3.5.7 スロー地震学プロジェクト:スロー地震発生領域周辺の地震学的・電磁気学的構造の解明

 近年明らかとなった断層すべりの多様性は,プレート境界面摩擦特性の不均質性に起因し,境界面の形状,そこに存在する物質の物理的性質や水の分布などの構造・環境的要因を反映していると考えられる.本研究では,多様な断層すべりが連動して発生する豊後水道周辺域を主な対象領域として,地震学的・電磁気学的な手法を総動員し,プレート境界周辺構造の包括的な理解,さらには断層すべりの発生に伴う構造内の変化を捉えることに挑戦する.本プロジェクト内で実施される観測によって求められた詳細なスロー地震発生領域と,本研究課題で得られた構造およびその変化との対比,さらにはプレート境界物質の物性に関する地質学的情報とあわせ,スロー地震の発生環境の把握を目指している.また,ニュージーランド・ヒクランギ沈み込み帯をはじめとする他の沈み込み帯との比較による共通点・相違点の構造的要因を解明し,断層すべりの統一的理解に基づく物理モデル構築を目指すための研究を行っている.

 豊後水道周辺域におけるスロー地震の発生に伴う電磁気的シグナルの有無の検証,および比抵抗構造から多種多様な断層すべりと地下流体の分布との相関を明らかにすることを目的として,陸域における長基線地電位差観測からなるネットワークMT法観測網を整備し,観測を継続した.また,2017年3月から海域での海底電磁場計による海底MT観測を開始した.このうち,陸域のデータの解析をすすめ,20秒程度から数万秒にわたる長周期で良好な応答関数が推定できることを確かめた上で,2016年4-5月に決定した応答関数を用いた3次元比抵抗構造解析を実施した.沈み込むプレートの上盤側中部地殻に顕著な低比抵抗域が認められ,微小地震活動がその低比抵抗域を避けるように分布していることが確認できた.沈み込むプレートの上部領域において,長期的スロースリップが繰り返していた領域とその外側の領域の比抵抗を比較したところ,スロースリップが繰り返し発生していない領域のほうが相対的に低い比抵抗を示すという結果が得られた.その傾向は,同領域が相対的に高P波減衰であるとするKita and Matsubara(2016)の結果と調和的である.しかし,さらにその下部のプレート境界面領域では,顕著な低比抵抗異常域は検知されなかった.一般的に,上部に低比抵抗域が存在するとその下部領域の構造決定精度は落ちる.このため,中部地殻の低比抵抗領域が存在する条件下で,プレート境界面領域に対する解像度の検証を行った.その結果,中部地方や東北地方に存在すると報告のあるプレート上面に沿う低比抵抗帯と同程度の低比抵抗があると,観測量が有意に異なることが明らかになった.このことによって,四国西部のプレート境界に沿って,確かに顕著な低比抵抗領域が存在しないことが確認できた.プレート境界面領域に対する解像度の検証を行っているところである.

 2019年11月には四国西部の陸域で,火薬発破を人工震源とする大規模構造調査を実施した.探査測線は短期的スロースリップおよび深部微動の発生領域上に沿った愛媛県西予市から久万高原町に至る地域(測線長:約80km)と,それに直交する愛媛県大洲市から高知県四万十町に至る地域(測線長:約50km)に設定し,測線上の6か所で発破を行った.薬量は,すべての点で200kgである.これらの発破による信号を観測するために,探査測線上に地震観測装置を200m~250m間隔で600か所に設置した.得られた発破記録は良好で,初動到達後に,深部地殻内や沈み込むフィリピン海プレートからの反射波と考えられる明瞭な後続波が確認できる.地震波トモグラフィーによる地震波速度構造と比較すると,このプレート境界からの反射強度分布はP波速度とS波速度の比(Vp/Vs)が大きい場所と良い一致を示すとともに,短期的スロースリップの発生域とも良い相関があることが確認された.また,上盤側地殻内にも,いくつかの特徴的な反斜面があることが明らかとなった.

 2020年8月から9月にかけて,微動活動からスロースリップまで多様な地震活動が見られる豊後水道周辺域にて海域地震波構造調査を実施した.海底地震計(OBS)の設置と人工震源による屈折法地震探査およびマルチチャンネル反射法(MCS)地震探査を,海洋研究開発機構の「かいめい」にて実施(KM20-05航海)した.人工震源としてはエアガンアレイ(総容量10600立方インチ)を使用し,用いたOBSは合計100台で,南海トラフ軸に沿ったHYU01測線,および九州パラオ海嶺の沈み込みに沿ったHYU02測線の2測線に,それぞれ50台ずつを2㎞間隔で設置した.またMCS用に長さ6000 mのストリーマーケーブルを使用した.取得したデータの状態は概ね良好である.OBS記録上では,初動走時がオフセット距離約60㎞まで明瞭に確認できる.MCSデータ上では,海底下の深部に反射イベントが確認できている.これらの記録については,さらに解析を進めている.