(1) 課題番号: 0501.5
(2) 実施機関名: 東北大学大学院理学研究科
(3) 課題名: すべり速度の緩やかな変化における摩擦構成則
(4) 本課題の5ヶ年計画の概要とその成果:
(4-1) 「地震予知のための新たな観測研究計画の推進について」(以下、建議)の項目:
1.地震発生に至る地殻活動解明のための観測研究の推進
(1) 定常的な広域地殻活動
(4-2) 関連する「建議」の項目: 1. (1) イ、1. (2) ウ、1. (3) ウ
(4-3) 5ヶ年計画全体の目標:
現在,数値実験などで広く採用されている速度・状態依存摩擦構成則は,主として,すべり速度の不連続な変化に伴う摩擦強度の変化にもとづいて定式化されている.このような単純な載荷条件のみによって得られたすべりの挙動にもとづく構成則がどの程度の普遍性を有するのかは必ずしも明らかではない.そこで,本研究では,速度・状態依存摩擦構成則の普遍性を検証し,その素過程を明らかにすることを試みる.
(4-4)5ヶ年計画の実施状況の概要と主要な成果:
一般に摩擦すべりに伴って微小破壊振動(AE)が発生する.AEの発生に伴って放射される弾性波動エネルギーは,摩擦によるエネルギー損失の一部を担っているので,AEの発生過程や統計的性質が断層の摩擦特性となんらかの関係を有することが期待される.しかし,AEの発生過程やその統計的性質は,従来,ほとんど研究されていなかった.本研究課題の13年度までの研究により,摩擦すべりに伴って発生するAEは巨視的には安定すべりが生じている断層面の一部で発生する局所的な不安定すべりであること,さらに,その発生過程はすべり面の性質に依存していることが明らかになった.そのため,AEの解析から断層面の力学的性質,ひいては摩擦の素過程を明らかにできる可能性があることが示された.14年度におこなった実験では,以下のことが明らかになった.
(ア)AEのm値(石本・飯田式のm値)は累積すべりが小さい時にはすべりとともに増加するが,あるすべり量を超えると一定値の周りで変動する.
(イ)m値はすべり速度に依存する.
これらと断層の摩擦特性との比較から,
(1)m値のすべり量依存性が見られなくなるすべり量で,摩擦特性は速度強化から速度弱化に転じる.
(2)m値のすべり速度依存性と摩擦強度のすべり速度依存性は互いに逆の符号を持つ.
ことがわかった.
これらの結果は,AE活動の解析が摩擦現象の素過程を知る上できわめて有用な手段であることを改めて示すものである.さらに,これまでは断層全体の摩擦強度に対してしか観測されていなかったすべり速度の効果が,一段階下の,より微視的現象であるAEにおいても見られたことは,すべり挙動の時間依存性は試料サイズの有限性などによる見かけのものではないことを示唆する.
平成15年度は,若干の追加実験をおこなうと同時に,上記の実験結果の検討をおこなった.本研究と類似した条件でおこなわれた実験から,Wang&Scholz(1994, JGR)が推定した磨耗の素過程の遷移が生じるすべり量は,AE活動や摩擦特性が遷移するすべり量とほぼ等しいので,(1)はAE活動と摩擦特性の累積すべり量依存性が,ともに,磨耗に伴う断層面形状の変化によって生じていることを示唆する.一方,(イ)はAEの発生により放射される波動エネルギーがすべり速度に依存することをさしており,(2)とあわせて考えると,波動エネルギーのすべり速度依存性が摩擦強度のすべり速度依存性の主要なメカニズムの一つである可能性が示唆される.仮に,摩擦強度のすべり速度依存性が,波動エネルギーのすべり速度依存性のみによって生じているとした場合には,摩擦による全エネルギー損失に占める波動エネルギーの割合は,1-4%程度と見積もられる.
さらに,上記の(1),(2)にもとづいて,以下のような,地震活動に対する新しい解釈を提唱した.
(A)断層の累積変異の増加に伴いb値が増加する領域の摩擦特性は速度強化である.b値が累積変位に依存しない領域は速度弱化領域である.
(B)b値のすべり速度依存性は,摩擦強度のすべり速度依存性と逆符号である.
これらの解釈を,地震活動および地震間のすべり分布が詳細に明らかになっている東北日本太平洋下浅部のプレート境界に適用して,同地域における摩擦特性分布を推定した.その結果は,大地震のアスペリティー分布やすべり欠損分布と整合しており,上記の解釈の有効性を示唆する.
(4-5)5ヶ年で得られた成果の地震予知研究における位置づけ:
本研究により,断層の摩擦特性とAE活動との関係が明らかになった.地震発生場においても同様のことが成り立つとすれば,地震の発生過程を理解し,数値実験などにより,地震発生を予測する上で重要な情報である断層の摩擦特性分布を,地震活動の時空間変化から推定できると期待される.
(4-6)当初目標に対する到達度と今後の展望:
実験に使用した試験機の特性が,当初計画通りの実験をおこなうには必ずしも適したものではなかったため,当初設定した目標を完全に達成することはできなかった.しかし, 摩擦現象の素過程の一部をなすAE活動と摩擦特性の間に一定の関係が見られたことから,これまでに知られているすべり摩擦現象の一部(定常摩擦強度のすべり速度依存性)については,その普遍性を示すことができた.また,実験により明らかになったAE活動と摩擦特性の関係を東北日本太平洋下のプレート境界に適用して,プレート境界面上の摩擦特性分布の推定を試みた.推定された摩擦特性分布は,大地震時の顕著なすべり域や大地震間のすべり欠損部と整合していた.これは,当初計画からすれば副次的であるが,地震予知研究という観点からは重要な成果である.
これまでに明らかになったAE活動と摩擦特性の関係はガウジをはさまない断層における定常すべりに伴うものだけなので,16年度以降は,過渡的な状態における両者の関係や,ガウジの影響などをあきらかにし,AE活動と摩擦特性の相関が生じる原因を追究したい.
(4-7) 共同研究の有無: 無
(5) この研究によって得られた成果を公表した文献のリスト
(5-1)過去5年間に発表された主要論文(5編程度以内):
矢部康男,地震活動の時空間変動に対する新たな解釈の提案と東北日本太平洋下プレート境界面への適用,地震2,56(4),印刷中,2004.
Yabe, Y., Frictional
property of plate interface east off
Yabe, Y.,
Yabe, Y., Rate
dependence of AE activity during frictional sliding, Geophys. Res. Lett.,
10.1029/2001GL014369, 2002.
(5-2)平成15年度に公表された論文・報告:
Yabe, Y., Spatial
variation in frictional property on plate interface east-off
矢部康男,AE活動と摩擦特性,南海トラフ地震発生帯掘削phase3岩石物性プロポーザル検討WS,JAMSTEC東京連絡所(東京),2004.
(6) この課題の実施担当連絡者:
氏名:矢部康男; 電話:022-217-3893; FAX:022-264-3292
E-mail:yabe@aob.geophys.tohoku.ac.jp
図の説明:
図1.室内すべり実験で観察されたAE活動の(a)m値と(b)摩擦特性の累積すべり量依存性.影をつけた部分よりも小さな累積変位ではm値はすべりに伴い増加し,摩擦特性はすべり速度強化である.影をつけた部分よりも大きな累積変位では,m値は一定値の周りで変動するように見える.このとき,摩擦特性はすべり速度弱化である.
図2.摩擦特性とm値のすべり速度依存性の関係.データは主として第2象限と第4象限に分布してより,両者は互いに逆の符合を有するように見える.
図3.東北日本太平洋下浅部で発生する地震のb値の時空間変動より推定したプレート境界面上の摩擦特性分布とYamanaka and Kikuchi (2003)により求められた,過去70年間の大地震時の顕著なすべり域との比較.北緯41.5 度以南の,東経140.8度から海溝軸の範囲で,影をつけた領域はすべり速度強化域,白抜きは速度弱化域を示す.
図4. b値の時空間変動より推定したプレート境界面上の摩擦特性分布とNishimura et al. (2003)が推定したすべり欠損速度分布の比較.コンター間隔は2cm/yrである.破線はすべり過剰であることを示す.