3.8.1 素粒子検出デバイスの開発研究

(a)  ミュオグラフィ検出器 - 並列ミュオグラフィの軽量化、高解像度化

 2006 年、地震研究所が火山内部を世界に先駆けて描き出して以来、ミュオグラフィは急速に世界に広まりつつある。ミュオグラフィとは,宇宙線に含まれる高エネルギー素粒子・ミューオンの強い透過力を利用して,キロメートルを超えるサイズの巨大物体内部を透視し,その内部の密度構造を可視化する技術である.これまで第2世代システムのノイズ低減能力を強化することで2013年に薩摩硫黄島で発生した噴火において、マグマの昇降をとらえることに成功しているが、観測装置には、総重量11tの鉛製放射線シールドを実装する必要があった。また、それを支えるフレームも強固に作る必要があり、装置全体の重量は16 tにも及んだ。このような重厚長大な観測装置は、運搬において大型のクレーンを要する上、小型フェリーのタラップの重量制限を超えるため、何台ものトラックに分載する必要があるなど、運搬を高コスト化する要因となっていた。更にテレビがハイビジョン、フルハイビジョンそして4kへと進化してきたように、ミュオグラフィもまた、高解像度透視画像を提供していくことが求められている。

 2015年、地震研究所はハンガリー科学アカデミーウィグナー物理学研究センターと学術交流協定を、翌2016年に知的財産協定を締結した。これらの国際協定をベースとして、ハンガリーの多線式比例計数管の技術を地震研究所の第2世代極低雑音ミュオグラフィ観測システム(Scintillator-based Muography Observation System; sMOS)に実装することで、第3世代システム(multi-wire-proportional-chamber-based Muography Observation System; mMOS)を開発した(図 3.8.1)。ハンガリー製の多線式比例計数管はワイヤーピッチが12 mmと第2世代ミュオグラフィ観測装置のシンチレーターのストリップ幅と比べて1/10近く狭く、解像度を大きく向上させると同時に、システム全体のボリュームを変えずに、ノイズ粒子除去用の放射線シールドを大きく低減できた。結果として放射線シールドの厚み低減とそれに伴う支持フレームの強度低下により、単位面積当たりのシステム重量を一桁近く低減することに成功した。第3世代ミュオグラフィ観測システムは鹿児島県桜島に設置され、2017年1月20日より運用を開始した。2017年度は、口径拡大を順次行い、現在は3台のmMOSが並列運用され、実効有効面積約2平米の高解像度ミュオグラフィ観測が行われている(図 3.8.2)。ノイズレベルは10-7 gcm-2 sr-1 s-1と期待通りであり、軽量でありながらも第2世代システム以上の高いノイズ低減能力と解像力を示した(図 3.8.3)(http://www.nature.com/articles/srep39741)。

 軽量高解像度第3世代ミュオグラフィ観測システム(mMOS)は、その軽さと高解像度より、浅部地下に埋設することも可能である。そのためのテスト実験をNECの玉川事業場で実施した。同事業所に地下埋設物透視サイトを建設した。仕様は次の通りである。直径60cm深さ3mの観測井を掘削、幅90cmの鉄筋コンクリート製供試体を観測井の隣に埋設した。一方、幅25cmの比例計数管を実装したmMOSを製作し、観測井に挿入し、測定を行うことで、測定にかかる時間、解像度の検証を実施した。特に、地中レーダー等既存の地下構造探査の手法では測定が不可能な埋設物下端の位置決定精度において、数cmの精度が得られることが検証された(図 3.8.4)。埋設物下端の位置は橋梁橋脚の地中部深度を把握する上で重要な情報となる。

[図 3.8.1]

[図 3.8.2]

[図 3.8.3]

[図 3.8.4]

 (b) ボアホール設置型ラジオグラフィー

 宇宙線ミューオンは上空からのみ飛来する.したがって,断層破砕帯や地滑り面等の地下構造を透視するためには,測定対象を見上げるように,ミューオン検出器を地下深く掘削坑(ボアホール)等に埋設することが必要となる.ボアホールのような狭隘な空間では,センサーの有効面積を大きくとることが困難なであり,ミューオン・フラックスは限られた量しか得られないので,それを有効に活用する観測技術の開発が不可欠となる.

 2014年度までに,跡津川断層(岐阜県飛騨市の山中)近傍に掘削された最大深度350mのボアホールを利用して,深度100mまでのミューオン・フラックスデータを取得した.その解析結果では,断層破砕帯の走行方向に有意なフラックス増加を検出し,それが深度50mから95mにかけて存在する破砕帯沿いに期待される空隙率の増加と整合することが見出された.また,断層の傾斜角が従来のモデル(〜90°)とは異なり,約70°であることも判明した.これを受け,2015年度は検出器の高感度化・高分解能化のため,新型の検出器を製作した.新型検出器は,方位角方向8方向に分割された二層のシンチレーターで構成され,方位角方向に分解能を有する.また,検出器内の構成要素の配置を最適化し,シンチレーターの面積を最大化することで幾何学的に計算される検出器のアクセプタンスは約3倍となった.更に,電源供給を除く全ての装置を検出器筐体中に収め,超低消費電力データ収集エレクトロニクスを採用した.これらの改良により,検出器の感度・分解能および観測作業性が大きく向上した.

 2017年度は,断層の三次元構造決定に向けたデータ収集を深度180 mまでの各深度において長期間にわたり行った。取得したデータについて詳細な解析を進める一方で,検出器および周辺地形と断層を含めたシミュレーションを行うため素粒子相互作用シミュレータGeant4を用いたコードの開発を開始した。これにより,観測データを再現するように最適化した断層パラメータを得ることができる.現在,検出器を地下300 mに設置し,越冬観測を行っている.来年度はシミュレーションツールを完成させ,これらの観測データと合わせて断層の三次元構造探査を進める.

 更にこれらと並行して第三世代検出器の開発に着手し,現行検出器では実現されなかった仰角方向分解能の実現と方位角方向分解能向上のため,シンチレーター構成および光検出器の変更とデータ収集エレクトロニクスの改良を進めている.