3.8.1 素粒子検出デバイスの開発研究

(a)ミュオグラフィ検出器 - 並列ミュオグラフィの強化

 2006年に地震研究所が火山内部を世界に先駆けて描き出して以来,ミュオグラフィは急速に世界に広まりつつある.ミュオグラフィとは,宇宙線に含まれる高エネルギー素粒子・ミューオンの強い透過力を利用して,キロメートルを超えるサイズの巨大物体内部を透視し,その内部の密度構造を可視化する技術である.これまで第2世代システムのノイズ低減能力を強化することで2013年に薩摩硫黄島で発生した噴火において,マグマの昇降をとらえることに成功しているが,薩摩硫黄島は小規模火山として位置付けられるため,ミュオグラフィを桜島のような中規模火山に適用しようとすると,より厚い岩盤を通り抜けることができる極めて低強度のミューオンを一定時間内にできるだけ多く記録する必要がある.そのために2014年に設置された桜島ミュオグラフィ観測所(SMO)を観測装置の並列化により継続的に強化してきた.

 2015年から2017年にかけて学術交流協定,知的財産協定など種々の協定を締結してきたハンガリー科学アカデミーウィグナー物理学研究センターとの協働により,2017年には軽量高解像度ミュオグラフィ観測システム(Multi-wire-proportional-chamber-based Muography Observation System; MMOS)を開発した.これは軽量でありながらも第2世代システム以上の高いノイズ低減能力と従来技術を一桁以上凌駕する解像力を実現した.ただ,有感面積が不十分であったため,2018~2019年にかけて口径を順次拡大し,現在では5.9m2となっている.2019年度はこれをさらに拡大し,2020年に入るまでに総有感面積は9m2に到達した.また,2019年度には並列化に起因する故障率を低減する目的で複数台の観測装置すべての通信系統を無線化することで通信故障率が軽減されたが,2020年度は電気系統においても,安定運用を妨げる要因があることが明らかとなり,その対策を講じている.
 一方,並列化の段階で得られたデータについても解析・解釈が進んだ.2017年終わりから2018年初めにかけて桜島における噴火が昭和火口から南岳火口へと推移したが,それに合わせて観測された昭和火口底直下における直径200m程度の密度上昇現象について考察を行い,それがプラグ様の物体であることが分かった.2020年度も引き続き後継を拡大することで時間分解能を上げ,時系列画像を取得していった結果,南岳火口下にプラグ形成を示唆する高密度構造物の成長が見られた.このプラグは南岳火口の活発化に伴って形成されつつあるものであることが想定されるが,今後更に時間分解能を上げた解析によって,切迫性評価にどう活用できるか引き続き火山学の各分野の研究者とさらに連携して検討していく.
 さらに2021年度には,活発化した南岳火口付近におけるミュオグラフィを活用したテフラ(火山性噴出降下物)の増減モニタを開発した.テフラが堆積することで火山表面における土壌の安定性が弱まり,重力に駆動される土石流などが誘引されやすくなる.桜島において図3.8.1 A,Bに示す5つの領域をモニターした結果が図3.8.1 Cである.南岳火口付近におけるテフラの増減が最も顕著なことがわかるが,それ以外の部分でも同様の変動が見られ,幅広い領域において南岳火口噴火に伴うテフラの影響があることが考えられる.この結果は,ミュオグラフィを用いることで比較的短時間でテフラの堆積・浸食プロセスをモニタリングできることを示しており,火山表面のモデリングや火山の警戒レベルのアセスメントへの貢献が期待される.

(b)ミュオグラフィの海への展開

 東京大学国際ミュオグラフィ連携研究機構(主管部局地震研究所)は,同大学生産技術研究所,大学院新領域創成科学研究科,および九州大学,関西大学,シェフィールド大学,英国科学技術施設会議ボルビー地下実験施設,ウィグナー物理学研究センター,日本電気株式会社と共同で,世界初となる海底ミュオグラフィセンサーアレイの一部を東京湾アクアライン海底トンネル内部の100 mにわたって設置し,東京湾における天文潮位のリアルタイム測定に成功した.

 東京湾の海水を貫通し,海底下の東京湾アクアライン海底トンネルにまで到達した素粒子ミュオンは,センサーモジュールにて検知され,TS-HKMSDDの中央に位置するデータ収集センターにて記録される(図3.8.2).この記録されるミュオン数の時間変化を測定することにより,TS-HKMSDD上部に位置する海水の動きや海底岩盤内部の変化をイメージングすることが可能となる.

(c)ボアホール設置型ラジオグラフィー

 宇宙線ミューオンは上空からのみ飛来する.したがって,断層破砕帯や地滑り面等の地下構造を透視するためには,測定対象を見上げるように,ミューオン検出器を地下深く掘削坑(ボアホール)等に埋設することが必要となる.しかし,ボアホールのような狭隘な空間では,センサーの有効面積を大きくとることが困難であり,ミューオン・フラックスは限られた量しか得られないので,それを有効に活用する観測技術の開発が不可欠となる.

 2014年度までに,跡津川断層(岐阜県飛騨市の山中)近傍に掘削された最大深度350mのボアホールを利用して,深度100mまでのミューオン・フラックスデータを取得した.2020年度は検出器の較正と解析にとりくんだ.これまでは検出器の感度分布を完全に再現することができなかったが,原因がチャンネル間のクロストークにあることを突き止め,クロストークの効果を含めたシミュレーションとデータ解析ツールを開発し,問題を解決した.解析の結果,シミュレーションは観測データを良く再現し,得られた断層の姿勢(走向・傾斜角・深さ)は,過去の地質調査結果と良く一致した(走向:北から時計回り72.5±0.4°・傾斜角:斜面北向き85.1±0.4°・断層とボアホールとの交点:-57.5±3.3 m).また,観測結果から予想される断層露頭の位置と,過去の地質調査で見つかっている露頭の位置も一致した.加えて,断層破砕帯とみられる低密度領域の幅は,140±40 mという結果が得られた図3.8.3一般の断層と比べると非常に幅が広いが,過去の電磁気探査の結果とは調和的な結果となった.
 跡津川断層の観測の結果,我々が開発したボアホール型ミューオン検出器は断層の透視を行う上で十分な性能を持ち、断層の姿勢及び破砕帯の幅の100mスケールでのリモートセンシングという,これまでの手法では不可能であった観測が可能となることが分かった.今年度は解析に加え,より小型な検出器の開発にも取り組み,電子回路の製造,シンチレータ検出器の製造を行った.今後は新たに開発した検出器を用いて、観測事例を増やし,防災研究への応用を行っていく.