「直前過程における地殻活動」15年度の研究実施計画
「直前過程における地殻活動」計画推進部会
平成15年1月10日
1.背景
地震予知研究において,計算機によるシミュレーション研究は今後ますます重要な位置を占めると考えられる.それが十分な予測能力を持つためには,破壊の素過程を理解した上で,地震発生場における不均質断層上の構成法則(関係)の空間分布を物理的・地学的に正しく把握する必要がある.その意味で室内実験の重要性は増している.とくに(1)脆性−塑性遷移領域における構成関係,(2) 構成関係の地震発生場環境要因依存性, (3)アスペリティの連動性や非地震域との棲み分け,(4)
地震後の強度回復過程や透水率変化,(5)弾性波速度などの観測可能量と摩擦構成則パラメータとの関係などを実験的に明らかにすることが重要である.
室内実験の空間スケールは現実の地震発生ゾーンのそれとは非常にかけ離れているから,室内実験で得られた知見が実際の地震発生と結びつくのか、常に野外観測による検証をおこなうべきである.例えば,室内実験スケールと現実地震発生ゾーンのスケールをつなぐ,鉱山のやまはね現象を至近距離で詳細に調べる半制御地震実験や,地震発生直前に生じていると考えられる地下間隙水の流動・応力変化・温度変化・同位体変化や,電磁場の時間変化(流動電位・ピエゾ磁気効果・熱磁気効果・比抵抗構造の時間変化)を,室内実験および野外観測の両面からつめることが効果的と考えられる.また,ガウジを挟む,より現実的な断層について,震源核が透過波動による検出可能性を判定する室内実験の結果は,アクロス等の野外実験結果の解釈に重要な指針を与えると考えられる.
野外観測データ同士についても,これまでは独立に議論されることの多かった電磁気データと,技術革新の目覚しい測地学的データ(GPS、SAR、絶対重力計など)および広帯域記録をつきあわせることが肝要である。それによって、地殻内流体の移動を伴った新しい地殻活動のイメージが構築出来る可能性がある。
シミュレーションと野外観測の連携も推進すべきである.海溝型巨大地震についてはシミュレーションが始められているので,そこから得られる知見を指針にした野外観測を行なったり,逆に野外観測のデータ同化によるシミュレーターの改良を行なったりすることが有益である.断層固着領域の変化やプレスリップが発生するとすれば,陸上部ではヒンジライン付近で歪の変化および地下水位あるいは間隙水圧の変化が観測されると考えられる.
2.平成14年度進捗状況
A.震源核に関する実験的研究
A-1.せん断破壊過程を支配する構成法則の地震発生場環境要因依存性
陸上付加体の断層岩を用いたせん断破壊実験と透水率測定を,試料が過去に経験したと思われる条件下で行った.有効封圧の増加に対して花崗岩に比べより大きく透水率が減少減少し,強度,応力降下量が約20%小さいという結果が得られた.また,破壊後の回復過程で透水率は小さくなったが強度は回復しなかった.これは,破壊面上に粘土鉱物が沈澱したためと思われる.
前年度までの研究で,花崗岩は300度以上で構成則パラメタの温度依存性が強くなり,せん断破損過程の安定性も300度を境に増加することが確認され,黒雲母,石英の変形が,この温度で塑性から脆性に移行するためであると推定した.黒雲母を含まないアプライトを用いた比較実験を行った結果,150度において安定性が増すことが明らかとなった.これにより,黒雲母の塑性変形が地震活動の下限をより深くしていると推定した.
A-2.アスペリティと非地震性領域の棲み分け
花崗岩の模擬断層面に摩擦特性(a-b値)の異なる領域を分布させ,すべり実験を行った.この結果,a-b<0の領域はアスペリティ的に振る舞い,固着すべりを起こし,a-b>0の領域はアスペリティの動的すべりにより応力が急激に上昇し,それを緩和しながら顕著な余効すべりがおこった.また,この結果を,ブロック,ばねモデルで再現した.
A-3.すべり破壊核形成過程のモニタリング手法の開発
前年度まで,模擬断層面に弾性波を照射し,断層面の接触状態変化を追跡する実験を行ってきた.今年度は,ガウジを挟んだ断層面に適用するための実験装置の設計を行った.
A-4.砂山くずしの実験的研究
前年度の実験で得られた,砂山のサイズによるナダレ挙動の劇的な変化,すなわち,べき乗則から固有地震的な大ナダレの周期的発生に至る変化を調べるため,セルラーオートマトンモデルによる数値実験を行った.モデルから上記ナダレ挙動の変化を再現することが出来ず,実験でみられた劇的な変化の背後にある物理がセルラーオートマトンモデルのような単純なメカニズムでは説明できないことが明らかとなった.
B.南アフリカ金鉱山における地震予知の半制御実験
前年度までに,観測網から約100mで発生したM2地震前後のb値・応力降下量変化から,震源域のせん断応力変化の検知に成功し,地震直前の応力低下を示唆する変化をとらえた.また,M3地震を含む地震群の発生後約一ヶ月後に顕著な余効変動をとらえた.今年度は,さらに,Mpong,Tau
Tona鉱山にこれまでの経験を活かした冗長性のある地震計・歪計・変位計のアレイからなる観測網を展開している.
C.野外観測
C-1.電磁気観測
北海道弟子屈・日高地区および伊豆半島・東海地域に展開している多点の電磁気連続観測を継続した.伊豆半島北東部群発地震活動時には,ある特定の地域(御石が沢周辺)で全磁力が5nT/year程度の割合で減少しつづけていたが,地震活動の静穏化と共に減少傾向が鈍ってきている.御石が沢周辺域は磁気異常域に位置し,上記の顕著な変化が応力変化によるものである可能性が示唆された.
C-2.測地観測
伊豆半島東部(平成11年度),三宅島(平成12−14年度)において絶対重力測定と相対重力測定を組み合わせたハイブリッド重力観測を実施し,伊豆半島東部で群発地震活動が発生しない静穏期においても地殻内流体が移動していること,2000年7-9月の神津−三宅群発地震域にマグマが流出,2002年6月頃からは三宅島に地下水が流入していることが明らかとなった.御前崎の絶対重力測定(平成11−14年度)から,沈降に見合った重力増加が無いという逆説的な結果を得た.また,14年度には,プレート境界での変形過程を見るため,富士山を取り囲む領域でハイブリッド重力観測網を構築した.
C-3.精密制御地震(アクロス)
平成14年度までに,以下のシステム製作,試験を行ってきた.
・精密人工震源小型試作機(やよい1号)の製作と室内試験(完了)
・実証試験用機(やよい2号)設計製作とフィールド展開(稼動中)
・岩石標本の室内散乱実験(中断)
・弾性波シミュレーションによる性能評価(完了)
・試験サイト(山梨県東部地震域北方25kmで深度600mの大規模地下坑道)の地球科学計測(完了)
・坑道内光ケーブルを利用した直達波による速度トモグラフィ(設置完了)
・波動トモグラフィのインバージョン手法の開発(継続中)
・実証試験用機(やよい3号)のフィールド展開(設置完了。調整中)
C-4.活断層の総合的モニタリング
平成13年度に石狩低地帯の比抵抗構造探査を行ったほか,今年度にわたって北大構内の750m地震観測井,札幌市500m地震・地殻変動観測井3本による札幌市域の活動モニタリングを継続し,石狩平野東縁断層帯の前駆現象発現機構総合観測網を展開しつつある.
3.平成15年度実施計画
(A) 震源核に関する室内実験
(A-1) 「観測可能量と構成則パラメータの関係 」
次期予知計画では「地震発生の素過程」という項目をたて,観測可能なVp,Vs,比抵抗などから,地下の物質と状態の分布を推定し,摩擦・破壊特性分布の推定を可能とする実験的研究を推進することが予定されている.そのことを視野に入れ,地震発生域の条件下で,構成則パラメータと弾性波速度の同時測定を開始し,比抵抗も測定できるよう装置の改造を図る.
(A-2) 「アスペリティと非地震性領域の棲み分け-室内実験と数値実験-」
異なる摩擦特性を模擬断層面に分布させた実験と,ブロック・ばねモデルによる数値実験を継続すると共に,両者間でフィードバックを繰り返しながら研究を進めていく.古典的な最大静摩擦・動摩擦則の他,いくつかのヴァージョンの速度・状態依存構成則を仮定して数値実験を行い,室内実験の結果と比較し,どの摩擦法則が最適であるか,各摩擦法則の適用限界などを明らかにしていく.
(A-3) 「すべり破壊核形成過程のモニタリング手法の開発」
ガウジ挟む断層のすべり実験を開始し,透過波動に変化をもたらすメカニズムの解明を目指す.ガウジの粒径,材質などを様々に変えて実験をおこなう.
(A-4) 「砂山くずしの実験的研究」
さまざまな角度から,サイズによるナダレ現象の劇的な特性変化の問題を追及し,固有地震的挙動に至るメカニズムの解明を図る.
(B) 南アフリカ金鉱山における地震予知の半制御実験
Mponeng,Tau Toa鉱山の地震計・歪計・変位計のアレイからなる観測網が完成し,鉱山の掘削が断層に近づくのを待ち受ける状態となる.至近距離に発生するM0-3クラスの地震の震源核形成過程が,上記のセンサーで記録されることが期待される.
(C)野外観測
(C-1)電磁気観測
北海道弟子屈・日高地区および伊豆半島・東海地域に展開している多点の電磁気連続観測を,全国大学・国立研究所の各研究者の共同研究として継続し,地震・地殻活動に伴う電磁気変化を検出する.5年間で得られた観測結果から,対象地域の応力変化,熱消帯磁,地下水の存在とその移動に関して得られた知見を整理し,地震,地殻変動のメカニズムに対する考察を行う.
(C-2)測地観測
気象庁・気象研究所と共同で富士山頂での絶対重力測定を実施する.また,静岡大学・東北大学と共同でハイブリッド重力観測を繰り返し,東海地方のスロースリップとの関連を調べる.御前崎・伊豆半島でのハイブリッド重力観測を継続する.
(C-3) 精密制御地震(アクロス)
定着デバイスの設計変更による,震源やよい2号の性能改良を図る.また,震源やよい3号の試験,特にフェイズドアレイ試験を実施する.坑道内光ケーブルを利用した直達波による速度トモグラフィを実施する.
(C-4) 活断層の総合的モニタリング
札幌市など大都市圏に隣接している石狩平野東縁断層帯において,既存データを基にして,伏在活断層の位置推定を含む地下構造の静的構造の解明を図る.これにより,一連の活断層帯での広域的な静的構造を明らかにし,本来の目的であった,局所的な構造変化のモニタリング方法・前駆現象の発現機構の研究のための基礎データとする.