講師 飯尾能久(京都大学防災研究所)
題目 内陸地震の基本的な発生の仕組みー下部地殻の役割の重要性ー
これまで、内陸地震の発生過程を考えるとき、下部地殻を無視してしまうことが多かった。微小地震が地殻の上半部に限られることから(小林、1977)、それ以深
の領域(以下、この領域、つまり、地震発生域の下側地殻を下部地殻と呼ぶ)は、高温のため非常に弱いと考えられてきた。しかし、大地震の予効変動に関する研究から、これまでの常識とは異なり、下部地殻は最上部マントルより強い(粘性が大きい)
ことが明らかになってきた(例えば,Pollitz et al., 2001; Ueda et al.,2003;
Nishimura and Thatcher, 2003)。粘性係数の精度良い見積もりは難しいが、内陸地震
の発生間隔程度の時間スケールでは、基本的には、地殻全体を弾性体と見なして良いと推定されている(Iio
et al., 2004)。上記の推定結果は今後精力的に検証すべきであると考えられるが、それに関わらず言えることは、地殻の深部で地震活動が無くなったとしても、そこでの媒質の強度が急激に小さくなるわけでは無いと言うことである。ここで、媒質の強度とは、地殻流体のために間隙水圧が岩圧と同等(過剰圧、over
pressure)になっている可能性のある断層帯などを除いた、いわゆるmatrixとしての媒質としての強度のことを指す。媒質の強度が急激に小さくならない理由の一つは、脆性から延性への移り変わりには遷移領域が存在すると考えられるためである(例えば、Scholz,1988)。比較的低温である、脆性-延性遷移領域の温度条件において、地殻を構成する実際の岩石を用いた変形実験は極めて困難であるため、遷移領域のことはよく分かっていないが、低温でも変形しやすい物質を使った実験結果によると(例えば、Chester,
1988)、石灰岩等では、遷移領域が存在することが報告されている。脆性から完全な延性へ急激に変化しない限り、地震発生域の下側の強度も無視することはできず、その領域の変形過程が、上部の地震発生域の変形に及ぼす影響は考慮しなくてはならない。加えて、そもそも、地震発生域の下限そのものが、媒質の全体的な強度に関係するのではなく。断層における摩擦特性の深さ(温度)変化に関係している可能性も指摘されている(例えば、Tse
and Rice, 1986)。摩擦特性が、速度弱化から速度強化へ変わったとしても、それは、摩擦の速度依存性が変わったのであり、そこで絶対的な強度が急激に減少することと意味するのではない。過剰圧になっている可能性のある断層帯に関しては、それが下部地殻の内部に伸びてゆかず、地震発生域の直下に水平に存在して(detachment)上部地殻をそれ以深からデカップル(切り離し)しない限り、下部地殻の変形を担うものとなり、下部地殻が内陸地震の発生に大いに関与することになる。変位速度場や応力場の解析から、日本の内陸では,地震発生域の断層の深部延長は水平に伸びておらず,上部地殻がそれ以深からデカップルしていないことが推定されている(Iio
et al., 2004)。以上に述べたように、内陸地震の発生過程を考えるときには、下部地殻を無視することはできない。断層に加わる応力の推定においては,下部地殻を含めた系全体の力のバランスを考慮しなければならない.上記の予効変動の研究から,最上部マントルの粘性は小さく,内陸地震の発生間隔程度の期間では緩和することが推定されている.
よって,地殻全体における力のバランスが重要であることがいえる.内陸地震の発生過程においては,断層に加わる応力の時空間的変化の把握が重要である.断層に加わる応力は,断層周辺の変形により大きな影響を受ける.したがって,
断層直下の下部地殻の役割が効いてくると考えられる.
参考文献
私の話は1-5につきるのですが,日本語では,科振費以前のまとめについては6,科振費のまとめについては,月刊地球号外50の7-9を参考にしてください.
[1] Iio, Y., and Y. Kobayashi, A physical understanding of large intraplate
earthquakes, Earth Planets Space, 54, 1001-1004, 2002.
[2] Iio, Y., T. Sagiya, Y. Kobayashi and I. Shiozaki, Water-weakened lower
crust and its role in the concentrated deformation in the Japanese Islands,
Earth Planet. Sci. Lett., 203, 245-253, 2002.
[3] Iio, Y., T. Sagiya, Y. Kobayashi, Origin of the concentrated deformation
zone in the Japanese Islands and stress accumulation process of intraplate
earthquakes,EPS, 56, 831-842,2004.
[4] Iio, Y., T. Sagiya, Y. Kobayashi, What controls the occurrence of shallow
intraplate earthquakes? EPS, 56,1077-1086,2004.
[5] Iio, Y., T. Sagiya, N. Umino, T. Nishimura, K. Takahashi, T. Homma,
A comprehensive model of the deformation process in the Nagamachi-Rifu
Fault Zone, EPS, 56,1339-1346,2004.
[6] 飯尾能久・小林洋二、内陸地震発生の仕組み-応力蓄積過程を中心に-、月刊地球、号外46,
31-51,2004.
[7] 飯尾能久・鷺谷威・小林洋二,何が陸域の大地震の発生をコントロールしているか?,
月刊地球,号外50,221-227,2005.
[8] 飯尾能久・鷺谷威・海野徳仁・西村卓也・高橋邦彦・本間高弘,長町利府断層帯における歪蓄積過程のモデリング,月刊地球,号外50,106-113,2005.
[9] 飯尾能久,プロジェクト総論:陸域震源断層の深部すべり過程のモデル化に関する総合研究,月刊地球,号外50,5-11,2005.