3.5.4 比抵抗構造探査

 電気比抵抗は,温度,水・メルトなど間隙高電気伝導度物質の存在とそのつながり方,化学組成に敏感な物理量である.これらの岩石の物理的性質は,すべて,その変形・流動特性を規定する重要なファクターであり,比抵抗構造と地震学的諸情報をあわせることで,より詳細かつ正確な情報を抽出し得る.従って,当センターは内外の研究者と協力して,震源域や火山地域スケールおよび列島スケールや周辺大陸縁辺域の比抵抗構造を解明するプロジェクトにおいて,観測法やインヴァージョン手法の開発を含め,中心的な役割を担ってきた.

 2023年には,2012年から2018年にかけて観測を実施したいわき-北茨城誘発地震域やいわき地方から新潟平野に至る測線での広帯域MT観測データの解析を継続した(3.5.1(1)(1-1) 参照,東京工業大学・東北大学・秋田大学・産総研との共同研究).特にいわき地方から新潟平野に至る測線についての2次元解析から,解析した3測線に共通して,脊梁山脈中央部の火山フロントより背弧側にあたる地域の地下に,マントル深部から立ち昇るかのような低比抵抗域が決定され,その低比抵抗域の上部域に低周波地震が分布し,さらにその上部に柳津の地熱地帯,沼沢湖(火山)などが分布し,沈み込むスラブから供給された深部流体がこれらの地震火山活動に寄与している可能性が確認された.また,2008年から2011年にかけて庄内平野周辺域で取得し,2006,2007年に日本原子力研究開発機構が朝日岳周辺域で取得した広帯域MT観測データの再解析を行った(東京工業大学・東北大学・秋田大学・産総研・名古屋大学・京都大学・日本原子力研究開発機構との共同研究).その結果,上部地殻と下部地殻の低比抵抗域がそれぞれ測地学的研究により推定された低剛性域,低粘性域と対応しており,これらの低比抵抗域が日本海東縁ひずみ集中帯,奥羽脊梁山脈のひずみ集中帯におけるひずみ集中の原因となっている可能性を示した.また,鳥海山と月山の下は低比抵抗であり低比抵抗域は低周波地震が起きている下部地殻まで分布しているが,それらの火山にはさまれた非火山地帯では同様の深部につながる低比抵抗域は存在しないことが分かった.さらに,同地域の地下では地震発生層深度の下限が浅部の高比抵抗とその下の低比抵抗の境界と対応している可能性が明らかとなった.

 2021年に実施した水戸周辺域から中越地域に至る測線や2022年に実施した北関東前弧域(水戸周辺域から2011年東北太平洋沖地震による「いわき-北茨城」誘発地震域)での広帯域MT法観測データに基づいた構造解析を行ったほか,2023年には新たに,水戸周辺域から(歴史資料によりM6 以上の被害地震が起きていることが知られている)日光東部に至る領域で17点からなる面的な広帯域MT観測を実施した(3.5.1(1)(1-1) 参照,東京工業大学・産総研・JOGMECとの共同研究).また,阿蘇カルデラを含む九州地方中央部の深部広域構造を決定するためのネットワークMT観測データの解析を進めた(産総研・京都大学との共同研究).一方,豊後水道スロースリップ域やその北側に東西に分布する深部低周波微動域を含んだ広い領域での深部比抵抗構造を決定する目的と,スローイベント時の電磁気的シグナルの有無を検証するため,四国西部と九州東部においてネットワークMT法連続観測ならびにそのデータ解析を継続した.ニュージーランド北島ヒクランギ沈み込み帯においても同様の観測を実現すべく,ネットワークMT試験的観測を継続していたが,現地の光ファイバー化によって観測が継続できなくなったため,新たにOBEMを用いた海底での連続観測を開始した(海半球観測センター,GNS Scienceとの共同研究,3.5.6.参照).一方,2002年から2004年にかけ,紀伊半島全域で実施していたネットワークMT観測から得られたデータの再解析を実施し,3次元広域深部構造推定を実施したほか,1994年から1996年にかけ,四国東部から岡山県,鳥取県にて実施していたネットワークMT観測データの再解析を開始した(京都大学・神戸大学・大阪市立大学・高知大学・九州大学・鳥取大学・JAMSTECとの共同研究).

 一方で,解析や解釈のための手法の開発も行った.まず,ロバストな多変量線形回帰手法(Robust multivariate linear regression S-estimator)をリモートリファレンス法に適用し,ノイズの影響を軽減し,時系列データから(インヴァージョンの入力として使用する)周波数応答関数をロバストに推定する手法を開発した.開発した手法をシンセティックデータ,2022年に北関東で取得した広帯域MT観測データに適用し,従来手法に比べて精度良く応答関数を推定できることを確認した.また,上述のいわき地方から新潟平野に至るMTデータを解析するために,新たな試みとして,同地域における地震波速度の分布を制約条件として用い,比抵抗構造をインヴァージョンによって推定する手法の開発に着手した.最後に,クラックを含む岩石の電気比抵抗の異方性を考慮した理論式を開発し,地震波速度の理論式と比較した.