(1) 課題番号: 0502.4
(2) 実施機関名: 東北大学大学院理学研究科
(3) 課題名: 地殻応力測定による断層と応力場の関連の解明
(4) 本課題の5ヶ年計画の概要とその成果:
(4-1) 「地震予知のための新たな観測研究計画の推進について」(以下、建議)の項目:
1.地震発生に至る地殻活動解明のための観測研究の推進
(2) 準備過程における地殻活動
(4-2) 関連する「建議」の項目: 1.(2) イ・ウ,(3) ウ,3.(2) ウ
(4-3) 5ヶ年計画全体の目標:
当初研究目標は以下の通りであるが,結論を得るには 10 年以上を要するであろう.
a) 断層はどの程度の力で動くか(断層の強度は)? b) 強度はなにによってきまっているか ? c) アスペリティーの分布は
? d) 地殻の力学的な状態に対する断層の役割は ?
以上を明らかにし,断層の強度は小さいと言うことをベースにした地震発生に関する新たなパラダイムを構築すること,である.
(4-4)5ヶ年計画の実施状況の概要と主要な成果:
1. 野島断層の応力測定から,断層中心部で剪断応力が小さいこと,その帰結として最大主応力軸と断層面の直交性が生じていることを指摘した.
2. 破砕帯とアスペリティーからなる断層模型を提案し,破砕帯内岩石の高非圧縮率・低剛性率という弾性が断層のせん断破壊強度を低下させることを指摘した.
3. 破砕帯内の破砕度,せん断応力と地震波速度の理論的な関係を提示した.また,破砕帯の地震波速度のデータから,どの断層でも中心部では約 80 % の岩石が破壊している可能性を指摘した.
4. 震源域周辺で観測される地震に伴う地震波速度変化やその後の回復が断層破砕帯に生じる破砕度あるいは応力の変化によるものとして説明できることを指摘した.
5. 地震波の解析や岩石破壊実験から得られているエネルギー収支に関する知識に基づいて,断層運動が全断層面の約 5 % をしめるアスペリティーの破壊によって生じ得ることを指摘した.図1a) に断層模型,b) に臨界変位量と破壊エネルギーの関係を示す.実線は模型から導かれる理論値.
6. 北上山地で測定された応力の張力軸方向は,100 年間の歪に整合しているだけでなく,ITRF 上に示された変位方向や S 波の異方性から推定される上部マントルの運動方向に近似していることを指摘した.図2は ITRF 上で示された変位速度ベクトルと「張力軸」の関係.
7. 日本海では,最小水平圧縮の方位(張力軸)の方向が日本海の運動方向,最大P波速度方向,地磁気縞模様に直交する方向に近似していることを過去のデータから指摘した.
8. 断層のせん断強度が小さいと仮定すると,発震機構解は ITRF 上に示される地殻の運動方向に矛盾しない.図3a) は ITRF 上に示された変位速度ベクトルと「張力軸」の関係,b) は変位速度ベクトルと発震機構解との関係を示す.また,変位に沿った面に働くせん断応力が解放されるように断層運動が起こっていると考えると変位ベクトルと応力の関係が説明できることを指摘した.
以上の測定結果から以下の結論を得た.
A. 結果 1 〜 5 は,「地震が発生する断層一般について,断層のせん断強度が小さい」ということが成り立つことを示している.
B. 結果 7 と 8 は,内陸地殻の運動が,プレート間の相互作用に劣らず,上部マントルの流動と密接に関係していることを示している.
(4-5)5ヶ年で得られた成果の地震予知研究における位置づけ:
断層のせん断破壊がアスペリティーのせん断破壊によっておこり,断層破砕帯の変形が断層の破壊強度を支配している可能性を指摘した.すなわち,断層運動は断層面でおこるのではなく断層帯で起こるとする考え方である.破砕帯の変形過程は断層の破壊過程を反映していると考えられるから,いわゆるプレスリップも破砕帯の変形としての文脈で捉えることができる.この視点からは,地震の発生予測,とくに短期予測のための研究のターゲットが地震前に破砕帯でおこりうる現象の予測とその補足であるといえる.
断層が一般に小さなせん断破壊強度しか持たない(ウィークフォールトの)可能性を示した.これを前提にすると,内陸地殻では,自身の運動によって生じる内部のせん断応力がウィークフォールトでのすべりによって解消されているという解釈が成り立つ.地震はウィークフォールトのすべりによって発生している.以上のことは,内陸地震の発生にかかわる内陸地殻の変形を知るには,内陸地殻独自の駆動源を明らかにすることが不可欠であることを意味している.そのためには,地殻応力(絶対応力)と地殻の絶対変位(地理学的座標上で表された物質の移動)を調べることが,とくに歪集中帯の成因に関する研究にとって重要である.
(4-6)当初目標に対する到達度と今後の展望:
当初目標のうち (4-3) a),
b) と d) のそれぞれ一部を明らかにして,断層の強度模型を提案した.しかし,断層の強度模型を確定するには測定数が十分ではない.また,断層の強度が小さいということを基礎にした地殻の運動に関する新たな模型を提案したが,パラダイムとして確立したとは言い難い.断層模型の確立には,断層周囲の絶対応力の測定数をさらに増やすことや弾性的異方性に注目した破砕帯の構造解明が必要であろう.また,本研究は地殻内の地震発生が地殻の移動に密接に関係していることを示唆した.このことは,上下変動を含む絶対変位速度ベクトル(絶対変位ベクトル),絶対応力,上部マントルの地震波速度異方性,重力異常などの空間分布を明らかにすることが内陸地震の発生予測にとって重要な課題であることを意味している.
(4-7) 共同研究の有無: AIST,NIEDの協力を得て行っている東北大学独自の研究.
(5) この研究によって得られた成果を公表した文献のリスト
(5-1)過去5年間に発表された主要論文(5編程度以内):
山本清彦・佐藤凡子・矢部康男,北上山地東部の応力測定と応力からみた内陸地殻の駆動源,地震2,56 (4), (印刷中), 2004.
佐藤凡子・矢部康男・山本清彦・伊藤久男,変形率変化法に推定された野島断層近傍の地殻応力,地震2,56, 157 – 169,
2003.
Yamamoto,
K. N. Sato and Y. Yabe, Elastic property of damaged zone inferred from in-situ
stresses and its role on the strength of faults, Earth Planets Space, 54,
1181-1194, 2002.
Yamamoto,
K. N. Sato and Y. Yabe, Elastic property of damaged zone inferred from in-situ
stresses near faults: The changes in seismic wave velocities caused by
faulting, Proceedings of International W/S on physics of active fault,
Technical Note of NIED, 234, 219-227, 2002.
Yamamoto,
K. and Y. Yabe, Stresses at sites close to the Nojima Fault measured from core
samples, The Island Arc, 10, 266 – 281, 2001.
(5-2)平成15年度に公表された論文・報告:
山本 清彦・矢部 康男・佐藤 凡子, 破砕帯とアスペリティーとからなる断層模型, 日本地震学会2003年度秋季大会講演予稿集,2003,
B005, 2003.
山本清彦,コア応力測定の現状・問題点・今後の課題,月刊地球,地殻応力の絶対量測定(上),No. 295, 26 - 31, 2004.
Yamamoto,
K., N. Sato, and Y. Yabe, Elastic property of damaged zones inferred from
in-situ stress: Seismic wave velocities and their shifts caused by faulting,
IUGG, Sapporo 2003, SS02/03A/A03-009, 2003.
佐藤凡子・矢部康男・山本清彦・長谷川昭・小原一成・笠原敬司,コア試料から推定された東北日本の地殻応力,日本地震学会2003年度秋季大会講演予稿集,2003, P008, 2003.
佐藤凡子・矢部康男・山本清彦・長谷川昭,変形率変化法による地殻応力測定 −阿寺断層福岡,畑尻掘削井−,2003年度地球惑星科学関連学会合同大会 予稿集,S075-010,2003.
山本清彦,真三軸圧縮応力下にある脆性岩石の破壊過程模型,2003年度地球惑星科学関連学会合同大会 予稿集,S044-001, 2003.
(6) この課題の実施担当連絡者:
氏名:山本 清彦; 電話:022-225-1950; FAX:022-264-3292
E-mail:yama@aob.geophys.tohoku.ac.jp
図の説明:
図1.a) 破壊による破砕帯の運動.破砕帯は断層運動によって断層面に加わる法線応力 n に対し W=nw の仕事をする.ここで,w は破砕帯の幅の増分.b) a) に示された模型において,断層帯内の変位 uel を臨界変位量 dc,W を見かけの破壊エネルギーに置き換えると,地震の解析から従来得られている臨界変位量と見かけの破壊エネルギーとの関係が説明できる.臨界変位量と見かけの破壊エネルギーの関係は大中・松浦 (2002) による.
図2.最小水平圧縮応力の方向と ITRF で表された変位速度ベクトルとの関係.日本海の応力は Tamamki and Yamamoto (1992) による.東北日本の変位速度ベクトルは佐藤・他
(2002) による.日本海の変位速度ベクトルは ITRF で表された日本海沿岸の速度ベクトルに瀬野 (1996) のアムールプレートとオホーツクプレート間の相対速度を補正して得たもの.
図3.a) 最小水平圧縮応力の方向と発震機構解の関係.小菅 (19 ) に加筆.b) 発震機構解と変位速度ベクトルとの関係.