3.11.2 海域における観測研究

(1) 災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画による海底観測

(1-1) 平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震震源域の海底モニタリング観測

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(以下東北沖地震)の発生時には,震源域の一部に,海底地震計が設置されており,本震発生直後から,海底地震計を追加設置し,余震観測を実施した.その結果,本震時に大きな滑りが推定されている本震震源付近では,本震直後から余震活動が低調であることがわかった.また,震源域南部では,太平洋プレートに,フィリピン海プレートが接触していることが推定されているが,この領域では余震が少ないことから,本震時の破壊がこの付近で停止したことが示唆された.その後2011年9月からは,主に長期観測型海底地震計を用いて,震源域における長期観測を実施している.

地震時の滑りが大きかった東北沖地震震源域本震付近における長期の地震モニタリング観測は,プレート間固着の変化などを把握するために重要である.そこで,2013 年9 月に,東京大学大気海洋研究所研究船白鳳丸により,長期観測型海底地震計を宮城県・岩手県沖に展開し,モニタリング観測を2014年10月まで実施した.さらに,2015年5月には,震源域最北部の青森県沖に,長期観測型海底地震計を設置して,海底地震観測を,2016年5月まで実施した.また,2014年10月から2016年10月まで,科学研究費助成事業(特別推進研究)「深海調査で迫るプレート境界浅部すべりの謎~その過去・現在」と連携して,広帯域海底地震計を含む小スパンアレイと長期観測型海底地震計による宮城県沖における海底モニタリング観測を実施した.2017年には,宮城県沖で観測を行っていた小スパンアレイ1組を回収した.2016年10月からは,同じく特別推進研究と連携して,小スパンアレイによる観測を福島沖において実施し,2018年に回収して,観測を終了した.福島県沖における観測では,新規開発した小型広帯域海底地震計を3台設置し,小スパンアレイと併せて,広域観測網も構築していることが特徴である.一方,長期観測型海底地震計による宮城県沖における海底モニタリング観測に関しては,長期にわたるモニタリングを目的として,引き続き観測を実施している.なお,これらの観測研究は,北海道大学,東北大学,京都大学,鹿児島大学,千葉大学との共同研究である.

(1-2) 宮城県沖における構造探査実験

2011年東北沖地震震源域北限付近である北緯39 度付近の日本海溝陸側斜面下では,東北沖地震発生前には,微小地震活動度の高い領域と低い領域があることが知られており,1996 年と2001 年に,海底地震計とエアガンを用いた構造探査実験が行われている.その結果,微小地震活動が活発な領域では,プレート境界からの地震波反射強度が弱く,非活発な領域では反射強度が強いという結果が得られている.これはプレート境界面における含水量の違いによるものと解釈されており,含水量が大きいプレート境界では反射強度が強く,またプレート間の摩擦強度が小さいために地震活動が低調であると考えられている.東北沖地震の発生を受け,断層すべりによるプレート境界の特性変化を抽出する目的で,2001年に行った構造調査と同一地点に海底地震計を設置し,同一測線において,2013年にエアガン発震を行った. 地震波走時を用いた構造調査では,それぞれの測線におけるP波速度構造断面とプレート境界の深さを求めた.また反射強度の変化について,2001年と2013年で取得されたデータを比較するための解析を進めているが,東北沖地震の前後において反射波の強度に一部差異が見られ,プレート境界の特性が変化している可能性があることが示唆されている.2014年には,さらに海溝軸に近い領域で構造調査を行ったが,地震波速度構造断面を求め,構造と地震活動との関係を調べるために,現在もデータ解析中である.なお,この観測研究は,北海道大学,東北大学,鹿児島大学,千葉大学との共同研究である.

 (1-3) 房総半島南部における長期海底地殻変動観測

房総沖スロースリップ領域において,海底における地殻変動を検出することを目的として,海底精密水圧計による観測を実施している.2016年に,4台の海底水圧計が設置されており,2018年はこの水圧計を回収するとともに,引き続き海底水圧計を設置して,観測を継続した.用いている海底水圧計は約2年間の連続収録が可能である.また,次世代広帯域地震傾斜計1台が設置されており,2017年に回収を試みたが,来年度以降に再試行することとしている.回収した海底精密水圧計のデータについて解析した結果,海底の上下変動が約1 cmの精度で観測できることが示された.2013年12月から2014年1月の房総沖スロースリップの活動期間を含むデータから,スロースリップに伴う約2cmの上下変動が検出された.さらに,この結果と陸上GNSSデータを用いてスロースリップのすべり分布を求めた.なお,この観測研究は,千葉大学との共同研究である.

 (1-4) 南西諸島海溝北部における長期海底地震観測

南西諸島海溝域では,島嶼が海溝軸から100~200 km 離れた島弧軸に沿って直線状に配列するのみであり,プレート境界付近の微小地震活動等の時間空間的変化の詳細な把握が難しい.本観測研究は,海域に長期観測型海底地震計を設置して,プレート境界3次元形状などを明らかにするとともに,活発な活動が確認されている短期的スロースリップイベントや超低周波地震の詳細を明らかにする.2018年は,前年に投入した長期観測型海底地震計を回収するとともに,予め準備した長期観測型海底地震計をほぼ同一位置に再設置した.2015年7月以降はトカラ東方海域における繰り返し定常観測を実施している.なお,この観測研究は,京大防災研,鹿児島大学,長崎大学との共同研究である.

 (1-5) ニュージーランド北島ヒクランギ沈み込み帯における海底観測

ニュージーランド北島ヒクランギ沈み込み帯では,平均しておよそ2 年の周期でスロースリップが発生しており,このうち6 年周期程度で規模の大きなイベントが起こっている.そこで,スロースリップおよびそれに付随する地震活動を把握することを目的に,2014年5月から2015年6月にかけて,海底地震計と海底精密圧力計を用いた観測を実施した.観測期間中に陸上の測地観測網から比較的大規模なスロースリップイベントが発生したことが確認されていたが,イベント発生時に海底に設置されていた海底精密圧力計の記録から,そのプレート境界面におけるすべりが部分的に海溝軸近傍まで達していることが,世界で初めて確認された.また,このスロースリップイベントが終了する時期から,決まった領域で微動の発生が始まり,さらに2週間ほど連続している可能性が示唆された.なお,この観測研究は,東北大学,京大防災研, UCSC(USA),LDEO(USA),University of Colorado at Boulder(USA)との共同研究である.2017年11月には,ヒクランギ沈み込み帯全域にわたる構造を調べるため,海底地震計を設置してエアガン発震を行い,良好な記録を得た.現在は取得されたデータの解析を行っている.なおこの調査研究は海洋研究開発機構,GNS Science(ニュージーランド),UTIG(米国),USC(米国),ICL(英国)との共同研究である.

 (1-6) 伊豆小笠原西之島付近における海底地震観測

小笠原諸島・西之島は,2013年11月に噴火活動を開始して新しい島が形成され,溶岩流出によって急速に成長した.このような離島での噴火活動を把握するために,西之島近傍において,長期観測型海底地震計を用いたモニタリング観測を,科学研究費助成事業(基盤研究(A))「遠隔操作の多項目観測による西之島形成プロセスの解明」と連携して,実施している.長期観測型海底地震計は,2015年2月に設置され,2015年10月に回収・再設置を行い,海底地震観測を継続した.2016年は,5月および10月に回収・再設置を行い,西之島近海での海底地震観測を継続した.さらに,2017年は,5月に回収・再設置を行い,観測をおこなった.長期観測型海底地震計は,2018年5月に回収し,海底地震観測を終了した.得られた記録には,噴火とみられる噴煙活動と対応した波形が収録されており,噴火期間の火山活動を把握することができた.なお,この観測研究は,気象庁,海上保安庁,海洋研究開発機構との共同研究である.

(1-7) 宮崎県沖日向灘における長期海底地震地殻変動観測

宮崎県沖日向灘では,活発な低周波微動活動が確認されている.深部スロースリップからの類推として,低周波微動の発生に併せて浅部スロースリップが発生していると予想されている.そこで,その存在が予想される浅部スロースリップイベントの海底観測による直接検出を目的として同海域において,広帯域海底地震計,長期観測型海底地震計および海底精密水圧計による観測を,科学研究費助成事業(新学術領域研究)「スロー地震学」と連携して開始した.さらに,すべりの空間分布を推定するとともに,浅部微動や浅部超低周波地震の詳細な時空間発展や地球潮汐応答等の活動様式を明らかにし,これらの現象のスケーリングや相互関係性の評価を行うことなども目的である.2017年3月に船舶を用いて海底観測測器の設置を行い,観測を開始した.2018年8月に海底水圧計,長期観測型海底地震計を設置して,観測を行っている.なお,この観測研究は,京都大学との共同研究である.

(2) 文部科学省委託事業による海底地震調査観測研究

(2-1) 日本海地震・津波調査プロジェクト

日本海沿岸地域において,津波・地震対策の基礎として,津波波高・強震動予測を実施する必要がある.そのため,2013年から開始された8ヶ年のプロジェクトにより構造調査などの調査観測が実施されている.その一環として,日本海下の深部構造を求め,モデリングに貢献するために,広帯域海底地震計及び長期観測型海底地震計を用いた,地震モニタリング観測を行っている.今年度は,2017年度に日本海盆に設置された海底地震計を回収し,新たな海底地震計と入れ替えた.本プロジェクトによって,これまでに大和海盆で3年分,日本海盆で1年分の地震波形記録が得られている.これらのデータを用いて,海洋プレートの構造を求めるための解析が進められている.

(2-2) 南海トラフ広域地震防災研究プロジェクト

東北沖地震の発生を受けて,南海トラフで発生する巨大地震についても,最大規模の地震を想定する必要性があり,地震発生の連動の範囲や地震や津波の時空間的な広がりを見積もる必要がある.そのために,南海トラフから南西諸島海溝にかけて,広帯域海底地震観測を2013年から実施している.得られたデータよりトラフ付近のスロー地震の解明と地震活動の詳細な把握を行うことが目的である.2018年10月には,種子島東方沖に設置されていた長期観測型海底地震計を回収し,新たに種子島南東沖に長期観測型海底地震計を設置することにより,観測域を変更しながら,観測を継続した.2018年に設置した海底地震観測網の一部には,小型広帯域海底地震計を用いた.なお,この観測研究は,京都大学防災研究所,海洋研究開発機構と連携して行っている.

(3)共同研究による海底観測研究

(3-1) 南西諸島における広帯域地震計による低周波地震・微動モニタリング研究

南西諸島域では,島弧全体にわたって,浅部プレート境界において,低周波微動,超低周波地震,短期的スロースリップの活動が活発であることがわかってきた.これらの低周波イベントは,プレートのカップリングと密接に関連していると考えられている.そこで,低周波イベント活動および微小地震を含む地震活動の正確な把握を目的として,南西諸島海溝域における海底地震観測を2015年から開始した.南西諸島域の大部分は海域となっており,常設の地震観測点が少ないために,海底観測点を追加することにより,効果的な地震観測網を構築できる.観測域には,島嶼観測網からスロースリップや低周波イベントの発生が推定されている南西諸島海溝中部とした.2015年1月に広帯域海底地震計,長期観測型海底地震計を設置して,観測を開始した.本観測では,一部の海底地震計に,固有周期20秒の地震計を用いていることが特徴である.また,全体の活動を把握するために,広域の地震観測網を構築した.広域観測網での観測は,2016年8月まで継続した.同一観測航海において,微動活動が活発な奄美大島東方海域に,観測点間隔30km程度の観測網を新たに構築し,観測を開始した.2017年は8月に前年に設置した海底地震計を回収し,同一領域で,観測網をやや北東に拡張して,海底地震計を設置した.これまでに回収されたデータには,低周波微動と超低周波地震活動が記録されている.なお,本研究は,公益財団法人地震予知総合研究振興会,京都大学防災研究所との共同研究である.

(3-2) メキシコ太平洋沿岸部ゲレロギャップにおける長期海底地震・圧力観測

メキシコ太平洋沿岸部は,ココスプレートが北米プレートに沈み込んでおり,プレート境界型巨大地震が発生する.しかし,ゲレロ州の沖合(ゲレロギャップ)は,近年大きな地震の発生が見られない一方,スロースリップが4年程度の間隔で繰り返して発生していることが知られている.プレート間歪みをスロースリップのみで解消しているわけではなく,将来巨大地震発生の可能性があると考えられている.そこで,ゲレロギャップ下のプレート間固着を明らかにすることを目的として,同領域において海底地震地殻変動観測網を構築した.2017年11月に,長期観測型海底地震計および長期観測型海底圧力計を,メキシコ国立自治大学(UNAM)所属研究船El Pumaを用いて設置した.観測領域は,海溝沿いに約120km,直行方向に約50kmである.2018年は11月に同じく研究船El Pumaを用いて,前年に設置した長期観測型海底地震計および長期観測型海底圧力計を回収し,新たに長期観測型海底地震計を設置して,観測を継続した.なお,本研究は,平成28年度から開始された国際科学技術共同研究推進事業,地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)「メキシコ沿岸部の巨大地震・津波災害の軽減に向けた総合的研究」の一環として,京都大学,東北大学,UNAM(メキシコ)との共同研究として行われた.

(3-3) 南九州における制御震源地殻構造探査実験

南九州では,フィリピン海プレートが日向灘で九州の下に沈み込んでおり,島弧である九州では活発な火山活動が見られる.さらに背弧側である東シナ海は沖縄トラフの北端に位置する.このような地域の地殻活動を理解するために,島弧の地殻構造を明らかにすることが重要である.また,活発な火山活動を伴う姶良カルデラの詳細な地下構造を明らかにすることは,火山噴火の理解を進めるために必要である.これらの目的のために,2018年11月に,2017年に続き,南九州を横断する海陸構造探査実験が行われた.海域では,海底地震計を直線上に短い間隔で設置し,制御震源であるエアガンの発震を行った.設置した海底地震計は,構造探査実験終了後に回収された.今後得られたデータ解析を行う予定である.なお,本探査実験は,北海道大学,東北大学,京都大学,九州大学,鹿児島大学との共同研究である.

 (4) 海底地震地殻変動観測システム開発およびデータ解析手法開発

(4-1) 三陸沖に設置したICTを用いた光ケーブル式海底地震・津波観測システムの運用

これまでの光ケーブル海底地震・津波観測システムは,海底通信技術を用いた高信頼性システムであるが,コスト面や運用面での欠点がある.そのため,データ伝送とシステム制御にICTを用いたシステムを新たに開発し,その1号機を新潟県粟島近海に設置した.このシステムは,データ通信の冗長性を備え,より低コストで,小型・軽量であることが特徴である.2号機に関しては,既設の三陸沖光ケーブル海底地震・津波観測システムの更新システムとして,開発・製作した.2号機は,地震計と津波計を装備した観測点を2点,地震計と拡張ポートを装備した観測点を1点設置し,全長は約110 kmである.拡張ポートは,PoE I/Fを用いており,設置後,無人探査機などにより,新たなセンサーを接続できる.観測装置は約30 kmまたは約40 kmの間隔であり,設置時には,拡張ポートにデジタル出力型高精度水圧計を接続した.2015年9月に,岩手県釜石市沖へ2号機の設置を行った.システムの設置は,通信用海底ケーブル設置に用いられている海底ケーブル敷設船を利用した.このシステムの設置により,釜石市沖は,三陸沖光ケーブル海底地震・津波観測既設システムと併せて,空間的に高密度なリアルタイム海底地震・津波観測網が構築された.2017年4月には,波浪の影響を受けやすい汀線部から沖側約30mまでの区間のケーブルの保護対策とアース電極の沖合への設置作業を実施した.アースの強化としては沖合30m程度にアース電極を設置し,これまでに利用していた汀線部アースと並列に接続した.その結果,給電電圧の変動はほぼ無くなり,安定した運用ができるようになった.2018年9月には,汀線部から沖合100m程度までの状況の監視調査を行ったが,大きな問題は発見されなかった.また,陸上部装置の保守を行った.沖合へのアース電極設置以降,給電電圧の変動はほぼ無く,安定した運用を行っている.

(4-2)小型広帯域海底地震計の開発

長期観測型海底地震計は実用化以降多数の実績を持っており,繰り返し観測の手法により,モニタリング観測が可能となった.この長期観測型海底地震計の地震計センサーは,三成分高感度短周期速度計であり,その固有周波数は1Hzである.通常の地震観測には,十分な帯域であるが,近年着目されている浅部低周波微動や超低周波地震を観測するには,やや帯域が不足である.近年,小型で低消費電力である広帯域地震計が利用可能になってきた.そこで,Nanometrics社Trillium Compact Broadband Seismometerを用いて,この地震計センサーを長期観測型海底地震計に組み込むために,新しくレベリング装置を開発し,小型広帯域海底地震計を開発を2017年に実施した.2018年は,固有周期20秒または120秒の地震計センサーを搭載した小型広帯域海底地震計の観測への利用を始めるともに,台数の確保に努めた.また,実際の観測の実績から,改良を行う予定である.

(4-3) 光ファイバー計測技術による海底ケーブルを用いた海底高密度地震観測システムの開発

光ファイバセンシングの一つであり,振動を計測する分散型音響センシング(Distributed Acoustic Sensing,以下DAS)は,近年様々な分野で応用され始めている.地震関係の分野では,石油探査のために構造調査に利用されている.この計測は,光ファイバー末端からレーザー光のパルスを送出し,光ファイバー内の不均質から散乱光を計測し,その変化から,振動を検出する方法である.光ファイバーに沿って,時空間的に密な観測を実施できることが特長である.地震研究所が1996年に設置した三陸沖光ケーブル式海底地震・津波観測システムは,伝送路である海底ケーブルに予備の光ファイバーを持っている.この予備光ファイバーに,DAS計測を適用することによって,空間的に高密度の海底地震観測を実施できる可能性がある.2018年から,DAS計測技術を三陸沖光ケーブル式海底地震・津波観測システムの予備光ファイバーに適用する開発を開始した.

(4-4) 海底地震計波形データ解析のための手法開発

海底地震計の波形データは,海底に積もった柔らかい堆積層や,海底,海表面に由来する多重反射・変換波が卓越し,複雑になる.このため,目的とする深部の構造(モホ面やリソスフェア・アセノスフェア境界など)で生じる変換波の情報を抽出することが困難となる.この問題に対処するための,新たな地震波形の解析手法を開発した.なお,この開発はブリティッシュ・コロンビア大学(カナダ)との共同研究として行われた.