2001/12/09

 

平成131114日、米子コンベンションセンター第7会議室において開催した、平成13年度、京都大学防災研究所研究集会(一般)13K-4、「地震発生準備過程の物理と解釈 —最近の成果と今後の課題—」の一部として、『東海地域の現状と今後の予測』の議論を行いました。その発表/議論を以下のようにまとめ、参加者全員による共通認識として記録を残します。

 

研究代表者 笠原 稔 記.

 

 

「東海地域の現状と今後の予測」に関するまとめ

 

この特別セッションを設けた、Background(背景)とImpact(発端):最近5年間(since 1997)の、GSI-GPS観測網(GEONET)からの観測事実として、2001年春から、東海地域でそれまでの傾向と反転する変動が進行していることが指摘された.ここでは、この変動を[2001異常変動]と呼ぶことにする。また、この地域は、25年前から想定東海地震の観測強化地域となっており、これまで水準測量、微小地震、光波測距観測などが、可予知的前兆現象を捕捉する目的で行われてきた。これらの長期的なデータにも、最近(1?2年前から)これまでの傾向と異なる特異変動が認められていた。この変動を[最近の特異変動]と呼ぶことにする。

これには、いわゆる「御前崎の沈降変動」が含まれる。GPS観測から指摘された[2001異常変動]と長期データに見られる[最近の特異変動]が、どのような関係にあるのか、また、これらの変動は想定東海地震の発生へとつながっていくものかなどについて、現時点でどのように判断できるのかを検討しようと意図したものである。

 

まず、[2001異常変動]について、

●小沢(国土地理院)【東海地域のGPSから見た最近の地殻変動】は、想定東海地震の断層面上(プレート境界)のプレスリップとして解釈すると、変動の主たる場所は「浜名湖直下」になるが、その領域は東にも拡大したと見えることをしめした。3月から9月までの変動を説明するMwは、6.7になる。

 

●河村・山岡(名古屋大・理/環境)【2001年東海の異常地殻変動のTime-to-Failure解析】は、その変動域「浜名湖直下」の断層のスリップだけでは説明できなく、東側の断層すべりも必要であるとしている。同時に、その変動の時間変化(時間とともに増大している)に注目し、Time-to-Failure 式を当てはめてみると多くの点でかなり良く、最終発散の時期は2002年になっている。

 

●木股(名古屋大・環境)【地殻変動から検討する過去のスロースリップ】は、25年間のEDM観測および広範囲な水準測量から見られる揺らぎについて報告し、今回と同じ現象が過去にも2回あり、いずれの変動パターンも似ており、フォワードモデルではあるが「浜名湖直下」のプレスリップで、いずれも説明できそうだとしている。

 

●松村(防災科技研)【東海地域推定固着域における地震活動変化】は、想定東海地震の「固着域」としては、1944年東南海地震の断層面を考えると、「浜名湖直下」以東にあると考えてきた。その「固着域」の地震活動の低下が最近起きていることを指摘しており、想定東海地震の固着域でプレスリップが始まっていると考えられることをしめした。今回の[2001異常変動]は、主として「浜名湖直下」域での変動であり、それは地震活動にも現れていると見ることが可能であり、この地域が固着域の西端にあるとすれば、カップリングの揺らぎとして数年毎にこのようなスリップがあることは理解しやすい。この地域の地震活動の変化も、木股の指摘した、過去の時期にもあったといえそうだと指摘した。しかし、東部の固着域本体で見られた地震活動度変化までも同様の揺らぎの一端と解釈することは行き過ぎであると指摘した。

 

●松村(防災科技研)【Time-to-failureの想定東海地震への適応】は、固着域内に起きる地震のモーメント解放レートが加速して見える現象に注目し、これにTime-to-failure曲線をあてはめることで2005年あたりがひとつの収束時期になることを示した。

 

●川崎(富山大・理)【サイレント地震は震源核か?】は、岩石実験の結果を敷衍してみると、今回の東海サイレント地震は震源核のプレスリップであると想定できる。もし最終破壊に至るとすると、それは年末から来春であろうと推定できる。ただし、過去の事例を見ると、このような時定数の長い事件は、それまでにサイレント地震として終息する可能性もありうると述べている。

 

●五十嵐・角森(東大・理)【地殻応力臨界現象としての東海地震とその発生予測】は、「御前崎の沈降変動」を応力臨界状態での揺らぎとするモデルにもとづき解釈すると、対数周期変動がかなり明瞭に認められ、モデルの適応が良い、すなわち、現在東海地域は応力臨界状態にあって、その揺らぎから1つの「終末」を迎える方向にあるといえる。データの含む誤差が避けられないために、新しいデータが加われば予測時期は変動するが、最新の結果では2005年となることが報告された。

 

●瀬野(東大震研)「バリアー/フラクタル アスペリティモデルにもとづいた東海地震発生予測」は、アスペリティがフラクタル構造をもち、その間をバリアが充填している新しいモデルを提案し、それによると、大きなアスペリティが破壊して大地震となるのは、「御前崎の沈降変動」データから2007年となる。この方法を、関東地震に応用してみるとかなり成功していると見られるので、新しいモデルとして注目できる。

 

以上の議論において、今回の「2001異常変動」を説明するためには、主たる変動域を「浜名湖直下」におくと説明できるが、東側にも変動域が拡大している可能性が大きいと結論されている。この浜名湖直下を変動域とするスロースリップは、繰り返し起きていたものであり、今回の異常も同様の現象が起きているだけかもしれない可能性もある。しかし、「固着域」での地震活動の変化も明らかであり、その変化は時間発展を示していることから、全体として、想定東海地震領域(人により幅はあるが)で、ある方向性を持つ変動【準備過程】が進行していると、多くの参加者は感じている。故に、御前崎?掛川間の水準変動の、最近の変化、また、固着域内の地震モーメントの解放レートの変化もその現れとみる立場をとることが可能である。どのモデル(Time-to-Failure、地殻応力臨界現象、バリア/アスペリティ-フラクタル・モデル)で検討してみても、それ自身が数年先の破局を予測できるものとなっている。もちろん、今後の変動とこれらの変動シナリオが一致するかどうかを見極めていくことが重要であることも、指摘された。

問題点としては、今回の[2001異常変動]が、「浜名湖直下」のスロースリップの繰り返し、の1例として終わるのか、それに連動して、「固着域」での地震活動の変化を刺激したのか、また、「御前崎の沈降」の長期変動の揺らぎにも影響を与えたのかどうか、という点が上げられた。これら4つの変動相互の関連については、十分に解明できていない。それぞれがよって立つデータと他の現象との関係を再考して、それぞれのモデル・解釈をもう一度やり直すことも重要であると認識できた。もう少し広い範囲に注目すると、伊豆半島から伊豆諸島で発生する火山現象と、今回のような浜名湖周辺での変動が、少なくとも時間的にはリンクしている点も注目しておく必要が指摘された。3つの予測モデルでは、最終段階の【直前過程】が、加速する形であらわれるのだが、実際にそれを観測する時間的余裕がありうるかどうか、その変動観測の経験がないだけに(むしろ、直前変動の見えにくさを経験している)、数年先という予測の安全性と今後の変化についての、厳しい見方の必要性も指摘された。

最後に、この問題は、想定東海地震発生まで、アップデートでのデータと予測の見直し・議論をすることが必要であり、次回の準備過程拡大委員会を1月に東京で開くことを決めた。