投稿者「TonoYoko」のアーカイブ

3.5.7 チリ沈み込み帯での前震,本震,余震活動に対する非地震性すべりの影響

摩擦則等を用いた力学的なシミュレーションから,大きな地震の前後や最中の破壊過程では,地震性すべりと非地震性すべりが複雑に相互作用することが知られている.しかし,そうした相互作用を観測により直接的に描き出した事例は,地震前及び地震時に関して言えば,機器観測された大きな地震の数に比べて限られている.観測により非地震性すべりと地震性すべりの相互作用を明らかにすることは地震のメカニズムを理解する上で基本的かつ重要な課題である.本年度は,チリの沈み込み帯において発生した2014年イキケ地震(M 8.1)を対象に,非地震性すべりが本震と最大余震の発生過程に及ぼした影響を調べた.また,2017年バルパライソ地震(M 6.9)を対象に,非地震性すべりと群発的な前震,本震,余震活動の関係を再解釈した.具体的には,高サンプリングのGNSSデータと地震活動を解析し,非地震性すべりと地震性すべりの時空間分布を明らかにし,それらの関係を解釈した.

 イキケ地震に関しては,本震と最大余震(M 7.6)の間の27時間の間に余効すべりが発生していたことが明らかになった.この余効すべりは長期的なすべり欠損が小さい領域で発生し,さらには本震に先駆けて8ヶ月程度の過渡的な非地震性すべりが発生していた領域であった.この領域は本震と最大余震の震央の間に位置するため,非地震性すべりを起こす領域が本震による破壊伝搬を減衰させ,最大余震の発生領域まで一挙に破壊することを防いだとみられる.さらに,本震と最大余震間の27時間に最大余震域で中規模な地震が間欠的に発生し,最大余震の発生45分前にはその震源の近くでM 6.1の地震が発生していたことが明らかになった.これらの地震の背後で先述の余効すべりが発生していたことから,この余効すべりは直接最大余震の震央に応力を加え,最大余震の核形成を促進したと考えられる.摩擦特性の研究から余効すべりは地震の核形成を駆動できないと考えられてきた.しかし,非地震性すべり領域の中に小さな地震性すべり断層(中規模地震のパッチ)が多数埋め込まれている状況では,余効すべりであっても地震性すべりの領域に直接応力を加えることで,小さな地震性すべり断層がまとまって大地震を起こす状況を作り出せることを本結果は示唆している.

 バルパライソ地震に関しては,先行研究により約2日前に最大前震があったことと,それと同時期に前駆的な非地震性すべりが始まっていたことが知られており,これが本震の核形成過程の一部と考えられてきた.しかしながら,この非地震性すべりは核形成過程の一部ではなく,偶然本震の震央近くで発生した非地震性すべりである可能性は検証されていなかった.そこで,前震の前から地震後の余震の期間まで一貫した解析を行い,最大前震発生から本震後数日間の間,統計的には異常な地震活動が継続していたことを明らかにした.さらに,非地震性すべりに関しては,GNSSの解析や繰り返し地震の解析から,本震を境に非地震性すべりの速度が増加しなかった,すなわち余効すべりが見られなかったことがわかった.したがって,本震前に観測されていた非地震性すべりは地震後まで一続きのイベントと考えられ,本震前に見られた非地震性すべりは核形成過程の一部とは考え難いことを提案する.以上の考察から,2017年バルパライソ地震に伴う前震,本震,余震の全体は,非地震性すべりにより駆動された群発的な地震と解釈できる.

3.9.6 STAR-Eプロジェクト「人工知能と自然知能の対話・協働による地震研究の新展開」

2021年7月より,文部科学省「情報科学技術を活用した地震調査研究プロジェクト」(通称:STAR-Eプロジェクト)の研究課題として,「人工知能と自然知能の対話・協働による地震研究の新展開」(略称:SYNTHA-Seis)が発足した.本研究課題は地震研究所(計算地球科学研究センター,地震予知研究センター,観測開発基盤センター,地震火山情報センター)を中核機関とし,大阪大学大学院基礎工学研究科をはじめとする全国の情報科学・統計科学・数理科学関連の大学・研究機関が参画しており,2026年3月までの約5年間に及ぶプロジェクトである.

今世紀初頭に始まった現在の第三次人工知能ブームは,いまだに止まるところを知らず,地震分野においても深層学習による地震波形データからのP波やS波の検出能力は,時に経験豊かな地震学者の目を上回ることもしばしばである.しかしながら,地震研究において取り扱う地球内部起源の振動現象には,通常の地震以外にも多種多様なものが混在しており,それらを分類しながら検出する人工知能技術は,まだ確立されたとは言えない.また,地震研究においては現象の検出だけではなく,検出された現象の情報に基づく地震活動の時空間分布や地球内部構造等のモデリングにより,地震の発生環境や発生メカニズムの解明を目指すことが地震防災・減災の観点からも重要である.この地震学におけるモデリングでは,「自然知能」と言うべき人間の頭脳によるところがまだ大きく,人工知能が自然知能を凌駕するまでにはまったく至っていない.本研究課題では,「人工知能と自然知能の対話と協働」をテーマに,深層学習と経験者の目による地震・微動検出手法の深化,および人工知能と自然知能による地震モデリング手法の共進化をねらい,地震研究の新展開と地震防災に貢献する.

2022年は,波形信号データからの地震波検出に向けた深層学習モデルの開発に着手し,既存モデルの改良を行うことにより,検出精度を大幅に向上させることが可能であることを示した.また波形画像データからの低周波微動検出に向けた深層学習モデルの構築を継続実施した.現在のようなデジタル記録以前においては,地震波形データはペンによって振動を連続的に記録紙に直接書き記したドラム式のアナログ紙記録として保存されていた.数十年〜数百年という地震発生サイクルの時間スケールを考えると,過去の地震波形データにスロースリップイベントに伴う低周波微動が記録されているかどうかを詳しく調べ,その特徴をさらに明らかにすることは,地震学において当然検討すべき重要課題である.本研究において開発した学習済みの畳み込みニューラルネットワーク(Kaneko et al., 2021)にHi-netデータから生成した大量の画像データを学習させ,本研究所が約50年前に運営していた和歌山観測所熊野観測点で1966〜1977年に得られた紙記録に適用したところ,当時の低周波微動を多数検出することに成功した(Kaneko et al., 2023).今後は最新鋭のGPU計算機を利用した大規模学習によって畳み込みニューラルネットワークを強化し,昔の微動カタログを充実させていく予定である.

文部科学省「情報科学技術を活用した地震調査研究プロジェクト」
https://www.mext.go.jp/a_menu/kaihatu/jishin/projects/

令和3年度採択課題:人工知能と自然知能の対話・協働による地震研究の新展開
https://www.eri.u-tokyo.ac.jp/project/SYNTHA-Seis/