3.3.3 地球化学分野

火山の諸現象,地球や惑星を構成する物質の進化,地球内での物質循環などを探求する研究を,微量元素,同位体などのトレーサーを用いた地球化学的手法で行っている.沈み込み火山のマグマの生成には,沈み込むスラブからの流体が関与していることが知られている.流体の関与の指標として,ホウ素(B)の濃度や,ホウ素と他の微量元素との比(例えばB/Nb)が有効であることが知られている.ホウ素は化学的な取り扱いが難しく,また分析中に環境からの汚染を受けるため,今世紀にはいってから,化学処理が不要な即発ガンマ線分析により定量が行われてきた.しかし,2011年の原発事故以降,実験用の原子炉の利用が難しくなり,国内での研究は止まっている.そこで所内の既存の実験設備をホウ素分析に適した環境に改善し,ホウ素を湿式分析により定量分析を行えるようにした.クリーンルームの空気導入フィルターを低ホウ素の素材に切り替えるなどでブランクの低減を図り,同位体希釈分析による定量法を確立した.ホウ素の信頼できる定量値が報告されている標準岩石試料を用いて,分析の正確さ,精度や,どの程度の低濃度の試料が分析可能かについて検討した.その結果,比較的ホウ素濃度の高いJB2から,ホウ素濃度が1ppm以下のBIR2にいたるまで,これまでの報告値と,よく一致する定量結果が得られた.この成果は論文発表され,一般共同利用研究などで島弧マグマの研究に適用されている.

火成岩や地球外物質(分化隕石や小惑星サンプルリターン試料)に含まれる希ガス同位体組成をもとに,太陽系や惑星の形成・進化史,惑星内部からの脱ガスや大気形成過程,火成活動の特性などを解明する目的で研究を行っている.希ガスは不活性であり物理的プロセスを探求するのに有用なトレーサーであるとともに,4He,40Ar,129Xe といった年代測定に応用できる放射起源同位体を有する.これまでの分類から外れるような分化隕石や始原的隕石(コンドライト)との関連性が示唆されるような分化隕石について,それらに含まれる希ガス同位体や年代学的情報などから,経験した熱史や母天体像などに関する考察を進めた.

また,小惑星探査「はやぶさ2」や火星衛星探査「MMX」プロジェクト(ともにJAXAが主導)に参加している.はやぶさ2で回収された小惑星リュウグウ試料の揮発性元素の含有量・同位体組成からは,リュウグウ試料はこれまでに見つかっている始原的隕石と比べて変成を受けておらず太陽系形成初期の情報を示すことが明らかになった(九州大学の研究者等との共同研究).さらに,将来の惑星探査機への搭載やその場観測での運用を目指し,小型K-Ar年代測定装置、および分離膜を用いるネオン同位体分析手法の開発を進めている(理学系研究科の研究者等との共同研究).前者の装置では,岩石試料にレーザーを照射し、Kを分光分析で,Arを質量分析計で測定を行う.火星隕石の鉱物観察をもとに,火星上で年代決定を行うための測定条件(レーザー径やスポット数など)を調べた.後者については,希ガスの一元素であるネオンは大気進化過程を考える上で重要な元素であるが,質量分析計による測定においてはアルゴンとの干渉があるため両者の分離が必要である.室内実験では液体窒素や冷凍機を使用して分離するが,その場観測では難しい.そこで,膜の透過性質を利用して分離する方法の実証試験を行い,膜材としてポリイミドを利用することで効率良く分離できることやその固定方法を明示した.