(1)革新的データ同化の創出を目指して
科学研究を進める上において,物理・化学法則等に基づく数値モデルと,観測・実験に基づくデータの比較が重要であることは論をまたない.しかしながら,近年の巨大スパコンの登場や大規模地球観測網・実験設備等の整備に伴い,大規模数値モデルと大容量観測データを突き合わせることすら容易ではなくなってきた.数値モデルと観測データをベイズ統計学の枠組みで統融合するための計算技術であるデータ同化は,時々刻々と入力する観測データに基づいて各時刻における状態の逐次推定を行う「逐次データ同化」と,予め決められた時間窓において観測データと最も整合する状態を探索する「非逐次データ同化」とに大別される.大規模数値モデルへデータ同化を実装する際には,4次元変分法を始めとする非逐次データ同化を用いるのが常套であり,例えば気象予報は主に4次元変分法に基づいて行われている.
従来の4次元変分法は,事後分布の局所最大を与える状態を推定するのみであり,その不確実性を推定することが原理的に不可能であるという大きな欠点があった.我々は,2nd-order adjoint法を採り入れ,不確実性評価が可能な4次元変分法を開発することにより,これを解決した(Ito et al., 2016).このようにして得られた不確実性は,観測デザイン最適化のためのフィードバックともなる極めて重要な情報である.
2023年はこの不確実性評価法を,超大規模数値モデルへの適用を見据えた更なる高速・高効率な方法へと昇華させるために,2nd-order adjoint法を用いた乱択基底に基づく行列前処理法を新たに開発した.この行列前処理法は2nd-order adjoint法を内部反復で用いることで,不確実性評価の際に求解が必要な連立方程式の係数行列の対角スケーリング前処理を高速に実行することができ,連立方程式の求解を安定的かつ高速に実施することを可能にする.この行列前処理法を簡易な設定の1次元の速度構造推定問題へ適用したところ,速度構造の不確実性評価において,行列前処理なしの場合に比べて数倍から数十倍の高速化が観測された.
(2)情報と計測の融合に資する数理的手法の開発
本センターは,科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業CRESTの研究領域「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」において,平成29年度に採択された研究課題「ベイズ推論とスパースモデリングによる計測と情報の融合」に参画し,本学大学院新領域創成科学研究科,統計数理研究所,海洋研究開発機構との協働により,ベイズ推論に基づいて実験計測効率を最大限に高める「ベイズ計測」を実現するための情報数理基盤の開発研究を実施している.
本CREST課題の最終年度である2023年は,2.5次元古典スピン系の磁化ダイナミクスを双極子間相互作用を含む時間依存 Ginzburg-Landau (TDGL)方程式によって実現した,平衡状態で見られるドメインの空間パターンを分類する方法論(Anzaki et al., 2021)をテストベッドに,複雑なモデルから少数モードで構成される有効モデルを抽出する手法開発を完遂した.