3.11.5 新たな観測手法の研究

地震・火山現象を理解するためには地下深部の観測が不可欠であるが,機器を設置できるのは地球全体の規模からすると地表に近いごく一部の領域にすぎない.そのため観測機器の精度の向上や観測範囲の拡大を目指して,レーザー干渉計などの光計測を用いた新たな観測機器の開発に取り組んでいる.レーザー干渉計は高精度・低ドリフトの変位センサーであり,地震・地殻変動観測機器へ組み込むことにより観測装置の高精度化や装置の小型化ができる.また光を用いた計測手法は,半導体素子では観測が難しい地下深部・惑星探査など極限環境での高精度観測を可能にする.

(1) 長基線レーザー伸縮計による広帯域ひずみ観測

レーザー伸縮計は地殻変動から数十Hz の地震波まで広いタイムスケールの地動を観測できる.岐阜県の神岡鉱山(東大宇宙線研究所神岡宇宙素粒子研究施設)の地下1000 m のサイトにおいて,独自開発した波長安定化レーザーを組み込んだ100 mレーザー伸縮計を用いて,世界最高感度のひずみ観測を継続している.これまでに,地球潮汐を利用した観測ひずみとregionalひずみ場の関係の定式化,間隙水圧と関連した季節変動ひずみの検出,地球自由振動の観測,遠地地震に伴うひずみステップを用いた測地学的な地震モーメントの推定などを行った.近地~遠地にわたる多様な規模の地震に伴うひずみステップが飽和せず取得され,レーザー干渉計の広帯域・広レンジ計測が実証された.この技術に基づき,神岡で進められている重力波望遠鏡建設計画(KAGRA)と連携し,1桁以上スケールアップした長さ1500mのレーザー伸縮計をKAGRAトンネル内に建設し,観測を開始した.100mレーザー伸縮計よりも高い分解能で地球潮汐やひずみステップが観測されている.今後,地震学と測地学にまたがるタイムスケールの現象の解析などをすすめる.

(2) 光ファイバーリンク方式の観測装置の開発

レーザー干渉計の光源とセンサーを光ファイバーでつなぐことによりセンサー部を無電源化し,地下深部や惑星探査など極限環境(高温・極低温・高放射線など)で使用可能な高精度観測装置を実現できる.その一つとして,小型広帯域地震計の開発を行っている.この地震計は小型長周期振り子の変位検出部としてレーザー干渉計を使用し,光ファイバーでレーザー光を導入することにより耐環境性を高めている.試作機は,広帯域地震計(STS1 型) と同等の検出性能が確認された.干渉計部分は-50℃~ 340℃の温度範囲で動作することが確認されている.この地震計を地下深部観測および惑星探査に利用することを検討している.

(3) 小型絶対重力計の開発研究

絶対重力計は地殻変動や物質移動(マグマ移動・地下水の変動など)を実測する有効な手段である.火山観測など野外で機動的に使用でき、また複数の装置を使った観測網を構築できるような小型絶対重力計を開発している.小型で必要な精度が得られるように高精度なレーザー干渉信号の取得法や地面振動ノイズの補正機構を導入し,従来の市販装置の約2/3 のサイズの実証機を開発した.霧島火山観測所(宮崎県)などで試験観測を行い,設計精度10-8m/s2が得られることを確認した.この実証機をもとに民間企業と共同で製品化を進めている.また,観測網を構築するために長距離伝送できる通信波長帯光源(波長1.5μm帯)を用いた動作試験を実施した.国立天文台江刺地球潮汐観測施設(岩手県) においては,東北地方太平洋沖地震後の重力変化を継続的に観測している.

(4) 海底探査用重力偏差計の開発

海底鉱床の探査手法として重力異常を検出する方法の研究を行っている.広い空間スケールをとらえる重力計に加え,空間微分を測定する重力偏差計を併用することにより狭い範囲に局在化した鉱床のマッピングができる.無定位振り子と光センサーを組み合わせた重力偏差計を製作し,典型的な海底鉱床が検知できるレベルである7E (エトベス= [10-9/s2]) の性能を陸上試験で確認した.自律型無人潜水機(AUV) に重力計とともに搭載し2017年6月に実証試験を行い,海中移動体上で正常に動作することが確認された.取得されたデータに基づき探査手法の精度評価等を実施した.

(5) 人工衛星搭載型加速度計の惑星重力探査への応用

宇宙航空研究開発機構(JAXA)との共同研究として,2016年に地震計・重力計の加速度計測技術を応用した衛星搭載型加速度計の開発を行った.1つの参照マスを6自由度制御する方式の試作機を製作し,3成分の加速度が同時検出できることが示され,弾道飛行する機内の微小重力下でも正常に動作することが確認された.この装置2台を組み合わせ重力偏差計として,低高度人工衛星による地球重力場観測や惑星・小天体の内部密度構造探査への応用を検討した.後者としてJAXAで検討されている火星衛星探査機(MMX)の搭載機器として重力偏差計を提案し,通常用いられるドップラー計測法では検知できない小さいスケールの地下密度分布を低高度の軌道から測定できる新たな手法という評価を得た.ただし,MMX探査機の軌道の不確実性(工学的制約)から,MMXの搭載機器としては不採択となった.