3.7.3 最先端の地球物理海底観測システムの開発

(1)次世代の海底地震・測地観測システムの開発

本所において共に海域地震観測を行う観測開発基盤センターと共同し,海底地震観測の高度化として複数次元での観測帯域拡大を進めている.現在,広帯域地震観測での機器の高機能化,機動的海底観測での測地学的帯域への拡大,および水深6000mを越える超深海域での地震観測の実現,の3項目を具体的課題として機器開発を実行中である.

広帯域海底地震計(BBOBS)の平均的ノイズレベルを評価すると,長周期側での水平動のノイズレベルが陸上観測点での統計的上限に対して数倍以上高い.この対策として,低背なセンサー部をデータ記録部から独立させ海底面に突入させて自己埋設する構造の新型広帯域海底地震計(BBOBS-NX)を,ROV等の潜水艇による支援(設置・回収時)を要する運用方式で実用化した.2010年以降での複数の観測結果から,陸上観測点並のノイズレベルが確保できることを確認した.更に,このBBOBS-NXと同等の観測がROVを使用せず,自律動作により可能となる次世代機(NX-2G)の開発研究を科研費基盤研究(A)の補助を受け2015年から進めた.2016年10月にNX-2G試験機での実海域試験を実施,2017年4月に福島県沖日本海溝陸側斜面にて,既設置のBBOBS近傍にNX-2G試験機を設置,長期試験観測を開始し,2018年10月に回収,基本的な自律動作の機能が想定通りであることを検証した.更なる改良によるデータの質向上を確認するため、再試験を2025年度以降に実施する予定である.
 また,BBOBS-NXを基に,機動的に広帯域地震・傾斜同時観測を行うBBOBST-NXの開発・実用化を進めると共に,海底での条件次第ではこれまでのBBOBSでも傾斜変動が計測可能であることも,複数地点での試験的観測データにより分かってきた.使用している広帯域地震センサーの長期間での安定性には問題は無さそうで,観測対象次第では有用と考えられる.2020年10月に,房総半島南東沖に2015年7月に設置したBBOBST-NXを5年ぶりに回収し[図3.7.5],2年間の地震・傾斜連続データを得ることに成功した.水温データも4年間分を取得した.これらのデータの解析処理を進めたところ,過去の傾斜観測時には不明確であったBBOBST-NXのセンサー部での温度依存性が明確になり,今後はセンサー内部で精密な温度記録を得て,より高精度な傾斜変動データの取得を狙う.なお,前述したNX-2Gでも傾斜観測は可能であり,機動的で高密度な海底地震・地殻変動観測アレイの実現性が見えてきた.

 1990年頃からの課題である,水深6000mを超える超深海域での海底地震観測を実現させるため,2012~2013年に新発想の機構で超深海用海底地震計(NUDOBS)を開発し試験観測の実施後に,水深9200mでの長期観測(2013~2014)を無事開始したが、回収時に無応答で未回収状態である.この推定問題点を解決し,現代的な研究目的に対応する広帯域地震観測が可能な,超深海用広帯域海底地震計(UDBBOBS)の開発を,2021年に科研費(学術変革・分担・代表:田中[2021〜2025])を得て再開した.UDBBOBSに用いる上で有力な候補となる小型・低消費電力な広帯域地震観測用センサー(Silicon Audio社,203-60)について,実験室での検証試験を行った.2個の同一形式センサーを用いて,それらの内部雑音が無相関であると仮定すると,その平均的雑音レベルが簡単な計算から得られる,という手法により,周期100秒でもNHNM以下と,長周期側での内部ノイズレベルも優秀であることが確認できた.現在,製造会社と低消費電力化・高感度化・粗傾斜データ出力について改修を進めている.加えて,この加速度センサーの低ノイズ性能を活かすため,UDBBOBS専用のデータレコーダーをOBS用の現行品を元に差動入力仕様へ改修した.また,2023年には科研費(挑戦的研究(開拓)・代表:塩原[2023〜2026])が採択され,UDBBOBSを実現できる見込みが確実になった.2012年に開発したNUDOBSはプロトタイプ機として機構・サイズ的に扱い難い面があったので,今回のUDBBOBSではそれらの点を考慮した機構設計を進め,地震観測機能を内包する耐圧容器の設計も新しい加速度センサーに合わせて行った.2024年度以降での機能実地試験,その後に長期試験観測の実施を予定している.

(2)最先端の海底電場観測装置(EFOS)の開発

電磁気探査の到達可能深度は,測定する電磁場変動の周期によって制御される.OBEM観測データのインバージョンによる最大探査深度は,周期1日以上で電場のS/Nが悪くなるために上部マントルの数百kmに限定される.新しい長基線電場観測装置(EFOS)は,長いケーブル(EFOS-6は6km,EFOS-2は2km)を海底に展張して良質な長周期電場データを取得する目的で開発された.上記「ふつうの海洋マントル計画」では,海域Aに合計3台のEFOS-2と1台のEFOS-6を設置し,2014年9月に3台のEFOS-2を,2015年9月に1台のEFOS-6を回収した.観測点NM16に設置したEFOS-2[図3.7.6]とOBEMの電場データのノイズスペクトルを比較すると,105秒よりも長い周期でEFOS-2のノイズが約1桁低いことが示された.このデータを用いて遷移層の電気伝導度を求め,地震波のレシーバ関数解析結果と統合して,遷移層に存在しうる水の量の上限を推定することができた.
 今後進めるべき方向の一つは,EFOSによる観測を世界中の様々な海域で実施して,遷移層の水のグローバルな分布を明らかにすることである.しかし現状のEFOSは,設置および回収に無人探査機(ROV)を必要とし,このことがEFOS観測のグローバル展開を困難にする要因となっている.現在のEFOSは耐圧容器にガラス球を用いているために深海有人探査機での取り扱いができない.2017年度はこの点を改善して有人探査機でも扱えるよう,耐圧容器を金属製に変更した.2018年度および2019年度には,科研費基盤研究(B)により有人探査機による展張・回収システムを検討し,作成した.このシステムを有人潜水調査船「しんかい6500」により設置する観測航海がこれまでに2度採択された(2019年8月・小笠原海盆,2021年6 月・伊豆諸島青ヶ島東方沖)が,いずれも海況の不良により,機器設置を行うことができなかった.次回の設置機会に向けて,さらなる開発と観測準備を継続している.

 深海でのEFOSの設置・回収作業が可能な有人/無人探査機は世界中を見ても,極めて数が限られる.一方,マニピュレータがないため複雑な作業はできないが,深海底でケーブルを展張する機能はある各種曳航体が使用可能な研究船は,多くの国で保有している.これらの曳航体を用いた設置・回収が可能になれば,EFOSによる観測の機会が格段に増えることが期待される.我々は,深海曳航体(ディープトウ)によって設置/回収できるよう,EFOSの全面的設計変更を行い,このシステムについても本格的な開発を進めている.