(a)ミュオグラフィ画像解析
高精細ミュオグラフィ画像自動診断による桜島火山活動状況の推移との相関評価を進めた。この噴火の推移に伴い、昭和火口の火道がマグマでプラグされた様子が透視画像に映し出された。この成果をベースとして、ミュオグラフィ画像を学習して、噴火判定を行う技術Mu-NETを東大病院と共同開発した。2020年度には、Mu-NETを用いて、2016年から2017年の間に記録されたミュオグラフィ画像を学習して、噴火判定を行った結果、この間に記録された画像と昭和火口からの噴火との間には密接な関係があることが見出された(南岳火口:AUC=0.678、昭和火口:AUC=0.726、その他の場所:AUC〜0.5)。成果を英ジャーナルScientific Reportsに発表した[2]。2021年度は日毎のミュオグラフィ画像データ(高解像度画像)を機械学習(CNN)することで噴火判定を導出する技術(MuNET-2)を開発した。昭和火口から南岳火口に噴火活動が移った2019年以降のミュオグラフィ画像にMu-NET-2を適用した結果、この間に記録された画像と南岳火口からの噴火との間に密接な関係があることが見出された(南岳火口 :AUC=0.761、昭和火口 AUC=0.704、その他の場所:AUC〜0.5)。
2022年度はミュオグラフィ連続観測データと衛星SARデータを組み合わせることで、桜島山頂付近の隆起/沈降と噴火の活発期/平穏期との間に負の相関が、また、山頂付近の隆起/沈降と火口底直下の密度の上昇、減少との間に正の相関がありそうであることを発見した。この発見に基づき、噴火の平穏期には、火道中に高密度のプラグが形成されマグマ性ガスがトラップ、圧縮されることにより山体が膨張する。反対に、噴火の活発期には、プラグが存在しないことからガスが抜け、山体が収縮すると結論づけられた(図3.8.3)。2023年度はさらにSARデータおよびミュオグラフィデータの取得・解析を続けた。その結果以下のことが分かった。(A)南岳火口近傍が膨張しているときは、南岳火口近傍の密度が上昇する。昭和火口近傍が膨張しているときは、昭和火口近傍の密度が上昇する。 (B) 密度変化とSiO2ガス放出量の変化が一致する。(A)については、高密度のプラグが形成されることによって膨張、密度上昇が起きていると解釈され、(B)については、高密度のプラグが形成されることによって脱ガス量が増えていることが期待されるために、SiO2放出量、密度が上昇すると解釈された。
(b) 多方向ミュオグラフィによる伊豆大室山スコリア丘の3次元密度イメージング
ミュオグラフィ研究における重要な課題の一つは,観測方向を増やすことで高い3次元空間分解能を達成することである。静岡県の伊豆大室山スコリア丘を10方向から調査し、高い3次元空間分解能で火山内部のマグマの分岐が可視化された研究 (Miyamoto et al., 2022, Nagahara et al., 2022) を、活動的火山に適用する際に実現可能性を評価するシミュレーションツールの構築が進められている。
シミュレーションツールは3次元密度再構成計算を高速に行い、結果を迅速にフィードバックする必要がある。そのため、演算の高速化に長けているC++ベースでコードが書かれた。さらに演算を高速化するためOpenMPによる並列処理化が用いられた。加えて行列計算高速化のためintel MKLライブラリがインクルードされた。また線形代数ライブラリとしてEigenを用いることで、ソースコードの可読性を向上させた。
Voxelとの当たり判定algorithmには、Amanatides et al. (1987) による”A Fast Voxel Traversal Algorithm for Ray Tracing”を実装した(図3.8.4)。これによって、ある方向に感度を持つ検出器の「素子」が作るビームが、山体を仮定したVoxel集合体のどのVoxelをどれだけの長さ通過するか、の行列作成が効率的に行われるようになった。この行列はNishiyama et al.(2014)らによって開発された三次元密度再構成手法に必要不可欠な情報である。
現在、大室山の地形データから先に述べたシミュレーションフレームワークを使った、三次元密度再構成の性能評価が行われている。
(c) ニュートリノ振動を用いた,地球深部の化学組成・密度構造測定
ニュートリノは伝播中に別のニュートリノに変化することが分かっている(ニュートリノ振動,本学梶田教授2015年ノーベル賞).ニュートリノが他の種類のニュートリノに変化する割合は,ニュートリノと他のニュートリノの質量の差,エネルギー,伝播距離,及び媒質中の電子数密度で一意に決まる.したがって,電子ニュートリノが他のニュートリノに変化する割合を,エネルギー毎に測定すれば,地球内部の電子数密度分布を測定できる.ニュートリノ振動測定で得られた電子数密度と,地震波測定等で得られている物質密度とを組み合わせることにより,地球内部の平均的な化学組成(原子番号と原子量との比)をイメージングすることも可能である.
ハイパーカミオカンデは,次世代のニュートリノ観測装置であり,スーパーカミオカンデの8倍の巨大な有効体積と,高いエネルギー・角度分解能を備える.これを用いることで,地球液体核やマントルの化学組成に制限を与えられることが,これまでの研究から明らかとなっている.ハイパーカミオカンデは,2020年度より建設が開始され,現在,様々な建設作業が行われている.
地震研究所では,ハイパーカミオカンデの主要構成要素である,光電子増倍管からの信号をデジタルデータに変換するための電子回路の設計及び性能評価を,宇宙線研究所ほかと共同で行ってきた.今年度は主に,内水槽側の電子回路の最適化と特性評価,及び外水槽側の電子回路の設計と試作に取り組んだ.電子回路は光電子増倍管の性能を最大限に引き出せる高い性能を持っていることも重要だが,10年以上の長期間故障せずに動作し続けることも重要である.基本性能についてはニュートリノ観測を行う上で十分であることが確認できたが,ベースラインやゲインの温度ドリフト等,改善が望まれる点が見つかり,それへの対応を行った.また,故障リスクの低減,故障が起きた際の影響を最小限に抑えるための回路修正を行った.
ハイパーカミオカンデは岐阜県飛騨市神岡鉱山内部の強固な岩盤中に建設される.したがって,地震の影響は地上よりも小さくなることが見込まれる.ハイパーカミオカンデに地上と同等の耐震性能を持たせることは過剰設計であり,建設コストの増大を招く.しかし,設計を最適化するためには,地震動の低減の程度を事前に知っておく必要がある.我々がハイパーカミオカンデ坑内に設置した地震計には2024年1月1日の能登地震の加速度波形が収録されており,今後はこの結果を用いて,ハイパーカミオカンデ坑内での地震動が,地表と比べてどの程度低減されるかについて調査を行う.