「準備過程における地殻活動」研究計画に関する自己評価

 

1) 実施計画

 

1-1) 実施計画の概要

 

大地震に至る準備過程の解明のためには,プレート間相互作用によって供給された応力がどのように断層に伝えられて地震を発生させるのか,そのプロセスを詳細に明らかにする必要がある.そこで,下記の3項目の計画を推進することにした.

 

(1) プレート間カップリングの時間変化の解明

(2) 地震多発域へのローディング機構の解明

(3) 断層周辺の微細構造と地殻流体の挙動の解明

 

1-2) 計画の必要性および建議との関連性

 

建議の4本柱の最初の柱として「地震発生に至る地殻活動解明」が挙げられている.これは,地震予知研究を地震発生直前の状況の解明と狭く捉えるものではなく,地震の一生をすべて解明することが地震予知につながるという,新建議における新しい認識を示したものであった.

この建議の枠組みでは,「準備過程」とは,地震の一生のうちの地震の直後から次の地震の直前までの非常に長いタイムスケールにおける過程を意味している.また応力蓄積・集中過程を解明するためには,広域の応力-歪関係と局所的影響の両方を明らかにする必要があり,空間的なスケールのダイナミックレンジもまた大きい.

本計画では主として空間的側面から (1)から(3) の項目分けを行なった.これは,建議および本計画においては,「(1) プレート境界からの応力が,(2) 地震多発域に伝えられ,(3) 断層周辺の微細構造や流体の影響により地震をトリガする,という地震発生に至る全プロセスを明確にする」という大目標があり,それに従って分類したものである.

以下,各項目の必要性について,建議と関連づけて述べる.

 

(1) プレート間カップリングの時間変化の解明

建議においては,「1.(2)ア.プレート間カップリングの時間変化の検出」となっている.しかしながら,GPS 観測網が整備されたことにより,本5ヶ年計画発足直前には1994年三陸はるか沖地震の余効すべりの検出にすでに成功しており,「検出」できることはほぼ自明であると考えられた.そのため本計画では建議から一歩踏み出し,「解明」を目標に置いた.

内陸型よりプレート境界型のほうが,被害地震の発生頻度が高く,プレート境界型地震の予知だけでも可能になれば災害軽減に大きく寄与できる.プレート境界のカップリング状況が把握できれば,少なくとも大地震発生のポテンシャル評価は可能となるため,この時間変化の解明は重要である.

また,内陸の応力場はプレート間カップリングによって作られるので,プレート間カップリングの問題はプレート境界型地震の予知研究のためだけでなく,内陸地震の予知研究にとっても極めて重要であるため,この問題の迅速な解明が何よりも必要であると考えられる.

 

(2) 地震多発域へのローディング機構の解明

建議においてこの項目に相当するのは「1.(2)イ.地震多発地域での応力蓄積過程とゆらぎの検出」であるが,建議においてはかなり狭い領域における応力状況に主眼を置いている.しかしながら,狭い領域に応力が何故集中・蓄積するのかを解明するためには,広域の応力場がどのように形成されていくのかを把握できなければ不可能である.

建議ではこのような広域の問題については「定常的な広域地殻活動」に分類しているが,準備過程のトータルな解明のためにはこの広域の状況の解明は避けては通れない重要な問題であり,準備過程の計画の中にも位置づけるのは必要かつ妥当であると考えられる.

 

(3) 断層周辺の微細構造と地殻流体の挙動の解明

ここでは,建議において断層周辺に着目した「1.(2)ウ.断層面の構造・物性及び活断層周辺の調査研究」と「1.(2)エ.構造の不均質性及び地殻流体に関連する調査研究」の二つをまとめて一つの項目としている.ただし,建議の「1.(2)イ.地震多発地域での応力蓄積過程とゆらぎの検出」もここに関連している.

これらはいずれも複数の観測項目からなる稠密観測に重点が置かれており,その稠密観測の目標として一つにまとめることは妥当であると考えられる.また,準備過程の解明において,最終的に断層周辺にどのように応力が集中し地震がトリガされるのかを明らかにする必要があり,そのためにはこの断層近傍の微細構造および流体の挙動の研究は極めて重要である.

 

1-3) 具体的目標

 

地震発生に至る準備過程を解明するために,以下の具体的目標を掲げた.

 

(1) プレート間カップリングの時間変化の解明

a. プレート境界における余効すべりや準静的すべりの定量的把握.

b. カップリングの時空間変化と摩擦パラメータの関連づけ.

c. プレート間カップリングの時空間変化を規定する要因の解明.

 

(2) 地震多発域へのローディング機構の解明

a. マクロな不均質性 (特に非弾性的性質) の解明.

b. 変形集中域の特徴の抽出.

 

(3) 断層周辺の微細構造と地殻流体の挙動の解明

a. 断層およびその周辺の微細構造の解明.

b. 歪と応力の集中過程の把握.

c. 流体の分布と挙動の解明.

d. 地震サイクルの様々な時点にある断層の共通点と差異の明確化.

 

2) 主要な成果の概要

 

2-1) 主たる成果

 

(1) プレート間カップリングの時間変化の解明

・震源過程の解析により,東北地方の太平洋沖の大地震のアスペリティの分布を解明.

・釜石沖において,M4.8の地震が固有地震的に発生するクラスターを発見.200111月末までに99%の確率で次の地震が発生すると予測し,予測どおりに地震が発生.

・東北地方太平洋沖において相似地震活動を発見.これに基づきプレート間の準静的なすべりの速度を推定.

・東海地域において45年周期のカップリングのゆらぎが存在することを発見.

・三陸はるか沖地震の震源域周辺に顕著な低速度域を発見.

・三陸沖においてプレート境界からの地震波の反射強度と地震活動に相関があることを発見.

・三陸沖の微小地震はプレート内部にも多く発生していることを発見.

1999台年湾集集地震の詳細な余震分布を推定.

・サイレント地震が1989年に東京湾において,また1999年に銚子沖において発生していたことを発見.

・弟子屈地域が南北伸張場にある特異な領域であることを発見.

 

(2) 地震多発域へのローディング機構の解明

・東北地方において詳細な Vp/Vs 構造を推定.

・東日本と西日本の微小地震活動の違いを明確に提示.

・東北地方の内陸で続発した地震の震源域に棲み分けが見られることを発見.

2000年鳥取県西部地震の本震では,その前の群発地震の発生域において,すべり量が小さかったことを発見.

 

(3) 断層周辺の微細構造と地殻流体の挙動の解明

・東北地方において多数の地震波反射面を検出.

・九州の日奈久断層系において高角の地震波反射面を検出.

・東北地方において低周波地震や地震波反射面の位置と Vp/Vs 構造に相関があることを発見.

2000年の鳥取県西部地震の震源直下の低比抵抗域に本震前に低周波地震が発生していることを発見.

・野島断層の注水試験により,断層の回復に伴なうと考えられる透水率の低下を検出.

・鳥取県西部地震に伴ない,野島において歪・水圧の変化およびアクロスによるS波速度変化の異方性を検出.

1998年雫石の地震の前後で流体の移動があったと考えられる地震波速度変化を検出.

・伊豆半島東部において群発地震後に地殻流体の移動に伴なうと考えられる重力の変化を検出.

・奥羽脊梁山地から出羽丘陵にかけて詳細な比抵抗構造を推定.

・北アナトリア断層において詳細な比抵抗構造を推定.

・野島断層周辺において,応力の最大圧縮方向が断層に直交していることを発見.

 

2-2) 大学以外の機関による重要な成果 (参考)

 

1994年三陸はるか沖の後のカップリングの回復過程を GPS データから明示(地理院)

・浜名湖の下でゆっくりとしたすべりが生じていたことを発見(地理院).

・新潟県から近畿に至る広域の歪集中帯の発見 (地理院)

・長町-利府断層周辺において歪が集中していることを発見 (地理院)

・東海地域において地震活動に顕著な時間変化を発見(防災科研).

・西日本の地殻底部において低周波微動を発見(防災科研).

 

3) 成果の自己評価

 

3-1) 成果の地震予知研究に対する位置づけ

 

(1) プレート間カップリングの時間変化の解明

プレート境界型地震については,摩擦構成則を利用した地震発生のシミュレーションが行なわれるようになっているが,肝心の境界面の性質について我々の知見はこれまで極めて限られていた.大地震の震源過程の解析によって,アスペリティの分布が得られ,かつ同一のアスペリティが繰り返し大きなすべりを示すことが明らかになったことは,(強震動の予測という面でも重要だが) 準備過程の解明にむけたシミュレーションを行なううえで大きな進歩である.

また,相似地震や釜石沖の固有地震活動は,かなり小さなアスペリティがプレート境界上に存在していることを示すと共に,アスペリティとそれ以外の領域の強度のコントラストが極めて大きいことを示唆している.つまり,少なくとも三陸沖では,プレート境界は非地震的にすべる領域と地震時にのみすべる領域の両極端に分かれる可能性がでてきた.その場合,相似地震活動をモニターすることにより,そのまわりの非地震性領域のすべり速度が推定できることになる.

GPS 観測によりプレート境界のカップリングの時空間変化は大局的に把握できるようになったが,その空間分解能は 50100km 程度である.一方,相似地震活動を用いれば,原理的にはもっと小さなスケールの非地震性すべりの状況が把握できる可能性がある.

サイレント地震が関東で見つかり,東海地域にもカップリングの時間ゆらぎが存在することが明らかになったことは,非地震性すべりが,少なくとも局所的には関東や東海沖にも存在することを示唆している.大地震の前に非地震性すべりが加速する領域が存在するか否かはまだ議論があるが,もしそのような加速が存在していたとしても,それが局所的なものであれば,GPS 観測等で検知することは困難である.一方,その非地震性すべり域の中に小さなアスペリティがあれば,相似地震活動として検知できる可能性がある.もし本当に大地震の前に非地震性すべりが加速する領域が存在し,その場所が同定できたならば,地震予知研究にとって極めて大きな前進となるだろう.

また,ここで得られたアスペリティ像は,これまで議論があった固有地震説に対して地震学的にサポートを与えるものである.たとえば,釜石沖ではM4.8±0.1の地震が繰り返し発生しており,200111月末までに99%の確率で次の地震が発生すると予測されていたが,実際に20011113日にM4.7(気象庁暫定マグニチュード)の地震が発生し,この予測の正しさが証明された.岩石実験やシミュレーションにおいても,アスペリティが存在していた場合,固有地震的な挙動を示すことが実証されている.このようなアスペリティの解析が進み,固有地震説を適用できる限界が明確になれば,固有地震説に基づく長期予測の推定精度の向上にも寄与できることになる.

 

(2) 地震多発域へのローディング機構の解明

我々は先験的に,一度大きな地震が発生した場所では,その直後にまた大きな地震が発生することは無いと考えているが,これは必ずしも自明なことではなかった.地震時の応力降下量は数MPa程度であり,これは地震発生域における鉛直応力に比べれば僅かなものである.地震発生域における剪断応力の大きさはよくわかっていないが,もしこの剪断応力よりも応力降下量がはるかに小さければ,地殻は基本的に常に臨界状態にあり,同じ場所で続けて大地震が発生してもよいことになる.

一方,東北地方と鳥取の地震に関して,続発した地震の震源域がオーバーラップしないことが今回明らかになった.このことは,地震発生において剪断応力に比べて応力降下量が無視できない量である (つまり応力蓄積過程が地震発生には必要) か,あるいは長期にわたる断層の強度回復過程が存在することを示している.

三陸はるか沖地震のアスペリティにおいては地震後1年程度で強度が回復したことが GPS 観測により明らかになっており,また,野島断層における注水試験等によっても断層の回復過程が捉えられている.これらのことは,大地震であっても強度回復が比較的短時間に行なわれることを示している.一方,三陸沖の相似地震には数ヶ月程度で再来しているものがあり,このことは,小さな地震の場合には強度回復がさらに短期間に終了することを意味している.したがって,続発する地震で震源域がオーバーラップしないのは,強度回復が長期にわたるからではなく,地震発生には応力蓄積過程の存在が不可欠なためであると考えられる.

後述するように,断層は基本的に極めて弱い可能性が高くなってきており,その場合,マクロに見れば断層近傍の剪断応力は極めて小さいことになる.このことも,剪断応力に比べて応力降下量は無視できない量であり,地震発生には応力蓄積過程が必要という上記の仮説を支持している.

以上見てきたように,これまでの研究結果はいずれも,地震の発生後,次の地震が発生するためには応力蓄積過程が必要であることを示している.このことは,過去の活動に基づいた地震の長期予測が原理的には妥当であることを明らかにしたことになり,極めて重要な成果であると考えられる.

一方,ローディング機構に関しては,東北地方の Vp/Vs 構造によりある程度ヒントが得られている.

東北地方で得られた詳細な Vp/Vs 構造を見ると,地震発生域は低 Vp/Vs となっており,脊梁から西側の下部地殻と,脊梁直下の上部マントルで高 Vp/Vs となっている.このことから,低 Vp/Vs 域が脆性・弾性領域で,高 Vp/Vs が塑性変形領域であるという仮説が考えられる.

この仮説が正しければ,顕著な高 Vp/Vs 域が脊梁直下の上部マントルに存在するため地殻は大局的には脊梁付近に応力が集中し,下部地殻については日本海側のほうが太平洋側より高 Vp/Vs であることから,上部地殻については日本海側のほうが太平洋側よりも応力が高くなることになる.実際,東北地方内陸で最も地震活動が活発なのは脊梁周辺であり,日本海側のほうが太平洋側よりも活動が活発である.

したがって,東北地方で得られた Vp/Vs 構造を組みこんだモデルでシミュレーションを行なえば,大局的には東北地方の地震活動の状況を再現できる見とおしがつきつつある.

また,東北地方の内陸部においても相似地震は見つかっており,この相似地震が,断層深部における非地震性すべりに伴なって発生しているのであれば,内陸における地震のローディング機構に深く関与することになるため,今後,このような内陸の相似地震の解析も重要である.

 

(3) 断層周辺の微細構造と地殻流体の挙動の解明

断層周辺の微細構造と地殻流体との関連については,東北地方脊梁部における合同観測によって多くの成果があがっている.

地殻流体の存在を示すと考えられる地震波反射面や低周波地震は下部地殻の高Vp/Vs 域と良い対応を示している.高 Vp/Vs 域の少なくとも深部に関しては部分溶融していると考えれば,その固結に伴なって水が放出されることが期待される.従って,下部地殻の高 Vp/Vs 域から流体が上部地殻に供給され,それに伴なって低周波地震が発生したり地震波反射面が生成されるというモデルが考えられる.

比抵抗分布の結果も地下流体の状況を示すことが期待されるが,これまでのところ,Vp/Vs 等の地震学的情報との対応関係はかならずしも明確ではない.しかし,比抵抗分布で流体が見つかるとすれば,流体がかなりの広がりをもって連結している場合に限られるので,比抵抗構造と地震学的構造を今後詳細に比較することにより,流体の存在形態の違いが議論できるようになると期待される.

なお,これまでのところ,当初の予想と異なり,地震発生域は必ずしも低比抵抗とはなっていない.北アナトリアにおいても少なくとも東部では地震発生域は高比抵抗のようである.これは地震発生域が低 Vp/Vs となっていることとも関係し,地震発生域に流体が少ないことを意味しているのかもしれない.たとえば水が常時存在していれば石英の圧力溶解が生じて塑性変形が卓越する可能性があり,その場合には地震は発生できないことになる.

したがって,大地震の発生に関連づけられるのは,実は地震発生域の流体ではなく,その直下の下部地殻に存在する流体であり,それが上部地殻に流入した時に地震をトリガするのかもしれない.このような観点で見ると,実際,地震の活発な領域の深部では高 Vp/Vs の領域や低比抵抗の領域が存在していることが多いように見える.ただし,高 Vp/Vs 域と低比抵抗域は前述のとおり相関がかならずしもよくないので,今後データの吟味も含めて詳細な解析が必要であろう.

もし,流体が大地震の前に流入するというモデルが正しければ,その流体が移動できるということが前提となる.1998年雫石の地震においては,その前後で流体の移動に伴なうと考えられる地震波速度の変化があったという複数の報告がある.また,伊豆半島東部における群発地震に関連して流体の移動に伴なうと考えられる重力変化が捉えられている.さらに,三陸はるか沖の震源域付近の低速度域は深部からの水の流入が原因となっている可能性がある.

また,鳥取県西部地震発生時には野島において水圧や歪,地震波速度 (アクロスによる) に変化が観測されている.この歪と地震波速度変化の方位分布を説明するためには,水圧の上昇がまず発生し,水圧上昇に伴なうクラックの増加によって歪と地震波速度の変化が生じたと考えざるを得ない.鳥取県西部地震のメカニズム解を考慮すると,この水圧上昇は,地震の断層運動に伴なう静的な弾性応答では説明できない.一つの可能性として,地下のシールが地震動によってやぶれ,深部高圧水が上昇してきたことも考えられるため,流体による地震発生のトリガモデルを考えるうえで,野島での結果は貴重なデータとなっている.

 大学の成果ではないが,防災科研によって,フィリピン海プレートの沈み込みに伴うと考えられる低周波微動が西日本において多数発見された.この生成原因についてはまだ議論があるが,沈み込んだフィリピン海プレートからの脱水反応によって地殻底部に多量の水が供給され,それに伴って微動が発生している可能性が高いと考えられる.これは地震発生域への水の供給を考える上で,非常に大きな情報である.

以上見てきたように,流体の分布や移動が様々な観測により捉えられつつあり,このことは,流体の地震発生に及ぼす影響について調べる上で大きな前進であると考えられる.

一方,断層の挙動を考えるうえで,応力の情報は重要である.野島断層周辺における応力測定の結果から,主圧縮軸が断層にほぼ直交することが明らかになっている.このことから,断層は基本的にほとんど降伏していて部分的に小さなアスペリティのみでカップリングしているというモデルが考えられる.このモデルは三陸沖で相似地震活動から想定したモデルと極めてよく似ている.また,このことは地震時の応力降下量が無視できないくらい断層の剪断応力が小さいことを意味しており,地震を発生させるためには応力蓄積過程が必然であることを示している.

なお,ここで述べている断層の強度というのはあくまでもマクロでとり扱った場合であり,上記のモデルによれば,小さなアスペリティ付近では強度が強く,したがって剪断応力も局所的に大きいことを意味する.このことは,断層周辺の応力を詳細に調べればアスペリティの位置を推定できる可能性があることを示唆している.

 

3-2) 目標の達成度

 

(1) プレート間カップリングの時間変化の解明

これについては,目標の半分以上は達成できたと考えられる.

 「a. プレート境界における余効すべりや準静的すべりの定量的把握」については,GPS観測により 50100km 程度のスケールではほぼ完全に達成できており,相似地震解析によっても,場所によってはさらに高分解能で推定できる道筋がほぼつけられた.ただし,現在のGPS解析の基本は均質半無限媒質におけるバックスリップインバージョンであるので,今後,有限要素法等を適用したより詳細な解析が必要である.相似地震解析についても今後詳細な議論を行なうために,スケーリング則の検討や震源の高精度再決定を行なうことが5ヶ年の後半の課題である.

 「b. カップリングの時空間変化と摩擦パラメータの関連づけ」については,アスペリティの位置が明らかになったことにより糸口をつかみつつある.今後,この情報を基に,過去の活動履歴を説明できる摩擦パラメータをシミュレーションにより求めることによって,5ヶ年の最終年度には予備的な結果は出せるものと考えられる.

 「c. プレート間カップリングの時空間変化を規定する要因の解明」についても,地震性すべりを生じる領域 (アスペリティ) と非地震性すべりを生じる領域がかなり明瞭に区分でき,その組みあわせによってカップリングの時空間変化を生じるという重要な成果がすでに得られている.また,非地震性すべりが生じていると考えられる領域においてプレート境界面の反射強度が大きいことが明らかになったことにより,アスペリティと非地震性すべり域の物性の違いまで議論できるようになりつつある.今後は,この物性の研究を進展させるとともに,アスペリティと非地震性すべり域の境界付近の挙動を詳細に調べることによりアスペリティの連動破壊が何に規定されるかを解明することが重要となる.

 

(2) 地震多発域へのローディング機構の解明

 これについては,少なくとも東北地方に関しては当初目標の 1/3 くらいは達成できたと考えられる.

 「a. マクロな不均質性 (特に非弾性的性質) の解明」については,東北地方においてVp/Vs 構造が詳細に解明されている.今後は,非弾性的性質に密接に関連すると考えられるQ構造の研究を推進する必要がある.また,他の地域においても詳細な Vp/Vs 構造や Q構造の推定を行ない,東北地方で得られた特徴が普遍的なものであるかの検討が今後必要である.

 「b. 変形集中域の特徴の抽出」については,GPS観測結果により,東北地方内陸の変形は,岩手-秋田県境付近に集中していること明らかになっており,この地域において合同観測により精力的な観測研究が推進されている.これにより,上述の Vp/Vs 構造や地震波反射面の分布等,興味深い事実が明らかになっている.しかし,これが変形集中域特有の特徴であることを明らかにするためには,他の地域との比較研究が必要不可欠である.特に,新潟県から近畿に至る歪集中域の構造との比較研究が今後重要である.

 

(3) 断層周辺の微細構造と地殻流体の挙動の解明

 これについては,当初目標の半分近く達成できたと考えられる.

 「a. 断層およびその周辺の微細構造の解明」については,千屋断層や野島断層において,かなり詳細な構造が明らかになってきている.野島断層については震源域深部に高 Vp/Vs 域があり,それが地震発生に関与したと考えられている.一方,千屋断層については高 Vp/Vs 域が下部地殻に広く存在しているが,野島断層に見られたような断層深部の高 Vp/Vs 域はそれほど明瞭ではない.野島断層の高 Vp/Vs 域が流体の影響であるならば,時間変化が期待されるため,今後,構造の時間変化を調べることが重要である.また,鳥取県西部地震において合同観測が行なわれており,今後,詳細な構造が得られるものと期待される.

 「b. 歪と応力の集中過程の把握」については,断層周辺における歪分布を求めるために,花折断層や弟子屈周辺,長町-利府断層,糸静線等においてGPS集中観測が始められている.ただし,長町-利府と糸静線については,振興調整費による観測であり,国土地理院が中心となっている.このうち,長町-利府断層については,顕著な歪集中が見られている.観測期間がまだ短いため,詳細な議論は困難であるが,数年のうちに明瞭な分布が得られると期待される.応力の集中過程の把握は困難であるが,野島断層の経験から,極めて小さいアスペリティ付近にのみ応力が集中することが期待される.今後,地震のメカニズム解の詳細な分布を求め,その分布がこのようなアスペリティ局在モデルで説明できるかどうかの検証が重要となる.

 「c. 流体の分布と挙動の解明」のうち,「分布」については,Vp/Vs構造や比抵抗構造,地震波反射面,低周波地震等によりある程度の情報が得られている.今後,これらの成因が本当に流体であるのかどうかを解明していく必要がある.「挙動」に関しては,1998年雫石の地震前後の地震波速度の変化や鳥取県西部地震発生時における野島のデータから,流体の移動を地震波速度変化から検出できることが見えてきており,これは大きな進歩である.また,群発地震に関連して重力に変化が見られたことは,群発地震と流体の関係を実証する貴重な結果であると考えられる.

 「d. 地震サイクルの様々な時点にある断層の共通点と差異の明確化」については,前述のとおり,地震直後の野島断層と地震から100年が経過した千屋断層を比較すると,震源域深部の Vp/Vs 構造に差異がある可能性があることがわかってきた.一方,千屋断層では反射探査により断層面が同定されており,野島断層においてはトラップ波が観測されている.これらを考慮すると,どちらの断層においても断層内の破砕帯が発達し,その速度が遅いことが共通点として存在しそうである.そうであれば,野島の地殻応力から推定されたように,断層は基本的に弱面であるという可能性が高くなる.振興調整費により,地震から1000年が経過した糸静線において観測が始められており,この結果とも比較することにより様々な時期の断層の特徴が抽出できると期待される.

 

3-3) 計画の妥当性と今後の方針

 

 3-1) で述べたように,ここで得られた結果は,地震発生の全過程を解明し地震予知に結びつけるために極めて貴重な結果である.また,3-2) で述べたように,5ヶ年の半分をすぎた段階で,当初目標のほぼ半分は達成できたと考えられる.これらのことは,当初計画が大局的には妥当であったことを示している.

 プレート境界においては,非地震性すべりの蓄積によりアスペリティに応力を集中させ地震に至るという新しいアスペリティ像ができつつあり,この仮説を検証するための観測研究が5ヶ年の後半の重要な課題となる.さらに,大地震の規模の予測を高精度化するために,複数のアスペリティが連動して破壊する時の条件を解明することが極めて重要である.

 ローディング機構については,東北地方については大局的な機構が見えつつあるが,それ以外の地域ではまだ十分ではない.他の地域でも同様の解析を行ない,東北地方の結果と比較することにより,統一的なモデルを構築をすることが重要となっている.また,新潟から近畿に至る歪集中帯が,来たるべき大地震に関連するのか否かの解明は急務である.

 断層の微細構造と流体の問題については,特定の断層については,上述のとおりかなりわかってきているが,それが常に成立するのかどうか,他の断層との比較研究が重要である.また,比抵抗構造と地震学的構造を統一的に説明するモデルの構築も今後重要となっている.