殻流体との関連については,東北地方脊梁部における合同観測によって多くの成果が挙がっているが,2000年鳥取県西部地震の余震データの解析が進んだことにより,この地域での特徴も明らかになってきた.稠密余震観測のデータを用いたトモグラフィー解析の結果,余震域周辺には数%の高速度異常域がパッチ状に分布していることが判明した.鳥取県西部地震の前には1989年,1990年,1997年に群発的地震活動が発生したが,その震源域は高速度パッチの一つに対応する.これらの群発地震のb値は小さな値を取ったことも考え合わせると,群発地震の震源域は応力集中域になっていたことが考えられる.一方,本震時のすべりは高速度異常のパッチに縁取られるように見える.このことは,地殻内の不均質構造が本震時のすべりをコントロールしたことを示唆する.
鳥取県西部地震の発生前に,マグマ活動に起因する可能性のある地殻深部低周波地震が発生したことが指摘されており,地殻流体の存在が示唆されている.稠密地震観測の地震波形を用いた散乱波の解析から,北側の震源域直下には散乱強度の非常に強い領域が局在していることが明らかになった.この散乱体は,反射法構造探査実験による反射面の位置と良く一致しており,鳥取県西部地震の発生機構を考察する上で貴重な情報と考えられる.
(3-b) 東北地方北部の低周波地震と地震波の散乱
東北地方北部の十和田付近においては,地殻中部及び深部で低周波地震が発生していることを確認した.さらに,2001年10月,12月,2002年1月に発生した特異な連続的低周波振動について解析し,これが低周波地震の連続的発生によるものと解釈した.西南日本の地殻深部では広域に低周波微動が発生していることが発見されたが,十和田においては,浅発地震発生域に隣接した地殻中部においても,低周波地震が連続的に発生する場合があることが示された.
岩手山における人工地震のアレイ解析から,最高峰の薬師岳付近の深さ10km前後に強散乱域があることがわかった.これは地殻変動から推定されたダイクの位置及び地殻中部低周波地震の震源域の両者の底部に対応するので,マグマの供給源が強散乱域になっていると解釈した.また,東北地方北部と北海道南部の地震波形のエンベロープ形状を調査した結果,モホ付近・低周波地震発生域・プレート境界等に起因する散乱波が,エンベロープ振幅の増加に寄与していることがわかった.前2者では地殻流体の分布域が強散乱源として振る舞っている可能性がある.
(3-c) 比抵抗分布と地震活動
地殻流体についての情報をもたらすと考えられる比抵抗分布についても,全国電磁気共同観測による観測データが揃ってきた.平成13年度までに千屋断層周辺域と日高山脈を横切る測線で実施した広帯域MT観測の結果,両地域では比抵抗値の遷移領域,すなわち低比抵抗と高比抵抗の境界部,及び高比抵抗部に地震が多発していることが明らかになった.
千屋断層周辺域では,平成10・11年度に行われた測線と平行する測線(いずれも断層とは直交)での観測を13・14年度に実施した.今回得られた深さ5km程度までの比抵抗構造は,千屋断層付近で低比抵抗,その両側でやや高比抵抗となっており,前回得られた比抵抗構造と類似している.しかし,千屋断層の西側約10kmの深さ7〜8kmではより高比抵抗になる傾向が新たに見い出された.
13・14年度には,岩手山周辺の地殻深部低周波地震の震源域,及び長町−利府断層の深部比抵抗構造を解明するための広帯域MT観測も実施した.これらのデータの解析は進行中である.
鳥取県西部地震が発生したことを受けて実施した,震源域周辺での広帯域MT観測のデータ解析を進め,南北断面での比抵抗構造を求めた.震源域の深さ11kmまでは高比抵抗であるが,その下部に低比抵抗領域が存在することを見い出した.地震は高比抵抗領域内,及び高比抵抗と低比抵抗の境界領域に分布することが判明した.鳥取県中部地域においても同様に,鳥取県中部地震の震央以北での地殻深部に低比抵抗領域の存在が確認された.14年度には島根県東部及び大山火山周辺域での調査を行い,このような地震発生のない地域においても,上記の比抵抗と地震活動の関連が成り立つかどうかに注目してデータ処理を進めている.
以上のように,比抵抗構造と地震活動の対応を見ると,地震は高比抵抗領域または比抵抗値の遷移領域で多く発生するというのが共通した特徴である.しかし,Vp/Vs等の地震学的情報との対応関係はかならずしも明確ではない.比抵抗分布で流体が見つかるとすれば,流体がかなりの広がりをもって連結している場合に限られるので,比抵抗構造と地震学的構造を今後詳細に比較することにより,流体の存在形態の違いが議論できるようになると期待される.
3.平成15年度実施計画
大地震に至る準備過程の解明のためには,プレート間相互作用によって供給された応力がどのように断層に伝えられて地震を発生させるのか,そのプロセスを詳細に明らかにする必要がある.ここでは下記の3項目の分類による計画を推進するが,これらはいずれも,他の部会における推進課題とも密接に結びついている.平成15年度においても,平成11〜14年度の研究成果を踏まえた研究を推進するが,15年度が建議の5カ年計画の最終年度にあたるため,5カ年の総括を行うとともに,次の5カ年計画につなげることを意識した研究を行う必要がある.
(1) プレート間カップリングの時間変化の解明
プレート境界における余効すべりや準静的すべりの定量的把握,カップリング域の特定,カップリングの時間変動とそのメカニズムの解明は,応力の供給源の情報として基本的に重要である.プレート間カップリングの時間変化の解明のために,十勝・根室半島沖,三陸沖,福島県沖,房総沖,東海〜南海,日向灘,南西島弧地域などにおいて,「定常的な広域地殻活動」部会の計画によって実施される観測とも密接な連携をとりながら研究を推進する.三陸沖や日向灘における研究から,プレート境界に存在する永続的なアスペリティのまわりは準静的にすべっていて,この準静的すべりがアスペリティに応力集中・蓄積をもたらし,やがてプレート境界地震を発生させるという「アスペリティ/準静的すべり」モデルが考えられている.15年度においても各地域でのアスペリティや準静的すべりの特徴の解明を進め,上記仮説の検証及び普遍性と地域性を明らかにする.
(1-a) 三陸沖
三陸沖においては,プレート境界のアスペリティの位置・準静的すべりの性質・プレート境界型地震やプレート内地震と構造や境界面の性質との関係等について,GPS・相似地震・海底構造探査・岩石実験の結果を総動員して,上記モデルの検証を進める.それに加え,プレート境界低周波地震の発生原因の解明,高周波波動生成域とアスペリティの関係の解明など,周波数帯域を広げてアスペリティの実体に迫る.
海域での観測からアスペリテイと準静的すべり域の分布をとらえる手段として,プレート境界からの反射波のマッピングが使えそうであることがわかってきたので,過去4年間での観測が不十分であった場所あるいは福島県沖に適用する.また,房総沖日本海溝から日本海に抜ける海陸観測線と既設陸上観測網を組み合わせた十字アレイ観測によって,プレート収束域の深部構造と地殻活動の把握を進める.
(1-b) 東海地域
東海地域での2001年スロースリップの発生は,プレート固着域でもプレート間カップリングがゆらぐことを示している.しかしながら,スロースリップの詳細なモデルや時間的発展などはまだ十分に解明されていない.また,過去にも同様なスロースリップの存在が示唆されながら,データの整理が不十分なために研究が遅れている.さらに,スロースリップが巨大地震のトリガーになる可能性もありながら,的確なリアルタイムモニタリングシステムが構築されていないという問題もある.そこで15年度には,これまでよりも高精度なGPS解析に基づいて,2001年スロースリップの時間発展モデルを構築する.また,水準測量・験潮・地殻変動連続観測のデータベース化を進め,過去のプレート間カップリングとスロースリップを解明する.高精度なリアルタイムモニターとして,Real
Time Kinematic (RTK) GPS観測の実用化を試みる.
(1-c) 日向灘及び南西諸島
日向灘では,平成14年度に引き続いて海底地震観測を実施し,プレートの沈み込みの特徴をさらに詳しく明らかにする.さらに,GPS観測データに基づいたプレート間カップリングの時空間変動の研究成果との比較により,カップリング強度を決める要因に関する知見を得る.
地震活動度が高い奄美大島東方のプレート間カップリング域の地震活動を明らかにするために,喜界島と奄美大島の周辺域では,従来から実施している臨時地震観測を継続し,地震活動の状況・やや深発地震面の形状・震源メカニズム解の空間分布の特徴を明らかにし,当該領域の応力場の解明を目指す.
(1-d) サイレント地震
サイレント地震に関しては,GPSデータの空間的コヒーレンスを利用して発見事例を増やし,インバージョンの分解能を挙げる.サイレント地震の規模と頻度に関してどのような法則性が成り立つのか,サイレント地震のすべりの拡大方向とアスペリティの関係などを調査する.
(2) 地震多発域へのローディング機構の解明
プレート間相互作用を起源とする応力が,内陸やプレート境界の特定の領域に集中して地震を発生させる機構(ローディング機構)の解明が必要である.そのためには,地殻応力を正しく測定して,プレート間カップリングの時間変化の影響と内陸の非弾ォ変形の影響を正しく分離する必要がある.そのため,現在の応力測定を改善するとともに測定例を増やし,地震データを用いた応力テンソルインバージョンによる観測結果の充実を図る.また,多項目・集中的な観測から,地下構造の不均質性の分布と応力集中の関係を解明する.
(2-a) 海洋プレートが内陸の歪場に及ぼす影響の分離
GPS観測によって内陸の歪分布は面的に捉えることが可能になったが,プレート間相互作用に伴なう広域歪場の影響評価は,水平成分の観測だけでは困難であった.14年度の成果によりGPS観測データの上下成分が使用できる目処がついたため,15年度には上下成分も用いてプレートの影響と内陸の影響との分離に着手する.これが実現できれば,内陸の歪場における非弾性的影響等について詳しく議論できるようになり,内陸地震発生のモデル構築における重要な拘束条件になると期待される.
(2-b) 東北地方内陸の応力集中機構
東北地方については,詳細な地震波速度及び比抵抗構造・S波反射面の分布・地震時のすべり分布・断層周辺の応力分布等が明らかになってきた.これらの結果から,地下のマグマによる熱や,マグマの固結に伴って放出された水の影響により地殻の弾性的厚さが減少し,そこが歪・応力の集中帯となって微小地震が活発に発生するというモデルが考えられてきた.15年度は個々の観測事例を増やしながら,このモデルの検証を進める.長町−利府断層周辺域及び宮城県鬼首地域での臨時稠密地震観測を継続し,中規模地震後の応力場の時空間変化と,断層およびその周辺の構造との関係を明らかにする.
(2-c) 西南日本における合同観測
15年度も西南日本を重点観測地域とし,全国の大学が共同して,衛星テレメターによる合同稠密地震観測を実施する.この観測網による自然地震の観測から,地震波散乱体やS波反射面の詳細な空間分布を求め,それらの地球物理学的性質を明らかにすることを目標とする.西南日本地域における稠密地震観測の結果を,それ以前に実施されてた東北脊梁地域や北海道日高地域といったテクトニクスの異なる場における結果と比較して,内陸地震発生モデルの構築・検証を実施する.
制御震源探査・自然地震観測を連携させた「断層スケール」の地殻内不均質構造に焦点を当てた研究は,15年度は九州地域(中央構造線西部あるいは内陸断層帯)において行う.GPSによる歪分布や自然地震活動と不均質構造の関係を明確な形で捉え,歪・応力の集中・蓄積過程の解明を目指す.
平成14年度に引き続く全国の大学による共同研究として,鳥取県西部地震震源域を含むT字型アレイ超稠密地震観測を継続する.この観測では,西南日本下に沈み込むフィリピン海プレートの形状と応力場を,自然地震を使って把握する.これまでの四国及び四国沖における人工地震探査により,プレート境界面にかなり強い反射層が存在することが指摘されているので,その層を中国地方まで追跡し,内陸の地震発生層との関係を探る.
(2-d) その他の地域での観測
弟子屈断層帯での繰り返しGPS観測を継続しながら,この地域の歪の時空間分布図を作成し,地震発生に至る歪蓄積過程を明らかにする.跡津川断層周辺では,稠密地震観測網のデータ解析をさらに進めて高精度震源分布を得るとともに,反射面の位置と形状の確定と時間変化の研究を進める.花折断層周辺では,GPS観測点の連続観測化や2周波化を図り,過去のデータとも合わせて詳細な歪速度分布図を作成する. 四国では中央構造線付近の起震応力場の方向やP軸方向の時間変化を調べる.また,平成14年度までに行われた比抵抗探査データを統合的に解析することにより,
複数の2次元比抵抗構造断面を得る.
(2-e) 断層の強度
断層のまさつ強度に関しては,野島断層で得られたコア試料を用いた地殻応力の測定結果を基に議論されてきた.その結果,断層がweak faultである可能性が指摘されたが,データは蓄積途上にあるのが現状である.15年度もデータの取得を進める一方,断層破砕帯が断層の巨視的剪断強度に果たす役割や,応力と弾性についてのモデル構築を行う.
野島断層では800mボアホール内に設置された地殻活動総合観測装置による歪・傾斜観測を継続し,3回の注水実験より得られた歪・傾斜変化から,観測開始以降の野島断層の固着過程を明らかにする.さらに,これまでの観測・実験データを総合し,野島断層の破砕帯構造,回復過程,および断層周辺における地震発生過程に関する統一
的なモデル構築を行う.
(3) 断層およびその周辺の微細構造と地殻流体の挙動の解明
ローディング機構の理解に基づき,大地震に至る過程を解明するためには,断層およびその周辺の微細構造,歪や応力の集中過程を調べることが必要である.これまでの研究から明らかになってきた微細構造の研究をさらに進めるとともに,地殻流体と地殻内の不均質構造,及び地震活動に関する情報を増やし,統一的な理解を進める必要がある.
15年度も全国の大学が共同で実施する西南日本合同観測では,下部地殻の地震波速度不連続面のイメージング,地震波反射面の時間的変動,稠密GPS観測による空白域
における断層構造の時間的・空間的な把握,地下水位・水圧・温度測定による地殻流 体の挙動の推定,広帯域MT観測による地殻深部の比抵抗構造の調査などを行う.
(3-a) 鳥取県西部地震断層とその周辺の微細構造
2000年鳥取県西部地震は,地表面に活断層が存在せず,歪速度が大きくなかった地
域で発生したので,この地震の発生原因の解明は非常に重要である.そのため,鳥取県西部地震の震源域および隣接する地域においては,地震・GPS・重力・地下水・歪・地球電磁気等の総合観測を継続または実施して,地震発生を規定する要因の解明を行う.
(3-b) 低周波地震・微動と地震波の散乱
2001年には西日本において広域に低周波微動が分布することが明らかになった.この微動はこれまでに知られている低周波地震と同様に地殻流体の存在を強く示唆するが,微動と低周波地震の発生メカニズムは異なる可能性があるので,それに関する直接的証拠を得るための観測・研究を継続して推進する.そのため,十和田,跡津川断層域,1997年鹿児島県北西部地震の余震周辺,日奈久断層系周辺等の断層近傍においては,地震波散乱強度分布の推定を行う.また,東北地方北部と北海道南部を対象に,下部地殻での散乱強度の3次元分布を広域にわたって推定し,低周波地震の震源
分布との対応を調査する.
(3-c) 比抵抗分布と地震活動
電磁気的観測としては,広帯域MT探査を山陰地域,四国,仙台付近などで実施する.特に山陰地方(鳥取県東部,中部,西部,島根県東部,中部,兵庫県北部)では,得られたデータ解析の結果を統合して,山陰地方の地殻比抵抗構造モデルを構築する.千屋断層付近においては引き続き広帯域MT観測を行い,比抵抗構造を3次元的に解明することを目標にする.トルコの北アナトリア断層での広帯域MT観測データの解析も継続する.
地震発生域と比抵抗構造の関係については,高比抵抗と低比抵抗の境界部に微小地震が発生するというのが一つの解釈となりつつある.ただし,詳細な比抵抗構造と地震発生域との関係がはっきりしている地域はまだ少なく,さらに多くの地域での調査が必要である.東北地方全域にわたってVp/Vsの分布が解明されつつあるが,比抵抗構造から推定される地殻内流体の分布と,Vp/Vsから推定される分布には相違が見られる.そこで平成15年度には,比抵抗及びVp/Vsのデータから,地殻内流体の存在量と形態に関する解釈を深化させる.
(3-d) その他の観測・研究
1997年鹿児島県北西部地震の余震域周辺では,臨時地震観測を実施して高精度震源分布を求め,地震発生直後の余震分布と比較することによって,地殻流体の挙動と地震発生の関係を解明する糸口を得る.
地球化学観測については,長野県大滝・淡路島における観測研究を継続するとともに,マントルヘリウム連続測定装置の実験室レベルでの完成を目ざす 御前崎での絶対重力観測は,プレート収束域での観測としては高頻度・長期間にわたって実施されてきた.この絶対重力観測を継続し,プレート間カップリングの揺らぎを検証する.
4.おわりに
平成15年度は建議の5カ年計画の最終年度にあたる.そのため,特に以下のような点に留意して成果を総合的にまとめ,次の5カ年計画につなげる必要がある.また,時期計画においては,現在の「準備過程」部会は「定常・広域」部会の一部,及び「直前過程」部会と統合した「準備・直前過程」部会となるので,他の部会の成果も十分に考慮する必要がある.
プレート境界においては,準静的すべりの蓄積によりアスペリティに応力が集中し,地震発生に至るという新しいアスペリティ像ができつつあり,この仮説を検証するための観測研究が重要な課題となる.また,プレート間カップリングがある程度強い領域においても,この仮説が成り立つかどうかの検証も必要である.そのためには,各地域での相互比較できるだけの精度で,アスペリティの性質が求められている必要がある.さらに,大地震の規模の予測を高精度化するために,複数のアスペリティが連動して破壊する時の条件を解明することが極めて重要である.一方,準静的す
べりの特質に関する理解も欠かせない.そのためにはスロースリップやサイレント地震についての観測事例やシミュレーション例を増やし,準静的すべりがいかにして地震をトリガーするかを解明しなければならない.
ローディング機構については,東北地方については,マグマによる熱やマグマの冷却に伴う水の放出などを基にした仮説ができつつあるが,それ以外の,たとえば非火山地域では別な仮説を構築する必要がある.そのためには,東北地方で行われたのと同程度の精度で地殻構造と各種の不均質構造を明らかにする必要がある.また,新潟から近畿に至る歪集中帯への歪と応力集中機構を明らゥにし,この場所での地震発生ポテンシャルを評価することも重要である.また,断層の強度とその回復に関する知見も,今期計画では主として野島断層に関して得られたものであるので,他の断層に
関する情報抽出も必要である.
内陸のアスペリティとしての断層の微細構造は,特定の断層についてしか解明できていないので,多くの断層についての調査を進める必要がある.比抵抗構造と地震発生の関係については一定の傾向が見られることがわかってきたが,比抵抗構造とVp/Vs等の地震学的構造を統一的に説明するモデルの構築が重要である.西日本においては広域に低周波微動が分布することが明らかになり,低周波地震と同様に地殻流体の存在を強く示唆するが,未だに直接的な証拠は得られていない.上記の比抵抗構造とVp/Vsの分布の他に,地震波散乱強度分布の推定等を進め,地震発生に対する地
殻流体の寄与を解明する必要がある.