3.7.1 海・陸機動観測による地球内部構造とダイナミクスの解明

(1) ふつうの海洋マントル計画

(1-1) 経緯と計画の概要

海半球センターでは,センターの立ち上げ当初から固体地球科学分野の基礎的な重要課題を解明することを目的にした,大型科研費によるプロジェクトを実施するとともに,並行して常に一段質の高い観測データを得るための技術開発を行なってきた.海半球計画(1996–2001 年)においては,西太平洋域に総合的地球物理観測ネットワークを構築して地球内部をグローバルな視点で見る基盤を整えた.また,地震と電磁気の海底長期機動観測装置を開発して,グローバルな観測網よりも高い解像度を獲得した.2004-2009年度の特定領域研究「スタグナントスラブ:マントルダイナミクスの新展開」( スタグナントスラブ計画)では,太平洋プレートの沈み込みに焦点をあて,観測網と機動観測からアプローチする我々のグループに国内の高温高圧実験グループと計算機シミュレーショングループを統合して,スラブの滞留と崩落のメカニズムおよびそのマントルダイナミクスおよびその地球史上の意義を明らかにした.一方で,海底機動観測データの質を陸上観測所のレベルにまで向上させることを目標に,自己浮上方式に頼らずに深海無人探査機(ROV)を利用して設置回収するタイプの海底機動観測装置(BBOBS-NXとEFOS)を開発してきた((2-1)「次世代の観測システムの開発」参照).

次に我々は,以上の成果を背景に,科研費特別推進研究「海半球計画の新展開:最先端の海底地球物理観測による海洋マントルの描像」( ふつうの海洋マントル計画)を,2010年度から5カ年計画で実施した.この計画は,自ら開発した世界最先端の海底観測装置と観測技術を駆使して,海底拡大軸・ホットスポット・プレート収束帯などの影響を受けずにほぼ水平なマントル流があると期待される,「ふつう」の海洋マントルにおいて,(a) リソスフェアーアセノスフェア境界(LAB)の原因および (b) マントル遷移層の水分布という,2つの固体地球科学分野の根本的課題の解明を目指した.なお本計画には,海半球センターのメンバーだけでなく,室内実験や計算機シミュレーションなどの手法で研究課題に取り組む所内の他の部門・センターの教員や,JAMSTECの研究者も参加した.

 具体的な観測実施海域は,北西太平洋のシャツキーライズの北西側(海域A)および南東側(海域B)の2海域である(図3.7.1).2010年6月には,海域Aに5観測点からなるパイロット観測を開始し,本格的な大規模長期観測は,2011年11月と2012 年8月の2回の研究船「かいれい」航海で開始した.2013年8月に,民間の作業船「かいゆう」によって自己浮上型装置を回収するとともに,新たな設置を行なった.2014年度には,5月29日〜6月14日に実施した民間作業船「かいゆう」による航海(火薬による制御震源探査と海域Aの自己浮上型機器の回収)と,9月9日〜10月2日に研究船「かいれい」と無人探査機「かいこう7000II」による航海(残りの観測機器の回収)を実施し,ふつうの海洋マントルの謎(上記(a)(b))を解明する目的での海底観測が完了した.その後,データ解析を進めて,これまでに以降の3節に述べるような科学的成果が得られた.

 本研究のテーマは,内外の第一線研究者も取り組んでいる所であるが,これまでは同様の観測研究プロジェクトが欧米の研究グループによって別々に実施されてきた.今後は,各国が協力して海底観測によるマントルイメージングを太平洋全域に展開するという「太平洋アレイ計画」(4-3参照)を進めようとしている.本センターでは,ソウル大学との日韓共同研究計画を立案して科研費申請を行い,2018年秋の観測開始を目指している.米国のグループによるNSFの申請はすでに採択され,2018年春に観測が開始される見込みである.このように,国際連携による全太平洋マントルの観測的研究の推進が徐々に具体化しつつある.

(1-2) 海底地震観測

2010年度から開始した特別推進研究「ふつうの海洋マントル」計画では,従来型の広帯域海底地震計(BBOBS)による観測に加えて,陸上観測点並の観測能力がある新型の広帯域海底地震計(BBOBS-NX)の導入が鍵となっている.大洋底下の詳細なマントル構造の解明には,BBOBSでは数年以上の長期間のデータ蓄積を要するが,このBBOBS-NXであれば1–2年程度で高精度な解析結果が得られるデータを取得することが期待できる.パイロット観測では2台を1年間,本観測では6台を2年間設置した.BBOBSもそれぞれの観測で3台,および12台を1年毎の設置回収を3年間実施し,データを蓄積させた.

 観測航海は,JAMSTECの研究船・ROV(かいれい・かいこう7000II)および民間傭船を用いて,2010年以降6回実施し,継続した海底地震観測を行った.潜航作業が必須なBBOBS-NX(図3.7.2)については,2010/2012/2014年に設置(BBOBS-NXの設置・展開)および回収を行った.最終的に,全てのBBOBSとBBOBS-NXを回収している.

 全観測点でのノイズモデルを計算した結果からは,海域A・Bでのノイズレベルは場所により大きく異なっているのが分かった.そのため,BBOBSでのノイズモデルが場所に依っては,周期100秒付近での水平動ノイズレベルがNHNMより15–20 dB高い場合もあった.一方でBBOBS-NXでは,水平動ノイズレベルが高い場合でも周期100秒付近でNHNMより10 dB高い程度で,この方式での優位性は系統的に認められた.また,両方式のBBOBS共に上下動のノイズレベルはNHNMとNLNMの中間程度と静かである.これらから,P波トモグラフィー・表面波解析・レシーバ関数解析といった波形を用いる解析手法が効果的に適用できることが期待される.更に2014年6月に実施した傭船航海では,4地点で大薬量(200/400 kg)の爆破を計11回行い,観測中のBBOBS群でデータを取得した.海域Aで全観測点直下の速度構造が均一として上部マントル内でのP波速度の方位依存性を求めると,P波速度の速い方向はN136度方向となり,過去の研究結果とほぼ一致した.また,観測期間中に海洋研究開発機構が実施していた大容量エアガンによる人工地震探査のシグナルを記録していた.発振点からの距離は300–900 kmであり,予備的な解析の結果,海底面から深さ約60 kmでの反射波と考えられる.

 (1-3) 海底電磁気機動観測

海底電磁気機動観測は,自由落下・自己浮上方式の海底電磁力計(OBEM)とROVを用いて設置・回収する新規開発の展張型電場測定装置(EFOS)を用いて行っている.2010年より合計37台のOBEMを海域Aの17観測点および海域Bの8観測点に設置した.また5台のEFOSを海域Aの4観測点に設置した.2015年度までに海域Aの16点,海域Bの7点からOBEM31台を,海域Aの3点からEFOS5台を回収した.利用可能な全データを利用して,海域Aおよび海域Bの上部マントル1次元電気伝導度構造モデルを推定した.得られたモデルは,0.01 S/mよりも低電気伝導度な層が約80–100 kmの厚さを持ち,その下に約0.03 S/mの高伝導度領域があることを示している.低電気伝導度層の厚さは,海域Bの方が海域Aよりもやや厚い傾向が見える.この低電気伝導度層は,(2)で述べる先行プロジェクト(スタグナントスラブ計画)で得られたフィリピン海下マントルのそれと比べてやや厚いが,小笠原沖太平洋下マントルのそれと比較すると有意に薄い.それぞれの観測海域の平均的な海洋底年代は,海域Aが約130 Ma,海域Bが約140 Ma,フィリピン海が0–60 Ma,小笠原沖太平洋が 140–155 Maであり,年代差から予測される低温なリソスフェアの厚さと得られた電気伝導度構造は整合的でない.このことは,リソスフェアの厚さと年代との関係が単純な年代に伴う冷却モデルには従わないことを示唆する(Baba et al., 2017, Earth Planets Space).また,海域A・BのOBEMとEFOSの長周期データから,マントル遷移層の電気伝導度構造を推定した.その結果,両海域下の構造は北太平洋の平均1次元構造(Shimizu et al., 2010, Geophys. J. Int.)で説明できることを明らかにした.さらに,同じ電磁気データと,同海域で取得された海底地震計のデータ,マントル遷移層の含水鉱物の電気伝導度値を総合して,海域A下のマントル遷移層の含水量の最大値を0.4 wt.%と制約した(Matsuno et al., 2017, Earth Planet. Sci. Lett.).現在は,異方性を考慮した解析および3次元不均質を考慮した解析が進行中である.

(1-4) マントルの高分解能イメージング

「ふつうの海洋マントル計画」で回収した広帯域地震波形記録に「広帯域海底地震探査」を用いた解析を継続して行い,地震波速度の方位異方性が構造推定に与える影響などを評価した.また,解析手法を改良することで地震波速度の推定精度が向上し,海域A・B間のS波1次元構造の違いがマントルの低速度層において約2%になることを明らかにした.これは古い海洋底下に非常に強い不均質があり,小規模対流が起こっている可能性を示している.モホ面から下約40kmまでの方位異方性の大きさは約3–4%であること,方位異方性の速い軸が海域Aでは磁気縞模様に直交している一方で,海域Bでは斜行しており,プレート形成時のマントル内の流れが複雑であった可能性を示している.

 「ふつうの海洋マントル計画」で回収した広帯域地震波形記録に加え,これまでに行われてきた日本の広帯域海底地震観測で得られたデータ,太平洋に展開している海洋島地震観測網で得られたデータ,アメリカの臨時広帯域海底地震観測網で得られたデータを用いた太平洋全域の上部マントル3次元S波速度構造モデルの構築を継続して行った.その結果,大規模な速度不均質構造・鉛直異方性構造は既存の全地球モデルと調和的であること,シャツキー海台南東に顕著な高速度異常,海洋上部マントルでは深さ約100–200kmに鉛直異方性の強い領域が存在することが明らかになった.半無限媒質冷却モデルに基づく太平洋プレートの温度構造と得られたS波速度構造モデルから,太平洋プレートの速度−温度の関係を推定した.この関係式で推定される速度構造と得られた速度構造モデルの残差を求め,冷却モデルからのずれの大きな地域を推定した.その結果,海嶺やホットスポット地域で大きな負の残差,北西太平洋で大きな正の残差がみられた.

 観測期間中に観測網の西方約300–100kmのアウターライズ地域において海洋研究開発機構により,大容量エアガンによる人工地震探査が実施されており,このエアガン信号が広帯域海底地震計に明瞭に記録されていた.記録されていた信号は震央距離約300–900kmという長距離を伝播した地震波であった.この記録を解析した結果,観測されたエアガン信号は深さ約80kmからの反射P波であることが明らかになった.また得られた記録はP波の方位異方性の存在を示しており,モホ直下約20kmに約3%の方位異方性が存在することで説明可能である.

(2) 深海底を含む西太平洋地域への地震・電磁気・測地観測網(海半球観測ネットワーク)の展開

(2-1) 次世代の観測システムの開発

(2-1-1) 次世代の海底地震・測地観測システムの開発

本所において共に海域地震観測を行う観測開発基盤センターと共同し,海底地震観測の高度化として複数次元での観測帯域拡大を進めている.現在,広帯域地震観測での機器の高機能化,機動的海底観測での測地学的帯域への拡大,および水深6000 mを越える超深海域での地震観測の実現,の3項目を具体的課題として機器開発を実行中である.

 広帯域海底地震計(BBOBS)の平均的ノイズレベルを評価すると,長周期側での水平動のノイズレベルが陸上観測点での統計的上限に対して数倍以上高い.この対策として,低背なセンサー部をデータ記録部から独立させ海底面に埋設する構造の新型広帯域海底地震計(BBOBS-NX)を開発した.試験観測結果から,自由落下方式でセンサー部を海底面に突入させて埋設することにより,陸上観測点並のノイズレベルが確保できることを確認した.これは既に(1-2)で触れたように,実用観測に供している.更に,このBBOBS-NXと同等の観測がROVを使用せず,自律動作により実施出来る次世代機(NX-2G)の開発研究を進めている.これを実現させる上での課題であった,自由落下後に発生するセンサー部の傾斜の原因調査を2015年のBBOBST-NX設置時に実施した.この結果では,降下中の大きな傾斜変動が着底時に保存されていた.この結果を念頭に,NX-2G試験機を製作し2016年10月に実海域試験を実施した.その際,センサー部を海底から引き抜くために追加した浮力体をNX-2G本体と接続する方法を工夫することでセンサー部の傾斜を抑制可能なことが,自律動作方式で必要な基本的動作に加えて確認された.2017年4月には,既設置のBBOBS近傍にNX-2G試験機を正常に設置,長期試験観測を開始し,2018年9月に回収する予定である.

 また,BBOBS-NXを基に,機動的に広帯域地震・傾斜同時観測を行うBBOBST-NXの開発・実用化を進めている.2013年4月には,房総半島東沖の海域での1年間の長期試験観測を実施した.2014年1月に設置地点のほぼ直下でスロースリップイベントが発生しており,それに伴うと考えられる傾斜変動が記録された.2015年にはより長期の試験観測を房総沖・宮城沖の2地点で開始し,2017年4月に宮城沖のものを回収した.ここでは観測期間途中から明確な傾斜変動を記録しているが,確証するための他のデータがない状況である.長期間での安定性には問題は無さそうで,観測対象次第では有用と考えられる.

(2-1-2) 最先端の海底電場観測装置(EFOS)の開発

電磁気探査の到達可能深度は,測定する電磁場変動の周期によって制御される(表皮効果).OBEM観測データのインバージョンによる最大探査深度は,周期1日以上で電場のS/Nが悪くなるために上部マントルの数百kmに限定される.新しい長基線電場観測装置(EFOS)は,長いケーブル(EFOS-6は6km,EFOS-2は2km)を海底に展張して良質な長周期電場データを取得する目的で開発された.上記「ふつうの海洋マントル」計画では,海域Aに合計3台のEFOS-2と1台のEFOS-6を設置し,2014年9月に3台のEFOS-2を,2015年9月に1台のEFOS-6を回収した.観測点NM16に設置したEFOS-2(図3.7.3)とOBEMの電場データのノイズスペクトルを比較すると,105秒よりも長い周期でEFOS-2のノイズが約1桁低いことが示された.このデータを用いて遷移層の電気伝導度を求め,地震波のレシーバ関数解析結果と統合して,遷移層に存在しうる水の量の上限を推定することができた.

 今後進めるべき方向の一つは,EFOSによる観測を世界中の様々な海域で実施して,遷移層の水のグローバルな分布を明らかにすることであろう.しかし現状のEFOSは,設置および回収に無人探査機(ROV)を必要とし,このことがEFOS観測のグローバル展開を困難にする要因となっている.現在のEFOSは耐圧容器にガラス球を用いているために深海有人探査機での取り扱いができない.今年度はこの点を改善して有人探査機でも扱えるよう,耐圧容器を金属製に変更した.それでもなお,深海でのEFOSの設置・回収作業が可能な有人/無人探査機は世界中を見ても,極めて数が限られる.一方,マニピュレータがないため複雑な作業はできないが,深海底でケーブルを展張する機能はある各種曳航体が使用可能な研究船は,多くの国で保有している.これらの曳航体を用いた設置・回収が可能になれば,EFOSによる観測の機会が格段に増えることが期待される.そこで我々は,深海曳航体(ディープトウ)によって設置/回収できるよう,EFOSの全面的設計変更を行い,第一段階の試作機を製作しつつある.今年度は科研費申請も行い,本格的な開発を早急に進めたいと考えている.

(2-2) 海洋島地震観測網

ジャヤプラ(インドネシア),パラパト(インドネシア),デジャン(韓国),ポナペ(ミクロネシア),マジュロ(ミクロネシア),犬山(日本),石垣(日本),パラオ(パラオ),バギオ(フィリッピン),父島(日本),カメンスコエ(ロシア),サパ(ベトナム),ハイフォン(ベトナム),ビン(ベトナム)の9ヵ国14定常観測点における観測を, 海洋研究開発機構と共同で継続した.このうちマジュロ(ミクロネシア),父島(日本),カメンスコエ(ロシア)を除く11観測点からはリアルタイムで地震波形データを収集した.

(2-3) 海洋島電磁気観測網

ポナペ(ミクロネシア連邦),アテーレ(トンガ王国),モンテンルパ(フィリピン),カンチャナブリ(タイ),ワンカイヨ(ペルー),南鳥島の各観測点における地磁気3成分と全磁力の観測を継続した.マジュロ(マーシャル諸島)観測点については,新観測点での観測再開について,現地協力機関と協議をしている.絶対観測値を用いて2013年以降の地磁気三成分確定値の検討を開始した.また,2015年までの観測値の公開準備を行った.

(2-4) 海底ケーブルネットワークによる電位差観測

フィリピン-グアム,二宮沖-グアム(TPC-1),グアム-沖縄(TPC-2),上海沖-苓北(上海ケーブル)の海底ケーブルについて電位差観測を継続し,これらの電位差に含まれる長期変動成分の解析を継続して行った.特に,電位差成分の永年変動(時間1階微分)に着目し,短期主磁場変動の地磁気ジャークや海流変動との関連を調査した.

(3) 海半球観測網を補完する長期アレイ観測

(3-1) 海底地震観測

海底観測網直下の構造を浅部から深部まで決定する「広帯域海底地震探査」の手法開発を行った.周期3–30秒においては地震波干渉法を,周期30–100秒においては遠地地震のアレイ解析手法をもちいることで,地震波異方性も含めた深さ10–150 kmの構造の定量的な議論が,浅部の構造を仮定せずに行うことが可能となった.すなわち,1–2年のBBOBS 臨時観測から観測網直下の深部構造が解析可能となり,このような機動的観測を太平洋内に展開する「(4-3) 太平洋アレイ(Pacific Array)」を構想し,推進体制の構築を開始した.

 海底広帯域地震計の鉛直成分に混入する水平動起源のノイズ除去方法を適用し,その有効性を検討している.周期20秒以上でノイズ除去は効果的であり,「ふつうの海洋マントル計画」の1観測点では周期30–50秒付近の鉛直成分のノイズレベルが陸上の静穏な観測点と同等のレベルまで改善した.

 また,「ふつうの海洋マントル計画」によって,広帯域海底地震計では,エアガンによる人工地震探査の信号を300–900km離れた地点で観測できる性能を有していることが明らかになった.このことは,地殻構造探査を目的としてきたエアガンを用いた海底人工地震探査で,海洋リソスフェアの構造探査が可能であることを示しており,この研究を推進すべく海洋研究開発機構との間に共同研究(OBS地震探査による海洋プレート構造研究)を締結した.2017年2〜3月にアウターライズ域で実施された人工地震探査において,複数種の海底地震計による同時比較観測を実施し,それぞれの海底地震計の特性を明らかにした.

(3-2) 海底電磁気観測

三陸沖日本海溝では,太平洋プレートの沈み込みに伴う変遷と地震発生との関連を電磁気学的手法と熱学的手法で解明することを目的とした研究を,2007年よりJAMSTECと共同で進めた.またこの海域での観測は,2009年度以降は,「地殻流体」計画の一環として継続している.2012年度までに海溝軸を横切る複数の測線上の合計31観測点でデータを取得し,2次元構造解析を進めている.なお,本研究で2010年に設置したOBEMは,2011年3月11日の東北沖地震に伴って生じた大津波によって誘導された磁場変動を記録していた.更に2013年4月から8月にかけて,新潟・秋田県沖日本海でも6台のOBEMを用いた観測を行った.同時に周辺の島で観測したデータ,過去に秋田県沖日本海で取得したデータを加えて3次元解析が進行中である.これらの観測データを統合的に解析し,最終的には日本海溝から日本海にかけての島弧断面の電気伝導度構造を明らかにすることを目指している.

(3-3) 陸上地震観測

新学術領域研究「核-マントルの相互作用と共進化~統合的地球深部科学の創成~」の一環として,主としてNECESSArray計画により購入された地震観測システムを活用し,タイ王国に40点の地震観測網を設置していた.本年度に大規模なデータ回収を実施し,本格的なデータ解析が開始された.

 またオーストラリアに加え,本年度にインドの研究機関ともMOUを締結し,インドの広帯域地震波形データを利用可能とした.タイ・オーストラリア・インドの観測網は,オントンジャワ・中国の観測網のデータと融合し,最下部マントルに広がる広域S波低速度領域(LLSVP, Large Low Velocity Province)の境界域を詳細に探査する大アレイを構成する.S波速度構造だけでなく,P波速度,異方性,減衰構造,散乱特性の地域性をマッピングし,LLSVPの成因とダイナミクスの制約を試みる予定である.

(3-4) 陸上電磁気観測

1998年以来,中国地震局地質研究所の協力を得て中国東北部吉林省中部および遼寧省西部・中部においてネットワークMT観測を行ってきた.そのデータの解析から,マントル遷移層の深さで電気伝導度が他地域に比べて有意に高くなる傾向が認められた.2007年より,この異常域の空間的な広がりを調べるために,中国全域にわたる既存磁場データの解析を始め,周期1日から100日程度の鉛直-水平磁場間の応答関数推定を試み,誤差の小さい良好な応答関数が推定できることを確認した.また,その観測点を埋めるように新たに中露,中蒙国境付近の2地点に3成分磁力計を設置し,観測を実施した (地震予知研究センターと共同).

(4) その他の地域での観測的研究

(4-1) 大西洋トリスタン・ダ・クーニャホットスポット

2011年度より,科学研究費補助金を得て,大西洋トリスタン・ダ・クーニャホットスポットの電気伝導度構造研究を開始した.これは,ドイツ(GEOMAR)との共同研究である.本研究の目的は,ドイツ側と併せて26台のOBEMをホットスポット周辺海域に展開して,マントルの電気伝導度構造を解明し,ホットスポットの起源がマントル深部にあるか否か,またアフリカ・南米大陸の分裂にどのように寄与したかを議論することである.OBEMの設置は2012年1月~2月に,回収は2012年12月~2013年1月に実施した.本センターからは,8台のOBEMを持出した.ナイチンゲール島にも電磁場観測点を1点展開し,データを取得した.2015年7月〜2016年1月に当センターの担当研究者がGEOMARに滞在し,現地研究者と共に集中的にデータ解析を進めて,マントルの3次元電気伝導度構造を推定した.得られた構造モデルでは,マントル深部からの上昇流を示唆するような高電気伝導度異常が認められない.このことは上昇流がデータからは分解できないほど小規模で,活動が終焉に近づいていることを示しているかもしれない.一方で,深さ約120kmの高電気伝導度層は観測アレイ内の海洋底年代に依存せずほぼ平ら分布するが,トリスタン・ダ・クーニャ島の南を東西に走る断裂帯より北側で盛り上がっている.断裂帯の北側セグメントは,海洋底年代は古くが,水深はプレート冷却モデルによる予測よりも深い.これらの一見矛盾した特徴は,中央海嶺下のマントルが北側セグメントの方がより低温で,部分溶融による脱水作用がより浅部から働いたと解釈することで説明できる(Baba et al, 2017, Tectonophys.).

(4-2) 太平洋オントンジャワ海台

オントンジャワ海台においてJAMSTEC等との共同観測を2014年から科研費(基盤B)の採択を受け開始した.このプロジェクトは,これまで充分な海底観測がなされていなかったこの巨大海台下の深部構造とその成り立ちを明らかにすることを目的としている.通常の海底広帯域地震・電磁気観測に加え,周辺島嶼での陸上臨時広帯域地震観測・反射法地震探査・船上磁力調査・精密海底地形調査・ドレッジによる岩石採取を実施した.2014年11月から2015年1月にかけての航海でBBOBS23台・OBEM20台を設置した.2017年1–2月に回収航海が実施され,観測機器は全台回収された.一部のBBOBSにおいて機器不具合が発生し,BBOBSのデータ回収率は80%弱であった.OBEMのデータは,20観測点全て解析可能なデータが取得できた.以上のデータは共同研究者間で共有され,現在個々に解析が進められている.

(4-3) 太平洋アレイ(Pacific Array

「広帯域海底地震探査」の確立(Takeo et al., 2013,1016, JGR)により,十数点のBBOBS/OBEMを1–2年展開することで,観測網直下の海洋リソスフェア−アセノスフェアシステムの地震波速度(方位異方性を含む)および電気伝導度の1次元構造が,海洋底からアセノスフェアの深さ(100–150 km)まで計測できることとなった.このような機動観測・解析を国際協力のもと太平洋内の十数カ所に展開するという「太平洋アレイ(Pacific Array)」構想を提唱し,推進体制の構築を目指している.そのため,2014年のIRIS workshop(5月)以来,あらゆる機会を使い,関係の講演を行い国際的な協力体制を模索している.

 2017年は,科研費(挑戦的萌芽的研究)の支援を受け継続的に上記の国際研究協力体制作りを進めると共に,2016年4月から採択されている地震研究所共同利用特定研究B「太平洋アレイ(Pacific Array)」のもと国内の研究協力体制作りをすすめている.国際協力としては,韓国ソウル大学や台湾海洋研究所(TORI)との観測船を使った共同研究の検討および科研費申請,学術振興会二国間セミナー経費による日韓の共同セミナー(4月13–14日;於ソウル大学),JpGU-AGU joint meetingに参加した国内外の主要研究者によるpost-JpGU workshopの開催(5月26日;於地震研),支持(support)を受けているION (International Ocean Network;IUGG下の組織) へのレポート提出,などを行った.このような中,米国グループの研究申請(ラモント地球研究所J. Gaherty教授代表)がNSFによって採択され,2018年4月から太平洋の二つの海域でPacific Array観測が行われることとなった.また関連英文Webページ関連英文Webページ(太平洋アレイ計画)を維持し,情報交換等にあてている.

(4-4) 小笠原西之島

小笠原西之島周辺海域において,西之島下のマグマ溜りおよび海洋島弧の電気伝導度構造を推定することを目的とした電磁気観測を,2016年10月から2017年5月に行った.本研究は,火山噴火予知研究センターおよび観測開発基盤センターとの共同プロジェクトである.電磁気観測は,海洋開発研究機構と協力し,当センターの海底電位磁力計4台と海洋研究開発機構のベクトル津波計1台を設置・回収した.構造解析は現在進行中であるが,副次的成果として,2016年11月中旬に全磁力と傾斜に顕著な変動があったことが確認された.この期間,西之島の噴火活動は休止していたが,西之島を取り囲むように設置した5台全ての機器で同時期に変動が観測されたので,火山内部で生じた何らかの現象を捉えたものと考えられる.

 

  (5) 海半球ネットワークデータの編集・公開

Boulder Real Time Technologies社のAntelopeというソフトウェアを用い,オーストラリア地質調査所,台湾中央研究院地球化学研究所,及びIRISとリアルタイムデータ交換を継続した. インドネシアの国内観測点, ADPCの観測点のデータの取得を継続した.

 超伝導重力計データの公開を継続した. 海洋研究開発機構と共同で,広帯域地震データ,GPSデータ,電磁気データの公開を継続した.

(6) データ解析に基づく地球の内部構造と内部過程の解明

散乱地震波を高周波数地震波のエネルギー輸送問題を解いて解析し,海洋リソスフェア・アセノスフェアの内部減衰・散乱減衰を独立に推定した.リソスフェアの内部減衰は周波数依存性が強いのに対し,アセノスフェアには周波数非依存の強減衰が存在することを示した.岩石実験との比較から,アセノスフェアには高温に起因する減衰ピークが存在することを示唆した.

 地震波異方性を記述する新しいパラメータを導入した.具体的には鉛直異方性(Radial Anisotropy, Transverse Isotropy)を記述する新たな第5のパラメータ(P波,S波それぞれの異方性の強さに加えて)を導入した.このパラメータは,入射角に依存する実体波の位相速度を,楕円条件(elliptic condition)からのずれとして適切に評価するだけでなく,表面波の位相速度や地球の固有周期の偏微分係数の評価からも,長周期の波動場も適切に記述することがわかる.今後の鉛直異方性の研究において使われるべきものであり,PREMなどの標準地球構造モデルを改訂・構築する際にも有用となる.これまで鉛直異方性は,「Love波とRayleigh波の矛盾」として理解されてきたが,「表面波と実体波の矛盾」としても定義しうることが明らかになり,リソスフェア-アセノスフェア・システム(LAS)を特徴付ける新たなパラメターとして研究を開始した.具体的には,新パラメターの観測制約可能性についての研究,また国内外の研究機関(北大,フランス・IPGP,イギリス・ロンドン大学)との関連共同研究を開始した.

 内核を通過するP波は,サウスサンドウィッチ諸島からアラスカに至る波線が特別に大きな走時異常を持ち,内核の異方性を示唆する証拠とされてきた.しかしアラスカに最近展開された稠密広帯域地震観測網を解析した結果,アレイ内で急激に走時異常が変動することを見出し,北米下の核マントル境界上の大きな速度勾配により生じたと解釈できることを示した.この結果は,従来の内核異方性の大きさの見積もりの見直しをせまる.

 インドの広帯域地震波形を解析し,太平洋の広域S波低速度領域(LLSVP)をサンプルする深発地震波形のSの回折波の後に,系統的に第2波が到達していることを見つけた.この現象は,低速度異常が原因で,複数の直達波が観測点に到達することにより説明できることを示した.今後の定量化により,LLSVPの速度や厚さを制約できると期待される.