3.8.2 ラジオグラフィー解析による研究

(a) 深層学習による画像認識技術を用いたミュオグラフィ画像解析

 東京大学医学部附属病院コンピュータ画像診断学/予防医学講座と共同で画像認識で威力を発揮するconvolutional neural network(CNN)を用いた深層学習の手法を用いた,火山の噴火予測への適用可能性を探索するスタディを開始した.同講座では医用画像データをもとにした画像診断AIソフトウェアおよびそのプラットフォームの開発を行っている.医学領域では医用画像を表示,解析する技術が高度に発達しており,特に近年ではディープラーニングを用いた画像解析により,AIソフトウェアが人間の目以上の画像識別能力を示すに至っている.一方,今後膨大な数の時系列的画像が生成されることが予想されるミュオグラフィ分野においても,医学分野において高度に発達してきた画像解析技術を応用し,ミュオグラフィによる火山内部構造の新たな解析技術の確立を目指す研究は意義深い.火山のミュオグラフィは素粒子の飛跡情報を火山内部の異常の有無の判断や質的な評価につなげる事を最終目的としており,医用画像の解析と共通する点が多い.

 2019年度は,2016年から2017年にかけて桜島におけるミュオグラフィ観測で得られたデータに対して,画像認識で威力を発揮するconvolutional neural network(CNN)を用いた深層学習の手法の適用可能性を探るパイロットスタディを行った.直前の連続する7日間のミュオグラフィの画像データから翌日の噴火予測を後方視的に試みたところ,ROC曲線の下方面積(AUC)で0.726というある程度の確率での予測が可能であった.この研究結果によりミュオグラフィのデータが火山噴火の前に系統的な変化を示している可能性が示唆された.機械学習による予測を理解できるように工夫されたinterpretable machine learning(解釈・説明可能な機械学習)の手法等を活用して,ミュオグラフィによる火山噴火予測が成功している場合の主な要因を分析することで,火山噴火前のミュオグラフィに表れている火山の内部構造の変化の研究へとつなげていく.

(b) 全方位ミュオグラフィによる火山観測研究

 火山体の内部構造は,火山噴火のダイナミクスを反映すると共に,火山活動の推移や歴史を記録している.噴火現象を理解する上で重要な情報の一つは,マグマを地表に供給するシステムである火道の形状,特に浅部の形状である.例えば噴火様式を決定する最重要なパラメータのひとつである噴出率は浅部火道形状に支配されている可能性が指摘されている(Costa et al., J. Volcanol. Geotherm. Res., 2007) .爆発的噴火の時に噴煙が噴煙柱として上空にあがるか,火砕流として地表面を流れ下るかは,浅部の火口・火道形状に依存するという最新報告もある (Koyaguchi et al., J. Geophys. Res. : Solid Earth, 123, 2018, page7461–7482 & 7483–7508).地震波などを用いたこれまでの観測方法では浅部における火山体の詳細な内部構造を知ることは難しい.
 これを可能にするのがミュオグラフィである.ただし,これまで行われてきた1方向からの観測による投影画像では,ミューオンの経路に沿った山体の積分密度しか得られず,2~3方向からのステレオ観測では火道を三次元的に解像できる空間分解能に達することができない.
 一方で近年,1)ミューオン観測装置の大量生産体制が進み,観測方位をこれまでと比べて10倍以上に増やす目処が付いた.2)人体におけるX線CT撮像のように火山山体をぐるりと囲むようにミューオン観測器を設置し,高解像度での3次元密度イメージングを可能にする「全方位ミュオグラフィ」の三次元密度画像再構成解析手法と実現可能性の検討が行われた(Nagahara and Miyamoto, 2018).1),2)のような技術的基盤を元に,現在静岡県伊東市に位置する大室山スコリア丘の全方位ミュオグラフィの実証観測が進行中である.
 大室山が観測対象として選ばれた理由は,最初の実証観測を行うにあたって次に記すような理想的な条件が揃っているからである.大室山は外見上,ほぼ軸対称な形状をしている.しかしながらこれまでの地質学・地形学的な研究調査から形成された噴火過程から,山体の内部構造に関わる以下のことが推測されている:a)噴火が進行して大型の山体と火口が成長した後,荷重と熱によって山体内の一部が溶結し,周囲より密度の高い層を形成した.b)噴火の末期に火口内に溶岩湖が形成され,その溶岩が火口底を突き抜け山体内部を通って西側の山麓に流れ出た.c)噴火の最終段階に至って主火口が閉塞した際に,ガスが逃げ場を求めて爆発したと見られる小火口が南側中腹に存在する.すなわち密度構造に異方性があり,かつ10メートルオーダーの空間スケールで溶岩・スコリア堆積部で0.5~1.0g/cm3 程度の密度コントラストが期待される.これをイメージングすることができれば,本研究の目指す火道形状・密度構造の詳細な3次元イメージングが,一般的な活火山においても可能であることを実証することにつながる.
 その他の理由として,ミュオン観測器を設置する場所へのアクセスが容易であること,地形の観点からどの方向から大室山を見ても他の山などが影にならないこと,及び山体がそれほど大きくなく十分なミューオンシグナル量が見込めること,などのメリットもある.
 以上の計画・シミュレーションによる実現可能性評価の結果に加え,小型装置による3方向からの試験観測の結果について,2018・2019年度火山学会秋季大会などをはじめとする会議で発表された.2019年には有効面積を倍にした観測器を8つ追加した.回収後,現像・膨潤・飛跡読み取りを経て現在データ解析中である.2020年春にはさらに有効面積とミュオン露出時間を増やした観測器8つが回収される予定である(図 3.8.4).2020年秋に設置予定である16方向からの観測データを追加すれば,一つの火山について計35方向からのミュオグラフィ画像が得られる予定である.

(c) 宇宙線電磁成分の減衰を用いた土壌水分量の測定

 マグマの移動に伴う質量移動を検出する方法として,ミュオグラフィの他には,地表面での重力の時間変動を追う方法がある.重力計によって得られた重力値の時系列データを眺めていくと,降雨に追随した明瞭な変動が見られることがある(振幅にして約10マイクロgal).これは,雨水の質量による万有引力の効果を重力計が受けるために生じる.このような雨水擾乱の効果を正しく補正しなければ,マグマの質量移動を正しく議論できない.宇宙線に含まれる電磁成分(電子・陽電子・ガンマ線の総称)は,ミュオンと比べると物質の貫通能は乏しいものの,その分,雨水による僅かな質量変動に応じて大きく減衰されることが期待されるため,土壌水分量の測定が可能で,雨水擾乱の補正に効果的である.このアイデアは2011年頃に提案され,小型検出器(有効面積~0.1m2)と水深を変えることができる小型プールを用いた実証試験によって実現可能性が確認された.また検出器は,京都大学防災研究所と国土交通省大隅河川国道事務所の協力の下,桜島の有村観測坑道に移され,断続的に観測が続けられていた.
 そこで2018年10月に,桜島の電磁成分検出器(有効面積~1 m2)を再稼働させ,絶対重力計による連続測定と並行させる形でデータ取得・解析を行った.まず,2018年10月から2019年3月にかけた雨量の比較的少ない時期のデータを見ると,電磁成分の到来頻度(フラックス)と観測点での大気圧に明確な負の相関が認められた.大気圧が増加すると,大気自体による宇宙線の減衰が強まるからである.気圧の変動は,我々の関心があるところの土壌水分量とは無関係であるため,地表での大気圧データおよびラジオゾンデによる高層大気の気圧データを用いて大気減衰の効果を補正する方法を確立した.次に,2019年6月28日~7月3日の豪雨(降水量は合計約600mm)時のデータを調べた.重力では5マイクロgal程度減少の後,数日で上昇に転じるという明瞭な降雨による擾乱のパターンが検出されたものの,大気減衰の効果を正しく補正した電磁成分データでは有意な変動が検出されなかった.電磁成分検出器の設置された坑道の土被りが薄く(1~2m 程度),雨水がすぐに地下へ流れてしまったために,電磁成分フラックスの有意な減衰が見られなかったと推測される.そこで,土被りの分厚い他の地点に移設し,実証試験を行うことを検討している.

(d) ニュートリノ振動を用いた,地球深部の化学組成・密度構造測定

 低エネルギーのニュートリノは,断面積が極めて小さく,地球を容易に貫通するため,物質密度の測定には適さない.しかし,大気中で生成されたニュートリノの観測などにより,ニュートリノは質量を持ち,その結果,ニュートリノは伝播中に別のニュートリノに変化することが分かっている(ニュートリノ振動).なお,この現象はスーパーカミオカンデによって発見され,その功績によって本学宇宙線研究所の梶田教授が2015年にノーベル賞を受賞したことで,広く知られるようになった.
 ニュートリノが他の種類のニュートリノに変化する割合は,ニュートリノと他のニュートリノの質量の差,エネルギー,伝播距離,及び媒質中の電子数密度で決まる.したがって,電子ニュートリノが他のニュートリノに変化する割合を,エネルギー毎に測定すれば,地球内部の電子数密度分布を測定できる.ニュートリノ振動測定で得られた電子数密度と,地震波測定等で得られている物質密度とを組み合わせることにより,地球内部の平均的な化学組成を測定することが可能となる.この手法を,既知の地球の物質密度分布と組み合わせることで,原子番号(Z)と原子量(A)との比(A/Z比)をイメージングすることも可能である.

 ハイパーカミオカンデは,次世代のニュートリノ観測装置であり,スーパーカミオカンデの8倍もの巨大な有効体積と,高いエネルギー・角度分解能を備える.これを用いることで,地球液体核やマントルの化学組成に制限を与えられることが,これまでの研究から明らかとなっている.ハイパーカミオカンデは,2020年度より建設を開始することが既に決定されており,2019年度補正予算,2020年度予算も閣議決定され,現在,建設準備が急ピッチで進められている(図 3.8.5).
 地震研究所では,ハイパーカミオカンデの主要構成要素である,光検出器の研究開発を,宇宙線研究所ほかと共同で行ってきた.今年度は特に,光検出器の高感度化と雑音低減にとりくんだ.研究の結果,光検出器のガラスバルブに含まれる放射性不純物を3割,鉄分量を3割,チタン量を5割低減させることができた.放射性不純物は,崩壊の際にガラス内部で,ある時間構造を持って発光し,ニュートリノ信号の雑音源となる.また,高エネルギーのガンマ線を放射し,壁際でニュートリノと区別できない信号を発生する.また,鉄やチタンは,ガラスの紫外透過率を悪化させる.これら不純物の低減は,ハイパーカミオカンデ検出器の感度向上に大きな意味を持つ.これらの成果を得るうえで,地震研究所の微量元素分析装置が大いに貢献した.加えて,低雑音・高感度光検出器の試作を行い,放射性不純物の低減によって,ガラスの発光に起因する雑音量が2割程度低減したことを確認した.
 2020年度は,ハイパーカミオカンデの最終デザインを用いた,地球深部の化学組成分布測定の感度見積もりを行う.同時に,光検出器の大量生産に向けた準備と,さらなる不純物低減に取り組む.

(e) 地球ニュートリノ流量モデリングの高度化を目指した茨城県稲田花崗岩体での高密度サンプリングによる化学組成変化の評価

 近年地球ニュートリノを用いて核・マントル中のウラン・トリウム(U-Th)量を推定する研究が急速に進展している(The KamLAND Collaboration, 2011).ただし,現在推定されるU-Th 量は大幅な不定性を持つ状況であり(Takeuchi et al., 2019),大きな原因して,単一の岩体内での化学組成のばらつきの度合いが定量的には理解されていないことが挙げられる.そこで,単一の岩体での化学組成のばらつきを様々な空間スケールで理解するために,茨城県笠間市に分布する稲田花崗岩を研究フィールドとして,「単一の岩石サンブル内」「単一の露頭内」「岩体内の複数の地点間」と距離スケールをcm単位からkm単位まで変えた,元素分布や化学組成の距離依存性の検討を行った.稲田花商岩は領家帯に属し (Ishihara, 1977),約60Ma に貫入し,固結したと推定されている(Arakawa and Takahashi, 1988),粗粒普通角閃石黒雲母花崗岩体である(高橋他, 2011).サンプリングは,1kmほど離れた2箇所の採石場のそれぞれから,10mから数10m間隔で約500gの岩石サンプルを複数点から採取した.これらのサンプルを8個または9個の一辺約2cm(約25g)の立方体に細分して,全岩化学組成の分析を行った.分析は地震研究所の蛍光X線分析装置,「RIGAKU ZSX Primus II」を用い,SiO2, TiO2, Al2O3, FeO, MnO, MgO, CaO, Na2O, K2O, Ba, Ce, Co, Cr, Cu, Ga, La, Nb, Ni, Pb, Rb, Sc, Sr, Th, V, Zn, Zrを分析した.うち,定量限界以下の濃度のデータが多いMgO, Co, Cr, Cu, Ni以外の23元素を解析対象とした.
 分析結果から,例えばSiO2は,単一の岩石ブロックを分割した9個の立方体試料間で,73~77wt% の幅が見られた.他の元素も比較した結果,結果から,10cm 程度といった非常に小さな空間スケールで,これまで指摘されていたような広域の組成バリエーションに匹敵するような組成のばらつきが複数元素から見出された.これらの分析データを基に,各元素濃度のcmからkmオーダーに渡る「距離相関」を計算し,確率密度分布を計算した結果,距離に応じた密度分布がほぼ同じ傾向を示す,すなわち,元素濃度分布が広域でも均質性が高い元素と,密度分布のパターンが異なる,すなわち,不均質性が高い元素が見出された (図 3.8.6).前者は,SiO2とAl2O3が典型的で,後者は,MnO,P2O5,Sc,Y,Ceが典型的である.2つのグループの違いは,各々の元素の移動が,深成岩体を形成するマグマだまりの冷却過程内での,「マグマの流動性の変化」に基づくと考えられる.すなわち,前者は,マグマだまりが高温で,晶出鉱物量が少なく,マグマだまり全体に渡る大規模な対流が起こり,混合が活発な段階で,元素分布が形成された,と考えられ,後者は,マグマだまりの結晶化が進み,マグマが流動しにくくなり,代わって晶出鉱物間からの「メルトの絞り出し」が起こる段階で,局地的な鉱物量比の違いが元素濃度の違いを生み出した,と解釈される.