3.7.2 固体・流体複合系としての地球惑星物理学の展開

(1) 青い地球の地震学

太平洋を横断するような遠地津波では,従来の予測と比べると伝播時間の遅延と津波初動が反転することが明らかとなった.その原因は津波伝播に伴う荷重による重力場変動・圧縮性海水・固体地球の弾性変形であった.これらの効果を取り入れた簡便・高精度な革新的遠地津波波形計算法を開発し,遠地の津波波形予測や著しい津波予測技術の向上が達成された.津波伝播の物理モデルのさらなる向上として,海洋密度成層・津波伝播波線の湾曲の影響を考慮する新手法を開発した.2011年東北地震津波は太平洋全域で津波が観測されている.新手法をそれら遠地津波波形に適応し,遠地津波データのみを用いて初期津波波高の時間・空間発展モデルを構築した.遠地津波データのみから,近地津波データ解析から判明していた地震発生後3分後に日本海溝沿いに北緯40度を越えて津波発生域が広がることを示した.これまで不可能であった遠地津波データの利用した地球規模での巨大地震津波波形解析の進展が期待される.成果は論文として出版された.

 2015年5月に発生した鳥島近海地震(Mw5.7)の近傍で展開していた短スパン海底圧力計アレイにより微弱な津波(波高5cm)が観測され,周波数ごとの波束の到来方向と到達時刻が測定された.新たに開発された分散性津波の波線追跡法により,周波数依存の津波到来方向と到達時刻がほぼ再現された.この破線追跡法と改良Greenの法則により,津波波源域は直径8キロの須美寿カルデラを覆うように広がり中央部の初期波高は1.5m程度であると推定され,その津波波源モデルは八丈島で観測された津波波形(波高1m)をよく再現した.これら成果は論文として出版された.

 地震波干渉法を太平洋に整備されている深海津波計の連続記録に適応し,実際の津波波源がなくとも2観測点間を伝播する長周期海洋表面波の抽出と,その位相速度の測定に成功した.今後,この手法は数値計算によらない津波予測技術として発展が期待される.また,背景津波の波形解析から,背景津波波源の分布が明らかとなり,背景津波の励起機構についての研究の進展が期待される.

(2) 活火山における固体・流体複合過程の観測的研究

火山を固液複合現象の実験場としてとらえ,観測研究をおこなっている.今までのわれわれの研究から火口直下の構造および固液複合系振動システムが解明されつつある阿蘇火山で,将来の噴火に伴う火山性流体の移動をとらえるべく京大・九大・東北大と共同で以下の観測研究を継続的に行っている:(a)広帯域地震ネットワークによる火山性微動のリアルタイム・モニターシステムを整備・維持し,基本周期15秒の長周期微動源(火口直下の火道系内での熱水活動による)のモニタリングを行う.(b)長周期微動の周期・振幅変化から火山浅部流体系時間変化を探る.

 火山爆発が大気中に引き起こす大気波動現象を観測するため,爆発的火山噴火を繰り返している桜島火山昭和火口近傍の黒神観測点で2006年6月より広帯域圧力観測を続けている.観測点敷地内の整地作業のため,2016年9月に一時撤去したが,来年度再設置を予定している.

 (3) 海溝周辺における間隙流体流動と熱輸送過程の観測的研究

海洋プレートが沈み込む場である海溝の周辺地域において,地下からの熱放出量(熱流量)を測定することにより,地殻や堆積物中の流体移動による熱輸送,それがプレート境界面の温度構造に与える影響についての研究を行っている.

 日本海溝海域では,海溝海側のアウターライズ上において,太平洋プレートの年齢に比べて高い熱流量が観測されている.この広域的な高熱流量は,沈み込みに伴う変形で海洋地殻が破砕されて透水率が増加し,地殻内の流体循環が発達して深部から熱を汲み上げる,というモデルで説明できる.海洋地殻内における流体の分布を明らかにし,このモデルを検証するには,熱流量分布に加えて電気伝導度構造を調べることが有効と考えられる.このため,アウターライズ地域において,自然電磁場変動及び人工電流源を用いた海底電磁気探査を実施してきた.2017年には,長さ約30 kmにわたり海底直上で人工電流源を曳航する探査に成功し,得られたデータの解析を進めている.

 南海トラフ海域については,海溝軸付近(トラフ底)における熱流量が,沈み込むプレート(四国海盆)の年齢によらず,場所によって大きく異なることに着目して研究を行っている.トラフ底熱流量の平均値は,四国海盆形成時の海底拡大方向に対応して変化しており,海盆形成過程の変化に応じた地殻構造の違いによって,地殻内の流体循環とそれによる熱輸送に差が生じていると推測される.さらに,熱流量の局所的な変動と基盤地形(堆積層の厚さ)の関係も,地域によって顕著に異なることが判明した.この結果もまた,海洋地殻内における流体循環が,海溝近傍での熱輸送と温度構造に強く影響することを示唆している.