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平成21年12月5日
国立大学運営費交付金特別教育研究経費等の科学技術・学術経費に対する事業仕分けへの声明
地震・火山噴火予知研究協議会
 国民的視点に基づき国の予算,制度などのあり方を公開で議論することで,予算に関する議論の透明性を担保した,行政刷新会議ワーキンググループによる事業仕分け作業は,概して評価されるべきものと思います.しかしながら,今回の科学技術研究開発事業や大学運営費に関する仕分け作業の判定において,科学技術開発・学術全般で共通にあてはまる長期的視野に立った科学的知見の蓄積,及び人材育成の継続的取り組みの重要性について,十分に考慮されていないことは大変残念に思います.以下に,その根拠を明らかにし,意見を述べます.
科学技術・学術分野における競争的経費と基盤的経費の違いを考慮に入れない判定
 仕分け作業においては,科学技術・学術における競争的経費と国立大学運営費交付金特別研究経費(事業番号3−51(2))のような基盤的経費が重複して投資されていると指摘され,プロジェクト経費に関しては基盤的経費を縮減し,競争的経費を獲得することを求められました.しかし,基盤的経費を競争的経費に置き換えることは,財政的面から極めて非効率です.

 研究開発分野によっては,その推進のために要する研究経費を小分けにして多くの研究者に競争的経費を配分し,競争を促して科学を推進する方が効率の良い場合もあります.一方,国にひとつしかない大型研究施設の利用が必要な研究分野や,全国の研究者が協力して実施する研究分野は,当該分野の研究者グループに長期的で全国的な研究計画を企画・立案させ,それに基づいて基盤的経費をまとめて配分する方が効率的であるだけでなく,基盤的経費でしか研究を推進できない場合があります.このような分野の研究を競争的経費で行うと,設備の二重投資や中途半端な研究成果にとどまることにつながり,投資の割に成果が得られず非効率です.限られた国家予算で,国民にとって必要な科学技術・学術分野を安定的・継続的に発展させるためには,基盤的経費と競争的経費の両者を,適切なバランスで配分する必要があります.

 例えば,地震・火山噴火の予測に関する研究は,多くの地震,津波,火山災害を被ってきた我が国では,国民の安心・安全に密接に貢献するために大きな期待が寄せられています.このような研究は民間では実施できず,国が責任を持って推進する必要があります.我が国の国土は,その成因から沈み込むプレートに隣接して立地し,プレート間で発生する巨大地震や津波,また火山噴火の脅威につねに晒されています.近年の研究の進展により,巨大地震は沈み込むプレート上の特定の場所で繰り返し発生することが明らかになりましたが,これは数十年間の観測データの蓄積によって初めて成し遂げられました.自然現象を対象とする地球科学分野では,このような数十年を超える長期の観測データの蓄積なしには科学・学術の進展が望めないと言えます.このほか,未解明な地震及び火山噴火現象の本質を明らかにして防災・減災につなげるため,到達可能でかつ明確な目的を持った基礎的な研究が極めて重要であること,研究の現場で人材を育成することでこの分野の研究を継続しなければならないなどの理由から,全国の地震・火山噴火予知研究者コミュニティは科学技術・学術審議会において全国規模で長期的な研究計画を企画・立案し,関係大臣へ建議してきました.これに基づき,国の重要な科学・学術政策として,地震・火山噴火予知研究は進められてきました.

 全国の研究者が,長期的な研究計画を立てて,計画的・組織的に推進する研究や,国民に必要な科学を長期にわたって計画的に推進する研究では,基盤的経費による継続的な予算の配分が必要であり,小さな研究者グループが個別に,短期間で行う仕組みの競争的資金では実現できません.

個々の研究プロジェクトを取り上げて個別に判断した仕分け判定
 現在の科学技術・学術は色々な分野が緊密に連携を取りながら推進されています.ひとつの研究分野への予算配分の縮減は,それ以外の多数の分野にも少なからず影響を与え,科学技術全体の活力低下につながる可能性があります.

 例えば,地震発生や火山噴火の予測のためには,広範な科学的知見を集めることが重要です.そのためには,直接地下深部の物質を採取する「深海掘削計画」(事業番号3−19(1))の推進,地震の発生と地震動・津波の予測精度を格段に向上させる「次世代スパコン」(事業番号3−17)の開発,地球深部の物性構造研究を大きく進める「SPring8」(事業番号3−18)や「地球内部ダイナミクス研究」(事業番号3−19(2))も,強力に進める必要があります.これらの予算が縮減されることに深く憂慮します.

総括
 科学技術・学術分野における基盤的経費と競争的経費は両輪であり,どちらか一方でも不足すると研究活動は停滞します.また,科学技術・学術に対する投資は,個々の研究プロジェクトについて判定することも重要ですが,科学技術・学術全体を見渡した広い視野に立った判定も重要です.科学技術・学術分野の予算縮減により,科学技術・学術が一旦停滞すると,優秀な人材の海外流失,若手人材の失職による研究世代の途絶により,場合によってはひとつ研究分野の崩壊に至ると同時に,科学技術・学術全体の停滞することもあり得るとの強い危惧の念を持ちます.資源が乏しく,自然災害の脅威の多い我が国の将来を熟慮し「科学・技術創造立国」を目標と掲げる現政権の基本方針に,大いに賛同するところですが,その基本方針と今回の仕分け作業の結果に,大きな齟齬が生じていることに懸念を禁じえません.科学技術開発・学術に対する国家の投資は,我が国の存続だけでなく,国際的に敬愛される国家を目指す我が国の最も重要な政策のひとつであると認識し,科学技術・学術関連の予算縮減について,より慎重で高度な判断を求めます.
以上
地震・火山噴火予知研究協議会

議長京都大学大学院理学研究科 教授平原 和朗
副議長鹿児島大学大学院理工学研究科 教授宮町 宏樹
委員北海道大学大学院理学研究院 教授村上 亮
同上弘前大学大学院理工学研究科 教授佐藤 魂夫
同上秋田大学大学院工学資源研究科 教授西谷 忠師
同上東北大学大学院理学研究科 教授海野 徳仁
同上東京大学大学院理学系研究科 教授長尾 敬介
同上東京大学大学院理学系研究科准教授井出 哲
同上東京大学地震研究所 所長 教授平田 直
同上東京大学地震研究所 教授藤井 敏嗣
同上東京大学地震研究所 教授金澤 敏彦
同上東京大学地震研究所 教授佐竹 健治
同上東京大学地震研究所 教授佐藤 比呂志
同上東京大学地震研究所 教授中田 節也
同上東京大学地震研究所 教授武尾 実
同上東京大学地震研究所 教授森田 裕一
同上東京大学地震研究所 教授吉田 真吾
同上東京工業大学大学院理工学研究科 教授本蔵 義守
同上東京工業大学大学院理工学研究科 教授小川 康雄
同上東海大学海洋研究所 教授長尾 年恭
同上名古屋大学大学院環境学研究科 教授山岡 耕春
同上京都大学大学院理学研究科 教授鍵山 恒臣
同上京都大学防災研究所 教授石原 和弘
同上京都大学防災研究所 教授飯尾 能久
同上立命館大学総合理工学研究機構 教授小笠原 宏
同上高知大学理学部准教授久保 篤規
同上鳥取大学大学院工学研究科准教授塩崎 一郎
同上九州大学大学院理学研究院 教授清水 洋
同上九州大学大学院理学研究院准教授松本 聡

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