3.2.1 地球波動現象としての地震・津波の研究

(a)津波を利用した巨大地震の研究

2010年チリ地震津波や2011年東北沖地震津波で観測された高品質の深海域津波データは,遠地津波の研究の進展に大きく貢献した.旧来用いられてきた長波津波モデルで説明できなかった遠地津波の遅延と初動反転が,重力結合した固体海洋弾性系における海洋表面重力波の理論で説明可能となった.新たに開発された遠地津波計算法が,1854年安政東海・南海地震の津波記録を始め,現在までに発生した19の地震津波に適用され,繰り返される海溝型巨大地震の断層滑りモデルが構築・更新された.遠地津波に関するこれら最新の観測・理論・計算手法・応用例をレビュー論文としてまとめた.

(b)大規模な爆発的火山噴火の研究

2022年1月に発生したトンガ海底火山の爆発的噴火では,大気と固体地球の特定の共鳴周期(約230, 270秒)を持つレイリー波が発生し,世界中で観測された.この二つの周期は1991年ピナツボ火山噴火の直後に観測されたレイリー波(または地球自由振動モード)と同一だが振幅比が異なっていた.振幅比パタンは,どちらの火山噴火でも全世界で共通で,ピナツボ噴火では230秒のモード振幅が卓越したのに対し,トンガ噴火では270秒が卓越していた.地球の大気—固体結合系の自由振動モードを用い,大気中に爆発的噴火を模した波源を様々な高度に置いて長周期地震動の計算をしたところ,振幅比は波源の高度により大きく変わることが判明した.ピナツボ噴火に相当する地表付近の波源では230秒モードが卓越して励起され,トンガ噴火では高度30 kmを超えると270秒モードが卓越して励起される.観測された二つのモード振幅比,2~6を再現するには励起源の高度40~50 kmが必要であり,気象衛星画像から決定された最高噴煙高度50 km超と一致する.観測された振幅を説明する噴火時の大気エネルギー注入量を9 x 1016 Jと見積った.

(c)津波干渉法を利用した黒潮モニタリング

黒潮は,海洋物理の研究課題にとどまらず,気象・気候問題,水産資源・海洋汚染・漂流物問題・海洋交通を通じて人間社会に影響を与えており,黒潮流路や強度の予測は,幅広い分野で重要である.2016年から現在まで続いている黒潮大蛇行の原因は未解決であり,成因解明には黒潮流内部構造の情報が不可欠である.黒潮流域に存在するS-netやDONET等の複数の海底圧力計連続記録に波形干渉法を適用すると,実際の津波発生がない場合でも,圧力計間を伝播する双方向の津波波形が構築され,その差から海水流速連続計測が可能となる.今年度は実際に2観測点の海底圧力計の10日程度の連続記録から,波形干渉法により,双方向に伝播する仮想的な津波記録が合成できることを確認した.今後,津波観測網域の多数の2観測点間流速分布から黒潮流路の位置と強度(流速)の深さ分布とその時間変動を連続測定可能にする新手法を確立し,黒潮研究に資する広範囲の3次元黒潮流の時間変動モニタリングの道を拓く.

(d)北硫黄島カルデラでのトラップドア断層破壊とその力学機構

小笠原諸島・北硫黄島の近くに位置する海底カルデラ(北硫黄島カルデラ)では,2008年と2015年にマグニチュード5.2–5.3の中規模地震が発生した.これらの地震後,フィリピン海の海底に設置された海底水圧計一機が明瞭な津波シグナルを記録しており,この津波記録と広域観測網の地震波記録のデータ解析から,北硫黄島カルデラで「トラップドア断層破壊」というカルデラ内の断層破壊を伴う隆起現象が起こったことを提案した.また同現象を引き起こす要因となるカルデラ直下のマグマ圧力と,津波規模とを定量的に結びつける静力学的震源モデルを開発し,観測された津波規模からカルデラ直下のマグマ圧力を定量化し,同火山直下でマグマが高圧化した状態にあることを定量的に示した.

(e)北硫黄島カルデラ起因の微小振幅津波の検出

北硫黄島カルデラでは,2017年と2019年にも類似の中規模地震が発生したが,両地震発生時には上記のフィリピン海の海底水圧計記録が喪失していた.そこで,地震熊野灘と紀伊水道沖に敷設されたDONETの高密度な海底水圧計に対し,波形スタッキング手法を適用してシグナル/ノイズ比を向上させ,2017年と2019年の中規模地震による振幅1mm程度の極小振幅の津波シグナルの検出に成功した.この津波シグナルを詳細に解析して,北硫黄島カルデラにおいてはトラップドア断層破壊が数年間隔で繰り返し発生し,カルデラ内の異なる断層面で断層破壊が交互に繰り返している可能性を示した.

(f)2023年10月鳥島近海地震の津波解析

2023年10月9日,鳥島近海に位置する孀婦岩周辺の海域で,マグニチュード4-5の中規模地震が繰り返した.地震規模が大きくなかったにも関わらず,この地震活動の直後,伊豆・小笠原諸島および太平洋沿岸の広範囲で,最大振幅60 cmの津波が観測された.地震規模から経験的に推定される津波規模よりも,観測された津波規模が特異に大きく,その原因究明が喫緊の課題であった.本研究では,DONETの海底水圧計の津波記録の解析によって,奇妙な津波発生過程を調べた.上述の波形スタッキング手法をDONET記録に適用し,津波発生過程の震源時間関数を推定し,約一時間半で10回以上繰り返し生成された津波の重ね合わせによって,観測された津波波形の主要部分を再現することに成功した.また,主要な津波生成イベントはいずれも,孀婦岩周辺で観測された14回の中規模地震とほとんど同時刻に発生したことが分かった.これらの解析結果は,孀婦岩周辺の海底における火山活動や土砂崩れなどの海底変動現象が繰り返し発生して,津波の成因となったことを示唆しており,同現象のメカニズム解明に向けた重要な成果である.