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3.3 Division of Earth and Planetary Materials Science

3.3.6 中央海嶺-トランスフォーム断層系における枯渇度の空間変化

中央海嶺下の部分溶融によって、最上部マントルに枯渇層が形成される。この枯渇マントルは、重い鉱物や水がメルトに取り去られるために、溶ける前のマントルに比べ低密度・高粘性であることが知られている。そのため詳細な枯渇度の空間分布を知ることは海洋プレートの構造やダイナミクスを考える上で非常に重要である。しかし従来の研究の多くは、中央海嶺を含む2次元的な断面における枯渇度変化のみに焦点を当ててきた。本研究では数値モデリングを用いて中央海嶺-トランスフォーム断層系における3次元的な枯渇度分布を予測した。その結果、(1)枯渇度は一般的にプレート拡大速度と共に増加すること、(2)トランスフォーム断層と断裂帯の下で低枯渇度となり、その傾向は低プレート拡大速度・長いトランスフォーム断層を考慮した場合に顕著であること、(3)脆性破壊を考慮すると海嶺軸に平行な方向の枯渇度変化が小さくなること、が明らかになった。またトランスフォーム断層の長さによる枯渇度の変化はプレート拡大速度が低い時ほど大きいことから、深海性かんらん岩の組成が低プレート拡大速度でばらつく原因の1つとしてトランスフォーム断層の長さが挙げられる。

アイスランド・ミヴァトン湖周辺に見られるDouble Rootless Coneの写真(左)とK-GPSにより作成したその高度プロファイル

アイスランド・ミヴァトン湖周辺に見られるDouble Rootless Coneの写真(左)とK-GPSにより作成したその高度プロファイル

シベリア,ウダーチナヤ・キンバーライト中に包有物として含まれるエクロジャイトから抽出したルチル (A)とLA-ICPMSにより得られたU-Pb年代値(420.0 ± 9.6 Ma) (B) (Ragozin et al., 2014)

シベリア,ウダーチナヤ・キンバーライト中に包有物として含まれるエクロジャイトから抽出したルチル (A)とLA-ICPMSにより得られたU-Pb年代値(420.0 ± 9.6 Ma) (B) (Ragozin et al., 2014)

3.3.5 高温マグマプロセス解明に向けた物質科学的研究

プレート収斂域での火成活動において,部分溶融によるメルトの発生からメルトの上昇・冷却・定置といった一連の過程がどのような時間スケールで進行するのかを明らかにすることは,大陸地殻-マントル間での物質的・化学的分化の過程を理解する上で重要である.こうしたマグマ活動の中でも,特に高温(>600℃)でのプロセスに時間軸を設定する上で鍵となる手法が高い閉鎖温度(約900℃)を持つジルコン鉱物のウラン・トリウム系列年代測定法である.物質科学系研究部門・坂田研究室ではジルコン鉱物から得られる時間情報の高精度化を進めると共に,従来法では得ることのできなかったメルトの発生から鉱物晶出までの期間を定量化する新たな年代測定法の開発を進めている.さらに,マグマ溜まり中での温度や化学組成の変化を追跡する目的で鉱物中の微小領域(15-30μm)からチタンや希土類元素を精確に定量する技術を確立した.こうした年代・元素分析に加え、火山岩中の全岩238U-230Th-226Ra同位体比の新規分析手法を現在開発中である。これらの分析法を国内の第四紀火山噴出物(三瓶火山,戸賀火山,霧ヶ峰等)や箱根・富士火山の試料に適用し,日本列島地下で起こっている地球化学的プロセスの解読を進めている.

また,現存する物質的記録が極めて少ないとされる地球誕生から最初の5億年間(冥王代)の地殻の化学進化を解明する研究も進めている.西部オーストラリアより採取した礫岩より500粒子以上の冥王代ジルコンを発見し,高精度のU-Pb年代測定や化学組成の分析を進めている.特にこれまで冥王代ジルコンでも報告数の少なかった42-44億年前のジルコンも数十粒子集積しており,報告されている最古の地球ジルコン(約44億年前)と同等の年代を持つものも発見した.現在冥王代ジルコンの年代、化学組成を用いて独立成分解析を行うことで44-40億年前の地球最初期の表層・地殻の環境を変化させる機構についての推察を行っている.

水を含む玄武岩(沈み込む海洋地殻)の,第2臨界終端点近傍の相平衡状態

水を含む玄武岩(沈み込む海洋地殻)の,第2臨界終端点近傍の相平衡状態図.(Mibe et al., 2011, PNASより)

3.3.4 地球ダイナミクス:水・マグマと固体地球の相互作用

太陽系の岩石惑星の中でも,地球は,海と陸,活発な地震・火山活動,プレート運動と大陸移動,地球磁場を有し,生命を宿す「にぎやかな惑星」である.なぜ兄弟惑星である火星や金星と異なりこれほど活発で多様性に富むのか,その仕組み・鍵の一つは水にあると考えている.物質科学系研究部門・岩森研究室では,これらのユニークな地球の営み(=地球ダイナミクス)について,特に水と固体地球の相互作用に注目しながら,温泉や火山の調査,室内分析,データ統計解析,数値シミュレーションなど,さまざまなフィールドや手法を組み合わせて研究している.本年度は下記を実施した。

  1. 島弧火山岩および地下水組成解析(地球化学解析および統計解析)に基づき,沈み込んだプレートから物質が供給され,マグマや深部流体が地表に達するまでのプロセスを,日本列島全域で実施した。その結果、能登半島の直下には、沈み込んだ太平洋プレートからの脱水流体が直接的に供給され、2020年以来、3年以上も続く群発地震や地殻変動・隆起をもたらしている可能性があることが分かった。
  2. 地球表層を覆うリソスフェアが,地球内部のアセノスフェアと熱的・物質的にどのように相互作用するかは,プレート運動や地球内部物質循環,および地球の熱的進化を規定する重要なプロセスである.マントル対流のシミュレーション、特に2次元直交座標系と、3次元球殻の一部を切り出した座標系でのシミュレーションを比較し、海洋プレートの熱流量と水深がどのようなメカニズムで決まるかを探索した。特に、海洋プレート直下の小規模対流と、深部からの上昇プルームの影響を比較・議論した。
  3. 地殻-上部マントルでの地殻流体(水溶液、超臨界流体,マグマ)の存在量や分布形態をとらえるため,観測される地震波速度と電気伝導度を同時解析する手法を開発し、東北地方における観測データに応用した。その結果、玄武岩質マグマ、安山岩質マグマ、水溶液流体が識別・定量され、地震、火山、地殻流体の関係性が議論された。

3.3.3 地球化学分野

火山の諸現象,地球や惑星を構成する物質の進化,地球内での物質循環などを探求する研究を,微量元素,同位体などのトレーサーを用いた地球化学的手法で行っている.沈み込み火山のマグマの生成には,沈み込むスラブからの流体が関与していることが知られている.流体の関与の指標として,ホウ素(B)の濃度や,ホウ素と他の微量元素との比(例えばB/Nb)が有効であることが知られている.ホウ素は化学的な取り扱いが難しく,また分析中に環境からの汚染を受けるため,今世紀にはいってから,化学処理が不要な即発ガンマ線分析により定量が行われてきた.しかし,2011年の原発事故以降,実験用の原子炉の利用が難しくなり,国内での研究は止まっている.そこで所内の既存の実験設備をホウ素分析に適した環境に改善し,ホウ素を湿式分析により定量分析を行えるようにした.クリーンルームの空気導入フィルターを低ホウ素の素材に切り替えるなどでブランクの低減を図り,同位体希釈分析による定量法を確立した.ホウ素の信頼できる定量値が報告されている標準岩石試料を用いて,分析の正確さ,精度や,どの程度の低濃度の試料が分析可能かについて検討した.その結果,比較的ホウ素濃度の高いJB2から,ホウ素濃度が1ppm以下のBIR2にいたるまで,これまでの報告値と,よく一致する定量結果が得られた.この成果は論文発表され,一般共同利用研究などで島弧マグマの研究に適用されている.

火成岩や地球外物質(分化隕石や小惑星サンプルリターン試料)に含まれる希ガス同位体組成をもとに,太陽系や惑星の形成・進化史,惑星内部からの脱ガスや大気形成過程,火成活動の特性などを解明する目的で研究を行っている.希ガスは不活性であり物理的プロセスを探求するのに有用なトレーサーであるとともに,4He,40Ar,129Xe といった年代測定に応用できる放射起源同位体を有する.これまでの分類から外れるような分化隕石や始原的隕石(コンドライト)との関連性が示唆されるような分化隕石について,それらに含まれる希ガス同位体や年代学的情報などから,経験した熱史や母天体像などに関する考察を進めた.

また,小惑星探査「はやぶさ2」や火星衛星探査「MMX」プロジェクト(ともにJAXAが主導)に参加している.はやぶさ2で回収された小惑星リュウグウ試料の揮発性元素の含有量・同位体組成からは,リュウグウ試料はこれまでに見つかっている始原的隕石と比べて変成を受けておらず太陽系形成初期の情報を示すことが明らかになった(九州大学の研究者等との共同研究).さらに,将来の惑星探査機への搭載やその場観測での運用を目指し,小型K-Ar年代測定装置、および分離膜を用いるネオン同位体分析手法の開発を進めている(理学系研究科の研究者等との共同研究).前者の装置では,岩石試料にレーザーを照射し、Kを分光分析で,Arを質量分析計で測定を行う.火星隕石の鉱物観察をもとに,火星上で年代決定を行うための測定条件(レーザー径やスポット数など)を調べた.後者については,希ガスの一元素であるネオンは大気進化過程を考える上で重要な元素であるが,質量分析計による測定においてはアルゴンとの干渉があるため両者の分離が必要である.室内実験では液体窒素や冷凍機を使用して分離するが,その場観測では難しい.そこで,膜の透過性質を利用して分離する方法の実証試験を行い,膜材としてポリイミドを利用することで効率良く分離できることやその固定方法を明示した.

3.3.2 浅部マグマ活動に関する研究

浅部マグマ活動に関する研究では,マグマ活動の実体を明らかにすることを目標に,化学組成,含水量測定や組織観察を中心とした火山噴出物の解析を行なっている.マグマ中の含水量は火山噴火のポテンシャルとして重要であり,噴火に到る準備過程を理解する上でマグマ中の含水量変化を明らかにする意義は大きい.また,含水量を適切に評価することによって,斑晶鉱物やマグマの液組成を用いた熱力学的温度圧力計の精度向上も期待できる.斑晶の組成累帯構造や石基組織の観察からは,噴火に伴うマグマの運動についての情報が得られる.これらの情報を総合して,火山噴火の前駆現象の解明に取り組んでいる.

2023年度は火山噴火予知研究センター,山梨県富士山科学研究所,常葉大学,静岡大学,鹿児島大学,防災科研との共同研究を実施し,西之島,諏訪之瀬島,伊豆大島,富士山,霧島, 桜島, 硫黄島など,いくつかの活動的火山について噴火前のマグマの状態を検討した.加えて,受託研究「次世代火山研究推進プロジェクト」の一環として,火山噴出物の分析・解析プラットホームの構築を進めている.これは,膨大な量の火山噴出物を高精度かつ高効率に解析可能にするとともに,火山噴出物解析の自動化と分析結果のデータベース化によって火山噴火の推移予測に資することを狙っており,取得したデータを用いて,マグマ供給系の時代変化の検討や様々な火山のマグマ供給系の類型化を進めている.

一例を挙げると,マグマ供給系の類型化の一つとして,上昇するマグマの挙動をマグマ上昇開始の要因が,「マグマ注入による過剰圧獲得の場合」と「マグマの分化による浮力の獲得の場合」について,富士山のマグマ供給系についてのデータをもとに数値計算を使って考察した.マグマ注入による過剰圧獲得から噴火に到る場合には,上昇途中の火道の経路が噴火するか否かを強くコントロールするとともに噴火未遂が発生する可能性も高い.一方,マグマが分化して浮力を獲得した場合,とりわけ,マグマの含水量が高い場合には,上昇経路形成による過剰圧の消費がマグマの体積膨張の効果で緩和されるため,マグマの上昇が妨げられることなく最終的な噴火に到りやすい.こうした検討結果と実際の富士山での火山活動がうまく対応するかについて,現在は噴出量階段ダイアグラムと噴出物組成の定量的解釈を行なっている.

3.3.1 多結晶体特性からみた地球内部ダイナミックスの素過程

前年度、多相固相系のクリープと粒成長は同じメカニズムで進むと予想し、実験的にそれを実証した(Okamoto & Hiraga, 2022 JGR)。今年度は、その事実を用いて下部マントル粘性率推定を行った(Okamoto & Hiraga, 投稿中)。マントル物質が下降する際、深さ660 kmでの相転移によって、粒径が実質ゼロにリセットされる。その後、粒成長が開始し、それが対流する期間継続するとした。これまで報告されたブリッジマナイトおよびポストペロブスカイト相中の自己拡散係数および拡散パラメータをまとめ、下部マントルの温度・圧力条件下で深度と共に変化する拡散係数を得た。その拡散係数、粒成長則および拡散クリープ則を用いて計算された粒径および粘性率を求めた。結果は以下のとおりである。深さ660 kmを下方通過後、ブリッジマナイト安定深度域内を下降するマントル内でほぼ一定となる粒径に直ちに到達する。ブリッジマナイトからポストペロブスカイトへの相転移直後にも急激な粒成長が生じる。コアからの熱供給により高温な下部マントル底部をマントル物質が水平方向に移動する期間も粒成長が継続する。マントル上昇(湧昇)に転じるまでに粒径は~10 mmに達し、そのサイズは上昇流中さらなる粒成長が生じえないほど十分に大きい。得られた粒径および拡散係数より、マントル対流時の深度と共に変化する粘性率を得た。マントル下降流および上昇流の温度差が小さい場合には、下降マントルが細粒であるために上昇マントルと比べ低粘性になりうる。地球物理学的に推定されるブリッジマナイト安定域での深度ともに1021から1023 Pa·sと変化する粘性率、ポストペロブスカイト安定深度域で推定される1016から1020 Pa·sの低粘性率がよく再現された。