講師 中島淳一(東北大学大学院理学研究科)
題目 地殻・マントル不均質構造と内陸地震の発生様式

 東北日本における地震波速度トモグラフィとGPSデータによる地表変形の研究は,内陸における歪集中帯を理解する上で極めて重要な情報を提供しつつある [長谷川・他, 2004; Hasegawa et al., 2005].トモグラフィーにより,東北日本のマントルウェッジには沈み込むスラブにほぼ平行な低速度域が明瞭にイメージングされており,それはスラブの沈み込みに伴って誘発された二次対流の上昇流部分に対応すると考えられている.上昇流は脊梁山地(あるいは火山フロント付近)でモホ面に達する.低速度域の定量的な解釈によれば,このスラブにほぼ平行に傾斜したシート状の上昇流内部では,数vol%の部分溶融が生じている.従って,モホ面直下の火山フロントに沿って広域に,部分溶融域が分布することになる.部分溶融域中のメルトは地殻浅部に達すると冷却され一部固化する.その結果,メルトに含まれていた水がはき出される.それは更に浅部に上昇することが期待される.サイスミックトモグラフィは,上部地殻における水の上昇経路と推定される低速度域をも写し出している.いずれにしても,沈み込んだスラブからはき出された水は,脊梁山地に沿うように集中してかつ連続的に供給されることになる.
 一方,GPSデータによる地表変形の研究により,脊梁山地に沿って南北に伸びる歪集中帯の存在が明らかになった[Miura et al. 2002].脊梁山地に沿ってプレート相対運動の方向に短縮変形が局所的に卓越する.この歪集中帯は,上記のマントルウェッジ内の上昇流がモホ面に達する位置にあり,スラブ起源の水が集中的に供給されることにより地殻物質が軟化し,局所的な短縮変形が生じるものと推定される.すなわち,上部地殻内でも局所的に塑性変形が起こっていると推測される.内陸浅発地震は,この塑性的な変形が空間的に非一様であるため,全体として変形を一様化するべく補足的に起こっているようにみえる.
 短縮歪が卓越する領域がもう1ヶ所前弧側にも存在する.宮城県北部から岩手県南部にかけての領域であり,そこでは浅発微小地震も集中している.この領域は1900年宮城県北部地震(M7.0),1962年宮城県北部地震(M6.5)の震源域を含む.詳細な地震波速度を推定したところ,脊梁山地のモホ面直下に形成された部分溶融域から,分岐して東側(前弧側)に伸びるもう一つの低速度域があることが明らかになった.この地震波低速度域とほぼ同じ位置に分布する明瞭な低比抵抗域が見出されている.この観測事実は,スラブ起源の水が脊梁山地のみでなく,前弧側の宮城県北部地震の震源域にも供給されていることを示している.それが,脊梁山地と同様に,この地域にも局所的な短縮変形を生じさせているのであろう.前弧側の歪集中帯直下にも,地震波低速度域が存在するのである.東北における「歪集中帯下の下部地殻・最上部マントルには地震波低速度域が分布する」という観測事実は,地下の不均質構造と内陸の変形が密接に関係していることを示唆している.

参考文献
長谷川・他,地震,56, 413-424, 2004.
Hasegawa et al., Tectonophysics, 403, 59-75, 2005.
Miura et al. EPS, 54, 1071-1076, 2002.