「直前過程における地殻活動」研究計画に関する自己評価

 

1) 実施計画

 

1-1) 実施計画の概要

 

 地震発生直前過程の解明のためには,準備過程の最終段階において活性化する物理・化学過程をモデル化し,その妥当性を検証することが必要である.そのために,下記の3項目の計画を推進することにした.

 

(1) 震源核の定量的モデリング

(2) 震源核検出手法の開発

(3) 前駆的な物理・化学諸現象の解明に向けた研究

 

1-2) 計画の必要性および建議との関連性

 

(1) 震源核の定量的モデリング

 地震発生準備過程の最終段階では,テクトニックなローディングがこれ以上進行しなくとも,応力の再配分を伴って破壊核が不安定に成長を開始し,大地震の発生に至ると考えられる.この段階における破壊核の成長を記述するためには,高速すべりでも破綻しないような剪断破壊構成則を,温度・封圧力・間隙水圧力など環境要因の関数として確立することが必要不可欠である.

 建議においては,「1(3)ウ.前駆現象検出の素過程に関する実験的・理論的研究」で推進すべきとされている.

 

(2) 震源核検出手法の開発

 来るべき地震の発生箇所を特定するためには,成長を続ける震源核を検出することが有効である.検出には地震活動・地震波形の解析による受動的な手法および弾性波照射などの能動的な手法を並行してすすめることが必要と考える.

 建議においては, 「1(3)ウ.前駆現象検出の素過程に関する実験的・理論的研究」および「1(3)イ.前駆現象検出のための技術開発」で推進すべきとされている.

 

(3) 前駆的な物理・化学諸現象の解明に向けた研究

 地震発生過程の研究の重要な項目のひとつに,破壊そのものと他の物理現象(流体移動,電磁気現象,化学現象)との相互作用を明らかにすることがある.このような相互作用は,地震破壊過程そのものだけでなく,地震破壊の前兆発現に大きな役割を果たしている可能性がある.したがって,前駆現象の発現機構に関する観測研究,前駆現象検出のための技術開発,前駆現象の発現メカニズムを解明するための実験的・理論的研究を進める必要がある.

 建議においては,「1(3)ア.前駆現象の発現機構に関する観測研究㈪」で推進すべきとされている.

 

1-3) 具体的目標

 

 地震発生の直前過程を解明するために,以下の具体的目標を掲げた.

 

(1) 震源核の定量的モデリング

a. 室内岩石実験を通じた,破壊の構成則の普遍化およびそれを現実の地震現象に適用するためのスケーリング則の導出.

 

(2) 震源核検出手法の開発

a. 弾性波照射等の能動的手法による破壊核検出法の開発.

b. 大地震前の応力状態を地震活動・地震波形等から知る,受動的な破壊核検出法の開発.

 

(3)  前駆的な物理・化学諸現象の解明に向けた研究   

a. 地震発生直前過程において地殻内流体が果たす役割の実験室レベルでの解明.

b. 電磁気・地殻変動・重力・地球化学・地下水等の野外観測による,前駆現象の定量的な評価とモデル構築.

 

2) 主要な成果の概要 (箇条書)

 

2-1) 主たる成果

 

(1) 震源核の定量的モデリング

・温度・封圧力・間隙水圧力などの環境要因の関数としての,すべり変位依存性の破壊構成則実験式の提示.

・すべり変位依存性構成則についての空間的なスケーリング則の検証.

・初期フェーズで解放される地震モーメントと最終破壊に対応する地震モーメントとの間の比例関係の確認.

・最終破壊のモーメントが臨界すべり変位量の3乗に比例するスケーリング則の提唱.

・摩擦すべりと破壊とを統一的に表現する,破断面形状パワースペクトルのコーナー波長と臨界すべり量との間の実験式の導出.

・室内実験による,アスペリティ相互作用を再現.

 

(2)震源核検出の手法の開発

・大型試料のすべり実験において,高周波数弾性波を照射して破壊核を検知する,能動的手法の開発.

・S波のスプリッティングおよびb値の時空間分布と応力状態の時空間分布との間の対応関係が,百〜千mのフィールドスケールで存在することを,南アフリカ金鉱山での半制御実験で確認.

・本震に先立って生じる応力低下兆候を南アフリカ金鉱山および1989年伊豆東方沖群発地震の加速度波形から検出.

・応力状態の変化について情報を与えるパラメータとしての,Energy IndexEI,地震エネルギーとモーメントから期待される予測エネルギーとの比)の有効性を確認.

 

(3)  前駆的な物理・化学諸現象の解明に向けた研究  

・伊豆半島における異常な全磁力減少(5年間で−30nT)の発見.

・地震発生に関与する流体を示唆する良導体が伊豆半島地下浅部に存在することを,時間領域電磁探査法 (TDEM)によって発見.

2000年伊豆諸島の群発地震・火山活動において開口クラックの進展状況を,GPS稠密アレイを用いて追跡.

2000年伊豆諸島の群発地震にともなう亀裂生成と三宅島火山活動に関与した流体移動との間に,正のフィードバックがはたらいたことを,ハイブリッド重力観測によって発見.

1998年伊豆半島群発地震の期間中に,地殻流体の移動に伴なうと考えられる重力の変化を検出.

・ダイラタンシーの急成長・間隙水流動にともなって生じる電流(界面動電効果)を,電気的に絶縁された3軸岩石実験において検出.

・岩石中の流体移動と発生する電流を規定する重要なパラメータである,浸透率と流動電流係数間の定量的関係の決定.

・中高温室内実験による,流動電流係数及びゼータ電位の温度依存性の検証.

 

3) 成果の自己評価

 

3-1) 成果の地震予知研究に対する位置づけ

 

(1) 震源核の定量的モデリング

 実験室レベルで得られた構成法則が,高信頼度の大地震発生予測モデルの構築やシミュレーションに役立つためには2つの課題がクリアーされなければならない.一つは,それが,現実の地震発生領域における温度・封圧力・間隙水圧などの環境要因にどのように依存するかを定量的に明らかにする事であり,もうひとつの課題は破壊現象固有のスケール依存性の解明である.これらの2つの課題について,摩擦すべり破損と岩体の破壊を統一的に説明するようなスケーリング則が明らかになりつつあるので,これを用いたよりリアリスティックな地震発生のシミュレーションへの道が開けつつある.

 大型剪断試験機を用い,模擬断層面上に2つのにアスペリティを生成させ,固着すべり実験が初めて行なえるようになった.このことは,アスペリティの相互作用の実験的研究に道を開いたものとして高く評価できる.

 

(2)震源核検出の手法の開発

 能動的に高周波数弾性波を照射する大型試料のすべり実験において,断層面を透過する波動(振幅・位相)が変化する様子が観察された.透過波動のエネルギーは初めは剪断応力の増加とともに著しく増大するが,動的破壊直前の準静的すべり(破壊核の成長)にともない,波動エネルギーの増加率が減少した.局所的な応力増加率が減少し始める時と,波動エネルギーの増加率が減少し始める時とが一致していた.これらの事実により,少なくとも実験室レベルでは,破壊核の形成過程がモニターできる可能性が示されたわけである.現実の地球にこの手法を適用して,地震発生場所の特定などを行なうには,数々の乗り越えるべき課題が山積しているが,予知技術開発の進むべき一つの方向性を示すと考えられる.

 南アフリカ金鉱山における半制御観測は,自然地震研究のための百〜千mというフィールドスケールでの大規模実験としての意義がきわめて大きい.この実験においては,(a)S波のスプリッティングおよびb値の時空間分布が応力状態の時空間分布とよく対応することが確認され,(b)M2の地震の前に発生した地震群および余震群の震源距離100mにおける加速度波形から,M2の地震の発生の2日前からの応力低下の兆候が検出された.これらの研究によって,応力状態を微小地震活動および個々の地震波形から推定し得るという考えに実証的な裏づけが与えられた.

 

(3)  前駆的な物理・化学諸現象の解明に向けた研究  

 2000年伊豆諸島の群発地震活動と三宅島火山活動の際に実施したGPSの稠密アレイ観測の解析によって,開口クラックの進展状況が時間を追って克明に追跡できた.この結果,開口クラックの大きい領域と群発活動の領域によい一致が見られるなど,群発地震活動のメカニズム解明が進んだ.また,同時期に実施されたハイブリッド重力観測からは,三宅島のマグマが群発地震の発生している開口断層域に吸い出されていったことを示す結果が得られた.これは,クラックの生成によって,その先端に生じた真空域が吸引源となっていることを強く示唆する.マグマが水平方向に吸引されると,クラック先端では実効封圧が下がり,ますますクラックが成長し,真空領域も増殖する.このような正のフィードバックがはたらいて群発地震がおきるという作業仮説が提示できた.

 地殻内流体(熱水,地下水,ガス,マグマ)は,伊豆半島東部の群発地震発生にも関与していると考えられている.同地域で実施されたTDEM法を用いた比抵抗構造探査によって,表層12km30-50[Ohm m]の低比抵抗層が見出されたことは,そのような流体の実在を裏付けるものとして注目される.また,東市北部の御石ケ沢(OIS)観測点で見出された,異常な全磁力減少(5年間で−30nT)は,流体の移動をとらえている可能性がある.この地域に11年度に設置されたGPS稠密アレイ(連続観測点10,臨時観測点50)観測は,来るべき群発活動の際の地殻変動の時空間変動をとらえるのに極めて有効と考えられる.

 室内実験により,100℃以下の環境ではあるにしても,岩石破壊に至る過程で水の流動によって発生する電流が実測されるとともに,流動電流係数と透水係数との定量的関係などが求められた.これにより,さらに高温下での実験を行なって,実際の震源域の条件下での挙動を明らかにする展望が開けた.岩石の流動電流係数が見積もられるようになれば,観測された電位差などから地殻中の流体移動を定量的に推定できるようになる.また,地殻中の流れを規定する透水係数がどのような物理因子によりどのように決まるのか明らかになれば,強度変化に直接影響する間隙圧変化を推定することができるようになる.

 

3-2) 目標の達成度

 

(1) 震源核の定量的モデリング

 これについては,当初目標の半分近く達成できたと考えられる

 「a. 室内岩石実験を通じた,破壊の構成則の普遍化およびそれを現実の地震現象に適用するためのスケーリング則の導出」については,これまで主力となって研究を進めてきた研究者が退官したため,今後の研究の方向性の再構築が課題である.また,アスペリティ相互作用を調べられる室内実験が可能となったので,環境を系統的に変化させた実験を継続することが5ヶ年の後半の課題である.

 

(2) 震源核検出手法の開発

 これについては,当初目標の3分の1近く達成できたと考えられる

 「a. 弾性波照射等の能動的手法による破壊核検出法の開発」については,実験室レベルでは断層面を透過する波動(振幅・位相)が変化する様子が観察されたことにより,糸口をつかみつつある.透過波動のみならず,散乱波の解析からも破壊核の成長の程度を推定することも今後は推進する必要がある.

 「b. 大地震前の応力状態を地震活動・地震波形等から知る,受動的な破壊核検出法の開発」については,南アフリカでの半制御実験によりM2クラスの地震の検出に成功した事例が出てきたことは大きな進歩である.今後は事例を増やすとともに,発生がほぼ確実なM3級以上の地震についても事例を積み重ねていくことが課題である.

 

(3) 前駆的な物理・化学諸現象の解明に向けた研究   

 これについては,当初目標の半分近く達成できたと考えられる.

 「a. 地震発生直前過程において地殻内流体が果たす役割の実験室レベルでの解明」については,破壊核と地殻流体との相互作用,およびその相互作用に付随して生ずる電磁気現象発生の基本的メカニズムが実験を通じて明らかになったことは大きな成果と言える.また流動電流係数及びゼータ電位の温度依存性が明らかになりつつあるのは,震源域での値を推定するうえで重要である.さらに100℃以上の高温下での振舞いを明らかにすることが大いに期待される.

 「b. 電磁気・地殻変動・重力・地球化学・地下水等の野外観測による,前駆現象の定量的な評価とモデル構築」については,電磁気・地殻変動・重力観測によって,伊豆半島・伊豆諸島の群発地震に地殻流体が大きく関与することが明らかになりつつある.今後は,得られた観測事実を説明するような,流体移動のモデリングを数値シミュレーションを通じて積極的に進めるべきであろう.

 

3-3) 計画の妥当性と今後の方針

 

 3-1) で述べたように,ここで得られた結果は,地震発生の直前過程を解明し地震予知に結びつけるために極めて貴重な結果である.また,3-2) で述べたように,5ヶ年の半分をすぎた段階で,当初目標のほぼ半分は達成できたと考えられる.これらのことは,当初計画が大局的には妥当であったことを示している.個々の課題についてはかなりの進展があったと思われる.今後は,それらの成果を総合化し,有機的に結びつけていく努力が一層重要になるだろう.例えば,室内実験で得られた流動特性,流動電気特性をあらわす定数や,観測で求められた比抵抗構造などを入力して,伊豆半島の電磁気・地殻変動についての統一的な数値モデルを構築する研究を推進すべきであろう.伊豆で群発地震と関連づけて観測されている電磁気変動がその数値モデルで再現できるか,地球化学データと整合するか,などの視点から評価し更に高精度なものへ修正していく必要があるだろう.また,室内実験から推定されたスケーリング則などを,南アフリカ金鉱山での破壊現象に適用できるか,といった視点からの研究も推進すべきであろう.