「地殻活動予測シミュレーションモデルの構築」16年度の研究実施計画
「地殻活動予測シミュレーション」計画推進部会
平成16年6月30日
[基本的考え方と方針]
地殻活動シミュレーション研究の目標は,隣接するプレート同士が複雑に相互作用する日本列島域を一つのシステムとしてモデル化し,常時観測網からの膨大な地殻活動データをリアルタイムで解析・同化することにより,プレ-ト相対運動によって駆動されるテクトニック応力の蓄積から準静的な破壊核の形成を経て動的破壊の開始・伝播・停止に至る大地震発生過程の定量的な予測を行うことにある.
上記の目標を達成するために,日本列島及びその周辺域を対象とした地殻活動予測シミュレーションモデルを開発する.また,稠密な観測が行われている特定の地域においては,より詳細な地域モデルを開発し,地殻変動データや地震活動データをリアルタイムで取り込んだ地殻活動予測シミュレーションを行う.さらに,これらのシミュレーションモデルを継続的に高度化していくために,地震発生の物理・化学過程に関する基礎的なシミュレーション研究や地殻活動データの解析・同化手法の開発を推進する.具体的には,以下の研究課題を実施する.
・日本列島域の地殻活動予測シミュレーションモデルの開発(課題番号0702)
・三陸沖プレート境界型地震発生サイクル・シミュレーションモデルの構築(課題番号0110)
・南海トラフ沿い巨大地震発生サイクル・シミュレーションモデルの構築(課題番号0904)
・予測シミュレーションモデル高度化のための手法開発(課題番号0112)
[各研究課題の平成16年度からの5ヶ年の到達目標]
(1)日本列島域の地殻活動予測シミュレーションモデルの開発
複雑なテクトニック環境の下にある日本列島域を一つのシステムとしてモデル化し,プレート運動に起因する準静的な応力の蓄積から破壊核の形成を経て動的破壊伝播に至る大地震の発生過程を,膨大な地殻活動データと高度なモデル計算を併合した大規模シミュレーションにより定量的に予測することを最終目標として,先ず初年度は,複数の要素モデルで構成される地殻活動シミュレーションモデルのプロトタイプを「地球シミュレータ」上に完成させる.次年度には,地殻変動や地震活動データのインバージョン解析により,プレート境界面の摩擦特性を定める.第3年度及び4年度には,過去の大地震の活動履歴が再現できるようにシミュレーションモデルを規定するパラメターの調整を行い,最終年度には広域GPS観測網や地震観測網からのリアルタイムデー タを取り込んだ大地震発生の予測シミュレーションを行う.また,計画後期の第4年度以降には,プレート内の大規模な活断層を地殻活動予測シミュレーションモデルに組み込み,内陸活断層地震の発生サイクルのシミュレーションを試みる.
(2)三陸沖プレート境界型地震発生サイクル・シミュレーションモデルの構築
岩石実験の結果に基づく摩擦構成則を利用して現実的な地震発生サイクル・シミュレーションモデルを構築する.これを用いて,三陸沖および駿河・南海トラフ沿いにおける大地震発生サイクルの数値シミュレーションを行うことにより,各地域のプレート境界での摩擦構成則パラメターの空間分布を推定する.さらに,プレート境界型の巨大地震と内陸活断層との相互作用もモデルに組み込み,内陸地震の発生に関する知見を得る.過去の大地震の発生系列を説明するだけではなく,将来の大地震発生の予測を目指す.
(3)南海トラフ沿い巨大地震発生サイクル・シミュレーションモデルの構築
地球シミュレータを用いて,南海トラフ巨大地震発生サイクルの準静的および動的破壊伝播シミュレーションシステムの構築を行う.これは詳細メッシュによる連続モデルと呼ばれるもので,プレート境界での条件を満たすように細かなメッシュを用いる必要があるため,非常に大規模な計算となる.摩擦パラメターの分布を求める繰り返し計算は,地球シミュレータを用いても,かなりのCPUタイムを必要とするので,大学の大型計算機で稼動する簡単なシステム,すなわち,大きな単純セルを用いて要素数を減らした不連続モデルにより,現在観測されているすべり欠損分布や過去千年間の巨大地震発生を説明する摩擦パラメター分布を推定する,不連続ラフセルモデル法を併せて開発する.このフォーワード計算のアルゴリズムは詳細連続モデルと同じであるが,摩擦分布を推定するために,遺伝子アルゴリズム(GA)等の非線形インバージョン手法も併せて用いる.また,このモデルを拡張し,内陸地震と海溝型巨大地震の相互作用を扱う.
(4)予測シミュレーションモデル高度化のための手法開発
平成16年度からの5ヶ年計画で開発予定の日本列島域および特定の地域を対象とした地殻活動予測シミュレーションモデルはかなり単純なものであり,将来のより現実的なモデル構築へ向けての第一段階のモデルと位置づけられる.本研究課題では,現段階では考慮されていない物理過程をシミュレーションモデルに組み込む手法を開発すると同時に,地殻活動以外のデータも対象としたモデルパラメター推定の新しい手法を開発し,シミュレーションモデルの高度化を目指す.
[平成15年度までの関連する研究成果の概要]
(1)日本列島域の地殻活動予測シミュレーションモデルの開発
大地震の発生サイクルは,プレート相対運動に起因するテクトニック応力の蓄積,断層面の破壊核形成領域(弱領域)での準静的な応力解放とその周辺域での応力集中,地震発生時における断層面での急激な応力解放,そして地震発生後のアセノスフェアの応力緩和による応力再配分と断層の固着に伴う強度回復から成ることを明らかにし,こうした地震発生サイクルの一連の過程を地震破壊の物理とプレートダイナミクスに基づいて理論的にモデル化した.具体的には,先ず破壊過程を支配する物理法則として強度回復メカニズムを内包する断層構成則を導入し,次にプレート運動が駆動するテクトニック応力蓄積過程の定量的記述を行い,最後にこれらを統合して準静的なテクトニック応力の蓄積から破壊核の形成を経て動的破壊伝播に至る地震発生の全過程の物理モデルを構築した.また,1998年度にスタートした科学技術振興調整費研究では「日本列島域の地殻活動シミュレーションモデルの開発」を推進し,準静的応力蓄積モデルと動的破壊伝播モデルのシステム結合による横ずれプレート境界での完全な地震発生サイクル過程のシミュレーションに成功した.こうした成果を踏まえ,平成15年度までに日本列島域の3次元プレート境界形状モデルを作成し,定常的なプレート沈み込みに伴う長期的地殻変動を計算するなど,日本列島域を対象にした地殻活動シミュレーションモデルの開発を進めてきた.
(2)三陸沖プレート境界型地震発生サイクル・シミュレーションモデルの構築
平成13年度から断層面の摩擦にすべり速度・状態依存摩擦構成則を仮定した地震サイクルシミュレーションの研究を行い,様々な時定数をもつ非地震性すべりイヴェントや地震発生層よりも深部で発生する先駆的すべりを説明するモデルを提案した.また,均質無限弾性体を用いたモデルによりアスペリティの相互作用に関するシミュレーションを行い,非地震性すべりがトリガーする遅れ破壊や複雑な地震サイクルを再現した.さらに,このモデルを用いて,1968年十勝沖地震と1994年三陸はるか沖地震が発生した三陸沖でのプレート境界地震発生サイクルシミュレーションを行い,2つのアスペリティが連動して破壊する巨大地震と1つのアスペリティのみが破壊するやや小さめの地震が交互に発生するサイクルを再現することに成功した.
(3)南海トラフ沿い巨大地震発生サイクル・シミュレーションモデルの構築
地球シミュレータ対応の並列有限要素法コードGeoFEMを開発してきた.このGeoFEMには 3次元粘弾性不均質媒質中での準静的地震発生サイクルシミュレーションと動的破壊伝播シミュレーションの2つのモジュールがある.現在,摩擦構成則を考慮した準静的および動的モジュールを地球シミュレータ活用に向けてチューニングおよび開発中である.これまで,GeoFEMを用いて,主として以下の運動学的地震発生サイクルシミュレーションを行い,摩擦構成則を考慮したシミュレーションの予備的解析を進めてきた.すなわち,地殻およびプレートを弾性体,マントルをマックスェル粘弾性体と仮定し,複雑に沈み込むプレートの形状を考慮した東北日本および西南日本における3次元粘弾性有限要素モデルを構築し,GeoFEMディスローケーション機能を使用して,プレートの相対運動速度ベクトルおよび歴史巨大地震のすべりベクトルを運動学的に与え,東北日本や西南日本における長期および短期の地殻変動シミュレーションを実行し,地殻・マントルの粘弾性応答を詳細に調べた.
(4)予測シミュレーションモデル高度化のための手法開発
<GPSデータから応力変化を推定する手法の開発>
応力逆解析理論に基づきGPSデータから地殻応力変化を推定する手法を開発した.この手法を日本列島に適用して応力変化の空間分布を推定して歪変化の空間分布と比較した結果,剛性率の小さい領域で地震活動度が高いことがわかった.さらに,変位増分の時系列データから構成則パラメターを推定する手法や弾性係数逆解析手法を開発した.弾性係数逆解析手法は,変位増分に伴う歪増分と応力増分の間に線形性を仮定しているものの,それ以外の仮定や境界条件を設定する必要がない.また,列島の小さな地域を他と切り離して解析することができるため,特定地域の地殻変動をモニタするには適している.
<GPSデータによるプレート境界面での摩擦パラメター推定>
2003年十勝沖地震の余効すべりの時空間変化をGPSデータから推定し,その結果を用いてプレート境界面上の応力とすべり速度の時間変化を計算し,プレート境界面上の摩擦構成則パラメターの推定を試みた.
<地殻内流体が地震発生に及ぼす力学的影響>
熱多孔質弾性体中の断層破壊に関する数値シミュレーションを行うことにより,動的な地震破壊における熱的・水力学的効果を調べ,液相の熱膨張率が固相のそれに比べ非常に大きい場合には,破壊開始直後に短時間の断層すべりが生じるself-healing slipがあらわれることがわかった.
<断層間の相互作用による地震発生に対する力学的効果に関する研究>
二つの亀裂間の動的相互作用を考慮して,亀裂形状の時空間的変化を考察した.また,主断層の周囲の微小破壊が破壊成長に及ぼす影響を明らかにした.
[平成16年度の実施計画の概要]
(1)日本列島域の地殻活動予測シミュレーションモデルの開発
地殻・マントルの弾性-粘弾性構造,プレート境界の3次元形状,断層構成則の環境依存性等を考慮した日本列島域の地殻活動シミュレーションモデルのプロトタイプを「地球シミュレータ」上に完成させる.具体的には,同じ3次元地殻・マントル構造モデルの上に,海洋プレートの沈み込みに伴う準静的な応力蓄積シミュレーションモデルと動的な地震破壊伝播シミュレーションモデルを別々に開発し,計算アルゴリズムの異なる準静的モデルと動的モデルとをシミュレーション・プラットフォームを介してシステム結合する.こうして開発した地殻活動シミュレーションモデルを「地球シミュレータ」上で走らせ,コードの最適化を行うとともに,特定地域を対象としてプレート境界の摩擦特性を規定するパラメターに依存するシステムの挙動特性を定量的に明らかにする.
(2)三陸沖プレート境界型地震発生サイクル・シミュレーションモデルの構築
均質無限弾性体および半無限均質弾性体中の平面プレート境界面ですべり速度・状態依存摩擦則に従う摩擦がはたらくときの地震サイクルシミュレーションプログラムは既に開発済みである.これらを用いて,三陸沖および駿河・南海トラフ沿いの過去の巨大地震発生履歴,最近の大地震の震源過程,GPSデータから推定されるプレート境界の固着分布などを説明するようなプレート境界面上の摩擦パラメター分布を推定する.さらに,より現実的なモデルを構築するために,曲がったプレート境界面での地震サイクルシミュレーションのためのプログラムを開発する.
(3)南海トラフ沿い巨大地震発生サイクル・シミュレーションモデルの構築
<地球シミュレータを用いた連続詳細モデルの開発>
・フィリピン海プレートの3次元形状を考慮した弾性モデルで,速度と状態に依存する摩擦構成則を工夫し,南海トラフ巨大地震発生サイクルシミュレーションを実行し,破壊伝播の開始点,破壊セグメント,1944年東南海地震の前の掛川における地殻変動と震源が結びつくかどうか,などに関する考察を行う.
・プレート境界付近を細かいメッシュで分割した西南日本の3次元不均質粘弾性大規模有限要素プロトタイプモデルを地球シミュレータ上に構築し,GeoFEM粘弾性ディスローケーション機能を用い,すべり応答関数を計算する.プレート境界面上に摩擦パラメターを分布させ,上記すべり応答関数を用いて,境界要素法的手法により,すべり速度と状態に依存する摩擦則を考慮した準静的地震サイクル・シミュレーションモデルを地球シミュレータ上に構築してチューニングする.
・接触解析を行う並列有限要素法GeoFEMモジュールを用いて,すべり依存の摩擦則に支配される動的破壊伝播シミュレーションコードを開発し,地球シミュレータ上でのチューニングを行う.
<大型計算機を用いた不連続単純セルモデルの開発>
・均質半無限弾性媒質中のすべりに対する応答関数をOkada(1992)の方法で見積もり,フィリピン海プレートの3次元形状に対応する単純セルモデルを構築し,過去の南海トラフ巨大地震を再現するような摩擦パラメター分布を探索する.連続モデルと異なる振る舞いの把握とその対応策を検討する.
・3次元不均質粘弾性大規模有限要素モデルで,GeoFEM粘弾性ディスローケーション機能を用い,プレート境界単純セルにおけるすべり応答関数を計算する.プレート境界セル面上に摩擦パラメターを適当に分布させ,上記すべり応答関数を用いて,境界要素法的手法により,すべりと状態に依存する摩擦則を用いた準静的地震サイクルシミュレーションモジュールを大型計算機に構築する.
・内陸活断層における内陸地震発生サイクルの単純セルモデルの検討を行い,南海トラフ巨大地震と内陸地震の相互作用を扱う単純セルプロトタイプモデルを構築し,内陸地震発生予測を目指すシステム構築の第一歩とする.
(4)予測シミュレーションモデル高度化のための手法開発
・弾性係数逆解析手法を日本列島に適用して構成則パラメターを推定する.
・GPSデータからプレート境界面上のすべりの時空間変化を推定し,これから応力変化を計算することですべり速度と応力の関係を求め,摩擦パラメターを推定する.
・断層破砕帯での摩擦熱による流体圧変化および流体の移動,微小亀裂の相互作用,断層間の動的相互作用等を考慮したモデル用いて断層の動的破壊過程の数値シミュレーションを行い,これら素過程の影響を定量的に調べる.