第1章「地震予知のための新たな観測研究計画」に基づく大学の地震予知研究

 

1.はじめに

 

 地震予知研究協議会「企画部」と「計画推進部会」は平成11年度に「準備会」を立ち上げ,平成124月に正式に発足した.平成11年度から平成15年度にかけて「地震予知のための新たな観測研究計画」(以下,「第1次新計画」と呼ぶ)に基づく5ヶ年の研究が実施された.この研究によってこれまでに数多くの成果が得られ,次期計画へ展望を与えるものとなっている.

 現在の体制においては,前年度の成果とその年度の計画を各機関が協議会に提出(ボトムアップ)し,それを計画推進部会や企画部が5ヶ年計画に照らしてまとめあげて,成果の総括とその年度の計画の再構築,およびその再構築された全体計画の各機関への伝達(トップダウン)という作業を毎年行ってきた.これにより全体の計画の進行状況が常に把握でき,また新しい重大な知見が得られたときには,機関や分野の壁を越えて計画参加者全員に情報を伝えることができた.個々の成果は一般的な「サイエンス」としてどんなに重要であったとしてもそれだけでは不十分であり,全体計画の中に正しく位置づけられて初めて「地震予知研究」の成果と呼べるものとなる.その意味で,この項目別成果報告の果たす役割は大きい.

 平成14年3月に科学技術・学術審議会測地学分科会地震部会から「地震予知のための新たな観測研究計画の実施状況等のレビューについて」が報告され,また地震予知研究協議会でも平成13年度から14年度にかけて外部評価委員会による評価が実施された.いずれにおいても現在の計画の成果と体制について高い評価が与えられている.5ヶ年計画前半部の成果の,特にプレート境界型地震に関して得られた知見については,飯尾・他(2003)によってすでにまとめられている.

 これらの成果を踏まえて,平成1410月から次期計画の策定作業が始まり,科学技術・学術審議会測地学分科会は平成15年6月に「地震予知のための新たな観測研究計画(第2次)の推進について(中間報告)」を発表した.これに対する意見公募を経て,同年7月には,「地震予知のための新たな観測研究計画(第2次)の推進について」(以下,「第2次新計画」と呼ぶ)が建議された.第2次新計画の策定には,地震予知研究協議会が開催した成果報告会等のシンポジウム,および企画部や計画推進部会における議論が反映されており,地震予知研究計画が研究者からのボトムアップによって作られたものである事を示している.

 本報告書は上記の背景のもと,平成15年度までに実施された第1次新計画の成果を取りまとめたものである.

 

2.「地震予知のための新たな観測研究計画」の中で大学の研究実施体制

 

 平成11年度から始まった第1次新計画で推進すべきことは,

(1) 地震発生に至る地殻活動解明のための観測研究の推進

(2) 地殻活動モニタリングシステム高度化のための観測研究の推進

(3) 地殻活動シミュレーション手法と観測技術の開発

(4) 本計画推進のための観測の整備

とされている.第1次新計画では,地震発生に至る地殻活動の全容を解明することを目指している点でこれまでの計画と異なっている.つまり地震予知の3要素である,「いつ」,「どこで」,「どのくらい」の地震が発生するのかを予測するためには,「なぜ」,「どのように」地震が発生するのかを明らかにすることが重要である,という思想が明確に導入された点が新しい.

 この新計画においては,どのような場所でどのような準備過程を経て地震発生に至るのかを理解し,それに基づいてモデルを構築し,そのモデルから期待される未来像と刻々とモニターされる結果とを比較することによって地震の発生予測に繋げる,という戦略がとられている.この戦略に基づいて研究を推進するためには,予測のためのシミュレーション手法の開発と新しいデータを取得するための観測技術の開発が不可欠となる.これらの計画の中で,大学は主として (1) を実施している.(2) は常時監視を業務とする官庁が主として行い,(3) は大学も含めた各機関が実施することになっている.

 第1次計画では,(1) を実施するために,

(1-1) 定常的な広域地殻活動

(1-2) 準備過程における地殻活動

(1-3) 直前過程における地殻活動

(1-4) 地震時及び地震直後の震源過程と強震動

の研究を行うとしており,地震予知研究協議会では,これら4つの計画に加えて,「(2) 地殻活動モニタリングシステム高度化のための観測研究の推進」,及び「(3) 地殻活動シミュレーション手法と観測技術の開発」の中の「(3-1)地殻活動シミュレーション手法」と「(3-2 観測技術」の二つの項目の計7項目の計画に対応する計画推進部会を平成12年4月に設置し,計画の立案・実施を行った.さらに平成13年度には,大学関係の地震予知に関する資料のデータベース化と長期的視野にたって資料を保存する体制を整備することを目的として「過去の大学地震観測網のデータベース化」に関する計画推進部会も発足し,下記の合計8つの計画推進部会による体制となった.

(1)「定常的な広域地殻活動」計画推進部会

(2)「準備過程における地殻活動」計画推進部会

(3)「直前過程における地殻活動」計画推進部会

(4)「地震時及び地震直後の震源過程と強震動」計画推進部会

(5)「地殻活動監視システム」計画推進部会

(6)「地殻活動シミュレーション手法」計画推進部会

(7)「観測技術開発」計画推進部会

(8)「過去の大学地震観測網のデータベース化」計画推進部会

 これらの計画推進部会には協議会に所属する機関のみならず,他の官庁や私立大学の研究者も参加しており,より広範な研究者の英知を集めた部会となっている.

 

3.5ヶ年の成果の概要と今後の展望

 

 第1次新計画に基づき大学の研究者によって約80の研究課題が5ヶ年にわたって実施された.ここでは8つの計画推進部会でまとめられた成果のうち,重要な成果について計画全体における位置づけを示しながら紹介し,またあわせて今後の展望についても述べる.それぞれの部会ごとの詳細については,第2〜9章を参照されたい.

 

3-1.プレート境界型地震の発生過程

 プレート境界においては地震時に大きくすべる領域や準静的にすべる領域(非地震性すべり域)というのは基本的に時間変化せず,これらは場の特性として規定されており,プレート境界上で両者は棲み分けている可能性が高いことがわかってきた(2章,3章).このような棲み分けは岩石実験からも数値実験からも再現されている(4章,7章).ここでは,この普段は固着していて地震時に大きくすべる領域をアスペリティと呼ぶことにする.

 大地震に注目すると三陸沖では単独でM7級の地震を発生しうるアスペリティが多数存在するが,時々これらが連動破壊してM8級の地震を引き起こすこと,東海沖〜南海沖の領域ではアスペリティは単独でもM8級の地震を発生しうるほど大きいこと,日向灘ではアスペリティの大きさはM7級であり,これらはまばらに分布しているため連動破壊しにくいことなど,これまで複雑に見えた地震の発生過程がアスペリティとその相互作用という見方から理解できるようになってきたことが,第1次新計画における大きな進歩であった(2章,3章,5章,7章).

 このようにプレート境界においてアスペリティと準静的すべり域の棲み分けがなされているのであれば,プレート境界およびその周辺の構造がアスペリティと準静的すべり域で異なっている可能性が高いことになる.このような観点から三陸沖の海溝近くで精力的な構造探査が行われ,微小地震活動の高いところではプレート境界からの反射強度が低く,そうでないところでは反射強度が高いことがわかってきた(2章,3章).ただし,現時点では地震活動度と反射強度の相関を議論しているだけであり,アスペリティとの対応はまだよくわかっていない.今後,明らかにアスペリティと判明している領域あるいは明らかに準静的すべりを生じている領域の比較観測が重要となっている.

 プレート境界では,上記の大地震を発生させるアスペリティよりも小規模のアスペリティがあり,これらは大地震に比べれば極めて短期間のうちに繰り返し破壊することになる.これらはまったく同一の震源・メカニズム解を持つため,波形は互いに相似となり,いわゆる相似地震(小繰り返し地震)となる.この相似地震の再来間隔は,アスペリティのまわりの準静的すべりの状況に依存すると考えられるため,逆に相似地震の活動をモニターすることにより準静的すべりの状況を把握できることになる(2章,3章).

 このようにプレート境界における準静的すべりはGPSのみならず相似地震活動からもモニターできるようになったが,海溝のごく近傍においては地震活動がまったく存在せず,またGPSデータ解析も陸から離れすぎて分解能が悪い.三陸沖で発生する大地震は海溝側から破壊が始まることが多いため,海溝付近の準静的すべりをモニターすることが極めて重要である.このために海底地殻変動観測の実現は極めて重要な意味を持つ(8章).

 準静的すべりの大規模な加速としては,2001年から進行している浜名湖付近のスロースリップがある(3章).このスロースリップは時定数が極めて長く,またすべり域が西から東へ移動した可能性が高い.辺長測量や水準測量,験潮記録から,このようなスロースリップは過去にも何度か発生していたことが示唆されている(3章).また,それ以外の大規模余効すべりも含め,スロースリップが発生する領域は地震発生域と定常的準静的すべり域の境界の遷移領域で顕著であることがわかってきた(3章).

 大地震の前にどのような現象が生じるのかを推定するためには,より信頼度の高いシミュレーションを実施する必要がある(7章).そのようなシミュレーションでは,プレート境界面の形状と物性の情報は欠かせない.面の摩擦特性を直接求めることは困難であるが,もし,地震波速度構造から岩石組成や弾性定数に関する情報が得られれば,シミュレーションにとって大きな価値がある.東海・中部地域および四国・中国地域で行われた海陸共同地震探査の結果,沈み込むプレート境界からの明瞭な反射波が観測され,プレート境界の形状・位置が明らかになった(2章).今後,反射強度の不均質性とトモグラフィーの結果,スローイベントやアスペリティの位置等との関連の詳細な検討により,プレート境界面における摩擦特性についても重要な情報が得られると期待される.

 

3-2.地震発生サイクル

 地震発生サイクルを理解することは地震発生の長期予測の上で極めて重要である.第1次新計画の開始当初は,「地震発生サイクルや固有地震というものは存在せず,再来間隔やサイズがほぼ一定に見えるのは統計上の揺らぎに過ぎない」という議論も存在した.しかしそのような議論の根拠とされた自己組織化臨界現象(SOC)の典型的な例とされる砂山崩し実験においても,場合によってはかなり「固有地震」的な挙動を示すことがわかった(4章).さらに,固有地震のミニチュア版と考えられる多数の相似地震が発見されたこと(2章,3章),シミュレーションでもある条件下では固有地震的な挙動を再現できたこと(7章)等により,少なくともプレート境界でのかなりの地震は,ある程度「固有」のサイズと発生間隔を持ちうることが,観測からも実験からもシミュレーションからも確かめられるようになった.

 プレート境界以外でも,別府湾亀川沖西断層では過去の大地震の履歴が調べられ,ほぼ時間予測モデルに従っていることが確かめられた(2章).一方,地震サイクルの揺らぎをもたらす原因として,アスペリティ間の相互作用やアスペリティのまわりの準静的すべりの擾乱が最も考えやすく,実際,釜石沖のM4.8の地震群のように,このような擾乱でサイクルの揺らぎが説明できる現象も見つかっている(2章,3章).このように地震の周期性が確かめられ,またその周期性とゆらぎを生み出すモデルが明らかになってきたことは,第1次新計画の大きな成果の一つである.つまり,地震発生は空間的にも時間的にも決して完全なランダムではなく,過去の活動履歴に基づく大地震発生の長期予測が基本的には妥当であることをこれらの結果は示しており,地震予知研究の大きな進展と言えよう.

 一方,限られたデータから地震サイクルをすべて理解したと考えるのは危険である.北海道の津波痕跡物から,通常考えられているプレート境界型地震のサイクルよりももっと長い繰り返し間隔で巨大な津波を引き起こした地震が存在することが明らかになってきている(2章).数値シミュレーションからも,アスペリティが非常に細長い場合,上記のような単純な「固有地震」的挙動とならない可能性が示されている(7章).それほど細長くなくても,二つのアスペリティが隣接していれば,その相互作用は複雑なパターンを生み出しうる(7章).また,1サイクル終われば元の状態に戻るのではなく,実際には長期的な地殻変動が生じる(7章)ことも視野に入れておかなければ,地震サイクルの正しい理解はできない.

 以上のように限界は存在するが,アスペリティモデルに基づいて地震発生過程を検討することにより,これまで単に「地震の発生は複雑だ」と片付けられがちであった問題に光明がさしてきている.原理が理解できることと,予知が実現可能であることとは別問題であるが,原理を正しく理解することにより,予知の限界と信頼度を正しく評価することができるようになる.これは,まさしく第1次新計画が当初目指した方向であり,それに向かって明らかに前進してきたと言えよう.

 なお,大地震のサイクルは非常に長周期であるため,過去のデータが極めて重要となる.このための歴史資料発掘は今後も欠かせない(2章).また,これまで縦ずれ断層については,単位変位量(一回の地震あたりのすべり量)がトレンチによって推定できたが,横ずれ断層では単位変位量の推定は困難であり,地震発生サイクルの詳細な議論が困難であった.これに対して,横ずれ断層についても単位変位量の推定を行う新しい手法が開発されたことにより,今後,横ずれ断層の過去の詳しい履歴が明らかになってくると期待される(2章).

 一方,2003年の宮城県沖地震や十勝沖地震の後,内陸の微小地震活動が広域に変化したことが報告されている.このことは,微小地震活動が応力場の変化に敏感であることを示しており,実際,そのような現象を説明するモデルも構築されている.今後,シミュレーションや実際の測定による応力の時間変化と地震活動を比較することにより,応力と地震活動の相関が明らかになれば,地震活動から地下深部の応力の情報を得ることができるようになると期待される.この意味で過去の地震活動のデータベース化は極めて重要である(9章).また,過去の大地震のみならず,相似地震(小繰り返し地震)の波形記録は地震のサイクルを理解する上で重要であり,このためには波形のデータベース化(9章)とデータの流通(6章)も重要となっている.

 

3-3.断層微細構造と震源過程

 地震が「どのように」発生したのかを理解する上で震源過程の詳細な解明は欠かせない.一方,「なぜ」そのように発生したのかを理解するためには,断層内部およびその周辺の微細構造の情報が重要となる.2000年鳥取県西部地震や2003年宮城県北部地震の際に実施された稠密観測により震源域の詳細な構造が明らかとなり,地震の破壊過程が地下構造に規定されることを示す様々な情報が得られた(2章,3章,5章).これらの結果を総合すると,プレート境界での準静的すべりによってアスペリティに応力が集中するのと同様に,内陸では柔らかい岩石や破砕度の強い領域においてゆっくりとした変形が進行し,それによって破砕度が小さく硬い岩石のところに応力が集中して,大地震発生に至るというモデルが考えられる.もしこれが正しければ,断層周辺の散乱体分布や速度構造を詳細に調べることによって,地震が発生する前に主破壊域を推定できることになる.

 このような研究をさらに進展させる必要があるが,その場合には,3次元構造のみならず地震時のすべり分布も高精度で求められている必要がある.詳細な3次元速度構造が推定できるようになり,さらに波動場の計算手法も開発が進み,3次元不均質構造を考慮した波動伝播が計算できるようになってきた(5章).これらの結果から震源過程の解析においても,3次元速度構造の情報が極めて重要であることが示されており(5章),今後,構造と震源過程の研究はより緊密に連携していく必要がある.さらに,これらの結果を物理的に解釈するために,今後,破壊核生成から高速破壊に至るまでの詳細なシミュレーションや複数のクラックの連動破壊についてのシミュレーション(7章)がますます重要になってくると考えられる.また,鉱山等を利用した震源域近傍の観測が極めて重要である(4章).

 

3-4.広域の応力・歪集中機構

 上記のとおり,プレート境界でも内陸でも,地震時のすべりの大きいところ(アスペリティ)は場の特性として規定されている可能性が高くなってきた.アスペリティ以外の領域は地震間にゆっくりと変形し,アスペリティに応力を集中させていくと考えられる.また,もっと広域に見れば,プレート境界では浅部と深部の準静的すべりが地震発生域に応力の集中・蓄積を起こし,内陸でもゆっくりとした変形により活断層に応力を集中させていると考えなければ,同じ断層で繰り返し地震が発生していることを説明できない.

 この内陸における「ゆっくりとした変形」が何に起因しているのかを明らかにするためには,広域の構造探査から広域のテクトニクスを明らかにし,地震発生域周辺の構造探査からその周辺の微細構造を明らかにすることしか,今のところ方策は無いと考えられる.

 第1次新計画においては,海溝近傍から内陸に至る各地で大規模な構造探査実験が行われ広域のテクトニクス像が次第に明らかになってきた.例えば日高においては千島弧と東北日本弧の衝突に伴って地殻の剥離が生じ,これによってオホーツク(あるいは北米)プレートとユーラシア(あるいはアムール)プレートとの収束は日本海東縁のみならず日高においてもかなりの部分がまかなわれている事が明らかになった(2章).また,北海道南東沖から九州東方沖にかけての様々な地域での構造探査実験により,プレート境界と地震発生域との位置関係が明瞭になりつつある(2章).

 このように広域のテクトニクスが明らかになれば,シミュレーションを行う際の境界条件と広域の運動学的モデルを推定できる.この結果からシミュレーションを行えば,地殻が弾性体の場合の大局的な変形パターンを計算でき,それと実際のGPSデータと比較することにより異常域の抽出が可能となる.このGPSベクトルの残差成分が非弾性変形の指標となる.すでに,これまでの知見を元にして日本列島域の大局的なモデルは構築できており,これを用いた非常に長期の地殻変動は計算できるようになった(7章).また,応力逆解析法によっても,異常域を特定することができる(7章).今後,広域の構造がさらに詳しく明らかになれば,このようなシミュレーションの信頼度も向上するだろう.

 一方,北海道東部におけるGPS観測データから,単純なモデルで計算すると,プレート境界が地震発生域よりもはるかに深部まで固着しているという結果が出てくる.これが真実であれば,現在知られているよりもはるかに巨大な地震が起きる可能性や,あるいは東南海・南海地域で推定されたように,大地震前にこの深部がゆっくりと動く可能性がある.津波痕跡物から,この地域では過去に巨大な津波を伴った大地震が発生していたことが明らかになっており(2章),このGPSベクトルの解釈はこの地域の将来の地震像の解明にとって極めて重要である.この解明のためには,合同観測で得られた新たな知見を元にシミュレーションを行い,どの程度の深さまでプレート間が固着しているのかを詳しく調べる必要がある.

 地震発生域周辺の構造が明らかになれば,その領域での温度・圧力条件下における実験から得られる岩石物性と比較することにより,地下深部の性質はある程度把握できる(4章).これにより,地下深部のある領域で非弾性変形が卓越することが明らかになれば,その領域浅部に応力集中を引き起こすことが期待できる.もし,そのような構造がどのようにしても見つからないにもかかわらず,上記の弾性モデルで推定された変動とGPSの観測結果とが大きく異なれば,GPSで得られた変形は地下深部の準静的すべりによるものと考えざるを得なくなる.もし,断層の深部延長と考えられる面が構造探査より見つかれば,このモデルはさらに補強されるだろう.

 地震発生域周辺の構造としては,東北地方の脊梁部における合同観測で得られた構造が重要な意味を持っている.東北大学の過去のデータと合同観測のデータを併合処理することにより,上部マントルから地殻浅部の地震発生域に至るまでの詳細な構造が明らかになった(2章,3章).得られたVp/Vs構造と実験から得られたデータを比較することにより,東北地方脊梁部における下部地殻では部分溶融域が存在しており,その浅部ではメルトの固結に伴って放出されたH2Oにより,S波反射面が形成されるというモデルが構築された.さらに,この下部地殻のメルトやそれに伴う高温やH2Oの存在のために下部地殻が軟化し,弾性的領域の厚さが薄くなることによって浅部に応力集中を起こして地震活動が活発になるというモデルが構築された.大地震を発生させるためには脆性領域の厚さがある程度必要なため,高Vp/Vs域が浅部まで来ている領域では,それほど大きな地震は発生できないが,高Vp/Vs域に挟まれた領域やその縁では応力集中を起こし,かつ脆性領域が厚いので大地震を起こすことができる.実際,陸羽地震や宮城県北部地震のようにM7級の地震はこのような領域で発生している.

 このモデルは逆断層型の応力場においてどのような場所で大地震が発生しやすいかということを説明しており,第1次新計画の大きな成果の一つである.一方,横ずれ断層型の応力場や火山が近傍にない地域においても,このモデルが適用できるかどうかは未だ明らかになっていない.そのような領域では,むしろ断層の深部延長に歪が局在し,準静的すべりまたは流動を生じている可能性が高いと考えられるが,それを地球物理学的に解明することが今後の重要な課題である.そのためには,まず,断層深部の脆性-塑性遷移領域における摩擦や流動の特性を把握することが重要である(4章).また,東北地方と同様にGPSデータと速度構造データの詳細な比較が今後重要となる.この地震発生域深部の異常域が,流動則や粘性則のように歪速度が大きいほど応力が大きくなる歪強化特性を持つのであれば,地震発生サイクルの間隔をプレート境界型地震よりも長くすることができるというモデルも構築されており,今後,これらのモデルの検証を行うことにより,第2次新計画においては,内陸の地震発生過程についても大きな成果が得られると期待される.

 

3-5.流体の挙動と地震発生に果たす役割

 流体の存在と挙動は,地震発生の準備過程と直前過程の両方に関与する可能性がある.

 地下深部に流体が入り込むとクラックが生成され,マクロな弾性率が下がることが期待される.さらに,H2Oの存在下では,石英が圧力溶解を起こし塑性変形を促進し,メルトが存在していればさらに塑性変形が進むと考えられる.このように深部に流体が存在していると,深部の応力を緩和し,これによって浅部に応力が集中する.従って3-4節で述べた地震発生域への応力集中という準備過程において,流体は非常に重要な役割を担っている可能性がある.つまり,流体の存在は応力集中のための必要条件ではないが,流体が深部に存在していると応力集中が促進される可能性があり,これを検証するためには,流体の位置を高信頼度で把握することが重要となる.現時点で得られているデータの中で流体の位置の情報を含んでいると考えられているのが,電気比抵抗,地震波速度,および低周波地震である.

 前述のとおり,地震波速度構造から,地震発生域深部において流体の存在が推定されている.深部低周波地震はこの低速度領域の上部の縁で発生しており,例外的に浅部で見つかった十和田湖付近の低周波地震についても低速度域の上端で発生していることが明らかになっている(3章).前節で述べたように,これらの低速度域は,H2Oやメルトの存在によって形成されている可能性が高いことから,そのような領域から時々H2Oが上昇する時に低周波地震を発生させるものと考えられる.低周波地震や低周波微動の震源域と低比抵抗域とに関連が見られることも,この仮説の正しさを裏付けている(3章).この仮説が正しければ,低周波地震は流体の位置のみならず,流体の移動の情報も我々に与えてくれることなる.ただし,流体が関与しているらしいということがわかっているだけであって,低周波地震の生成メカニズムはまだよくわかっていない.本当に流体と関連するのかどうかを検証することが必要であり,そのためには低周波地震の発生メカニズムを解明することが極めて重要である.

 一方,これまでに様々な地域で深部比抵抗測定が行われるようになり,地震発生域の下に低比抵抗域が見つかる例が大きくなってきた(2章,3章).地震発生域は高比抵抗域,または高比抵抗域と低比抵抗域の境界に位置することが多い.この低比抵抗がH2Oの存在を示しているのであれば,この結果は前述の応力集中機構モデルと良く整合することになる.

 室内実験の結果を元に比抵抗構造を解釈したところ,東北脊梁部における低比抵抗部では塩水がつながった状態で5%程度存在していれば得られた比抵抗を説明できることがわかった(2章).この量は地震波速度から推定された量とも整合する.このように地震波速度構造と比抵抗構造は大局的には良い一致を示すが,詳細に見ると両者はかなり異なっていることが多い.どちらの解析も空間分解能や解の一意性が十分ではないため,両者の結果の違いは単なる見かけ上の問題である可能性も残されており,今後,両者を同時に解析して,同一の流体分布で見かけ比抵抗と地震波の走時の両方を説明できるかどうか検証することが必要となっている.一方,流体が存在していても,地震波速度構造は流体の量に依存するのに対して,比抵抗構造は流体の量のみならず流体のつながり方にも大きく依存する.したがって,両者を比較することにより,流体の量のみならず,つながり方についても情報が得られる可能性がある.ただし,速度構造は岩石組成に,比抵抗構造はグラファイト等の電気伝導度の高い物質の分布にも依存するため,得られた結果の解釈は慎重に行う必要がある.

 流体のもう一つの重要な役割として考えられていることは,地震発生域に水が流入し,断層面の有効法線応力を下げることによって,地震発生をトリガすることである.実際に水の流入があるかどうかの検証のためには,地下における流体の移動のしやすさの情報が重要となる.地震発生域に流入できなければ地震発生をトリガしないし,一方でまったく簡単に流れてしまえば間隙水圧は上昇しない.

 伊豆諸島海底群発地震活動においては三宅島のマグマ等の流体移動が強く関与している事を示す結果が重力測定から得られている(4章).さらに,三宅島での連続観測から10マイクロガル程度の重力変動が地下水位の変動および火山ガス放出量の減少と同期していることが見出されている.これらの結果は,地下の流体の移動を重力観測で捉えた事を示す重要な成果である.

 一方,野島断層の注水試験の結果によれば,断層周辺の岩盤の透水性が3年間に約50%低下したことが示されている(3章).また,沈み込み帯の断層を形成する岩石を用いたせん断破壊実験と透水率測定を行ったところ,摂氏250度の条件下ではせん断破壊直後から50時間で透水率が3桁近くも減少した(4章).これらの結果は,地震直後を除いて地下では透水率が低く間隙水が補足されやすい状態になっている可能性が高いこと,つまり,地震の震源域では地震直後以外の期間では,水が流入するとすぐに間隙水圧が上昇する可能性が高いことを示しており,地震発生に水が関与する可能性が高いことが示唆される.以上のような背景のもと,観測や実験のみならず,シミュレーションによって水と地震発生の関係を定量的に詳しく調べることが今後さらに重要となっている(7章).また,このような水の移動の状況を的確に捉えるためには,地下水の観測も重要である.この場合,深部起源の水であることを確認するために成分分析は欠かせない(6章).

 

3-6.地震発生直前過程

 地震の発生前には非常にゆっくりとしたすべりが生じる領域(破壊核)が形成されることがわかってきている.しかも,この破壊核のサイズは地震のサイズに比例すると考えられており,この破壊核が検知できれば地震の直前予知は可能となると期待されている.しかしながら,破壊核生成に伴う地殻変動は非常に小さいと予想されており,現時点の技術で検知できるのはM8級の地震が陸域観測網直下で発生すると考えられている東海地域くらいである可能性が高い.M7級の浅発地震の破壊核の真上にたまたま地殻変動観測点があれば検知が可能かもしれないが,1点の観測だけでは破壊核形成による変動か否かの判定は難しいと予想される.いずれにしても,フィールドにおいて確実な破壊核はまだ検出できておらず,また破壊核サイズが震源域のサイズに比例するのかどうかも完全には解明されていない.したがって,まず破壊核の検出を実際のフィールドで行って,その特徴を抽出することが重要である.この意味で南アフリカの金鉱山における諸観測(4章)は極めて重要である.

 この破壊核を高信頼度で検出するためには,深部ボアホールでの観測技術の高度化(8章)が重要となる.また,より能動的に断層面の状態の変化を調べ,破壊核形成を捉えることができれば,再現性のチェックができるため信頼度の高いモニタリングができると期待される.実験室レベルでは,このような破壊核を弾性波で検出可能であるとの展望が見えつつあり(4章),そのフィールドにおける観測技術としては,アクロスが使用できる目処がつきつつある(4章,8章).

 また前述のとおり,大地震の発生前には断層の深部延長やプレート境界深部あるいは浅部で準静的すべりの加速が生じる可能性がある.このような加速が捉えられれば直前予知は可能となる.このうち,プレート境界浅部の海溝軸ごく近傍の準静的すべりについてはGPS観測でも相似地震解析でも検知できないため,海底地殻変動観測(8章)が極めて重要である.このような準静的すべりの加速によって地震発生が促進された事例が観測で見つかっており(3章),またシミュレーションからもこのようなトリガ現象が再現されている(7章).したがって,海底地殻変動観測で準静的すべりの加速が捉えられれば,少なくとも「注意報」程度は出せると期待される.現時点では,予測どおりに地震が発生するか否かの検証が先決であるが,将来的には,この準静的すべりの加速を相似地震や海底地殻変動観測から準リアルタイムで検出しなければならない.そのようなリアルタイムのデータ伝送・処理システムが今後重要である(6章).

 一方,これまでの地殻変動観測やGPS観測は基本的に歪レートをとらえているだけであり,応力や応力レートを捉えているわけではない.応力に関する情報が得られればモデルに対する重要な拘束条件となり,また,深部の応力の情報が得られれば,直前予知にも役立つであろう.特に深部の絶対応力を把握することは極めて重要である.この絶対応力を測定するためのボアホール観測の技術は着実に前進しており(8章),また,相対的な応力ではあるが弾性波のパルス透過法によって高精度の応力変化が捉えられていて,このキャリブレーションにも成功した(8章).さらに,比抵抗測定(8章)や地磁気観測(4章)でも応力変化が関係していると考えられる変動が捉えられている.今後,様々な応力測定法を比較検討し,それぞれの長所と短所を洗い出して,より高信頼度の応力測定を実現する必要がある.

 絶対応力がわからなくても応力レート(応力の相対的時間変化)が精度良く求められるだけでも,地震予知には有効である.応力レートの小さいところで歪レートが大きければ非弾性変形域を特定できるので,大地震発生のポテンシャル評価が可能になる.一方,3-2節で述べたように地震活動は応力レートに敏感である可能性があり,現時点では応力レートしかわからなくても,それと微小地震活動に相関が見られるかどうかを検証することが重要である.この検証ができれば,微小地震活動をモニターすることにより,応力レート分布を推定できる可能性がある.その際にはメカニズム解も含めて解釈する必要があり,この意味でも広域の波形データのリアルタイム流通(6章)とデータベース化(9章)は重要である.

 

4.おわりに

 以上見てきたように,地震予知研究は着実に進展してきている.特に,これまで単に「地震発生過程が複雑である」とされてきた三陸沖の活動がアスペリティモデルのような比較的単純なモデルでよく説明できることがわかったことの意義は大きい.ただし,ここで作られたモデルが普遍的であるか否かの解明を今後進めていく必要がある.そのためには比較研究が重要であり,この意味で,全国的なデータ流通の整備(6章)が完了したことは非常に意味がある.特にフィリピン海プレートについてはよくわからないことが多いため,東南海や南海,日向灘のみならず琉球弧(2章)や伊豆-小笠原弧の解明も今後重要である.

 内陸地震の発生過程についても,応力集中のメカニズムが次第に明らかになりつつある.このメカニズムが完全に解明されれば,どこの観測を強化すべきかの観測設計が明確となり,直前予知に向けた体制を作り上げることができる.そのためには変動の大きいところをテストフィールドとすることが一番効率が良いと考えられるため,新潟-神戸歪集中帯のような場所での観測・研究を進める必要がある.これによって得られた結果を2000年鳥取県西部地震のように歪レートの小さいところでの地震発生域の状況と比較することによって,統一的なモデルが作り上げられると期待される.

 プレート境界型地震については,発生メカニズムがかなり明らかになり,すべり欠損や準静的すべりの状況をモニターできるようになった.これにより,これまでのような地震発生の周期性のみに注目するのではなく,すべり欠損と地震時すべり量を比較することにより,より高度な長期予測が実現できる目処が立ちつつある.さらに,プレート境界では大地震の前にその深部延長域ないし浅部で準静的すべりの加速が生じていたことを示すデータも得られ,また数値シミュレーションにより準静的すべりの加速と地震の相互作用も明らかになりつつある.したがって,すべり欠損の蓄積量が前回の地震のすべり量と同程度になった時点で,その周辺において準静的すべりの加速が始まれば,少なくとも「注意報」程度の短期予測を実現できると考えられる.

 ただし,これらの予測を実現するためには,大地震の1サイクルを観測していなければならない.日本周辺のプレート境界型大地震の再来間隔を考えると,100年程度経てば上記のような注意報を出せる地震がいくつか存在すると期待される.三陸沖では,M7級の地震の再来間隔は2040年程度なので,もっと近い将来に注意報を出せる可能性が高い.このような注意報を何度か出しながら観測事例を増やし,理論やシミュレーションも援用しながら,アスペリティサイズ・すべり欠損の積算量・準静的すべりの加速量と地震発生の間の定量的関係が導ければ,十分実用に耐えうる地震予知もやがては実現できると期待される.

 しかし,場合によっては準静的すべりの加速なしに,つまり外部からの擾乱なしに大地震が発生する可能性も否定はできない.この場合,直前予知のためには破壊核を検知するしかなく,それは現在の観測技術では前述のとおり,ごく一部の例外を除いて困難である.この直前予知の隘路となっている破壊核の検知については,能動的な手法も含め,技術開発をさらに進める必要がある.その技術開発により,これまで捉えられなかったもっと小さな準静的すべりの加速も検知できるようになるかもしれない.

 以上述べてきたように,すべての地震が予知できるようになる事を今の時点ではまだ約束できる状態にはない.しかし,第1次新計画の成果として地震の発生過程が次第に明らかになってきたことにより,将来的には少なくともいくつかの地震の注意報が出せる目処が立ったことは大きな進歩である.今後,より高度でより汎用の地震予知を実現するために,第2次新計画においては地震の発生過程の研究をさらに進め,それに基づいて地震発生の準備・直前過程に出現する現象を推測し,それを実際に検知するための新たな技術開発を行っていく必要がある.

 

 

文献

 

飯尾能久・松澤 暢・吉田真吾・加藤照之・平田直,非地震性すべりの時空間変化と大地震の発生予測 −三陸沖における近年の進展を中心に−,地震2,562),213-2292003