3.5.13 海溝近傍での海洋プレート変形に伴う水・熱の流動過程の研究

 日本海溝海側における太平洋プレートの屈曲変形に伴い,プレート上層部で水や物質・熱が活発に移動することを示す現象が,近年相次いで発見された.プレート内火成活動(プチスポット),広域的な高熱流量異常,地震波速度構造の異常等である.速度構造の異常は,屈曲変形で生じた亀裂に水が取り込まれたことを示唆しており,熱流量異常も,海洋地殻の破砕により流体循環が発達し,熱を運ぶことで生じたと考えられる.このような海溝海側での水と熱の流動は,沈み込むプレートの温度構造と水分布を変化させ,プレート境界の地震発生帯付近の環境条件に影響を及ぼすものである.また,海洋プレートに水が侵入し沈み込み帯に持ち込まれる過程は,物質循環やマグマの成因等,物質科学の観点からも注目されている.

  これらの海溝海側で生じる過程に関して,科学研究費・基盤研究(A)「海溝近傍での海洋プレート変形に伴う水・熱の流動過程とその沈み込み帯への影響の解明」(2018~2021年度)を軸とした総合的な研究を進めている.この研究では,海洋プレート上層部における水の動きとそれによる熱輸送に焦点を絞り,複数の研究機関が共同することで,地球物理学的探査,物質科学的分析,室内実験,数値モデリングといった幅広い手法を用いている.

 2020年には,三陸沖日本海溝及び北海道沖千島海溝海域での観測調査航海を実施した.日本海溝では,海溝海側斜面の正断層近傍において,断層に沿った流体流動を捉えることを目指し,高密度の熱流量測定を行うとともに,堆積物コア試料を採取して間隙水の化学分析を進めている.また,2019年に設置した海底電位磁力計を回収し,プレート上層部の比抵抗構造(水分布)を調べる解析を開始した.千島海溝では,2018年に続いてアウターライズ上での熱流量測定を行い,局所的な高熱流量異常の存在を確認した.これらの観測で明らかになってきた,日本海溝・千島海溝海側の熱流量分布の特徴は,プレートの屈曲で破砕された海洋地殻の構造(透水率分布)を反映していると考えられる.さまざまな透水率構造を仮定して流体循環の数値モデル計算を行うことにより,観測された熱流量異常から海洋地殻の破砕過程に関する情報が得られつつある.

 多様な分野の研究者による議論や情報交換を推進する場として,日本地球惑星科学連合・米国地球物理学連合の合同大会で,沈み込み帯へのインプットに関するセッションを開催した.また,海洋プレート屈曲断層の実体と水の流入過程の解明を目指して,日本海溝アウターライズを掘削する計画の検討を進め,IODPによる掘削の本申請を提出した.