3.11.1 陸域における地震観測

(1)陸域地震観測

(1-1)広域的地震観測

関東・甲信越,紀伊半島,瀬戸内海内帯西部に展開している高感度地震計を用いた広域的地震観測網による観測,および伊東沖(故障中)と三陸沖に設置している光ケーブル式海底地震・津波観測システムを用いた海陸境界域の観測を継続し,地震活動と不均質構造との関係を明らかにする研究を進めてきた.

全国の国立大学や研究機関等によって観測されている地震波形データを収集し,本センターのデータと統合して処理している.これらのデータは,日本列島周辺で発生する地震に対して行った臨時観測データと合わせることによって高密度な観測網となり,より詳細な地震活動が明らかになった.

最近の技術の進展により,観測機器の小型化,省電力化が進み,大規模な観測局舎が必要なくなってきた.さらに伝送経路の光回線化等のため,各観測点の伝送装置の切り替えを進めている.その結果,全観測点に対して,不必要な大規模観測施設は撤去もしくは小型の機器収納ボックスに置き換える等の検討・作業を行っている.光化作業については、陸域の広域的観測網だけでなく火山等も含め工事が進捗し、モバイル化などで別対応を行った観測点もあり、残り2回線になった。

(1-2)臨時集中観測

日本列島周辺で発生した顕著な地震に対して,それらの地震活動を把握するため,全国の国立大学や研究機関等と共に,臨時地震観測を行ってきた.2011年東北地方太平洋沖地震の発生後には各地で地震活動度が高まり,千葉県,茨城県,栃木県,福島県,長野県に臨時観測点を作り,リアルタイムで連続的にデータを収集している.特に,千葉県,茨城県では,太平洋沖で発生するスロー地震等の検出を目指し,広帯域地震計を設置し,観測を継続している.

能登半島北東部に位置する珠洲市付近では,2018年頃から地震発生回数が増加傾向になり,2020年12月頃からは地震活動のさらなる活発化と局所的な非定常地殻変動が観測されていた.この一連の地殻活動の中で,2022年6月19日にはマグニチュード5.4,最大震度6弱,2023年5月5日にはマグニチュード6.5,最大震度6強の地震が発生した.これまでの研究から,珠洲市付近の地震活動や地殻変動には地下深部に存在する流体の移動が関与する可能性が指摘されている. 2023年5月5日に発生したマグニチュード6.5の地震は,それ以前の地震活動域の北端付近で発生し,それ以降の地震活動域は,珠洲市沖の海域に拡大し,これまでの地震活動とは異なる様相を示している.このマグニチュード6.5の地震と地下の流体や構造,海底活断層との関係性を明らかにすることは,この地域における地震発生過程の解明の為に必要であり,高精度な震源分布は最も基本的な情報になる.高精度な震源分布を得る為には,震源域直上に地震計を配置した地震観測を行うことが望ましい.しかし,この震源域直上における海域の水深は100 m程度と浅く,水産活動等が活発な海域であるため,通常の海域観測に用いられる自由落下自己浮上式海底地震計による観測が難しい地域である.そこで,文部科学省科学研究費助成事業(特別研究推進費「2023年5月5日の地震を含む能登半島北東部陸海域で継続する地震と災害の総合調査」代表:金沢大平松良浩)の助成を受け,海域に広がった群発地震活動域の直上にあたる珠洲市北方沖に約5 km間隔で4か所,珠洲市東方沖の1か所に浅海用係留ブイ方式海底観測システムを設置した.観測は,2023年6月26日から7月5日まで実施し,無事に全台回収できた.それと同時期に,陸域の珠洲市北岸から東岸の海岸線沿いと県道52号線に1㎞~5㎞間隔で12か所に臨時地震観測点を設置し,稠密な海陸統合地震観測網を構築した.これら海域と陸域に設置した臨時オフライン観測点と,2022年に文部科学省科学研究費助成事業(特別研究推進費「能登半島北東部において継続する地震活動に関する総合調査」代表:金沢大平松良浩)の助成を受け,珠洲市内の2カ所に設置した臨時テレメータ観測点(よしが浦温泉,飯田小学校)と能登半島やその周辺域の定常観測点(23か所)で得られている波形データとの統合処理を実施した.統合処理後のデータに対して気象庁一元化震源カタログに基づいたイベント毎へのデータ編集作業を実施した.イベントデータから,観測期間中に発生したMj2.0以上の地震を抽出し,各観測点におけるP波到達時刻,S波到達時刻,最大振幅,P波初動振動方向を読み取った.得られた走時データを用いて再決定した震源位置は,珠洲市北岸沖において,気象庁一元化震源の位置に比べて,南に移動し,深さも浅くなる傾向がある.

(2)地殻変動観測

南関東・東海などにおいて歪・傾斜などの高精度センサーを用いた地殻変動連続観測を行うとともに,GEONET 等によるGNSS 観測結果と比較検討し,地震発生と地殻変動の関係に関する研究を行っている.1970 年頃より長期にわたって継続観測を実施している油壺,鋸山及び富士川の各地殻変動観測所における横坑式観測と,伊豆の群発地震発生地域や想定される南海トラフ地震発生地域などに設置されたボアホールあるいは横坑での観測が行われている.横坑においては水管式傾斜計と水晶管伸縮計を中心とした観測方式を採用しており,ボアホールにおいては地殻活動総合観測装置(歪3 成分,傾斜2 成分,温度,加速度3 成分,速度3 成分,ジャイロ方位計)を用いて観測を継続している.また,全国の地殻変動研究関係者が中心となってデータの公開を進めており,地震研からは鋸山と富士川の両観測所及び伊東,室戸のデータを提供した.なお,弥彦観測所は1967年より53年間にわたり観測を続けていたが,2020年度に閉所した.弥彦観測所の傾斜観測記録については地震研究所技術研究報告第26号(2021)に掲載されている.

(3)茨城県北部・福島県南東部の地震活動と応力場の研究

2011年東北沖地震以降の活動が継続している茨城県北部・福島県南東部における稠密地震観測網(約60点から構成)を撤収し,それらのデータと周辺域の定常観測点のデータとの統合処理を行った.取得された連続波形記録に対して自動処理を施すことで地震活動の解明を行っている.

(4)スロー地震モニタリング

日向灘の浅部微動および浅部超低周波地震について,陸域定常観測網と臨時海底地震計観測の記録から,その活動度や震源マイグレーションの様子を物理的に評価し,沈み込む海山(九州・パラオ海嶺)との関連を明らかにした(Baba et al., 2024).また,同地域のスケールドエネルギーが他の地域に比べ,1〜3桁幅を持つことも明らかにした.日向灘域の不均質性の強さが他地域と比べ強いことを表していると考えられ,今後の探査研究へ向けた重要な成果となった.

スロー地震のシグナルは弱く,その規模別頻度分布も明らかでないことから,その活動度の定量的な議論は難しい.そこで,定常観測網のノイズレベルと3次元地下構造を考慮した地震波伝播シミュレーションを併用することで,浅部超低周波地震の検知下限を評価した.シミュレーションの活用により,超低周波地震の未検知域を含め南海トラフ全域の検知下限が評価された(Takemura et al., 2024).作成した南海トラフの超低周波地震の検知下限マップ(https://doi.org/10.5281/zenodo.10035626 より数値データを取得可能)を活用し,超低周波地震活動の実態解明,あらたな観測計画などの今後が期待される.

これまでのスロー地震モニタリングの成果から,南海トラフ沿いの浅部スロー地震活動を概観し,すべり欠損速度,地下構造,地質構造や摩擦実験などの成果と比較することで,浅部スロー地震の理解の深化が進んだ.それらの結果をまとめ,Earth, Planets, and Space誌へレビュー論文を執筆し,受理された(Takemura et al., 2023).今後の浅部スロー地震研究の基礎となる.

「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」の研究課題「プレート境界すべり現象モニタリングに基づくプレート間カップリングの解明」において,九州東部から四国西部に合計6点における広帯域地震計臨時観測を継続し,記録装置の交換などを行った.さらに,科研費新学術領域研究「スロー地震学」において四国西部,紀伊半島,東海に設置した広帯域地震観測点のうち,それぞれ3点,4点,4点の観測を継続し,現地作業や遠隔作業を含む保守作業を行った.

(5)プレート境界域における不均質構造と地震活動の解明

(5-1)スロー地震の滑り特性を規定する地下構造の特徴抽出

「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画(第2次)」の研究課題「スロー地震モニタリングに基づく南海トラフ域の地震発生可能性評価手法に関する研究」において,2021年12月から2023年3月まで,スロー地震活動様式に違いがある四国東部地域で稠密地震観測を実施した.本観測では,徳島県阿波市から海陽町に至る「南北測線」(測線長:約70 km)上の70か所(観測点間隔:約1 km),三好市から神山町に至る「東西測線」(測線長:約60 km)上の30カ所(観測点間隔:約2 km)にオフライン観測点を設置した.これらオフライン観測点と測線周辺の定常観測点(47か所)で得られている波形データとの統合処理を実施した後,気象庁一元化震源カタログに基づいてイベント毎へのデータ編集作業を実施した.イベントデータから測線近傍の300イベントを抽出し,各観測点におけるP波到達時刻,S波到達時刻,最大振幅,P波初動振動方向を読み取った.得られた走時データを用いた地震波トモグラフィー解析を実施し,スロー地震の滑り特性を規定する地下構造の特徴把握を行った.南北測線下のVp/Vs構造より,深さ15km以深でVp/Vs値の大きな領域が北傾斜で確認できる.既存の四国東部地域における制御震源探査データの解析結果(蔵下・他,2007)と比較すると,沈み込むフィリピン海プレートの海洋性地殻がVp/Vs値の大きな領域に対応する.特に,フィリピン海プレート上面近傍の反射層が厚く確認できる領域で,Vp/Vs値が大きくなる特徴を示し,流体の存在が示唆される.南北測線下での考察を踏まえると,得られた東西測線下のVp/Vs構造より,深さ30-40kmに存在するVp/Vs値が周囲より大きな領域は,沈み込むフィリピン海プレートの海洋性地殻に対応すると解釈できる.Vp/Vs値は東西方向に変化が確認できる.深部低周波微動活動が活発な領域は,低調な領域に比べてVp/Vs値が高くなる特徴が見られ,深部低周波微動活動度と沈み込むフィリピン海プレート内の構造不均質との関連が示唆される.

(5-2)1923年大正関東地震破壊域におけるプレート構造解明

関東地域下は,フィリピン海プレートが陸側プレートと太平洋プレートとの間に沈み込むという複雑なプレート配置を形成している.首都直下地震を考察する上で,関東地域下におけるプレートの配置・形状を詳細に把握することは必要不可欠である. 1923年大正関東地震の破壊域と推定されている丹沢東部から三浦半島下にかけてのフィリピン海プレートの形状,プレート境界面近傍の不均質構造,上盤側の構造を明らかにすることを目的とするバイブレータ震源を用いた地殻構造探査を実施する為に,測線の位置,探査仕様の検討を行った.検討結果を基に現地踏査を実施し,発震,地震観測装置の設置に関する許認可申請作業を実施した.

(6)古文書に記載された地点における稠密地震観測

地震計が発明される以前に発生した地震を調査するため,古文書等の記述をもとにしてその地点の被害状況を知り,その分布から震源地や地震規模の推定を行ってきた.揺れの強さは,震源からの距離だけに依存したものであるとは言えず,建物の強度,地盤特性,地下構造の違いによって不均質になり,被害の程度に違いが出ることが考えられる.そこで,古文書に書かれている地点を特定し,その地点に地震計を設置し,地震時の揺れを実測することにした.発生した地震による揺れを観測することで,その地点における揺れの特徴を客観的に知ることができる.その分布から,古文書に書かれている記述との比較が可能になり,記述の信頼性を検証することができる.

これまで,1855年安政江戸地震を対象として研究を進めてきた.地震研究所から近い,谷中・根津・千駄木の地域には,江戸時代から続く建物や施設があり,過去の地震被害の記述が多く残されている.それらの記述から被害地点を特定し地震計を設置し,現代の地震計で観測を行ってきたた.今年度は、観測研究計画の最終年度であるため、すべて撤収した.観測された地震波形は,観測点ごとに最大振幅や卓越周期に違いがみられ,振幅が2倍以上大きくなる地点もあった.今後も,この観測を行うことで,地震の記録を増やし,古文書等に記述のなかった地点での揺れも推定することが可能になると期待している.

(7)地殻活動モニタリングシステム構築

地震活動や地震波観測記録を基にした地殻活動の現況のモニタリング,新たな地震学的な現象の発見・研究テーマの創出等,所内研究活動の更なる活性化を目的とした計算機システムを新たに構築した.本システムはリアルタイムで流通する高感度地震連続記録を長期間一元的に整理蓄積し,所内研究者に広くデータ利用可能な環境を提供している.さらに,連続あるいはイベント波形データに様々な自動解析処理を施した結果を閲覧可能なwebシステムを構築し,観測点毎の連続波形画像,深部低周波微動モニタリング用エンベロープ画像,広帯域マルチトレース,近地地震・遠地地震波形画像等の作成・閲覧に関する運用,新たなモニタリング手法の開発,所内公開を継続的に実施している.