「地震発生に至る準備・直前過程における地殻活動」計画推進部会 平成16年度研究計画
平成16年7月14日
平成11年度より実施された「地震予知のための新たな観測研究計画」(以下,「第1次新計画」)においては,地震予知の3要素である「地震発生の時期・場所・規模」の推定のためには,地震が何故・どのように発生するのかを深く理解することが重要であるとの認識のもと,地震発生に至る過程を解明するための詳細な研究が実施された.その結果,プレート境界型地震や内陸地震の発生過程に関する概念モデルが提示され,さらにそれに基づく第ゼロ近似的数値モデルも構築されて,プレート境界と内陸における大地震の発生サイクルを計算機内部で再現できるようになった.
このような成果を踏まえて,平成16年から実施される「地震予知のための新たな観測研究計画(第2次)」(以下,「第2次新計画」)においては,地震発生に至る過程のさらなる理解のためには,その準備過程から直前過程までの地殻活動を相互に関連する一連の過程として研究する必要があるとの判断のもと,第1次新計画における「定常的な広域地殻活動」の一部と「準備過程における地殻活動」および「直前過程における地殻活動」の項目を統合し,「地震発生に至る準備・直前過程における地殻活動」の研究を推進することとなった.この研究は,次の4項目に細分されている.
ア.プレート境界域における歪・応力集中機構
イ.内陸地震発生域の不均質構造と歪・応力集中機構
ウ.地震発生直前の物理・化学過程
エ.地震発生サイクル
大学では上記の分類に従い,平成16年度に以下の研究を実施する.
ア.プレート境界域における歪・応力集中機構
第1 次新計画において,プレート境界でのプレート間の結合の状態には,定常的な準静的すべりと固着及び地震性すべりのほか,非地震性の間欠的すべり(スローイベント)や地震後の余効すべりなど,様々な形態のあることが見いだされた.このような背景のもと,準静的すべりの進行によりアスペリティに応力が集中し地震に至るというアスペリティモデルが提唱された.このモデルは,プレート境界の結合状態を定量的に記述できる可能性がある点で重要であり,このモデルの妥当性を検証するための観測研究が必要である.また,摩擦構成則に基づく数値シミュレーションに地下構造,スローイベントの発生位置と挙動,大地震のアスペリティの位置等の情報を与えることにより,シミュレーションがより高度化されて,地震発生予測に直接結びつくと期待される.このため,これらの情報が得られる観測研究が重要となっている.このような観点のもと,以下の観測研究を平成16年度に実施する.
昨年発生した2003年十勝沖地震は第一次新計画がスタートしてから最初のM8級の地震であり,この地震の余効的現象を継続して調べることは極めて重要である.この観点からこの地震の余効すべりおよび強度回復過程を追跡し,またこの地震の震源域内での地震の発生様式と海底地下構造との関係を明らかにする.
プレート境界型大地震として今後発生が危惧されている宮城県沖と東海・南海沖の特性の解明も急務である.宮城県沖と紀伊半島沖では海陸合同の大規模な構造探査実験を行い,大地震を発生させるプレート境界付近の構造的不均質を解明する.また,宮城県沖については昨年度に増強された陸上GPS観測および海底測地観測を継続し,紀伊半島においてはヒンジラインをまたいだGPSトラバース観測を強化し,それぞれGEONETのデータとも併合処理することによって,これらの領域およびその周辺でのプレート境界におけるすべり特性や固着域分布を推定する.さらに,静岡県中西部・愛知県・三重県にGPS観測網を構築し,東海スローイベントに関する地殻変動の詳細な時空間分布の解明に着手する.南海地域においては,自然地震観測や比抵抗測定によるフィリピン海プレートとその周辺の構造の詳細な推定を行い,前述の紀伊半島のヒンジライン周辺のGPSトラバース観測の結果とも比較することにより,地震時の down-dip rupture の下限を推定する.さらに,メカニズム解に基づく応力場の地域性の解明とb値に基づくセグメント構造の区分け可能性の検討を行う.
一方,日向灘は三陸沖と同様に固着強度が弱いと考えられているが,そのような固着強度を決める構造的要因を明らかにするためには,日向灘と三陸沖の共通点を探り,かつ東海・南海沖や宮城県沖との差異を明確にすることが近道であると考えられる.この観点から日向灘においても海陸共同の自然地震観測・構造探査を行う.さらに地震観測網の整備が遅れているトカラ列島〜奄美大島域において臨時地震観測を行い,この地域における沈み込むプレートの形状や地震活動状況を解明する.同様に観測網の整備が遅れている日本海や,1982年以降M7の地震発生がなく再来間隔から考えて近い将来にM7が発生すると危惧されている茨城県沖においても,海底地震・地殻変動観測を行い,陸のデータと併合処理することにより,海溝から陸域にかけてのプレート境界域での不均質構造と地殻活動を解明する.
前述のとおり,大地震の発生と準静的すべりは密接な関連があると考えられており,このプレート境界の準静的すべりの状況をモニターする手段としては,GPS以外に相似地震(small repeating earthquake;小繰り返し地震)がある.この相似地震の研究を平成16年度はさらに推し進め,そのスケーリング則の高度化を行うと共に,フィリピン海プレート沈み込み域においても同様の相似地震からプレート境界における準静的すべりの推定が可能かどうかの検討を行う.また,地殻変動連続観測によるスローイベントの検出・解析の研究も推進する.
GPS観測に基づくプレート境界の固着状況の解のユニーク性を高めるため,GPSによる上下変動データや重力観測データも積極的に解析に取り込む必要がある.第1次新計画では,御前崎の沈降に見あった重力変化が見られないことが明らかになった.この原因解明は,重力測定から上下変動を推定するための精度向上に役立つのみならず,プレート沈み込みに関する新たな知見を与えてくれる可能性がある.このような観点から,襟裳岬・石廊崎・御前崎・潮岬・室戸岬等において高精度絶対重力測定を行い,また差分干渉SAR解析も行うことによって,プレート沈み込みの実態を重力の視点から検討する.
イ.内陸地震発生域の不均質構造と歪・応力集中機構
プレート内で発生する地震の震源断層周辺へ応力が集中する機構を理解するためには,まず地殻の不均質構造と応力・歪分布を詳細に解明しなければならない.このような観点から第1次新計画においてGEONET等による歪速度分布の推定と高分解能の地下構造推定が精力的に行われた.その結果,東北地方脊梁部における歪速度集中域が明瞭になり,しかもそこでは下部地殻から上部マントルにかけて地震波速度が小さくかつポアソン比が大きいことが明らかになった.この観測事実から,沈み込みに伴って上部マントルからメルトが脊梁直下の下部地殻に供給され,メルトとその固結に伴って放出される水が下部地殻を軟化させて上部地殻における応力集中を生み出し,それによって内陸の大地震が発生するというモデルが構築された.
それ以外にも類似のモデルが提案されているが,これらのモデルの共通点は下部地殻の一部が弱化しており,その直上ないし周辺の上部地殻に応力が集中するということにある.この下部地殻の一部に存在する「弱帯」が流動則(あるいは粘性則またはすべり速度強化則)のように歪速度が大きいほど支える応力が大きくなる性質(歪速度強化特性)を持つならば,プレート境界において100年程度の再来間隔で大地震が発生しても,内陸には応力が蓄積し,1000年〜10000年程度の再来間隔で大地震が発生しうるとの数値モデルも構築された.
このような背景から,第2次新計画においては,このようなモデルで東北地方脊梁部以外も説明できるか否かの検証が重要視されている.その検証には詳細な構造と応力・歪速度の推定および弱帯形成の鍵となる流体の分布の把握が必要であるため,平成16年度には以下の観測研究を実施する.
日本で最も大規模な歪集中帯である新潟-神戸歪集中帯に位置する跡津川断層では,これまでに断層クリープの存在も指摘されており,地震発生と歪速度や断層クリープの関係を解明するには最良のフィールドであると考えられる.このような観点から,跡津川断層およびその周辺において高密度の地震・GPS観測および比抵抗測定を合同観測により5ヶ年計画で実施する.平成16〜17年度においてはその観測網を構築する.また神岡鉱山においてレーザー歪計による高精度歪観測を実施する.
また,内陸の地震発生は地質学的時間スケールで作られた弱面によって規定されると考えられるため,地質学的検討も重要である.このような観点から地質学的時間スケールにおける東北日本弧の変形と歪集中のプロセスを明らかにするために,東北日本で最大規模の褶曲-断層帯の一つである庄内平野東縁活断層系について浅部反射法地震探査を実施する.さらに東北日本脊梁部から宮城県にかけての歪集中・地震多発域におけるモデルの高度化のための新規観測の検討やデータ解析を進める.
流体と深く関わっていると考えられる低周波地震の研究をさらに進めるために,十和田湖周辺,日光足尾および秋田県北部に発生している低周波地震の高精度の震源分布とその周辺の速度構造を推定し,低周波地震の発生過程についての検討を進める.また地殻流体の存在に敏感であると考えられる比抵抗構造の推定もさらに推進する.具体的には北海道北部において3次元比抵抗構造を推定し,GPS・地震観測データともあわせて地震発生域と非地震地域における構造の特徴の違いを検討する.また,糸魚川-静岡構造線や2003年宮城県北部地震震源域,秋田県仙北地域,鳥取県東・中部,北アナトリア断層西部域においても比抵抗測定を実施し,地震発生との関係を検討する.さらに流体の挙動と誘発地震との関係や断層回復過程の解明のために,野島断層において今後5ヶ年間にわたり長期・多数回の注水実験を行うための装置を導入し,その第1回目実験を平成16年度に実施する.
一方,上記のモデルにある非弾性領域は,そのスケールが小さければ通常のトモグラフィや比抵抗測定では検出できない.このような観点から散乱体構造や地震波反射面の分布に注目した地震計アレイ観測を日奈久断層系において実施し,内陸地震発生域へのローディング機構のモデル化を行う.このモデル化のためには固着状態の把握が重要なため,稠密GPSアレイ観測も同時に実施する.
また地震発生場を理解するためには歪測定のみならず地殻応力測定が決定的に重要となるため,「新たな観測・実験技術の開発」の項目において開発が進められている地殻応力の絶対量計測技術の高度化研究成果を利用して,歪集中帯内外における地殻応力測定も行う.さらに,伊豆半島の北東部における全磁力観測を継続し,地殻応力と全磁力変化の関係を検討する.
ウ.地震発生直前の物理・化学過程
地震発生直前においては不可逆的な物理・化学過程が存在していると期待されているが,その実態はまだよくわかっていない.第1次新計画において摩擦構成則に基づくシミュレーションにより大地震前に生成する破壊核の挙動の理解は進んだが,その破壊核を近代的観測で直接捉えた例は世界的に見ても皆無であり,いくつか報告されている事例はあくまでも傍証にすぎない.また,流体の存在は地震発生に深く関わっていると考えられるが,間隙水圧の上昇が地震発生を促すという事例は人工的な誘発地震では知られていても,通常の地震の発生前後での間隙水圧の変化や流体の挙動に関する直接的証拠は得られていない.さらに,地震発生直前に電磁気学的異常が生じるとの報告もあるが,それらの現象と地震発生との関連の検討はまだ十分ではなく,またその現象を説明する説得力のあるモデルはまだ構築されていない.
このような背景のもと,地震学的直前過程,流体の挙動と地震発生の関係,および電磁気学的時間変化と地震発生の関係に注目して,平成16年度には以下の研究を実施する.
南アフリカ金鉱山では,採鉱による応力集中のため,坑道から至近距離で地震が発生し,しかも採鉱計画により,発生場所が予測可能であるという利点がある.すでに24bit25Hzで記録できる歪計が設置されており,平成16年度には既存の観測網の観測を継続してデータ解析を行うと共に,新たなサイトをさらにもう一点開拓する.これにより,いよいよM3クラスの地震の震源近傍で地震発生前後の高精度の歪計記録が得られ,破壊核形成過程に関する貴重なデータとなることが期待される.
流体が地震発生に果たす役割を解明するために,伊豆・伊豆諸島・東海地方で従来から行ってきた電磁気観測および重力繰り返し観測を平成16年度にも継続する.これにより,流体の移動に関連した物理現象を,電磁気の様々な観測項目や重力観測で同時にとらえ,地震発生に流体が与える影響の定量化を目指す.
地震発生の準備・直前過程における電磁気的現象の有無について検討する種々の研究を実施する.具体的には,主として北海道東部地域においてULF帯の磁場・電場の変動観測を多点で実施し,さらにプレート固着域の変化に伴う比抵抗変化や地殻応力増加に伴う地磁気変化の有無の検証を行う.またVHF帯電波伝搬異常の有無を北海道全域について検討する観測も行う.これらの観測と並行して,震源で発生した電磁気シグナルが地表付近に伝播する可能性を検討するために,比抵抗構造探査を行い,また不均質構造中の電磁波伝播について数値モデル計算によるシミュレーションも実施する.
エ.地震発生サイクル
第1次新計画の最大の成果は,過去の大地震の詳細な解析と相似地震の研究に基づくアスペリティモデルの発展である.この成果は,過去の地震発生の履歴に基づく長期予測に根拠を与え,これらの研究に基づいて予想された地震とほぼ同じ位置・規模の大地震が平成15年9月26日に十勝沖で発生したことは特筆すべきことである.第2次新計画では,このようなアスペリティモデルをさらに進展させ,地震発生サイクルの実態の解明と,そのサイクルの揺らぎを生じる原因を解明することが,長期予測の高度化に繋がるとの判断のもと,「地震発生サイクル」という本小項目を新たに設けている.
現在の地震発生サイクルの研究は,近代的地震観測データとシミュレーションに基づく物理学的モデルの研究と,過去の地震発生の履歴に基づく統計学的モデルの研究の二つに大別される.この二種類のモデルを統合し,より高度で定量的な大地震発生時期の予測モデルを構築することが本小項目の目標である.この地震発生サイクルの研究を推進するために,平成16年度は以下の研究を実施する.
第1次新計画においては,「BPTモデル」と呼ばれる新たな統計的手法が地震発生時期の確率推定のために導入された.この新しい手法は他の手法に比べて矛盾が少ないという利点を持つが,その精度についての検討は必ずしも十分とは言えない.そのため,過去の大地震の履歴が最も詳しくかつ多数のイベントが同定できると期待される別府湾で活断層の音波探査を行って,このBPTモデルに基づく地震発生時期推定の精度を検討する.また,東北沖の地震サイクル観を大きく変更する巨大地震が存在するか否かを検証するために,三陸〜常磐海岸でジオスライサーにより津波痕跡および海岸昇降履歴を調査する.
北海道から南千島においては過去に巨大地震が繰り返し発生していた可能性が高く,本研究目的のためには有効なフィールドと考えられるが,その履歴や個々の地震の震源過程は詳しくは知られていない.このため,日本,ロシア,アメリカ(特にハワイ)で観測された津波記象データ及び地震記象データを収集・統合し,過去の巨大地震の詳細な震源過程を明らかにする.平成16年度には,まず日本とロシアの津波及び地震記象データ及び海底地形データの収集・統合を行う.
第1次新計画において発見された相似地震は小さなアスペリティの繰り返し破壊と考えられ,その再来間隔が短いために,地震発生サイクルの規則性や揺らぎの統計的モデルと物理的モデルの両方の高度化に有効であると考えられる.再来間隔の揺らぎを説明する物理的モデルとしてはアスペリティのまわりの準静的すべりの揺らぎとアスペリティ間の相互作用が考えられる.この仮説を検証するために,GPSデータとの比較や数値シミュレーションを実施し,相似地震の再来間隔がまわりの準静的すべりや他の地震の発生の影響をどの程度受けるのかを定量的に検証する.
東南海・南海地震のサイクルとその揺らぎを規定するのが準静的すべりならば,東南海・南海地震震源域周辺においても相似地震が見つかる可能性がある.もしそれが発見されれば,巨大地震のサイクルの研究にとって有益な情報をもたらすと期待される.しかしながら,同地域におけるフィリピン海プレートの沈み込み速度は三陸沖における太平洋プレートの沈み込みに比べて遅く,また準静的すべり域が存在したとしても巨大なアスペリティに隣接していることになり,相似地震の繰り返し間隔も極めて長くなることが想定される.そこで平成16年度は,過去10年以上にわたる波形データの収集を行う.一方,相似地震は小さい地震であるがゆえに,データの欠落が生じやすいという欠点を持つ.このため,まず平成16年度においては,大学・気象庁・防災科研などのデータを比較検討し,相似地震のデータカタログの欠落の有無についての検査を行う.