カテゴリー別アーカイブ: アウトリーチ,国際共同研究,若手育成・教育推進,技術支援
表4.2.1
4.1.2 委員等派遣による国・自治体等の防災対策への貢献
地震及び火山現象の解明とその防災・減災に関連する研究が目的のひとつとなっている地震研究所にとって,国や自治体における地震・火山防災に関連する委員会等への貢献は,研究成果を社会へ還元する取り組みである「アウトリーチ活動」の一環として,重要な意味を持っている.2018年は,100を越える委員等の派遣をしており,国や地方自治体の防災対策に大きな貢献を果たしている.
4.1.1 広報アウトリーチ活動の実績
(1) ホームページ
ホームページ(所の公式なウェブサイト)は社会への情報提供のための重要なツールである.広報アウトリーチ室ではこれまで,ニューストピックス,地震・火山情報の発信などを整備し,運営・管理を行ってきた.2013年度以降は,所の最新の研究活動をより広く知って貰うため,最近の研究を紹介する欄を設け,研究成果として論文に公表された内容を一般の方にも判るような解説を付けてホームページにアップするコーナーを立ち上げた.また、2014年11月にホームページを大幅にリニューアルして,よりシンプルなトップページと整理された階層構造を整えて,ホームページによる情報発信の強化を図った.さらに,教育・研究活動の国際化に応えるため,国際的な情報発信を強化するホームページ英語版のリニューアルも行った。
2018年は,リニューアルされたホームページの維持管理と情報発信に務めた.大規模な地震・火山活動時には,国内外を問わず,すみやかに地震・火山情報のページを設け,地震研究所の観測・研究情報や解説記事などを迅速に提供している.2018年には,北海道胆振東部地震などの4項目を新たに設け情報発信を行った.トップページには,最新の論文についての解説を掲載し,順次入れ替えを行っている。また,「お知らせ」「シンポジウム」等の新しい情報の掲載を頻繁に行い,所内外への広報アウトリーチ活動を行った.
(2) 印刷物
所内研究者の研究や所外研究者との共同研究の成果を公表・発信するために,広報誌・要覧などの印刷物を出版するとともに,これらのほとんどをホームページで公開している.
広報誌は「地震研究所広報」から電子媒体のみの「地震研究所ニュースレター」(2005 年より 30 回発行) を経て,2008 年より紙媒体の広報誌「ニュースレター Plus 」を発行している.4ページの短い紙面に,特集記事とトピックスを凝縮しており,学内・行政・審議会・メディア等の関係者や地球科学関係の学科等がある大学や首都圏の高校,図書館等に送付するほか,全所員,一般公開の参加者や公開講義等でも配布している.執筆・デザインには外部の協力も得て,小粒ではあるが質の高い広報誌を制作している.2018年には「ニュースレター Plus」を2回(第28号,第29号)および「ニュースレター Plus」を要約した英文広報誌である「News Letter Plus Digest」を1回の計3回発行して,地震研究所の最新の研究成果を紹介した.
また,世界の震源地図のポスターは,「Global CMT Catalogue(1977.1ー2018.4)」の震源情報を使って改訂版を作成した.さらに,江戸時代の地震・火山災害資料(図書室所蔵)の絵葉書を作成した.これらの配布物は,一般公開の際やラボツアーや所内見学に訪れた来場者に配布し,地震活動の理解への啓発に努めている.
(3) 研究紹介動画等
一般の方に地震の観測の方法や研究の意義を理解してもらうためのビデオを作成し,展示ブース等での上映,地震研ホームページへの掲載を行った.また,地震波伝播を再現する模型等の教材を作成し,学会等で展示したほか,防災関連イベントへの貸出を行った.地震研究所が観測・研究を行っている火山をテーマとする2019年カレンダーを作成した.対象とした火山に関する解説も盛り込み,研究成果の普及にも役立つものとなっている.
(4) 関連学会へのブース出展
学会に参加する研究者,学生・生徒へのアウトリーチとして,これまで日本地球惑星科学連合大会,日本地震学会,国際学会 (EGU,AGU,AOGS,IAVCEI等) に,地震研究所としての展示ブースを出展し,研究所の活動や成果,開発機器等の紹介を務めてきた.2018年は,国際学会へのブース出展を積極的に実施した.4月にオーストリアのウィーンで開催された2018 EGU General Assembly,6月に米国ホノルルで開催されたAOGS Annual Meetingおよび12月に米国ワシントンDCで開催された2018 AGU Fall Meetingに出展し,地震研究所の紹介に努めると同時に,海外からの留学生の受け入れ促進を図っている.国内学会では,5月に開催された日本地球惑星科学連合2018年連合大会にブース出展した.
(5) 一般公開・公開講義
地震研究所では,地震や火山の基礎研究,地震火山災害の軽減に関する研究などを直接的に社会に伝達することも重要な責務であると考え,学生や市民を対象に研究所の一般公開を実施している.2009年までは一般公開に合わせて公開講義を実施してきた.2010年から2013年までは,1月から3月に公開講義を開催したが,2014年からは,一般公開の時期に公開講義を実施している.2018年は,東京大学のオープンキャンパスの日程に合わせて,8月に地震研究所の一般公開が実施され,公開講義も8月に行った.
(6) 所外からの問い合わせ・講演依頼等への一元的な対応
社会の関心が高い研究を進めている研究機関として,一般の方からの様々な問い合わせに対応するため,地震研究所ホームページに「問い合わせ」欄を設け,広報アウトリーチ室が窓口となる体制を整えている.また,所外(政府省庁,地方公共団体,防災関係機関,学会,教育委員会,中学・高校)からの講演依頼については,所内の教職員の協力のもと本務である研究・教育活動に支障がない範囲で,できるだけ対応する方針をとっている.
(7) 見学,ラボツアーの実績
中学生・高校生・大学生・研究者及び地方あるいは国の行政機関,学校教員,関連企業などからの地震研究所の訪問・見学の希望については,できるだけ受け入れる方針で対応している.また,海外の研究機関や行政機関からの来訪者にも対応している.2018年は,40件,人数にして1000名以上の見学・訪問者があり,地震研究所のアウトリーチ活動として定着している.また,日本における地震・火山噴火予測研究と防災対策などの現状に関して英国大使の視察に対応した.
(8) 報道対応及び報道関係者,防災関係者向けの教育
地震研究所における取組みを一般に伝えるためには,ホームページや印刷物の他に,報道機関からの取材への対応も広報アウトリーチ室が担当している.2012年度以降は,報道関係からの取材依頼や問い合わせについても,広報アウトリーチ室が窓口となって一元的に受けつける体制を整備し,これらの取材依頼や問い合わせに対して,対応が可能と思われる適切な教員に依頼等を受けて貰う形で応えている.この様な体制を取ることで,報道関係からの取材とその対応について,2012年度以降は広報アウトリーチ室において,把握できる状況となっている.一方,観測計画によっては地元自治体,住民の協力・理解を求める事が必要であり,それらの実施予定や重要な研究成果などについて,発表者や東京大学本部広報課と緊密な連絡を取りながら,それぞれの内容に応じてプレスリリースや記者会見等の適切な手段を選んで報道対応を行っている.
地震研究所の研究活動,研究成果をより的確に社会に伝えるためには,仲介者となる報道や行政機関,教育関係者などとの十分なコミュニケーションが不可欠である.国内外の地震・火山災害の解説や地震研究所が取組む課題などの話題提供を行う機会として「地震火山防災関係者との懇談の場」を設けている. 2012年からは,「ニュースレターPlus」で取り上げた話題を報道関係者に分かり易く話題提供する試みを始めている.2018年は,「ニュースレターPlus」第27,28,29号の内容を話題として,1,5,11月に開催した.
(9) その他
2018年には,1月に文部科学省主催の地震防災に関する展示会「ぎゅっとぼうさい博!2018」への出展,3月に文京区の防災関連団体の防災交流体験会への協力を行い,地震防災に関する研究成果の普及に努めた.
4.4 技術部
下記の2室は,全国共同利用研究所(H22年度より地震・火山科学の共同利用・共同研究拠点)としてより有機的な研究支援体制の確立を目的として,平成13年4月1日付けで設置された技術職員とそれを統括する担当教員で構成された組織(所内措置) である.
4.3 若手育成・教育推進室
教授 | 新谷昌人,歌田久司,川勝均,塩原肇,武井康子(室長) |
准教授 | 市原美恵,清水久芳,竹内希,長尾大道,西田究,前野深,望月公廣,綿田辰吾 |
次世代をになう大学院生・若手研究者の育成に全所的に取り組むことを目的とし,平成22年4月に行われた改組に伴い「若手育成・教育推進室」(以下『育成室』と呼ぶ)が設置された.育成室では,(1) 理学系大学院地球惑星科学専攻の教務,(2) 大学院教育プログラムの企画・立案および調整,(3) 若手育成・教育に関する方針,(4) 学生に対する経済支援,(5) 本学におけるさまざまな教育活動,(6) その他研究所の若手育成・教育に関する重要事項,について地震研究所としての対応を検討・実施している.
平成30年度も,引き続き毎月1 回の定例の育成室会議(原則として教授会の一週間前の木曜日)を持ちつつ活動した.所外の教育関連の委員会には,理学系研究科教育会議(川勝),地惑専攻教務委員会(市原,竹内,望月),地球惑星専攻幹事会(武井,新谷)などのように対応した.また,理学部地球惑星物理学科の講義・演習の担当者の選定などにも組織として適切な対応をとっている.
具体的な活動としては,修士論文の中間発表と学生ポスドクの研究発表を全所的に行う「学生week」の開催(11月12–16日),博士課程学生を対象とした地震研リサーチアシスタント制度の実施,国内外の大学院生・学部生を一定期間受け入れるインターンシップ研修生制度の実施,大学院進学ガイダンスの実施(6月2日),官庁(気象庁,国土地理院,海上保安庁)による進路説明会の開催(2018年3月4日:参加学生8名,2019年2月27日:参加学生6名),JOGMECによる企業説明会(2019年1月24日:参加学生2名)などを行った.また,理学部地球惑星物理学科の学生を対象とした観測実習や実験演習には地震研究所から13名の教員が非常勤講師として参加し,その調整などを行った。さらに、教養課程の学生を対象とした初年次ゼミナールとして「世界の海底物理・地質情報からプレートテクトニクスを視る」(担当:清水准教授,木下教授,沖野教授(海洋研))を担当し、これに関連した駒場全学体験ゼミナール「大地の衝突と地震:伊豆・箱根」(講師:石山准教授)の開講をおこなった.
大学院教育の国際化に関連し,理学系研究科が開校したGSGC(国際卓越大学院,Global Science Graduate Course)に参加し,現在2名の学生を受け入れている.また,地震研に所属する大学院生に対し,海外の大学・研究機関に1ー2ヶ月滞在し研究をおこなう活動を支援する「地震研究所海外派遣インターンシップ制度」を実施し、今年度は4名の院生が海外で研究活動を行った.さらに,国際室が実施した科学技術推進機構のさくらサイエンスプログラムにおいて,参加学生にポスター発表の場を提供するとともに大学院入学(留学)ガイダンスを実施した.
また,地球惑星科学専攻大学院講義のうち「固体地球科学特論」を以下の教員で実施した:特論I ,Sセメスター,講師:田中(宏) 教授.
4. アウトリーチ・国際共同研究・若手育成・教育推進・技術支援
3.8.2 ラジオグラフィー解析による研究
(a) ミュオグラフィ自動処理データ閲覧システム
我が国は世界に先駆けて素粒子ミューオンによる火山透視(ミュオグラフィ)を成功させ,これまでにない解像度で火山浅部の内部構造を画像化した.例えば,浅間山では固結した溶岩の下にマグマ流路の上端部が可視化された.また,薩摩硫黄島ではマグマ柱上端部に発泡マグマが可視化された.これらはすべて静止画像であるが,2009年の浅間山噴火前後の火口底の一部に固結していた溶岩の一部が吹き飛んだ様子が透視画像の時系列変化として初めて可視化された.さらに,2013年には薩摩硫黄島においてマグマの上昇下降を示唆する透視映像が3日間の時間分解能で取得された.これらの成果は,ミュオグラフィが火山浅部の動的な構造を把握し,噴火様式の予測や,噴火推移予測に情報を提供できる可能性を示している.しかし,現状ではデータを即透視画像として提供する事が出来ていないため,火山学者が透視画像にアクセス出来る状況に無い.そのため,火山学者による透視画像の解釈がいっこうに進まず,火山活動とミュオグラフィ透視画像の関連について系統的に評価するまでに至っていない.この問題を解決するため、ミュオグラフィ自動処理データ閲覧システムを開発した.これはミュオグラフィ観測のデータ処理の自動化を行うことで,火山体浅部の構造を把握し,噴火様式や噴火推移の予測に必要な情報を提供することを目指すものである.これにより,噴火現象を含む火山活動の推移に伴う火口近傍の変化をリアルタイムで検出し,噴火予測や防災対応に貢献することができる.
2017年度までに第2世代のシステム(841画素)に対応したリアルタイム透視画像表示システムがウェブサイトに実装され,リアルタイムに最新情報に更新される画像を閲覧できる環境が実現された.2018年度は第3世代のシステム(24639画素)に対応したシステムへとアップグレード行い,登録ユーザーへと公開した(図3.8.4).第2世代システム用に開発した,インタラクティブ解析ツールでは,(i) 期間を指定したミューオン飛跡数分布の生成,及び(ii) 角度領域を指定したミューオン飛跡数の時系列変化が表示可能であった。これらは,画素数が圧倒的に増えた第3世代システムでも,第2世代システムと同様の手順で同様の結果が得られる.
(b) 全方位ミュオグラフィによる火山観測研究
火山体の内部構造は,火山噴火のダイナミクスを反映すると共に,火山活動の推移や歴史を記録している.噴火現象を理解する上で重要な情報の一つは,マグマを地表に供給するシステムである火道の形状,特に浅部の形状である.例えば噴火様式を決定する最重要なパラメータのひとつである噴出率は浅部火道形状に支配されている可能性が指摘されている(Costa et al., J. Volcanol. Geotherm. Res., 2007) .爆発的噴火の時に噴煙が噴煙柱として上空にあがるか,火砕流として地表面を流れ下るかは,浅部の火口・火道形状に依存するという最新報告もある (Koyaguchi et al., J. Geophys. Res. : Solid Earth, 123, 2018, page7461–7482 & 7483–7508).地震波などを用いたこれまでの観測方法では浅部における火山体の詳細な内部構造を知ることは難しい.
これを可能にするのがミュオグラフィである.ただし,これまで行われてきた1方向からの観測による投影画像では,ミューオンの経路に沿った山体の積分密度しか得られず,2~3方向からのステレオ観測では火道を三次元的に解像できる空間分解能に達することができない.
一方で近年,ミューオン観測装置の大量生産体制が進み,観測方位をこれまでと比べて10倍以上に増やす目処が付いた.人体におけるX線CT撮像のように火山山体をぐるりと囲むようにミューオン観測器を設置し,高解像度での3次元密度イメージングを可能にする「全方位ミュオグラフィ」観測の準備が進みつつある.
全方位ミュオグラフィというこれまで実施されなかった観測手法について,世界に先駆けて実現可能性の検討が行われた(Nagahara and Miyamoto, 2018).静岡県伊東市に位置する大室山スコリア丘に対してfiltered back projection法をベースにしたシミュレーション結果の例を図 3.8.5に示す.この研究によって次のことが判明した:
1)三次元密度画像の再構成誤差は,観測方位が増えるほど小さくなるが,各投影観測における空間分解能より多くなるように設置しても改善は見られない.
2)各観測方向におけるミューオン統計誤差が再構成画像に与える影響は,すべての観測装置でカウントされた総ミューオン数のみに依存する.
大室山が実現可能性シミュレーションの評価対象として選ばれた理由は,最初の実証観測を行うにあたって理想的な条件が揃っているからである.大室山は外見上は、ほぼ軸対称な形状をしている.しかしながらこれまでの地質学・地形学的な研究調査から形成された噴火過程から,山体の内部構造に関わる以下のことが推測されている:a)噴火が進行して大型の山体と火口が成長した後,荷重と熱によって山体内の一部が溶結し,周囲より密度の高い層を形成した.b)噴火の末期に火口内に溶岩湖が形成され,その溶岩が火口底を突き抜け山体内部を通って西側の山麓に流れ出た.c)噴火の最終段階に至って主火口が閉塞した際に,ガスが逃げ場を求めて爆発したと見られる小火口が南側中腹に存在する.すなわち密度構造に異方性があり,かつ10メートルオーダーの空間スケールで溶岩・スコリア堆積部で0.5~1.0g/cm3程度の密度コントラストが期待される.これをイメージングすることができれば,本研究の目指す火道形状・密度構造の詳細な3次元イメージングが,一般的な活火山においても可能であることを実証することにつながる.大室山には,ミューオン観測器を設置する場所へのアクセスが容易であること,地形の観点からどの方向から大室山を見ても他の山などが影にならないこと,及び山体がそれほど大きくなく十分なミューオンシグナル量が見込めること,などのメリットもある.以上の計画・シミュレーション結果に加え,小型装置による3方向からの試験観測の結果が2018年度火山学会秋季大会で発表された.今後2年間で60方向から大室山を観測する準備が現在進められている.
(c) 大気ニュートリノおよび太陽ニュートリノを用いた,地球深部の化学組成・密度構造推定
低エネルギーのニュートリノは,断面積が極めて小さく,地球を容易に貫通するため,物質密度の測定には適さない.しかし,大気中で生成されたニュートリノの観測などにより,ニュートリノは質量を持ち,その結果,ニュートリノは伝播中に別のニュートリノに変化することが分かっている(ニュートリノ振動).なお,この現象はスーパーカミオカンデによって発見され,その功績によって本学宇宙線研究所の梶田教授が2015年にノーベル賞を受賞したことで,広く知られるようになった.
ニュートリノが他の種類のニュートリノに変化する割合は,ニュートリノと他のニュートリノの質量の差,エネルギー,伝播距離,媒質中の電子数密度で決まる.したがって,電子ニュートリノが他のニュートリノに変化する割合を,エネルギー毎に測定すれば,地球内部の電子数密度分布を測定できる.ニュートリノ振動測定で得られた電子数密度と,地震波測定等で得られている物質密度とを組み合わせることにより,地球内部の平均的な化学組成を測定することが可能となる.この手法を,既知の地球の物質密度分布と組み合わせることで,原子番号(Z)と原子量(A)との比(A/Z比)をイメージングすることも可能である.
ハイパーカミオカンデは,次世代のニュートリノ観測装置であり,スーパーカミオカンデの8倍もの巨大な有効体積と,高いエネルギー・角度分解能を備える.これを用いることで,地球液体核の化学組成に制限を与えられることが,これまでの研究から明らかとなっている.ハイパーカミオカンデは,2020年度より建設を開始することが既に決定されており,現在,様々な要素の詳細設計・研究開発が行われている.
地震研究所では,ハイパーカミオカンデの主要構成要素である,光検出器の研究開発を,宇宙線研究所ほかと共同で行ってきた.今年度は特に,光電子増倍管の高感度化と雑音低減にとりくんだ.光検出器の高感度化及び雑音低減は,共に光検出器のガラス中に含まれる不純物の低減により達成される.ガラス中に含まれる鉄やチタンなどの不純物低減により,ガラスの透過率が向上し,感度の向上が見込まれている.また,光検出器の雑音の半分以上は,ガラス中の放射性不純物に起因することを解明した.加えて,ガラス中の放射性不純物の半分はガラス原料の硅砂に,残りはガラス溶融炉に用いられる煉瓦に由来していることが明らかとなった.この発見には地震研究所における精密化学分析が貢献した.2018年度の我々の研究から,ガラス原料・溶融炉の煉瓦の選別・高純度化によって,光検出器の高感度化と雑音低減が可能であることが明らかとなった.
2019年度は,低雑音・高感度光検出器の試作,ハイパーカミオカンデの最終デザインを用いた,地球化学組成分布測定の感度見積もりを行う.
(d) 宇宙線を用いた大気のない天体のトモグラフィー
地球大気中で生成されるミューオンのエネルギースペクトルと,大気のない天体表面で生成される宇宙線のエネルギースペクトルは大きく異なる.パイ中間子が崩壊してミューオンに変化する前に,物質内部の原子核と衝突することによって,また電離損失によって,エネルギーを失ってしまうため,大気のない天体表面では,エネルギーの低いミューオンしか生成されない.したがって,大気の存在しない天体表面のトモグラフィーには,ミューオンは適さない.
しかし,その効果を逆手にとって,大気のない天体表面のトモグラフィーを行うことは可能である.一次宇宙線が天体表面で生成した荷電パイ中間子が物体中を移動する距離は,ミューオンと同じく,密度に依存する.パイ中間子は十分にエネルギーを失ったのち,ミュー粒子へ,そして最終的には電子陽電子へと崩壊する.ここで生成された電子陽電子の一部は,月面から上方へ向かうため,月面から上方に向かう電子を観測することで,天体浅部の密度プロファイルないし化学組成プロファイルを,2次元的に測定することが可能となる.
今年度は月面の化学組成変化がどのようにスペクトルに影響するのかの見積もりを行った.特に,月表面の化学組成を変えると,上向き電子のエネルギースペクトルがどのように変化するかを調べた(図 3.8.6).計算の結果,月面から100km上空の月周回軌道から,月面の化学組成の違いを測定することが原理的に可能であることが分かった.本手法によって,レゴリスに隠された月の海のマッピングが可能となると期待しており,それによって月の火成活動の歴史を明らかにしたいと考えている.
また,インド工科大学(IIT),インド物理学研究所(PRL)と共同で,インド宇宙研究機関(ISRO)に予算申請を行い,研究計画の一部が,Phase-1 R&Dとして承認された.今後も,インドの共同研究者と連携を取りつつ,本研究を推進していく.
4.2 国際地震・火山研究推進室
教授 | 木下正高(室長),佐竹健治,塩原肇 |
准教授 | 市村強,波多野恭弘,平賀岳彦,前野深,望月公廣 |
特任専門職員 | 照原陽子,山田祐子 |
技術補佐員 | 杉崎伊利也 |
4.1 広報アウトリーチ
室員 | 加藤尚之(室長)、ウィジエラジ・マッデゲデラ・ラリス、加藤愛太郎、篠原雅尚、武尾 実、鶴岡 弘、中谷正生 |
特任専門職員 | 福井 萌 |
大学の附置研究所であり,防災・減災に関連する研究が目的のひとつとなっている地震研究所にとって,研究成果の社会への還元は重要な使命の一つである.地震研究所では,従来から,広報誌の発行,公開講義・一般公開の実施などの広報活動を行ってきたが,1999年の外部評価を受け2003年に所外の関係機関から招聘した助教授および教授会メンバー数名からなる「アウトリーチ推進室」を設置し,組織的にアウトリーチ活動に取り組む体制を整えた.2008年度からは、広報とアウトリーチの双方に関わる問題に活動範囲を広げ,2010年度の改組に伴い「広報アウトリーチ室」と改名した.その後,2012年度から2013年度始めにかけて,緊急時において組織として責任ある情報発信を行うために,広報アウトリーチ室のあり方を再検討し,2013年度以降,緊急時における情報発信の責任体制・指揮系統を明確にした広報体制を確立している.