「観測技術開発」研究計画に関する自己評価
1) 実施計画
1-1) 実施計画の概要
地震予知研究を推進するためには,いろいろな理由で従来取得できなかった情報を取得するための技術を開発することが重要である.従来,萌芽的に多くの観測技術の開発が行われてきているが,本実施計画ではその中でも次の4項目に重点を置いて推進する.
(1)海底における諸観測技術
(2)音響結合による海底測位システム
(3)ボアホールによる地下深部計測技術
(4)地下構造と状態変化をモニターするための技術
1-2) 計画の必要性および建議との関連性
「地震予知のための新たな観測研究計画の推進について(建議)」において,地殻活動シミュレーション手法と観測技術の開発において,GPS・SAR等の宇宙技術の利用と並び,海底計測技術と地下深部計測技術の開発の必要性が訴えられている.これは,海溝型の巨大地震の震源域のほとんどが海底にあり,従来の陸上での観測では限界に近づいていることが背景にある.また陸上においても地震の発生は地殻の深部から始まることが知られていて,気象などの影響の少ない深部での種種の計測が求められている.
そのような地震予知研究からの要請から,本計画では上記の3つの項目に重点を置いて計画を推進することにした.以下に各項目の必要性について建議と関連づけて述べる.
(1)海底における諸観測技術
建議においては「3(2)イ.海底計測技術の開発と高度化」に位置づけられている.この項目では海底に設置するための観測機器の開発を行う.現在までに陸上においては地震計,歪み計,傾斜計,重力計などが設置され観測が続けられている.しかしながら海溝沿いの巨大地震の震源域の大部分を占める海底においては,海底地震計を除いてほとんど設置されていない.海溝沿いの地震の準備過程や直前過程の解明のためには,震源域に近づいた観測が必要不可欠である.そのような目的のため,海底および海底のボアホールの中で動作することの出来る歪み計,傾斜計,重力計,圧力計の開発及び実用化が求められる.同時にリアルタイムでこのようなセンサーからのデータを陸上に伝送するために海底観測通信ブイの開発が必要である.
(2)音響結合による海底測位システム
建議においては「3(2)イ.海底計測技術の開発と高度化」に位置づけられている.(1)の海底諸観測技術と同様,海溝沿いの巨大地震の震源域近傍での観測が地震の準備過程や直前過程ならびに震源過程の解明に貢献することは言うまでもない.陸上においてはすでに国土地理院によって1000点のGPS観測網が確立されて,すでに革命的ともいえるめざましい成果があげられている.海底測位技術の実用化によって海底にも陸上とつながる観測網が確立されれば,プレート沈み込みのバックスリップ分布やスロースリップなど革新的な知識が得られるに違いない.
(3)ボアホールによる地下深部計測技術
建議においては「3(2)ウ.地殻深部における計測技術の開発と高度化」に位置づけられている.地震発生の準備過程及び直前過程の解明のためには地殻深部における観測が有効である.そのためには深いボアホールを利用した歪・応力計測,電場・磁場・比抵抗計測の技術開発と実用化が必要である.深いボアホールを用いることは震源核に近づくだけでなく,降雨・震動などのノイズの多い地表から離れてSN比の高いデータを得るという点でも重要な技術である.
(4)地下構造と状態変化をモニターするための技術
建議においては「3(2)ウ.地殻深部における計測技術の開発と高度化」に位置づけられている.精密制御震源を用いた地殻構造精密モニタリング技術の開発・実用化をめざす.これは従来の技術よりは遙かに高い分解能で地下構造,特に地震波伝播構造の時間変動 を連続してモニターするための関連技術開発を行う.このことによりS波に敏感な地下の流体分布の変動などの新しい知見が得られることが期待される.
1-3) 具体的目標
それぞれの項目での具体的目標は以下の通りである.
(1)海底諸観測
・海底設置型傾斜計の実用化をおこなう.
・レーザー干渉計を用いたボアホール海底傾斜計を開発する.
・海底孔内設置型体積歪計の実用化を行う.
・海底観測通信ブイの実用化を行う.
・海底重力・圧力計の実用化を行う.
(2)音響結合による海底測位システム
・船上−海底間で行う海底測位を,海底局を固定した観測(連続観測)の段階にまですすめ,精度・分解能等の検証を行う.
・海底−海底間で行う音響測距技術の実用化を行う.
(3)ボアホールによる地下深部計測技術
・ボアホール深部での繰り返し応力測定技術を確立する.
・ボアホールをもちいた,比抵抗不均質構造の時間変化検出技術の開発を行う.
(4)地下構造と状態変化をモニターするための技術
・精密制御震源および地震計アレイを用いた地震波伝播不均質構造の時間変化検出技術を確立する.特に調和振動を用いた散乱・反射特性の時間変動モニター技術を確立する.
2) 主要な成果の概要
2-1) 主たる成果
(1)海底諸観測
・海底における歪み・傾斜・重力観測が可能になった.
(2)音響結合による海底測位システム
・海面と海底との間の測距に関して,いくつか通信手法が用いられているが,いずれもほぼ実用的レベルに達した.
・キネマティックGPSによる船の測位をふくめて海底測位の短期間繰り返し精度として5cm程度を達成した.
(3)ボアホールによる地下深部計測技術
・インテリジェント型歪み計による深さ300m〜500mにおける応力測定が可能になった.
・送信に正弦波を用い,送受信ともにGPS時計に同期することにより地下比抵抗測定のSN比を飛躍的に高めることができた.
(4)地下構造と状態変化をモニターするための技術
・コヒーレント弾性波を用いた地下構造解明のための理論的な波動発生効率の解明
・アクロス振動装置を15ヶ月間連続運転をし,P波とS波の速度変動をモニターした.その結果,鳥取県西部地震に伴うS波の遅れと異方性の変化が検出された.
2-2) 大学以外の機関による重要な成果 (参考)
・海上保安庁水路部によって,船上−海底音響接続による海底測位が実現している.
3) 成果の自己評価
観測技術開発計画推進部会では,従来計測できなかった量の計測,従来計測できなかった環境での計測,従来計測できなかった精度での計測に向けた技術開発を奨励・推進している.目標の達成度を議論する前に,それぞれの技術が実用化に向けたどの段階にあるかの自己評価基準を設定する.
(a)機器開発の段階
ある物理量をある環境のもとで測定するための機器そのものを開発する段階である.
装置開発のための設計から,実際の製作までをいう.
(b)開発のための試験観測
実際にできあがったシステムも,現場で使うと様々な問題が発生する.それらの問題を洗い出して,開発にフィードバックすることになる.この段階は,地球科学として役立つ結果を出すよりは観測機器の性能向上を目的とする観測をに比重が置かれる.観測期間は比較的短期である.
(c)研究的要素を取り入れた試験観測
前段階よりは一歩進んで,実際の地球科学に役立つ結果を出すことも視野に入れた観測である.地球科学の場合,この段階で長期観測となることが多い.地球科学的に興味のあるデータの取得も視野に入れられるが,同時に観測機器の性能向上のためのデータも取得する.この段階でも開発研究者が観測に深く関わっている.
(d)実用的観測
開発者の手を放れて,観測機器の運用ができる段階.また観測技術が民間移転され,装置の維持管理が会社組織などの外部委託でできる段階である.取得されたデータに興味を持つ研究者の積極的参入がなされるのは,多くはこの段階に至ってからである.現在の地震観測およびGPS観測網はすでにこの段階である.
3-1) 成果の地震予知研究に対する位置づけ
観測技術開発の場合,現状の成果がそのまま直接には地震予知研究に役立たない.あくまで上記(c)ないし(d)の段階に進んだ場合に地震予知に役立つことになる.ここではまず実用化(d)の段階に達した場合には以下のそれぞれの技術が地震予知研究にどのように役立つかを述べ,その後それぞれの技術は現在どの段階にあるかを自己評価する.
(1)海底における諸観測技術
海溝沿いの巨大地震の震源域により近づいて歪みや傾斜を測ることが出来れば,カップリングの時間変動などの準備過程・直前過程の研究に計り知れない貢献が出来る.また海底は陸上と異なり気象の影響が少ないため,より安定した測定結果が期待される.
(2)音響結合による海底測位システム
陸上におけるGPS観測を海底にまで延長した計測ができれば,(1)の技術と同様,海溝沿い巨大地震の準備過程・直前過程に多大なる貢献が出来る.例えば現在プレート沈み込みのバックスリップ分布が陸上のGPSからでは精度良く求まらないが,海底のデータを用いることにより,精度向上が見込まれる.
(3)ボアホールによる地下深部計測技術
地下深部において,応力変化の測定を精度良く行うことが出来れば,地震の準備過程における応力の蓄積過程やその際の地殻の非弾性的性質の役割についての重要な知見が得られると期待される.
また比抵抗の時間変動を測定できれば,地震を引き起こすと考えられている流体の動的挙動についての解明に大きな役割を果たすと考えられる.
(4)地下構造と状態変化をモニターするための技術
弾性波伝播特性の時間変動をとらえ地下構造と状態の時間変化をモニターすることが出来れば地下流体の挙動,断層面の固着の時間変動など,地震予知研究にとって重要なデータを得られると期待される.
3-2) 目標の達成度
それぞれについて(a)から(d)までのどのステージにあるのか中心に目標の達成度を自己評価する.
(1)海底諸観測技術
ボアホールによる海底下での歪計の連続観測は開発のための試験観測から地球科学研究のための研究的要素を取り入れた試験観測の段階(c)にすすんだ.
(2)音響結合による海底測位システム
現状で,測定精度を律速しているものは,船の位置と姿勢の計測精度である.この部分はすでに海外で実用化されているColombo(NASA)によるシステムを導入する.その結果,1〜2年後には(c)研究要素を取り入れた試験観測の段階に至り,5年以内に実用化の段階に進む見込みである.今後5年以内に国内で複数のグループが競ってデータを生産することにより,データの信頼性などの客観的評価が可能になってくるであろう.
(3)ボアホールによる地下深部計測技術
繰り返し応力測定については,(a)機器開発段階から(b)開発のための試験観測段階と考えられる.現状においては,まだ精度を示すデータが得られておらず,今後変動モニター技術として確立するためには,地下水位変動等の計測結果に及ぼす影響の評価が必要と考えられる.
高感度比抵抗変化計開発は(b)開発のための試験観測の段階であるが,解析手法としては既存のものを用いることができるため,すぐに(c)の段階に進むことができる.
(4)地下構造と状態変化をモニターするための技術
地下構造モニターのための技術として,精密制御震源システム(アクロス)は(a)機器開発の段階から(b)開発のための試験観測の段階と考えられる.現状では,やっと淡路島における計測結果が出始め,客観的な評価が可能になってきた段階である.それでも現在論文として発表されているレベルの時間変動の検知よりは,すでに現在のアクロスが精度的には上回っている.しかしながら,より精度を高めて(c)の段階に移行するためには震源関数のモデル化,送信および受信側のアレイの手法開発が必要である.
3-3) 計画の妥当性と今後の方針
(1)海底諸観測技術
当初計画は妥当であり,計画どおり研究を推進する.
(2)音響結合による海底測位システム
GPS音響結合方式海底精密測位における主要な技術的課題は以下の3点である.
1) 深海底の精密測位に必要な長距離(10km程度)の精密音響測距システム
2) 300km以上の長基線における精密なキネマティックGPS測位
3) 海中の音速分布の時間的空間的変動の影響の補正
上記項目1についてはほぼ解決できるめどがついている.今後は2および3について技術的問題を解決していく.
キネマティックGPS測位の精度が,海底局位置決定誤差に大きく寄与することが,洋上試験や陸上で行なった精度評価実験から明らかになってきた.とくに100kmを越える長基線のキネマティックGPS測位は誤差が大きいという結果が得られている場合もあり,船やブイを浮かべて比較的短い基線(数十km程度)を繋ぐ「基線中継方式」等の精度向上のための技術を開発し,実験を行う.また音響測位の結果と合わせて大気遅延の影響等を評価する必要がある.
海水の音速変化の補正も重要な課題である.これについては,その影響の大部分をキャンセルする方法が提案されており,数cmの測位精度は得られると推定されるが,その精度を向上させるためには,実海域における評価実験を積み重ねることが重要である.
(3)ボアホールによる地下深部計測技術
当初計画より早く,センシング技術の向上が進み,インテリジェント回収型歪み計を小型化できる見込みになった.歪み計を小型化できれば,オーバーコアリングの作業性が良くなり,経費が軽減でき,オーバーコアリングを行う機会が増える. また,1000m程度の深部での応力測定もできる見込みを得たことから,1000m程度の深度での応力測定を試みる.
(4)地下構造と状態変化をモニターするための技術
計画はほぼ順調に進んでいて,残りの年度で,アクロスが実用的に利用できることを実例を持って示すことを目指す.
山梨県東部震源域の北25kmにある東京電力葛野川発電所の地下坑道(土被り550m,坑道水平距離5km)に東大が設置したACROSS試験用プラットフォームでは,震源のリニアアレイを実現し,400m間隔で3機態勢をめざす.またそのシステムを用いて,距離600m程度で地震波速度変動検出試験を行なう.また近傍で山梨県東部地震などが発生した場合には,前後の状態変化の検出も出来るような運転を行う.
また淡路島などに設置されたアクロス震源装置を用いて,地震計アレイによる反射波や散乱波などの時間変動検出法の確立を行う.構造探査のデータを元に東海地震の震源域や2000年から観測されたスロースリップ領域における反射波の時間変動を観測するためのシステム設計を行う.また平成13年度末から,高感度のHiNetの地震計の連続データをリアルタイムで利用できる様になる.このインフラをもちいて,アクロス震源装置とHiNetシステムによる地震波速度変化モニターシステムを構築する.