(1) 課題番号:0133
(2) 実施機関名:東京大学地震研究所
(3) 課題名:精密弾性波測定による地殻変動観測研究
(4) 本課題の5ヵ年計画の概要とその成果
(4-1) 「地震予知のための新たな観測研究計画の推進について」(以下、建議)の項目:
㈽-3-(2) 観測技術
(4-2) 関連する「建議」の項目:㈽-1-(2)-イ,㈽-1-(2)-ウ、㈽-1-(2)-エ
(4-3) 5ヵ年計画全体の目標:
地殻応力測定,特に,高精度クロックをもちいた同期運転にもとづく精密制御震源による微小な応力変化測定.
(4-4)5ヶ年計画の実施状況の概要と主要な成果:
弾性波伝播特性は応力変化にともなう岩盤内の構造変化およびきれつ等の間隙に存在する水の影響を受ける.したがって精密に伝播特性をモニターすれば,岩盤内の応力状態および水の量あるいはその移動の評価が可能である.一般に,短期間で変動する微小量の観測はひずみ換算で10-10のオーダーまで実現しており,最先端計測技術ではさらに二桁下も可能となりつつあるが,長期間にわたりゆっくりと変動する微小な変化を計測することは容易ではない.すべての測定系の感度ドリフトやDCドリフトを皆無にすることは困難だからである.本研究の特徴は,極めて安定な高精度クロックを計測系の主要機器の共通クロックとしてもちいることにより,長期間の信頼性を確保するところにある.予知研究に役立つ情報とするためには応力変化の効果と水の影響を分離する必要があるが,速度情報と振幅情報を同時に評価すること,および縦波情報と横波情報を比較検討することにより可能である.
弾性波伝播特性を高い精度で計測する発想は連続正弦波をもちいるアクロスと共通であるが,本研究ではパルス透過法を採用した.パルスには減衰しやすい高周波成分が含まれるため長距離計測に難点があるが,直達波を解析できるのでアクロスと比較して振幅の変動の影響を受けにくい.目標として設定した長期間の微小な応力変化の検出のためには発振点近傍の岩盤が長期間にわたって健全とみなせる程度に小さな振動を扱う必要がある.そのため受信波振幅も小さくなり,ノイズ処理が不可欠となるが,これはアベレージング処理およびスタッキング処理により克服できる.
基本計測量は発振した瞬間から初動が到達するまでの時間である.その精度はもちいたクロックの精度だけでなく,発振した瞬間とトランジェントレコーダのトリガータイミングエラーの影響を受ける.一般に,コンピュータが出す命令は制御に用いるバスにも依存するが数100μsの不確実性を覚悟する必要があるため,本研究の用途には不向きである.またファンクションジェネレータやトランジェントレコーダは内臓されているクロックのタイミングで動作するため,クロックタイミングエラーによるばらつきが生じる.本研究では上述のように,ファンクションジェネレータとトランジェントレコーダに共通のクロックを採用することにより,このばらつきを減らすことができた.微小振動を扱うため必要なアベレージング作業はこの種のタイミングエラーの平均化の効果ももっている.弾性波伝播特性評価におよぼすエラーには初動の到達点の評価に係わるエラーも含まれる.このエラーを減らすためには高周波をもちいればよい.そこで本研究では高周波特性に優れた圧電素子を採用した.
高精度弾性波計測に関する研究は予知事業費だけでなく,科学研究費や共同研究費,観測センター経費他をもちいて,油壺観測壕,釜石鉱山および名古屋大学瑞浪観測点において開発および実用化試験を実施してきた.地表からの深さは,それぞれ約10m,450mおよび40mである.測定サイトにより岩盤の性質が大きく異なるため,用いた波動の周波数帯域に違いがあり,油壷,釜石鉱山,瑞浪で,それぞれ約25kHz,約1.5kHzおよび約2kHzである.圧電素子に加えたパルス電圧振幅も岩盤の性質に大きく依存しており,油壷と瑞浪で1500Vを印加しているが,釜石鉱山では60Vである.釜石鉱山の測定条件が大きく異なっているが,相対的にhigh Q,high Vpの花崗閃緑岩のためである.油壷では異なる二方向(測線長12mおよび18m),釜石では四方向(測線長15m,17m,22mおよび26m),瑞浪では一方向(測線長18m)を常時計測しており,釜石では126m(測定周波数10kHz)の計測も実施した.
釜石テストサイトの計測は1994年から,油壷テストサイトは1998年,瑞浪テストサイトは2000年より連続観測を実施している.このような長期間の高精度連続観測は他に例がない.プラニングの段階では,毎秒10ないし数100回にわたって岩盤をたたき続けるシステムの長期安定性に懸念もあったが,本研究で開発・展開した測定システムの長期稼動性は十分高いと考えてよい.なお平成13年度に弾性波の複屈折にも対応可能なねじり型S発振子と縦振動型P発振子を一体化した発振子を開発し,釜石テストサイトで縦波および横波の連続観測を実施している.また,油壷テストサイトの一方向と釜石テストサイトの二方向の増設は平成14年度の実施事項である.様々なノイズに埋もれた微小変動の検出レベルを整理すると,油壷テストサイトでは,現在,0.01%のオーダーの速度変化が,釜石では数ppm,瑞浪では数10ppmの速度変化が検出されている.
油壷観測壕でえられた結果の一例を図1に示す.図中,弾性波到達時間および初動振幅の経時変化が示されている.潮汐に呼応した変動が明らかであり,圧縮応力増加(低下)にともない速度増加(低下)と振幅増加(低下)が対応している.約14日の変動が認められるが,周波数解析にも認められており,その成因についてはYamamura et al. (2003)が議論している.当初の目的である長期間にわたるゆっくりとした変動という観点から日平均を図示すると図2のとおりである.2000年の三宅島周辺の活動が始まるまで,ほぼ直線的な速度増加が見られたが,その後,トレンドが変化した.ローカルな変化である可能性もあるが,少なくとも油壷観測壕周辺の圧縮応力増加トレンドが三宅島近傍の活動の前後で変化したことが明らかである.
釜石テストサイトでは3月中旬から5月下旬にかけて毎年季節変動がみられるが,長期的には速度増加トレンドが認められる.平成14年度に二回にわたって岩手県沖を台風が通過したが,その際の気圧変化に呼応した速度および振幅変化が観測された(図3).図中に示された気圧変動と弾性波速度の相関からえられた釜石テストサイトの弾性波速度の応力依存性感度は,これまで室内実験から見積もられていた0.8ppm/hPaより大きく,1.4ppm/hPaであることがわかった.この感度係数をもちいて速度増加トレンドから応力増加率を求めると1994年の実験開始当初は640hPa/yrがえられており,最近数年間のトレンドは約200hPa/yrとなっている.後者の値は花崗閃緑岩の弾性率をもちいてひずみ速度に換算すると約3x10‐7/yrとなり,GPS計測から推定されるひずみ速度とほぼ等しい.なおトレンドの変化の原因は検討中である.
高精度弾性波速度測定では地殻応力の微小な変化量が推定可能であるが,絶対量の評価は予知研究が必要とするレベルに到底およばない.したがって絶対量計測には他の手段が必要である.地殻応力の絶対量計測は主に水圧破砕法により実施されてきたが,この手法の問題点が1980年代からしばしば指摘されてきた.そこで予知研究が必要とする高い信頼性をもった地殻応力測定法を確立することを本課題のもう一つの柱として地殻応力測定法に関する研究集会を開催するとともに,水圧破砕法にかわるボアホールジャッキ式乾式一面破砕法を開発してきた.水圧破砕法と異なり,疑念の根本原因である水を使わず,しかも実機で室内検定試験も可能という大きな利点を持っている.平成15年度は室内検定試験,および水圧破砕法との比較検定試験を実施した.
(4-5)5ヶ年で得られた成果の地震予知研究における位置づけ:
地殻応力測定は,現在の応力状態が地震発生サイクルのどのあたりに位置するか評価するため,あるいは震源ソースパラメータ解析で推定されるストレスドロップがどの程度正確なのか?ずるずるすべり領域やアスペリティ領域では,どの程度の割合でストレスが蓄積されるのか?さらにその周辺への波及はどうなっているのか?日本列島のひずみ集中帯は,どの程度の量まで非弾性的ひずみ集中で,どの程度まで応力集中なのか?その地下深部を含めた力の伝達はどのようになっているのか?さまざまな疑問に答えるための重要な手がかりを与えるものと期待される.予知研究で主力であった水圧破砕法の問題点が明らかになっているので,信頼性の高い測定法の確立が急務である.本研究課題で開発した乾式破砕プローブは飛躍的に高い信頼性で地殻応力状態(絶対量)を決めることができると考えている.
GPSネットにより地殻のひずみ速度が一様でないことが明らかとなってきた.その成因等を解明するためには精密な応力変化測定が必要である.しかしひずみ集中帯とそれ以外の領域のひずみ速度の差がすべて弾性変形によるものと仮定しても数100hPa/yrの応力変化率が検出可能なシステムが必要である.残念ながら現状の地殻応力測定(絶対量)システムにはそのような高精度,高安定な手法は存在しない.精密弾性波速度計測は極めて安定なクロックが長期安定性を支配しているので,このような僅かな量の変化を決めることができる.釜石鉱山の測定では,数ppmの速度変化が検出可能であり,応力換算で数hPaに相当するので上記の量は十分計測可能である.
(4-6)当初目標に対する到達度と今後の展望:
釜石鉱山の測定では,応力換算で数hPaの検出感度をもっているので,長期間にわたる僅かな応力変化の検出可能なシステムの構築という当初の到達目標は十分達成できたと考えられる.横波の連続計測という目標も達成できた.数年間にわたる連続観測も数ppmの検出精度も世界で初めてであり,他に例をみない.ただし発振系と受信系のダンピングが十分でなく横波到達時に縦波による振動が残っているので,横波速度の検出精度がかなり低い.これを改善することにより,飛躍的な発展が期待できる.また,油壷や瑞浪のようなLow Q, Low Vpの岩盤でも十分高い精度で計測できるシステムができたが,このシステムの設計思想をそのまま釜石鉱山に適用すれば1キロメートルの計測も可能なことが理論的に予測できる.測線長を伸ばすと高い周波数成分が計測不能となるので,必ずしも速度測定分解能が上がるという保証はないが,岩盤の不均質性の影響を減らすことができる.上記三箇所のテストサイトの測定条件を比較すると釜石鉱山が特殊のようにみえるが,今後の展開として深さ数100m以深に焦点を絞った場合,むしろ他のテストサイトのほうが特殊とも考えられる.したがってボアホールを利用する技術開発が不可欠であろう.
本研究課題で開発した乾式破砕プローブは水圧破砕法の疑念の根源である水の問題から逃れており,飛躍的に高い信頼性で地殻応力状態(絶対量)を決めることが可能となり,過去20年あまりにわたる応力測定法の問題点に関する議論に終止符を打つことが期待される.また,水圧破砕法と異なり,実機で室内校正試験が可能なことに特徴がある.さらに応力解放法と異なり,まったく同じポイントで何度も計測可能である.すなわち同じきれつを何度も再開口可能することにより応力変化が求まる.しかも水圧破砕法と異なり,主応力方向も未知数なので,応力変化測定の信頼性も高い.今後,時間をおいてもちいても高い信頼性を有する圧力計を開発することにより,年間数100hPaの応力変化の検出も可能となると考えられる.ただし機構上,許容クリアランスが小さいことが欠点である.この改善を図らないと数キロメートルに達するような深部ボアホールの利用の許可がえられない.これも検討課題である.
(4-7) 共同研究の有無:
精密弾性波測定の高度化研究は地震研究所海半球他のグループと共同で,乾式破砕法の開発研究は山口大学と共同で,地殻応力測定の信頼性に関する研究は産総研,崇城大学,東北大学と共同で実施した.
(5) この研究によって得られた成果を公表した文献のリスト
(5-1)過去5年間に発表された主要論文(5編程度以内):
Yamamura,
K., O. Sano, H. Utada, Y. Takei, S. Nakao and Y. Fukao, Long-term
observation of in situ seismic velocity
and attenuation, J. Geophys. Res., 108-B6,
2317, doi:10.1029/2002JB002005, 2003.
佐野 修,精密弾性波計測による地殻応力測定,月刊地球,26‐2,109‐113,2004.
佐野 修・伊藤久男・水田義明,地殻応力測定法の信頼性を損なう要因について,月刊地球,26‐1,39‐55,2004.
水田義明・佐野 修・石田毅・李剛,新しく開発された地殻絶対応力測定プローブ,月刊地球,26‐2,97‐102,2004.
佐野 修・伊藤久男・水田義明,編集者からの問題提起と著者の回答,月刊地球,26‐2,114‐122,2004.
(5-2)平成15年度に公表された論文・報告:
Sano, O., K. Yamamura,
Y. Takei,
(6) この課題の実施担当連絡者:
氏名:佐野修
電話:03−5841−5892
FAX:03−5841−8265
E-mail:osano@eri.u-tokyo.ac.jp
図の説明
図1.油壷でえられた弾性波到達時間および初動振幅の経時変化.潮汐に呼応した変化が明らかである.
図2.油壷でえられた弾性波到達時間および初動振幅の日平均値の経時変化.図中,三宅島の活動が活発となるまで,日平均値はほぼ単調に変化したが,三宅島から神津島方面へのダイク貫入イベントの直後に速度が大きく低下し,それ以後トレンドも変化した.
図3.釜石で観測された弾性波到達時間変化と気圧変化.図上の棒グラフは日降雨量である.弾性波速度と気圧の相関が明らかである.図中,弾性波到達時間には減少トレンドが認められる.このトレンドは1994年から認められているが,1998年後半をさかいとして減少率が変化しているようである.