「地殻活動シミュレーション手法」15年度の研究実施計画
「地殻活動シミュレーション手法」計画推進部会
平成15年1月14日
[基本的な考え方]
地殻活動シミュレーション研究の目標は,隣接するプレート同士が複雑に相互作用する日本列島域の地殻活動のシミュレーション・モデルを構築し,広域GPS観測網や地震観測網等からの膨大な地殻活動データをリアルタイムで解析・同化することにより,プレ−ト相対運動によって駆動されるテクトニック応力の蓄積から準静的な破壊核の形成を経て動的破壊の開始・伝播・停止に至る大地震発生過程の定量的な予測を行うことにある.
上記の目標を達成するためには,全国の大学及び関係諸機関が適切な役割分担の下に連携・協力して複数の要素モデルをシステム結合した日本列島域を対象とするプロトタイプの地殻活動統合シミュレーション・モデルを構築する一方,大学等の研究グループが中心となって以下に挙げるようなモデリング及びシミュレーション手法の高度化のための基礎研究を重点的に推進し,その成果を統合シミュレーション・モデルに逐次組み込むことで地殻活動予測シミュレーション・モデルを継続的に改良・発展させていく必要がある.
[大学等の研究グループが重点的に推進すべき基礎研究項目]
1)断層破砕帯の素過程
2)断層間相互作用
3)内陸活断層の地震発生過程
4)地殻活動データの解析・同化
5)特定地域に於ける地震発生サイクル・モデルの開発
6)日本列島域の広域変形・応力場のシミュレーション
(1) 平成14年度の進捗状況
平成14年度の地震予知研究事業では,大学等の研究グループが重点的に推進すべきモデリング及びシミュレーション手法高度化のための基礎研究項目の内,1)の断層破砕帯の素過程に関する研究,2)の断層間相互作用に関する研究,3)の内陸活断層の地震発生過程に関する研究,5)
の特定地域に於ける地震発生サイクル・モデルの開発,及び6)の日本列島域の広域変形・応力場のシミュレーションに関する研究が実施され,以下に示すような成果が得られた.
また,本事業と密接に関連する日本列島域の地殻活動シミュレーション・モデルの開発研究に於いては,モデリングのベースとなる日本列島周辺域の中解像度3次元プレート境界形状モデルを完成させ,準静的地震発生サイクル・モデル及び動的破壊伝播モデルのシミュレーション・コードのベクトル化及び並列化を進めると同時に,3次元プレート境界形状モデルを用いて太平洋プレート及びフィリピン海プレートの定常沈み込みに伴う地殻変形場を計算し,内陸活断層での応力蓄積の根本原因がプレート境界の3次元的屈曲にあることを定量的に示した.
[断層破砕帯の素過程に関する研究]
平成12年度からの継続課題として「地殻内流体の挙動とその地震発生に対する力学的効果に関する研究(課題番号0131)」を実施した.平成14年度は,流体の効果についての理解をさらに深めるため,熱効果を考慮に入れて地震の動的破壊の核形成過程についての数学的定式化を開始した.取り扱いはかなり一般性を持ったものであり,固体相および流体相密度の時空間変化,空隙率の時空間変化なども考慮に入れられている.未だ,さまざまなレベルでの定式化の途上であるが,断層帯のせん断変形,圧縮変形に伴う温度変化や流体圧変化についての予備的計算を実行しつつある.
[断層間相互作用に関する研究]
平成12年度からの継続課題として「断層間相互作用による断層成熟度の変化についての研究(課題番号0132)」を実施する一方,平成11年度からの継続課題「地殻応力・歪変化シミュレーション手法に関する研究(課題番号0120)」の中で,新たに断層間相互作用のシミュレーション研究を実施し,以下の成果を得た.
(1) 断層間相互作用による断層成熟度の変化
相互作用する2亀裂の動的な破壊過程をシミュレーションにより明らかにした.亀裂の初期配置により,亀裂が合体する場合と,互いに離れていく場合があることが明らかになった.時間とともに断層系が成長するための条件がこの結果から示唆される.
(2) 断層摩擦構成則に基づく地震サイクルシミュレーション
応力場・変位場の変動に最も大きな影響を及ぼすプレート境界面のすべり過程のシミュレーションを行い,摩擦特性としてすべり速度弱化とすべり速度強化の領域とが混在する場合は,両者でのすべりの相互作用により,遅れ破壊等の様々な複雑なすべり過程が出現し得ることを定量的に示した.この結果は,プレート境界面のアスペリティのすべり過程や,それが周囲の非地震性すべり域へ及ぼす影響等を理解するときに有用である.
[内陸活断層の地震発生過程に関する研究]
平成12年度後期からの継続課題として「下部地殻流動特性とプレート内応力の蓄積・解放過程のシミュレーション研究(課題番号0703)」を実施し,以下の成果を得た.
(1) 平成13年度に引き続き,異方的な流動特性を持つ粘弾性物体の力学的応答の定式化とそれに基づく数値計算アルゴリズムの開発を進める一方,デタッチメントから分岐する衝上断層の形状発達とそれに伴う周辺応力場のパターン変化のシミュレーションを行った.
(2) 日本列島周辺域の中解像度3次元プレート境界形状モデルを用いて,太平洋プレート及びフィリピン海プレートの定常沈み込みに伴う地殻変形場を計算し,内陸活断層での応力蓄積の根本原因がプレート境界の3次元的屈曲にあることを定量的に示した.
[特定地域に於ける地震発生サイクル・モデルの開発]
平成14年度に課題内容を一部修正した「海溝型巨大地震の地震サイクルモデリング研究(課題番号0908)」を実施し,以下の成果を得た.
平成13年度までで2-DのFLAC+PFCソフトウェアの開発に一応の目途がついたので,平成14年度には,3-Dで粒状態挙動解析プログラムによる断層モデリングのプロトタイプを開発した.また,速度状態依存摩擦測に基づく沈み込み帯3-D地震発生サイクルシミュレーションを行い,(1) 海溝沿いの長さ H <
300 km では走向方向の中央部で固有地震が周期的に発生するのに対し,(2) 400 km < H < 800 km では遷移的な傾向を示した.すなわち,地震の大きさがある程度の範囲で変調する挙動を示し,中央部だけでなく領域の両端でも地震が発生した.この場合,両端近くでは通常の地震とゆっくり地震になる両方のケースが見られた.(3)
H = 1000 km では,色々な場所で色々な大きさを持つ通常の地震とゆっくり地震が発生した.(2)と(3)の場合は,限られたマグニチュード範囲ではあるが,Gutenberg-Richter則に近い地震規模頻度分布が得られた.これらのすべりの多様性は自発的に発生した不均質な応力分布に起因していることが分かった.
[日本列島域の広域変形・応力場のシミュレーションに関する研究]
平成11年度からの継続課題として「地殻応力・歪変化シミュレーション手法に関する研究(課題番号0120)」を実施し,以下の成果を得た.
平成13年度までに開発した応力逆解析による地殻内応力推定手法を用い,GPSデータから日本列島の地殻内応力を推定した.推定された応力変化と歪変化を比較することから剛性率の空間的不均一性が示唆され,これと地震活動度との間に相関があることが見いだされた.
(2) 平成15年度の計画・方針
平成16年度スタートの次期計画案で日本列島域の地殻活動予測シミュレーション・モデルの開発が重点項目に位置付けられたことから,平成15年度には日本列島域の地殻活動統合シミュレーション・モデルのプロトタイプを地球シミュレータ上に構築するところまでは進めておく必要がある.地震予知研究事業では,この統合シミュレーション・モデルを継続的に改良・発展させていくために必要なモデリング及びシミュレーション手法についての基礎研究を重点的に推進する.特に大学等の研究グループが中心となって推進すべき基礎研究項目としては,1)断層破砕帯の素過程,2)断層間相互作用,3)内陸活断層の地震発生過程,4)地殻活動データの解析・同化,5)特定地域に於ける地震発生サイクル・モデルの開発,及び6)日本列島域の広域変形・応力場のシミュレーション等が挙げられる.この内の1),2),3),5)及び6)に関しては,平成11年度,12年度或いは13年度スタートの5継続課題を実施する.平成15年度の5継続課題の研究計画概要は,以下の通りである.
・地殻内流体の挙動とその地震発生に対する力学的効果に関する研究(課題番号0131):平成14年度に引き続き,温度効果を考慮に入れた地震の動的破壊の核形成過程についての考察を行う.まず,数学的定式化を完成させた後,地震発生の準備から破壊発生にいたる過程において流体と熱がどのような影響を与えうるのかをシミュレーションにより考察する.
・断層間相互作用による断層成熟度の変化についての研究(課題番号0132):平成14年度までに得られた成果に立脚し,さらに詳細かつ現実的な考察を行う.具体的には,より現実的な断層の配置,分布したマイクロクラックの効果などを考慮にいれてシミュレーションを行う.マイクロクラックが密に分布している場合,断層とこれらマイクロクラックの相互作用のため断層進展方向が大きく変化する可能性がある.
・下部地殻流動特性とプレート内応力の蓄積・解放過程のシミュレーション研究(課題番号0703):先ず日本列島域の地殻活動シミュレーション・モデルのプロトタイプを地球シミュレータ上で開発し,その上で内陸活断層地震の発生メカニズムを日本列島域の全体モデルの中に組み込んでいくことを試みる.
・海溝型巨大地震の地震サイクルモデリング研究(課題番号0908):平成14年度に引き続き,地球シミュレータ上で大規模計算GeoFEM地震サイクルモジュールの構築と,WSレベルでの海溝型巨大地震の地震発生サイクルの準静的シミュレーションを行う.このシミュレーションを通じて,摩擦パラメータの分布並びにプレートの形状が地震サイクルに及ぼす影響の評価を行い,地震活動パターンや地殻変動から推定されるプレート間カップリング等から摩擦パラメータの基本的空間分布パターンを抽出する.
・地殻応力・歪変化シミュレーション手法に関する研究(課題番号0120):平成14年度までに開発された手法を用いて日本列島下における地殻内応力を推定するとともに,平成14年度までに整備されたデータベースを利用して変位場・地震活動の観測データと推定された地殻応力を比較する.また,地殻応力場の変動に直接的な影響を及ぼすプレート境界面でのすべり過程のシミュレーションを行い,すべり速度弱化とすべり速度強化の領域とが混在する場合のすべりの相互作用がもたらす破壊過程の多様性を定量的に明らかにする.
これらの研究課題は,いずれも,地球シミュレータ上で開発される地殻活動統合シミュレーション・モデルを地震予知への応用に向けて高度化していくために不可欠な基礎研究である.例えば,「地殻内流体の挙動とその地震発生に対する力学的効果に関する研究」は,断層破砕帯内の流体移動と地震破壊発生の間の相互作用のモデル化を目標としているが,このことによって断層の巨視的振る舞いとして表現される構成関係の環境(特に流体の関与する)依存性が定量化され,現実的な地震発生シミュレーションに大きく近づけることができる.また,「断層間相互作用による断層成熟度の変化についての研究」は,複雑な断層の巨視的力学特性が地震破壊の繰り返しによって時間発展していくメカニズムを解明しようとする研究で,このことにより日本列島域のプレート境界或いは活断層の地域的力学特性(構成関係を規定するパラメータ)の違いを,そこでの断層のすべり履歴からある程度推定することが可能となる.一方,「下部地殻流動特性とプレート内応力の蓄積・解放過程のシミュレーション研究」が目標としている内陸活断層での大地震の発生過程のモデル化は,プレート境界地震を対象とする現在開発中の地殻活動統合シミュレーション・モデルを,より現実的なものへと改良・発展させる上で不可欠である.更に,「海溝型巨大地震の地震サイクルモデリング研究」で開発する東北日本或いは西南日本に特化した地震発生サイクル・モデルは,より解像度の高い部分モデルとして位置づけられるであろう.そして,「地殻応力・歪変化シミュレーション手法に関する研究」は,全国基盤観測網データから日本列島の実際の地殻変形・応力場を推定し,その結果を地殻活動や大地震発生の予測モデルの改善にフィードバックしようとするもので,重要な研究である.