「日本列島及び周辺域の長期広域地殻活動」計画推進部会 平成16年度研究計画
1.はじめに
日本列島に発生する大地震は,周囲を取り巻くプレートの相互作用によって発生する応力がプレート境界や不均質構造を通じて地殻内部の弱面に集中して行き,そこでの破壊強度を超えると発生する.従って,これらの地震を定量的に予測するためには,まずこれらのプレートの境界の形状や相対運動を精密に推定しなくてはならない.また,プレートの相互作用によって発生する応力が断層面上にどのように蓄積していくかの知見を得るために,列島規模での不均質構造を明らかにし,その変形や応力変化の過程を明らかにすると共に,沈み込むプレート境界のアスペリティ及び内陸活断層への応力蓄積過程のモデルを構築することが重要である.さらに,地震を発生させる地殻内弱面の物性や摩擦構成パラメータの分布を詳細に知ることも重要である.
本計画推進部会では,これらの研究課題を関連研究者の連携のもとに実施する.研究課題は地震予知建議に沿って,大別して以下の2つを取り上げる;
(1)日本列島及び周辺域のプレート運動の精密決定
(2)列島規模のプレート内構造と変形
2.5カ年計画の目標
(1)日本列島及び周辺域のプレート運動の精密決定
日本列島下には東から太平洋プレートが,南東からフィリピン海プレートが沈み込み,いわゆるプレート境界型の大地震が発生する.また,日本列島は,かつては東北日本が北米プレートに,また西南日本がユーラシアプレートに属しているとされたものの,最近では,東北日本はオホーツクプレートに,また西南日本はアムールプレートに属しているとする考え方も提唱されている.これらのプレートが存在するか否か,その境界はどこか,またそれらの相対運動速度がどのくらいか,等についてはまだ確定的なことは言えない.そこで,本研究では,今次5カ年計画内でこれらのプレートの幾何学的形状と共にそれらの相対運動を1mm/yrかそれ以上の精度で推定することを目標とする.
これらを達成するために,東京大学地震研究所を中心とする「GPS大学連合」では,モンゴルなど大陸に2〜3点程度の観測点を新たに設置してアムールプレート内の観測点を増強し,周囲の観測点とあわせてデータ解析することによりアムールプレートの幾何学的形状や周囲のプレートとの相対運動を精密に推定する(課題番号:0101)また,北大大学院を中心とする研究グループはアムールプレートからオホーツクプレートの地域において数点程度のGPS観測点を新たに設置し,既設の観測点の機能強化を実施しつつ,これらのプレートの境界と相対運動を精密に推定する(課題番号:0301).
なお,平成16年度からはじまる「地球観測サミット」に関連する事業や東京大学21世紀COE事業等においても本課題番号に関連する研究が実施される予定である.
(2)列島規模のプレート内構造と変形
これまでに蓄積されてきた日本列島全体にわたる観測・研究資料や地震・地殻変動の基盤観測網から常時提供されるデータを総合的に解析・解釈することにより,日本列島の地震学的及び地球電磁気学的地殻内不均質構造を明らかにすると共に,地殻変動データから日本列島のひずみの時空間的不均質過程,特にいわゆる新潟‐神戸ひずみ集中帯の成因とそのメカニズムを明らかにする.さらに,日本列島の応力観測やGPSデータ逆解析に基づく日本列島の応力不均質構造を明らかにする.本研究では,主として他の計画部会で推進されるこれらの成果を総合的に持ち寄り,日本列島内陸部へのひずみ・応力の集中過程を明らかにすることに重点を置く.このため,本計画推進部会は,事務局の東大地震研を中心として年一度程度研究集会を開催して,総合的な討論を通じて5カ年計画の最終年度までに日本列島内陸部の3次元不均質構造と,プレート運動を境界条件とする内陸部へのひずみ・応力蓄積過程のモデルを創り上げることを目標とする(課題番号:0102).
こうした全体的なとりまとめの努力の他に,いくつかの重要と思われる観測研究計画を個別に実施する.京大防災研は,現在のところほとんどわかっていない下部地殻の物性と変形機構の解明を目指すが,このために鍵となる下部地殻における水の分布形態を明らかにするために比抵抗構造調査を行う.また,上部地殻の物性,特に断層の強度を解明する(課題番号:0201).北大は,北緯44度以北の北海道西側の応力の実態とプレート境界の把握を目的として,エアガンと海底地震計を用いた人工地震探査および自然地震観測の計画の事前調査を行う(課題番号:0302).弘前大学は列島規模の構造不均質と応力分布を明らかにすることを目的として,定常地震観測網から取得される地震波形データから地震波散乱強度の空間分布を推定して速度構造の短波長不均質構造を明らかにするとともに,応力テンソル・歪分布・地震活動度それぞれの時空間変化の関係から地殻応力の分布を推定する(課題番号:0401).名古屋大学は測地測量データに基づいて1891年濃尾地震の余効変動の時空間分布を明らかにし,その情報に基づいて中部日本地域の地殻・上部マントルのレオロジー構造を推定する(課題番号:0901).鳥取大学は他大学の関連研究者と共同して,四国地方から山陰地方の日本海沿岸部に至る比抵抗構造断面を提出し,その成果をふまえて他種データとも比較検討しながら,比抵抗構造の観点からの地震発生の場を制御する主因を解明する(課題番号:1001).なお,これらの個別課題は,他の研究課題と連携しつつ実施するものである.
3.平成16年度の研究計画
前述の5ヵ年計画をふまえ,平成16年度は5カ年計画の初年度になるので,準備作業を中心として以下の研究を実施する.
(1)日本列島及び周辺域のプレート運動の精密決定
東大地震研を中心とする「GPS大学連合」は,東アジア(モンゴル)に2点程度の新規GPS観測点を設置する.また,中国において中国側研究者と共同しつつデータの収集並びに今後の研究計画についての打ち合わせを行う(課題番号:0101).また,北大を中心とした研究グループはロシア極東地域の新規及び既設のGPS観測点にインテリジェント型受信機を設置し,データの取得を開始する.また,ロシア側カウンターパートと今後の研究の進め方について協議する(課題番号:0301).
(2)列島規模のプレート内構造と変形
本研究課題では,東大地震研が事務局となり,年度内に1回程度の研究集会を開催する(研究課題:0102).以下,個別の研究課題について概観する.
京大防災研は長野県西部において,防災科学技術研究所などの機関と共同で50点程度の稠密観測を行う.鳥取県西部における稠密観測のデータを解析して,断層近傍の応力場と断層の強度を推定する.山陰地域の予定側線周辺での観測点決定のための電場・磁場のノイズ調査を実施する.列島スケールのGPSの変位速度データ等から,下部地殻の物性とその列島スケールの不均質性を推定する(課題番号:0201).
北大は北海道西側海域において発生している自然地震の震源分布,発生機構を調査する.また精度の高い震源データを用いた速度トモグラフィーを求め,当海域での第一近似の速度分布を推定する(課題番号:0302).
弘前大では以下の2項目を実施する(課題番号:0401);
(a)高密度地震観測データに対して,浅発地震のコーダ波振幅のゆらぎから地震波散乱強度の空間分布を推定するインバージョン手法の開発を行う.周波数帯域を分けた解析を行い,散乱に寄与する不均質のサイズ分布も推定する.
(b)応力テンソルインバージョンを行う上で震源メカニズム解は基本的なデータであるので,これを高密度地震観測網の波形データから効率的に推定する手法の開発を行う.具体的には波形インバージョンの手法に準じ,使用する観測点の選択・データウィンドウの設定・地震波速度構造の選択・解析の自動化などを検討する.
名大は,明治時代以降繰り返された水準測量,三角測量のデータに基づいて1891年濃尾地震後の周辺地域における地殻変動の様子を明らかにし,余効変動による変動成分を抽出する(課題番号:0901).
鳥取大は他大学と連携しつつ地殻深部流体と海洋プレートの関連に着目して,山陰—山陽−四国地方東部(鳥取−岡山−香川−徳島−室戸)地域において,既存の地殻比抵抗構造調査の測線を活用しつつ,適宜,測線を補間することにより中国東部・四国東部地方を横断する比抵抗構造研究のための予備調査を行う.また,平成15年度までに取得したデータを基にした同地域の比抵抗モデル解析を実施する.さらに,全国的に実施されているネットワークMT法観測では主に観測を分担する(課題番号:1001).