3.6.8 実験・理論,シミュレーション,地質学的手法に基づく火山の基礎研究

(1) 噴火のダイナミクスの解明を目指した実験と理論研究

 マグマ破砕過程を「粘弾性流体の破壊現象」と位置づけ,定量的モデル化に向けた粘弾性構成方程式の構築と数値計算手法の開発を進めた.そのためのモデル物質として,ポリウレタンフォームを用い,その発泡・硬化過程におけるレオロジーの計測を行った,その結果,気泡を含む粘性流体の特徴を持つレオロジーから,粘弾性,弾性へと遷移する様子が定量的に観察された.また,その途上でゲル化という現象がみられた.これまでマグマのレオロジーとしては考慮されていなかった挙動であるが,結晶を含むマグマの流動から破壊への遷移において重要な役割を果たしている可能性がある.一方,同じポリウレタンフォームを用いて伸長実験を行い,カルデラ噴火の際に噴出する発泡マグマに特有な構造として知られている,一様に伸長した気泡構造を再現することに成功した.この実験データを用いて,これまで開発してきた気泡変形計算プログラムの検証を行った.計算は単一気泡の変形理論を用いているが,発泡度が60%を超えるような試料に対しても,多数の気泡の平均的な変形度の歪みや歪み速度依存性は再現できることを示した.その結果,噴火の火道流モデルから得られる歪み速度プロファイルと,噴出物の気泡変形度を定量的に関係づけることが可能となり,最も新しいカルデラ噴火であるタウポ火山の1800年前の噴火に対して応用した.

(2) 火山噴煙ダイナミクスのシミュレーション研究

 爆発的火山噴火で見られる噴煙柱・火砕流の噴煙ダイナミクスと,火山灰輸送・堆積プロセスの解明を目指し,数値モデルの開発とそれを用いた大規模シミュレーション研究を進めている.桜島火山では気象レーダーを用いた火山噴煙観測が整備され,噴煙高度の高精度データが得られるようになってきた.火山噴煙高度観測から噴出条件を推定することを目的に,風のない理想的な場での噴煙挙動を3次元大規模シミュレーションのパラメータスタディを実施した.その結果,噴煙高度は火口での噴出率に加え,噴火継続時間にも依存することを捉えた.桜島火山で見られるような瞬間的爆発噴火の噴煙挙動に関しては,パリ地球物理研究所(IPGP)の協力のもと室内実験研究も進めている.また,フィリピン・ピナツボ1991年噴火や新燃岳2011年噴火のような長時間継続する噴火の噴煙ダイナミクス・火山灰輸送プロセスの理解を目的に,これまでにない広範囲の高精度シミュレーションに挑戦している.

(3) 大規模噴火に関する研究

 南九州鬼界カルデラで7.3 kaに発生した超巨大噴火(鬼界アカホヤ噴火)は,完新世における地球上最大規模の噴火である.鬼界火山の活動履歴やアカホヤ噴火の推移については近年理解が進みつつあるが,未解決の問題も残されている.その中の一つに長浜溶岩(流紋岩質溶岩)の年代問題がある.薩摩硫黄島西部の基盤を構成する長浜溶岩が,カルデラ形成期以前の古い時代(数十万年前)の溶岩であるとする説と,上位の堆積物との層序関係から鬼界アカホヤ噴火の前駆的活動で生じたものとする説があり,年代学的な検討が十分に行われていないことが長年問題となっていた.そこで,長浜溶岩の実態を明らかにするために,長浜溶岩上の海抜約60m地点でボーリング掘削を実施した.この掘削は北海道大学と共同で2018年1~12月に行われ,306.6mの掘削試料を得ることに成功した.このコアの解析の結果,地表から約11mまでは鬼界アカホヤ噴火とそれ以降の若いテフラからなるが,それ以深は長浜溶岩が深度 190m(水深 130mに相当)まで続き,その直下の深度 190-230mでは岩層が一変し,貝殻を含む粗粒砂質層を主体とした海成の地層になることがわかった.さらに下位(230m以深)には斜長石斑晶に富む複数枚の安山岩質溶岩が存在する.そこで長浜溶岩直下の砂層に含まれる複数の貝殻の14C年代測定を行ったところ,7000~8300 calBP の年代値が得られた.これにより,長浜溶岩の活動が鬼界アカホヤ噴火に先行する活動(少なくとも1000年以内)であったことがはじめて地質学的・年代学的に明らかになった.長浜溶岩とアカホヤ噴火の岩石学的関係,大規模噴火に先行する溶岩流活動の役割など,巨大噴火のマグマシステム像を今後検討していく.また,長浜溶岩より深い深度で回収された溶岩については,全岩化学組成で高MgO値を示す安山岩質溶岩であり,現在の地上に露出する鬼界カルデラの噴出物とは対比できない特徴を持つことも明らかになった.ただし,薩摩硫黄島西部カルデラ壁付近で2015-2016年に実施したボーリング掘削では,高MgO値を示す類似の溶岩が深度100m付近から採取されている.高Mg安山岩と他の噴出物との関係はまだ明確ではないものの,鬼界カルデラのマグマの進化の理解において重要な鍵となる可能性があり,今後さらに詳しく解析を進める.