巨大地震が発生した場合,早急に損傷を受けた建物の損傷度を評価し,建物の継続利用の可否を評価する必要がある.そこで本研究では,比較的安価の加速度計を設置し,建物の地震時応答を計測して,等価線形化法を用いた損傷度評価システムの開発を進めている.等価線形化法とは,建物に作用している力と変形の関係を等価ー自由度に縮約してその耐震性能を評価する方法であるこのシステムの有効性を実証するため,既存構造物に実際に設置して,計測を続けている観測建物は,中層事務所ビル,学校建物,低層木造歴史建造物,低層戸建て住宅,60m級通信用鉄塔などである.本年度には、新たに東海村キャンパスおよびペルーの病院への設置の準備を始めるとともに、日本建築学会の建築会館にセンサーの設置を行った。
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3.2.5 高度な観測機器を開発するための研究
(a)長基線レーザー伸縮計の開発(観測開発基盤センターと兼務)
地震研では高精度のひずみ観測を可能にするレーザー伸縮計のネットワークを展開している.その中心として,神岡地下の重力波検出器KAGRAに併設して建設した全長1.5 kmの基線をもつレーザー伸縮計と,近接する神岡鉱山内で100 mのレーザー伸縮計を運用して観測を行っている.1.5 kmレーザー伸縮計については観測状態でのレーザー周波数安定度の評価を行い最高で10–13オーダーの分解能を実現していることを確認している.本年度は定常的な観測を継続した.100 m伸縮計については,設置場所である地下実験室の空調が更新されたことに伴うレーザーの周波数安定化制御の不調について原因調査と対策を継続している.
2022年以降発生している能登群発地震について,多くのイベントを神岡のレーザー伸縮計で観測している.このうち,2023年5月5日14:42に能登半島沖で発生した地震(Mw6.2)では,神岡坑内で潮汐ひずみの約10倍にあたる7.4×10–7 ppの大振幅ひずみが発生したが,飽和することなく連続波形を記録することに成功した.また地震前後に約4×10–10のひずみステップ(伸び)が観測された.これは気象庁の震源モデルから予想される理論値(約7.6×10–10の伸び)と整合的なオーダーと方向であった.
2024年1月1日の能登半島地震については,1.5 kmレーザー伸縮計で前震はクリアに観測できたものの,本震(16:10, Mw7.5)の際に光軸が激しく揺れたため干渉縞が得られず観測が中断した.翌日にはずれた光軸を遠隔操作で調整し直して観測を再開,継続している.100 m伸縮計は地震発生時にレーザー制御の不調から観測が行えなかった.従来,復旧のために現地作業が必要であったが,今回の地震を機に100 m伸縮計の光学系の一部を入れ替えて遠隔操作で復旧できるように改良した.これにより観測の連続性やデータの品質向上が期待できる.
3.2.4 観測や室内実験と理論を結びつける研究
(a)粉体層の摩擦強度に対する圧密効果と時間効果
有効法線応力以外で断層の摩擦強度を変化させる要因としては,時間とともに断層面の真実接触部の固着が強固になるエージング効果が有名で,我々は,その強度変化が断層面の音波透過率でモニタできることを示してきた.いっぽう,天然の断層でよく観察されるように,断層面が粉体層を挟んでいる場合には,鉱物粒子の幾何学配置が変化し,剪断力を支える粉体層内の巨視的な骨組構造が変化することで大きな強度の変動がおきる.気象大と共同して,両者の強度変化メカニズムに対応する音波透過率の変化を区別する実験に成功し,断層全体の強度は,両者のメカニズムのうちの強い方で決まっていることを見出した.今年度は,熱水条件下で同様の実験を行うための実験装置の整備を進めた.また,京都大学と協力して,軟鉱物である蛍石の直接接触と粉体層剪断での動摩擦強度が,どちらもバヤリー則程度であることを見出した.
(b)高温・高圧での岩石の性質に関する研究
沈み込み帯深部のような熱水条件で期待される脆性-延性遷移領域では,岩石強度に対する有効封圧則の適用について,真実接触面積の割合が大きいため,間隙圧による機械的拘束の減少が中途半端にしか働かなくなるという説と,脆性域と同様に間隙圧の効果がフルに適用できるという説がある.この点を明らかにするために,メリーランド大学と協力して,軟らかい多孔性堆積岩であるSolnhofen石灰岩のインタクト試料を用い,これまでに実験データのない高封圧(Pc = 360MPa)・高間隙圧(Pf = 340, 350, 360MPa)での高温(400, 500℃)変形試験を地震研の三軸試験機で行った.このような高温・高封圧かつそれに近い高間隙圧が働いている環境は,深部スロー地震ゾーンで期待されるものである.載荷歪み速度と有効封圧(= 封圧 – 間隙圧)に応じて,巨視的な脆性破断を伴う変形から,延性変形までが系統的に生じること,有効圧1MPaの増加あたり2MPaのペースで強度が高くなることなどが確認された.また,熱水下の断層でガウジや堆積物が固結してゆくプロセスを長時間観察するための実験手法開発を行っている.
(c) 地震波到達前の重力信号の研究
巨大地震などでは断層運動に伴う震源の質量移動と,物質の粗密を伴う地震波の広がりにより,重力場が時間・空間変動する.地震波の到達よりも前に微弱な重力場の変化が計測され,理論的な予測と比較検証されるようになった.究極の地震早期検知手法として,地震波到達前の重力信号を地震波解析し,地震の発生位置や時刻,マグニチュードや発震機構解を求める手法を開発している.
(d) 地形効果を加味した地殻変動・重力変動の理論計算
マグマだまりの膨張・収縮にともなう地殻変動や重力変動をモデル化する際,半無限媒体における点圧力源の変形場(茂木モデル)が頻繁に用いられてきた.しかし,半無限モデルでは地表面の起伏がもたらす効果が考慮されていないため,地形起伏を円錐形で近似した場合の変形場の準解析解を構築することに取り組んでいる.特に2023年度は,変形がもたらす重力変化の効果を評価する方法を確立した.応用例として,海底火山直下へのマグマ蓄積がもたらす重力変動が海水面上で検出できるかどうかの理論計算を行った.
3.2.3 地震,地殻変動等の最先端観測や新しい観測の試み
(a)南アフリカ鉱山における半制御地震発生実験
南アフリカの金鉱山の地下深部の採掘域周辺に多数の高感度微小破壊センサを設置し,半径100m以上の範囲にわたってM–4以下という数cm程度の微小破壊までを検出・位置標定する,世界でも例をみない試みは,自然地震では観測されたことのない,既存弱面への極端な地震活動の集中や,プレート境界のそれにくらべて極端に高い効率で発生するリピーター活動など様々な発見をしてきた.観測は既に終了したが,東北大・立命館大と協力して,センサ設置孔から採取されたコアを用いた応力測定によるサイトの応力場の推定を行っている.
(b)合成開口レーダーを用いた大地震にともなう地殻変動の計測
地震現象は断層すべりの結果として発生し,ある程度以上の規模の地震であれば,計測可能な大きさの地表変位が観測される.断層面は平面ではなく,多くの場合曲がりや分岐などをともなう.合成開口レーダーの観測は空間分解能が10 m程度と高いために,そのような複雑な断層運動を詳細に観測することができる.本研究では,2023年2月に発生したトルコ・シリア地震(Mw 7.8及びMw 7.6)にともなう地表変形を,合成開口レーダーを用いて観測した.この地震による地表変形は非常に大きいために,一般的な干渉解析では特に断層近傍での変形場を再構築することができなかった.そのため,ピクセルオフセット法・バーストオーバーラップ干渉解析など,さまざまな手法を用いて地震にともなう3次元的な変位場を再構築することに成功した.得られた変位場は,断層すべりの空間的な不均質が断層形状によって強く支配されていることを示唆する.
(c)LiDARによる地形計測の試み
近年,自動運転車の開発競争に伴い,近赤外線レーザーを用いたLiDAR測距装置の高精度化・低価格化が進んでいる.具体的には,測距可能距離500 m・測距精度± 2 cm・広視野角・高サンプリングレート(~10 Hz)程度の製品が安価に手に入る状況となっている.こうした製品を適切に用いることで,(1)高速・簡便な地形計測,(2)火口などの地殻変動のリアルタイムモニタリング,(3)地表断層の検出・記載,といった様々な研究が可能になると期待される.本年度は,Leishen社の車載用LiDAR(Terminator 1-400)を調達し,大学構内のおける測距分解能の評価,火山火口内でのテスト観測(伊豆・大室山),リアルタイムに変化する地形(海水面・火口内の湯だまり等)での点群映像撮影などに取り組んだ.
3.2.2 精密な重力観測に基づく研究
(a)長野県松代における精密重力観測
長野県松代において,超伝導重力計を用いた重力連続観測を継続している.2022年からは,2台の超伝導重力計(CT #036およびiGrav #028)による並行観測を行なっている.それに加えて,絶対重力計による測定を繰り返し実施し,超伝導重力計のドリフトと感度を精密に検定する作業を行なっている.これらの測定および観測により,松代における長期的な重力変化の詳細な特徴が明らかになってきた.松代では,2011年3月11日東北地方太平洋沖地震の直後には非常に大きなレートで重力が減少していたが,そうした変動が徐々におさまりつつあることがわかった.このことは,巨大地震発生後の粘弾性緩和のプロセスが現れているものと考えられ,それを定量的に解釈するモデルの構築を試みている.
(b)富士山における重力測定
富士山の山麓および中腹において,絶対重力測定を実施し,重力差を精密に決定した.これにより,約300mGalの重力差をわずか30分で移動できるという,可搬型相対重力計のための理想的な検定ラインを構築した.このキャンペーンには多数の機関と多くの相対重力計が参加しており,相対重力計の感度検定結果について解析を進めている.また,2022年の測定と2023年の測定とでは絶対重力値が有意に異なっており,この変化の原因を調べるために今後の追跡調査を計画している.2023年には,やや離れた山梨県都留市内にも基準点を新設して初回の測定を実施し,検定ラインをさらに拡充した.
(c)伊豆大島における重力測定
近年の伊豆大島は約1~2年周期の短期的な膨張・収縮を繰り返しながら,長期的には膨張傾向にある.地震研は,1998年頃から断続的に絶対重力計と相対重力計を組み合わせたハイブリッド観測を行ってきた.2023年度は11月に,麓の伊豆大島火山観測所と山頂付近の局舎において絶対重力観測を実行した.また,重力変動のデータに加えて,GNSSによる地殻変動のデータ,降雨量のデータを組み合わせたモデル化を行うことで,膨張源での質量増加を推定することに成功した.
(d)桜島における重力測定
地震研は,絶対重力計を用いた桜島での連続測定を2008年頃から続けてきた.絶対重力計は,京都大学防災研究所と国土交通省大隅河川国道事務所の協力の下,桜島南麓にある有村観測坑道の入り口付近に設置されてきた.2023年度は10月に絶対重力観測を実行した.2017年頃からのデータを集計すると,約3.4マイクロガル/年の重力増加が継続していることが分かった.この重力増加傾向は,マグマだまりの膨張・収縮といった力学的過程を考慮するだけでは説明できない.そのため,重力観測はマグマの脱ガスに伴う密度増加などの物性的過程をとらえている可能性があり,検討を続けている.
(e)重力測定・観測技術の研究
絶対重力測定および超伝導重力計観測の技術的側面についての研究を行なっている.具体的には,絶対重力計の器差の検定,絶対重力計を用いた重力鉛直勾配の測定,絶対重力測定に基づく超伝導重力計の感度検定について,論文にまとめた.
3.2.1 地球波動現象としての地震・津波の研究
(a)津波を利用した巨大地震の研究
2010年チリ地震津波や2011年東北沖地震津波で観測された高品質の深海域津波データは,遠地津波の研究の進展に大きく貢献した.旧来用いられてきた長波津波モデルで説明できなかった遠地津波の遅延と初動反転が,重力結合した固体海洋弾性系における海洋表面重力波の理論で説明可能となった.新たに開発された遠地津波計算法が,1854年安政東海・南海地震の津波記録を始め,現在までに発生した19の地震津波に適用され,繰り返される海溝型巨大地震の断層滑りモデルが構築・更新された.遠地津波に関するこれら最新の観測・理論・計算手法・応用例をレビュー論文としてまとめた.
(b)大規模な爆発的火山噴火の研究
2022年1月に発生したトンガ海底火山の爆発的噴火では,大気と固体地球の特定の共鳴周期(約230, 270秒)を持つレイリー波が発生し,世界中で観測された.この二つの周期は1991年ピナツボ火山噴火の直後に観測されたレイリー波(または地球自由振動モード)と同一だが振幅比が異なっていた.振幅比パタンは,どちらの火山噴火でも全世界で共通で,ピナツボ噴火では230秒のモード振幅が卓越したのに対し,トンガ噴火では270秒が卓越していた.地球の大気—固体結合系の自由振動モードを用い,大気中に爆発的噴火を模した波源を様々な高度に置いて長周期地震動の計算をしたところ,振幅比は波源の高度により大きく変わることが判明した.ピナツボ噴火に相当する地表付近の波源では230秒モードが卓越して励起され,トンガ噴火では高度30 kmを超えると270秒モードが卓越して励起される.観測された二つのモード振幅比,2~6を再現するには励起源の高度40~50 kmが必要であり,気象衛星画像から決定された最高噴煙高度50 km超と一致する.観測された振幅を説明する噴火時の大気エネルギー注入量を9 x 1016 Jと見積った.
(c)津波干渉法を利用した黒潮モニタリング
黒潮は,海洋物理の研究課題にとどまらず,気象・気候問題,水産資源・海洋汚染・漂流物問題・海洋交通を通じて人間社会に影響を与えており,黒潮流路や強度の予測は,幅広い分野で重要である.2016年から現在まで続いている黒潮大蛇行の原因は未解決であり,成因解明には黒潮流内部構造の情報が不可欠である.黒潮流域に存在するS-netやDONET等の複数の海底圧力計連続記録に波形干渉法を適用すると,実際の津波発生がない場合でも,圧力計間を伝播する双方向の津波波形が構築され,その差から海水流速連続計測が可能となる.今年度は実際に2観測点の海底圧力計の10日程度の連続記録から,波形干渉法により,双方向に伝播する仮想的な津波記録が合成できることを確認した.今後,津波観測網域の多数の2観測点間流速分布から黒潮流路の位置と強度(流速)の深さ分布とその時間変動を連続測定可能にする新手法を確立し,黒潮研究に資する広範囲の3次元黒潮流の時間変動モニタリングの道を拓く.
(d)北硫黄島カルデラでのトラップドア断層破壊とその力学機構
小笠原諸島・北硫黄島の近くに位置する海底カルデラ(北硫黄島カルデラ)では,2008年と2015年にマグニチュード5.2–5.3の中規模地震が発生した.これらの地震後,フィリピン海の海底に設置された海底水圧計一機が明瞭な津波シグナルを記録しており,この津波記録と広域観測網の地震波記録のデータ解析から,北硫黄島カルデラで「トラップドア断層破壊」というカルデラ内の断層破壊を伴う隆起現象が起こったことを提案した.また同現象を引き起こす要因となるカルデラ直下のマグマ圧力と,津波規模とを定量的に結びつける静力学的震源モデルを開発し,観測された津波規模からカルデラ直下のマグマ圧力を定量化し,同火山直下でマグマが高圧化した状態にあることを定量的に示した.
(e)北硫黄島カルデラ起因の微小振幅津波の検出
北硫黄島カルデラでは,2017年と2019年にも類似の中規模地震が発生したが,両地震発生時には上記のフィリピン海の海底水圧計記録が喪失していた.そこで,地震熊野灘と紀伊水道沖に敷設されたDONETの高密度な海底水圧計に対し,波形スタッキング手法を適用してシグナル/ノイズ比を向上させ,2017年と2019年の中規模地震による振幅1mm程度の極小振幅の津波シグナルの検出に成功した.この津波シグナルを詳細に解析して,北硫黄島カルデラにおいてはトラップドア断層破壊が数年間隔で繰り返し発生し,カルデラ内の異なる断層面で断層破壊が交互に繰り返している可能性を示した.
(f)2023年10月鳥島近海地震の津波解析
2023年10月9日,鳥島近海に位置する孀婦岩周辺の海域で,マグニチュード4-5の中規模地震が繰り返した.地震規模が大きくなかったにも関わらず,この地震活動の直後,伊豆・小笠原諸島および太平洋沿岸の広範囲で,最大振幅60 cmの津波が観測された.地震規模から経験的に推定される津波規模よりも,観測された津波規模が特異に大きく,その原因究明が喫緊の課題であった.本研究では,DONETの海底水圧計の津波記録の解析によって,奇妙な津波発生過程を調べた.上述の波形スタッキング手法をDONET記録に適用し,津波発生過程の震源時間関数を推定し,約一時間半で10回以上繰り返し生成された津波の重ね合わせによって,観測された津波波形の主要部分を再現することに成功した.また,主要な津波生成イベントはいずれも,孀婦岩周辺で観測された14回の中規模地震とほとんど同時刻に発生したことが分かった.これらの解析結果は,孀婦岩周辺の海底における火山活動や土砂崩れなどの海底変動現象が繰り返し発生して,津波の成因となったことを示唆しており,同現象のメカニズム解明に向けた重要な成果である.
3.2 地球計測系研究部門
教授 | 中谷正生,新谷昌人(兼任),吉田真吾(兼任) |
准教授 | 青木陽介,今西祐一(部門主任),綿田辰吾 |
助教 | 西山竜一,三反畑修,高森昭光 |
特任研究員 | 姫松裕志 |
外来研究員 | ゲン・ジャンフイ |
大学院生 | 相川唯(D2),青山哲也(M1),剣持拓未(M1) |
研究生 | 曽小雨,ファン・エヴァンジェリン |
地震研究所特別研究生 | ハン・ビンチャン,徐浪,高壮 |